夏休み編~決壊~
八月に突入し、夏の暑さが厳しさを更に増してきた今日、耕太は学校へとやって来ていた。
山方家は朝の早いうちから三人で出かけて行った。久しぶりの親子水入らずが嬉しいのだろう、花は晴れやかな顔で出かけて行った。
「へぇ、昨日から山方さんのお父さん達が来てるんだね」
「はい、わしも久しぶりに会いました」
「山方さんも嬉しいだろうね」
「そうでしょうね」
現在耕太と美紅は夏休み明けの行事についての会議を終了し、そのまとめをしているところだった。
「そっかそっか。・・・よし!ちょっと休憩にしようか。また行くんでしょ耕太君」
「はい。それでは失礼して」
「いってらっしゃ~い」
耕太は美紅が休憩を告げると生徒会室から出て行った。
「ふくかいちょ~!お散歩~?」
「そうですよ~」
「学科で作った野菜を使ったサラダがあるんだけど食べてく?」
「いきます!」
いつものように校内を散歩していると、園芸科の生徒に話しかけられる耕太。
このような光景は畑農では見慣れた光景となっている。特に、耕太に食べ物を与える生徒が多く見られ、耕太もその好意に積極的に甘えていた。
「あぁ・・・。野菜美味い・・・」
「相変わらずだね美味しそうに食べるよね」
「美味しいですから!」
「あはは!よかった!」
多くの生徒が食べ物を与える理由としては、耕太の独特なリアクションと食べっぷりである。生産者としては、美味しく食べてもらえることを望んでいる。学生というよりは生産者といったほうが良い畜産科や園芸科の生徒に人気なのは必然なのかもしれない。
「そういえば副会長。野球部が探してたよ?」
「なんだろ?行ってみますね!」
「行ってらっしゃい!」
そう言うと耕太は校庭へと走っていった。
「耕ちゃん!バッティングピッチャーしてください!」
「いきなりだね球ちゃん・・・」
野球部へと向かった耕太を出迎えたのは、同じ緑地土木科で野球部の田中球児だった。
そして、田中は耕太を見ると先程のようなことを頼んできた。
「バッティングピッチャーって、バッティング練習で投げる人のことでしょ?ピッチャーに投げさせた方がいいんじゃないの?」
「それもそうなんだが、ぶっちゃけ人数が足りないんだよ!」
「そういえば人数が少ないような・・・」
校庭を見回すと、いつもは多くの生徒が活動している野球部だが、今日はいつもより格段に人数が少ない。
「今日は他校で練習試合でさ、選ばれなかった奴は学校で練習なんだよ・・・」
「なるほどな・・・」
ただでさえ、三年生が引退して人数の少ない野球部だ。試合に出るメンバーや控えのメンバーが抜ければ、少なってしまうのも仕方がない。
「俺達もメンバーに選ばれるように頑張りたいんだ!マシンはあるけど、生きた球を打ちたい!」
「わかったよ。任せろ」
「ありがとう耕ちゃん!」
その後、耕太は見事バッティングピッチャーをこなした。田中には何度も感謝の言葉を贈られていた。
「ふぅ・・・。本格的に体を動かすのもいいな」
そんなことを思いながら携帯を開くと、一通のメールが届いていた。
「美紅先輩から?」
【牛の赤ちゃんが生まれそうなんだって!少しでも人数が欲しいらしいから、暇なら行ってあげて!】
「うおおおおおおおお!牛いいいいいいい!」
耕太はメールを見終えると、一目散に畜産農場へと走っていった。
幸い、メールが届いたのは二分ほど前。今から行けば十分間に合うだろう。
「牛!生まれた!?」
「副会長!?まだだよ!もうすぐ!」
「間に合った・・・」
耕太が畜産農場に到着した頃には、牛の周りに獣医や農場職員、生徒の姿も見えた。
牛はまだ生まれていないようだ。
「これは・・・!?」
「どうしたんですか!?」
耕太が息を切らしていると、牛の肛門から手を入れて確認をしていた獣医が声を上げる。
「逆子だ・・・」
「な、な、な」
「「「「「「なにいいいいいいいい!?」」」」」」」
「しかも双子だ・・・」
「「「「「「なにいいいいいいい!?」」」」」」
そこにいる全員が声を上げる。
テレビなどで、牛の赤子をロープで引っ張るシーンがあるが、あれはほとんどの場合行われない。テレビの演出的要素が多いのだ。それでもロープを使う例が逆子の場合だ。
「用意はしているな!」
「もちろんです!」
職員が生徒に呼びかけると、男子生徒が頑丈なロープをもって出てくる。
「男子生徒!手伝え!」
「「「「「「はい!」」」」」」
「じゃあ行きますよ!タイミングを合わせて引いてください!」
獣医が牛の産道から手を突っ込み、赤子にロープをかけると男子生徒と職員がロープを持つ。
「いち、にーの、さん!」
「ブモオオオオオ!」
獣医の掛け声でロープを一気に引く。
すると、牛は苦しそうに声を上げる。
「がんばれ!がんばれ!」
「頑張ってくれ・・・!」
女子生徒や獣医が牛を見つめながら声をかける。
「行くぞ!いち、にーの、さん!」
それを何度も繰り返す。牛の母体への負担は大きくなるばかりだ。
「もうすぐだ!次で決めるぞ!いち、にーの、さん!」
「ブモオオオオオオオ!」
これまでで、一番大きな声を上げた牛。
「きたあああ!」
少しだけ出ていた赤子が完全に外へと出てくる。
「逆さにして持ち上げろ!人工呼吸も忘れずにな!」
「うおおおおおお!」
「二匹目!きます!」
「おっしゃああああ!」
「終わった・・・」
「やっとか・・・」
「燃え尽きたぜ・・・」
なんとか息を吹き返した逆子も今は親牛の初乳を無事に飲み、もう一頭も無事に生まれた。現在は、タオルで綺麗に拭かれ、女子生徒に初乳を飲まされている。これから親牛と会うことはほとんどないが、元気に育っていくだろう。隔離することを非難する者もいるだろうが、これも大切なことなのだ。親牛が子牛を踏んでしまっては元も子もない。
「よかった・・・」
耕太も比較的元気そうな子牛を見て安心しきった顔をしていた。
三島家での仕事の中でこのようなことが少なからずあった。何度経験しても、慣れることはないだろう。
「ただいま帰りました・・・」
「おかえり耕太君」
「あれ?美紅先輩?先に帰ったのかと思いました」
「そんな事するわけ無いでしょ。お疲れ様」
「ありがとうございます」
耕太は机に置かれたお茶に手を伸ばす。
冷たいお茶が体に染み渡る。
「どうだった?」
「何度やっても慣れませんね」
「だよね~」
美紅は小さく笑みを浮かべる。
赤く染まってきた空と太陽がその笑顔を照らす。
「でも、あの顔は素晴らしいです」
「あの顔?」
「子牛が生まれたときの畜産科のみんなの顔、先生の顔、獣医さんの顔。安心という感情にみんなが包まれるあの瞬間。自然と溢れる笑顔、自然と溢れる少しの涙。ちょっと一般の人が見るとグロイですけど、後産とか・・・。でも、わしはその瞬間に見せるみんなの顔が好きです」
耕太は晴れやかな表情でそう語った。
安心からくる笑顔、やりきったあとの笑顔、涙。その全てを耕太は好きだといった。嘘偽りのない言葉で。
「ふふ・・・。耕太君らしいよ」
「そうですか?」
「うん、そうだよ。私はそんな耕太君が好き」
「え?」
「え?」
二人は不抜けたような声を出してしまう。
美紅は無意識に告げてしまった。自分の中に居座る気持ちを。とても他の者に見せられないような表情で。美紅の顔はみるみる赤く染まる。
「あの・・・えっと・・・その。はわあぁぁぁ・・・・」
「み、美紅先輩?」
「・・・!あーもう!」
「ふぇ!?」
いきなり大きな声を上げた美紅に驚きの声をあげてしまう耕太。
「好きだよ!大好きだよー!愛してるって言ってもいいよ!耕太君の全部が好き!文句あっかこのやろー!」
「み、美紅先輩!?落ち着いて!」
「うわあああ!お嫁にしろー!」
「美紅せんぱーい!?」
完全に壊れてしまった美紅。
その取り乱しようは半端ではなく、まるで子供のように喚き散らしている。
「落ち着いて美紅先輩!」
「ふえぇ!?」
耕太は美紅の肩を掴むと、無理やり顔を向けさせる。
「わしは・・・!わしは、まだそういうことは考えられません!だから、答えはもうちょっと待ってください!」
「ふぇ・・・」
「泣かないでくださいよー!」
「わかってたもん!わかってたけど言っちゃったんだもん!好きなんだもん!止められないんだもん!」
ここぞとばかりに自分の胸の内をぶちまける美紅。
「溢れちゃうくらいに、我慢しても言っちゃうくらいに好きなんだよー!」
「・・・」
「みんなは我慢できるかもしれないけど、私は子供だから、弱いから我慢できないし待てないの!ねえ耕太君!私じゃダメなのかな!」
生徒会長という立場上、容姿の割にはしっかりしていると思われている美紅。しかし、本当は年相応に不安定な精神の持ち主であり、甘えん坊な性格をしている。美紅は押さえつけてしまうのだ、何もかも。そこから生まれたのが、皆の知る美紅だ。そんな美紅だからこそ、壊れると一気に壊れてしまう。
「美紅先輩。聞いてください。言い訳になると思います。だけど、聞いてください」
答えを先送りにする理由にならないかもしれない。そんなの関係ないと言われるかもしれない。しかし、耕太は伝えようと思った、伝えなければならないと思った。自分の全てを、自分の置かれている境遇を。
続く
どうもりょうさんでございます。
今回のお話は少し最後の方がシリアスな感じになってしまいました。
ついに決壊した美紅の心。自分のことを話す決意をした耕太。二人の笑顔は戻るのか。
次回をお楽しみに。