第三幕:呪いの担い手
「最近元気なさそうだけど、大丈夫?」
儚風が俊治に話しかける。返事はなく、ただ、俊治はボーッと外を眺めていた。
「ねぇってば」
肩を叩くと、ようやく俊治は気付いた。
「おぉ、で、何?」
「何、じゃないよ。最近元気ないけど、どうしたの? 風邪でも引いた?」
「いや、そうじゃないんだけどさ……」
雪奈が姿を消してからもう四日になる。その間、何をしても雪奈のことが頭を離れず、上の空だった。一樹と三人でいた時に襲われたあの男のことも気になる。何か厄介ごとに巻き込まれてなければいいが。
「俊治最近変だよ。何しててもずっと上の空というか、他のこと考えてるというか……。私、ずっと見てたから分かるもん」
儚風は本気で心配してくれている。でも、気になることがあったので聞いてみる。
「なんで俺このとずっと見てたの?」
「はぅっ!?」
儚風の顔が即行で紅くなる。
「かかか、勘違いしないでね! 別に、その、なんというか! 俊治が心配で……」
もじもじと体を縮こませる。
「だから、私に相談して。役に立てるかは分からないけど、話し相手ぐらいにはなれるから。ほら、『話せば楽になるぜ』ってよく刑事ドラマでも言ってるし」
「それは意味が違うと思う」
ともかく、話す気にはなった。
「実は、雪奈のことで悩んでるんだ」
「あの、知り合いの子っていう?」
「そう。最近連絡とれないんだ。何か大変なことになってないといいんだけどな……」
すると、儚風はさも当たり前のように、
「連絡出来ないなら、会いに行けば?」
会いに行く。思い付きもしなかった。
「でもな……」
探しに行くことを躊躇している自分がいる。雪奈の邪魔をしてもいいのだろうか。迷惑にならないだろうか。足手まといにならないだろうか。
「俊治はどうしたいの? 現状で満足してる? そうは思えないけどな」
儚風はさらに続ける。
「迷うな若人よ。己が信ずる道を行け。それが例え破滅であったとしても。……これね、私のお祖父ちゃんがよく言ってたの。だから、俊治も自分を信じて行けばいいんじゃないかな?」
「……、」
迷いはある。でも、それ以上に。
「俺は、あいつに会いたい」
追えば、喪うと思っていた。でも、このまま行かずにいても喪っているかもしれない。ならば、せめて後悔のない方を……!
「儚風、ありがとう。おかげて決心できた」
「よかった。悩んでる俊治なんて、見ててつまらなかったし」
儚風も笑って見せる。
「俊治ぃー、おはよー」
「お前、もう放課後だぞ……」
今日学校で一日中寝ていた一樹が、まだ眠そうに目を擦っている。
「いやー、今日徹夜明けでさ」
頭を掻きながら一樹は言う。
「バカなのか?」
「バカとは何さ。気になってね、熾樹家について調べてたんだ」
熾樹家。雪奈の生家でもある。何か役に立つことがあるのではないか。
「で、どうだった?」
「俊治が食いつくなんて珍しいね。ま、いつもそうなら僕も嬉しいんだけど」
そう言うと、スマホを取り出した。
「まず感想だけど、嫌な予感的中、みたいな」
「いきなり感想言われてもわからないんだけど」
「ごめんもふもふ。まず、熾樹グループが独走していた理由だけど、ライバル会社がなかったことなんだ。いや、正確にはなかったんじゃなくて、なくなったと言った方が正しいみたい。ライバルになりそうな会社はその取締役や上役達が全員謎の死を遂げ、会社が傾いたところを熾樹グループが買収する。それの繰り返しで、勢力を強めてきたみたいなんだ」
それは、おそらくあの鎌の力を使ったんだと俊治は推理する。でなければ、数人が突然謎の死を遂げるなど、説明出来るわけがない。
「でも、最近はそれがなく、勢力が弱まりつつあるみたいだねどね」
それが雪奈が鎌を持って逃げたからだとしたら?
「それは、いつからなくなったんだ?」
「えーっと、だいたい三年前ってとこかな。それと、その時期に女の子が一人失踪したって書いてあった」
それがもし雪奈だとしたら?
そうだとすると、全てが繋がった。となると、あの男は熾樹グループの差し金で、雪奈を連れ戻すためにやって来たと考えるのが妥当か。いや、それなら短機関銃など使わない。そこから推測出来ることは唯一つ。
(雪奈を殺す気だったのか……?)
そうとしか考えられない。だがいろいろと疑問も浮かぶ。本当に雪奈を殺したいなら、霊感のある人間に遠距離射撃をさせた方が安全かつ確実だと思われる。しかし、あの男は雪奈が見えていなかった。まるで『あの辺にいる』と大雑把に指示されたような、掃射。
「俊治、もし君が熾樹グループに関わるようなことをするなら覚悟した方がいい。いい噂は聞かないから」
「ご忠告どうも」
身支度をし、俊治は席を立つ。
「また明日な」
カバンを担ぎ、一人教室を後にする。
(まずは家に帰ろう。それから、支度をして、雪奈を探しに行こう……!)
使い馴れた道だが、どこか異質に思えてならない。あるいは、俊治が空間からした異質なのか。
マンションに着く。部屋の前で座り込む、黒い人影。眠っているようだ。その寝顔は、見間違えるはずがない。
「雪奈……?」
呟くと、気付いたのか雪奈が目を覚ます。だが、その顔に生気がほとんど感じられない。
「あ……、遅かったじゃない、俊治」
声にも力がない。名前を呼びながら駆け寄り、抱き締める。
「あぅっ!?」
雪奈が苦悶の声を上げる。抱えた腕を見ると、分かりづらいが、血に濡れていた。
「お前、一体……!?」
「ちょっとヘマしちゃった。大丈夫、弾丸は残ってないから」
力なく笑う雪奈に、俊治の心は痛んだ。
「とりあえず中に入って治療しないと!」
雪奈を担いで中に入る。
押し入れから救急セットを取り出す。俊治の母が備蓄していたものだ。
雪奈の服を脱がせ、傷を確認する。左腕の二の腕辺りが抉れている。少しかすったのだろうか。
消毒液をかけた時、雪奈が呻き声を上げる。
「これでよし」
包帯も巻き終え、一段落して息をつく。
「へぇ。以外としっかりしてる」
「母さんに応急処置は叩き込まれたからな。それより、だ」
何故撃たれたのか、理由が気になる。
「前に俊治と別れてから、私は熾樹グループの本社に行ってみたの。別に変わりはなかったけど、一人の男がいてね、気になって跡をつけてみたの。で、男が一つの部屋に入ったから、私も入った。男は煙草に火を着けて、言ったの。『尾行は対象にバレたらだめじゃないか。ねぇ、雪奈ちゃん』って。少しの油断が、仇となったわけよ。早打ちは苦手だったのか、傷はこの程度で済んだけど」
運が悪ければ死んでいた、と雪奈は言う。
「そのあと、追っ手を撒くのに時間がかかって、今に至るわけよ」
口では平然を装っているが、顔には疲労の色が濃く出ている。
「雪奈、今は休め。今からお粥作るから」
「お願い。最近まともなもの食べてなかったから、楽しみにしとく」
言うと、雪奈は目を閉じた。
お粥を作って戻ると、雪奈は眠っていた。寝顔を見るのは二回目だが、何故かドキドキしている。
「そういえば、あの時は暗かったもんな」
起こさないように、横に座る。
「寝てたら普通に可愛いのにな」
「悪かったわね。普段は可愛くなくて」
「起きてたのか」
「今起きたとこ。とりあえず食べるわね」
雪奈が食べ終わるのをただ待つ。食器とスプーンが当たる音だけが鳴り続ける。
しばらくして、雪奈は食べ終わった。
「ご馳走さま。最後に、あんたの作ったもの食べられてよかった」
笑顔で言った。その笑顔が、俊治には理解できなかった。
「最後ってなんだよ最後って! 死にに行くなら、俺は許さない。俺は、必ずお前を止める」
「……偽善ぶらないでよ」
その声は、震えていた。
「これは、私一人の問題よ。あんたが関わる理由も、必要もない。私一人で片付ける。もともと、この件の原因は私だから」
「だからって一人で背負い込むことないだろ、この分からず屋!」
眉が釣り上がる。ギリ、と奥歯を噛む音が聞こえる。
「うるさい……うるさいうるさい! あんたには関係ない……関係ないんだから!
あんたはこっちに来なくていい。こんな、穢れたセカイには……。境界を越えたら、私みたいに戻れなくなる。だから、あんただけは、お願い……こっちに来ないで……」
その双眸は涙で歪み、濡れた頬は紅潮している。
今の台詞こそが雪奈の本心なのかもしれない。だが、俊治にとってそんなことはどうでもいい。目の前の少女と共にいたい。引き留める理由は、それだけで十分ではないだろうか。
「お前と一緒にいたいから、行って欲しくない」
その言葉は、雪奈を壊すのに十分過ぎた。自分と彼は違うセカイに生きる者。セカイが違うなら、一緒にはいられない。だからこそ、雪奈にはその言葉は限りなく嬉しかった。だが、それと同じぐらい、苦しかった。淡水魚が海水では生きられないのと同じ。セカイが違えば生きられない。闇は闇に返る運命。
「それは叶わない。分かっているの?」
俊治が雪奈の手を握る。
「雪奈、前に言ったよな。私がどこにも行けないように、手を握っていてくれって。お前は、その約束を破るのか!?」
「痛っ……!」
握る手に力が込もる。
雪奈にとって、俊治の手の温もりが、怖かった。それが永遠に失われるのが怖かった。だから、彼女は逃げた。全力で。交差点を向いて、ただ走る。
「雪奈!」
叫び声が、届かない。呼吸が乱れてあまり声が出ていなかったのかもしれない。二人の距離は開くばかり。それでも、俊治は追い続ける。
「まだ、追って……」
雪奈は呟く。本気で俊治を見失わせるため、路地裏に入る。右へ左へ蛇行を繰り返す。それでも、背後の足音は消えない。
耐えきれず、雪奈は立ち止まる。
「どうして追ってくるの!?」
振り向いて、膝に手をつく俊治に叫ぶ。
「言ったろ。それに、ちょっと休ませてくれ。全身が、酸欠で……」
肩を大きく上下させ、呼吸を整える。
「……残念だけど、休んでる暇はないようよ」
路地の前後から黒ずくめの男達が十人弱。全員が何かしらの得物を持っている。それは銃やナイフなど様々だ。
「青春。いいねぇ。でも、地獄に花は必要ない」
四十代前半らしき男が歩み出る。
「あんたは……!」
「また会ったな、雪奈ちゃん。次は大人しく捕まってほしいもんだ。銃弾だってタダじゃないんでね。世の中不景気なのはこっちも同じなんだ。できるだけ経費は押さえたいからさ」
男が手を上げる。控えていた黒ずくめがジリジリと寄ってくる。
「原則は生け捕り。……まぁ、腕一本ぐらいなら明里姫も許してくれるだろう」
「っ……!?」
「彼女が探してんのよ。今ごろ、殺したくてうずうずしてるんじゃないの?」
男が肩をすくめて言う。その様子に俊治はどことない怒りを覚える。
「お前らには見えないだろうけど、当てずっぽうでなんとかしろ。以上。突撃」
黒ずくめが一斉に俊治のいる辺りに走り出す。無論、雪奈ではなく俊治を狙う輩もいる。雪奈は一人で対処していく。
一人、二人と斬る。三人。二人が自殺。驚いて黒ずくめが足を止めたところで一人自殺。
「何怖じけずいちゃってんの、全く。相手は女の子一人だぞ? 情けない奴らめ」
見えない、ということがさらに恐怖を加速させているのだ。やはり、一般人には無理だったというだけの話。
「仕方ない。お前ら、退いてろ」
男が雪奈の前に立つ。雪奈は鎌を振るう。だが、それはあっさりとかわされてしまう。
「武器ってのは、相手に動きを読まれないようにして使うものだ。動きが読まれてしまうと、こんな風に軽々と避けられる」
刃を避ける男は、鼻歌を歌い出しそうなほど余裕だ。
「素人だから仕方ないか。子供が刃物を持っただけ。まして女の子がその質量を振るのは限度がある。だからこそ、一発打ち込む隙は、いくらでもあるのさ」
男の拳が華奢な体に突き刺さる。右の横腹。肝臓がある位置であり、人体の急所のひとつだ。側筋は腹筋よりも疎かにされがちな筋肉でもある。格闘家は急所だと分かっているので鍛えるが、一般人はそうそう知らない。故に急所でありながらダメージが通りやすい部分なのだ。
「ぅ……あ……っ……!」
雪奈は鎌を手放し、地面にうずくまる。呼吸をするのもままならないダメージのようだ。
「破裂はしてないから大丈夫。お前ら、回収しろ。もう見えるだろ?」
「あ、はい」
黒ずくめが雪奈を掴む。
「やめろ!」
横から俊治がぶつかる。
「邪魔するな。大人しく」
男が拳を握る。
「寝てろ!」
体勢を立て直していない俊治の顎を正確に捉え、脳を揺らす。平行感覚を失った俊治は、糸の切れた人形のようにうつ伏せに倒れる。
「あ、鎌は置いとけよ。……って遅かったか」
鎌を拾おうと触った黒ずくめが自殺する。
「ま、いいか。じゃ、二人ここに残って、これ見張ってろ。少年は立てるようになったら表通りにでも捨てとけ。残りは俺と明里姫のところに行くぞ」
雪奈が連れ去られていくのを、俊治はまだハッキリしない視界で眺めるしかなかった。思考もハッキリしない。全てが霞に包まれているようにぼやけている。頭上で黒ずくめの声がするが、それさえも理解できない。
ただ分かるのは。殴られたという事実。雪奈が連れ去られたという事実。そして。自分は好きな女の子一人さえ守れないという弱さ。
力が欲しい。
――それは何処に?
力が欲しい。
――それは何故?
力が欲しい。
――ならば手に取れ。お前にはその資格がある。
それは何処に?
――お前の目の前に。
目の前にあるのは、主を失った鎌だけだ。
――否。主は少女のまま。お前はただの担い手だ。
意味がわからない。お前は何が言いたい。
――意味など必要ない。お前は担い手なのだから。
意識が少しずつ覚醒する。だが、まだ立ち上がるには至らない。ほふく前進のように這って進むのがやっとだ。
「おい、何してんだこいつ」
「さぁ、ほっとけ。どうせ何も出来やしねぇよ」
あと少し。あと少しで鎌に辿り着く。
「おい、こいつ鎌を取ろうとしてるんじゃ」
手を伸ばせばもう届く。だが、手が鎌の上に来たとき、その手が踏み下ろされる。鎌には触れられたが、踏まれた痛みでそれどころではない。
「ぐっ……」
力を入れても足は動かない。いや、それよりも、『何かが流れ込んでくる』。
助けて殺して殺せお願い早く助けろ死にたい苦しい殺して助けて殺せ殺せ頼む殺して早く殺せ助けて苦しい殺して殺せお願い殺して早く助けろ助けて苦しい殺して殺せ殺せお願い殺せ助けろ殺して殺せ助けて殺せお願い殺して早く殺せ助けて苦しい殺して早く殺せお願い殺して殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺―――――――――――――――――!
「う……うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
助けを乞う声。死を望む声。それも一つではない。これは、千をゆうに越える人間の魂の叫びだ。
(雪奈は、三年間もこれに耐え続けていたのか……!?)
近衛俊治という器では、耐えきれない。意識が喰われる。
――あの子を、助けたくないのかい?
そんなの。そんなの決まっている。
「助けたくないわけないだろ!」
思考が完全に覚醒する。全身に力が行き渡る。もう鎌に喰われることもない。何故なら、近衛俊治は死神の鎌を完全に支配下に置き、その力の担い手になったのだ。
踏まれた手で鎌を握る。鎌から流れ込んできた魂が馴染んでいくのが分かる。
「なっ、こいつ消えていくぞ!?」
男が動揺した隙に全力で手を引き抜く。もう黒ずくめ達に俊治は視認出来ない。分かるのは、自分達が死への恐怖を抱いているということだけだ。
「悪いが、お前らはここで斬る。恨むなら、自分の運命を恨むんだな」
俊治の言葉も、黒ずくめには届かない。俊治は駆ける。近い方を一人斬る。
自殺した仲間を見たもう一人の黒ずくめは、発狂して銃を乱射する。
(銃口の向きから弾丸の軌道は簡単に推測出来る……!)
射線上だけは常に外しながら、俊治は肉薄する。
一閃。俊治の背後で鮮やかな紅が咲く。
今納めた魂は、邪悪な気配がする。やはり悪人は悪人にしかなり得ないということか。
と、一つ鎌から魂が抜ける。その魂は、完全に浄化されていた。もしかすると、これがこの鎌の本来の使い方なのかもしれない。
(そういえば、雪奈が『私も斬る人間は選んでる』とか言ってたっけ)
鎌を持つことで、俊治の魂量が増えているいる。今なら、魂の識別も可能かもしれない。だが、それよりもするべきことがある。
思えば、俊治は雪奈が連れ去られた場所が分からない。
「くそ、行き詰まりか……?」
――案内しよう。
心に直接語りかけられる感覚。初めて鎌に触れた時と同じ感覚。
(誰だ?)
――名乗る価値はない。それより、あの子を助けたいんだろう?
声は言う。
(当然だ。でも、あんたは誰だ? 雪奈を知っているのか?)
――君には関係のないことだ。私には、あの子を見守る資格すらないかもしれない。それでも、私はあの子を助けたい。だが魂だけの私には出来ない。だから、君にあの子を助けて欲しい。我が儘なのは分かっている。でもどうか。
(さっきもいった通り、絶対に助ける)
俊治の目的はそれだけだ。雪奈さえ助かれば、自分はどうなってもいいとさえ思っている。だから、俊治は行く。
――ありがとう。では、案内しよう。
頭に情報が流れ込んでくる。ここから割と遠くない。走れば十分程度で着く距離だ。
「待ってろよ、雪奈。今助けにいく」
俊治は走り出す。雪奈を助けるために。
――あぁ。辛い運命を背負わせてしまった。自分が弱かったばっかりに、あの子に自分の呪いを継がせてしまった。あの子には何も与えられず、何もしてやれなかったばかりか、あんなものを持たせてしまうとは。やはり私はダメな男だ。許してもらえなくてもいい。こうしてあの子を大切に想ってくれる人がいるのだから。私もそろそろ自我が消えてしまう。最後に、父親らしいことが出来たのなら、いいのだが。




