第一幕:出会い
「すごいよね、俊治は霊感があって」
活発そうな少女が、俊治と呼ばれた少年に言った。
「いや、そんなことないって。霊って一口に言ってもいろいろいるし、初めて悪霊見たときは二日は寝れなかったんだぞ?」
「う……それはやだ。でも、人とは何か違うことがあるってよくない?」
笑みを浮かべる少女、儚風に、俊治は苦笑し答える。
「霊感なんてあっても役に立たねーよ。よくクラスの奴に守護霊見てくれとか頼まれるけどさ、俺に心開いてねぇから守護霊も警戒して話聞いてくれないんだよ」
「そうなんだ。じゃあさ、私のはどう?」
言われて、意識を集中する。
「ひい祖父さんが憑いてるみたいだな。『やっぱり若い娘はいい』とか言ってる」
「よく分からないけど、ありがと。私も何か特技があればなー」
そう言って、少女は去っていった。
「相変わらず風みたいな奴だな……」
呆れていると、授業の始まりを知らせるチャイムが鳴る。
「おーい席につけー」
教科担当の教師が教室に入ってきた。そのまま、授業が始まる。
ぬらりくらりと時は流れ、時刻は夕暮れだ。
「俊治、一緒に帰ろうぜ」
そう声をかけてきたのは、クラスメイトの一樹。余談だが、極度のオカルトマニアである。
「実はな、とても興味深い情報が手に入ったんだ!」
いきなりテンションMaxである。
「はぁ。で、情報って?」
「ちょっと待ってくれ」
スマホを取り出し、何かを調べ始める。
「これだ」
しばらくして、画面を見せてくる。
「死神都市伝説? なにこれ」
「知らないのか? かなり有名な話だぞ?」
そう言って、饒舌に説明を始める。
「この街でさ、よく死亡事故起きるだろ? 交通事故とか飛び降りとか。それは全部死神の仕業だって話」
なんだか胡散臭い。前に聞かせれた人食い電車は完全にガセネタだったことが分かった。それまでにも割とガセが多かったので、あまり信用はしていなかったが。
「胡散臭いって思ってるだろ。でも今回のは間違いなく本物さ。よくよく調べてみたら、この周辺では昔から多発していたらしい。それが、ここ最近この街でよく見られるってネットで話題なんだ」
一樹は止まることなく話を続ける。
「一部では地縛霊の仕業じゃないかとも言われてる」
「でも地縛霊だとしたらそれは呪いとかの類いになるんじゃないのか?」
「そうなんだよ。死神派と地縛霊派が今論争中なんだ。僕はもちろん死神派、んで死神は美少女希望」
「乙」
実は、心当たりがないでもない。事故現場には何度か遭遇したことがあるが、基本は、何が起きたか分からず魂が肉体のそばをうろうろしていることがほとんどだ。今でも事故現場をさ迷っている霊もいる。
だが、最近は違う。事故死した直後、体から出てくる魂が、出てこないことが多くなった。もちろん霊もいない。関連性がないと言えば嘘になるかもしれない。
「そこで俊治に頼み事があるんだけど」
「なんだ?」
「今から死神探してきてくれないか?」
「断る」
一樹があからさまに嫌な顔をする。
「頼んだぞ。僕、今から塾だから。明日報告ヨロ、じゃっ!」
「ちょっ、待て!」
走り去る背中を眺め、肩を落とす。
「しゃーねーか。本屋行く予定だったし、中央交差点の方でも見に行ってみるか」
溜め息を一つつき、目的地に向かい歩き出す。
この街は少し珍しい造りをしている。街の中心に交差点を置き、それを基準に街を発展させていった。当然交差点周辺はビルなどが建ち並んでいるが、そこから一キロも離れれば閑静な住宅街だ。学校は大体二つの区域の中間にあり、学校帰りに交差点周辺で遊んで帰る生徒も少なくない。
俊治の学校からだと、対角側に本屋はある。信号を渡って本屋に入る。目当ての本はすぐ見つかり、購入する。
店を出ようと表を見たとき、いわゆる黒いゴスロリの格好をした少女が目に入る。そこまでならまだいいのだが、少女がその身の丈以上の鎌を担いでいたことが全てを異常へと変えていた。
「鎌……? 死神っぽいけど、むしろただの霊のような気が……」
気になったので、とりあえず追ってみる。交差点の方に向かっているようだ。
信号が赤だからか、少女も立ち止まる。
すると、少女はゆっくりと鎌を下ろし、大きく振りかぶる。その刃を、目の前にいたサラリーマンに叩きつけた。
思わず目を背ける。恐る恐る向き直ると、少女は再び鎌を担ぎ直し、青信号になりサラリーマンは普通に歩き出した。
「あ、あれ?」
唖然としていると、自分も信号を渡ることを思い出し歩き出す。
もう一度信号を渡るため青をなるのを待つ。少女もサラリーマンも異変はない。
信号が青に変わる。考え過ぎかと開き直り、歩く。途中でサラリーマンを追い抜かした。少女は相変わらず前を歩いている。
信号を渡りきり、しばらく歩いて振り返る。
直後。さっきのサラリーマンがトラックの正面に飛び込んだ。
鈍い音。少しして、べしゃり、という音が聞こえた。
心臓が握り潰されたような錯覚に陥る。冷や汗が止まらない。ゆっくりと、ゆっくりと首を回す。
背後にいる少女は、ひどく狂喜じみた笑みを浮かべていた。
「うわぁあぁぁぁぁぁっ!」
絶叫し、全力で走る。
(なんだよあれ! まさか、本物の死神!? とにかく、あれはやばい!)
自宅までは約二キロ。このペースなら八分もあれば着くだろう。
「逃げたか……。ま、逃がす気はないけど」
少女も走り出す。
二人の距離は約三十メートル。だいぶ市街地エリアに近づいてきた。少女が速度を上げる。俊治はもう息が上がっている。
俊治まであと五メートルほどのところまで来た少女は、担いでいた鎌を勢いよく地面に振り下ろす。勢いは殺さずに腕の力と脚、さらに鎌の遠心力を使い、俊治の頭上を飛び越える。
着地して勢いを殺す。
「手こずらせないで欲しいわ」
少女の手前で、俊治はようやく止まる。
「くそっ!」
振り返って走ろうとして、首もとに刃があるのに気付く。
「惜っし〜い、もうちょっとで喰われてたのに」
「……っ!」
腰が抜け、後ろに倒れこむ。
「さて、どうしてやろうか。どうしても生きたいなら、一つ、言うことを聞いてもらうけど?」
「な、なんでも言うこと聞くから、命だけは……」
言うと少女は、静かに微笑む。
「分かったわ。で、私からの条件だけど」
俊治は息を呑む。
「あなたの家で、居候させてもらうわ。もちろん三食付きで、ベッドは私持ち。これでどう?」
問い掛けてくるが、拒否権など始めから存在しない。黙って頷く他ないのだ。
「決まりね。それじゃ、案内なさい」
黙って自宅の方向に歩き出す。
「な、なぁ。名前くらい聞いてもいいか? 俺は近衛 俊治」
「……熾樹雪奈よ。雪奈って呼びなさい」
再び沈黙が支配する。そのまま歩くこと十分。家に着く。家と言っても一軒家ではなく、マンションだ。
「ここ?」
「あぁ。305号室だ」
たかが三階なのでエレベーターは使わずに階段を上がる。
部屋の鍵を開け、中に入る。鎌を入れるのに少し手間取ったが、雪奈も入る。
「一人暮らし?」
「いや、母子家庭で今日は夜勤なんだ」
「ふーん」
部屋中を舐め回すように見る雪奈。
「お風呂は?」
「廊下出て、すぐ右のドア。トイレはその向かい側な」
「じゃあ、私シャワー浴びてくるけど、覗いたら殺す。包丁で指先から切り刻んで失血死させるから」
「……はい」
思わず想像してしまった。鮮明に想像できてしまう自分が恐い。
「よし、とりあえず晩飯でも作っとくか」
気を紛らわせようと、己を奮い起たせた。
風呂場では、雪奈がシャワーに打たれていた。
「うまくいったわね」
これまで野宿を繰り返し、コンビニの消費期限切れの弁当を漁る生活から離れられると思うと、気分が楽になる。
「……、」
己の胸に手を当て、深呼吸する。呪いのせいで、大分精神が追い込まれていた雪奈にとって、話し相手が出来たことだけでもかなり助かる。今までは、誰かに伝えようにも自分に誰も気付かない。声を上げても誰の耳にも入らない。
「近衛 俊治、か」
よく考えれば、人と話すのは何年ぶりだろうか。特に異性など、経験がほとんどない。
(割とカッコいい顔してるし)
でもどこか惜しい、というのが第一印象だった。
「ふふっ」
思わず笑みが漏れる。
だが、彼にはこれから説明しなければならないことがある。
自分のこと。あの鎌のこと。伝えるべき要点を頭の中でまとめる。
「考えるのは性に合わないわね。とりあえず話そうかな」
部屋では、俊治が焼きそばを作って待っていた。
そこに、バスタオルを巻いただけの雪奈が現れる。
「ちょ、せめて下着ぐらいは着てくれ」
言うと、お前が用意しろ的な意図を込めた眼差しを俊治に向ける。
「母さんの貸すわけにはいかないし、今から買いにいくにしてももう店が開いてないしなぁ……」
「なら、あんたの貸しなさいよ」
「いや、それはそれでちょっと、なぁ?」
「ワイシャツとかでもいいわよ」
「それはなんかマニアックみたいだしな……」
考える。そして、ある結論に辿り着く。
「これでいい?」
雪奈は大きめのジャージを身にまとっている。袖や裾がかなり余っている。
「大丈夫。チャックの下げすぎと裾を踏まないように気を付けてくれば」
すると雪奈は袖と裾を折った。
「私の服はちゃんと洗濯しといてね。で、ちゃんと乾かしてアイロンもかけといて」
「まぁいいけど……今思ったんだけど、霊なのに実体あるんだな」
「私は生きてる人間よ。詳しくはご飯の後。お腹空いた」
「焼きそばでよかったか?」
「なんでもいいわ。まともなものなら」
少し苦笑するが、俊治はリビングに雪奈を案内する。席に座り、二人で食べ始める。
「ん、おいしい。以外」
「母さんが家を開けることが多いから自然と出来るようになったんだ」
「仕事は? さっき夜勤とか言ってたけど」
「赤十字病院の救命医なんだ。週に五日は病院で寝泊まりしてる。俺が家事を出来るようになったってのもあるかもしれないけど」
「へぇ」
しばらく黙々と食べ続ける。
「ごちそうさま。久々にちゃんとしたもの食べたわ。これからもお願い」
「おう」
食器を運んで水に浸けておく。
そして、改めて雪奈の前に座り直す。
「何が聞きたい? あなたが聞きたいことなら、なんでも答えるわよ」
頬杖をつく。
「まず、あの鎌についてかな」
部屋の隅に立て掛けてあるそれに目をやる。
「あれは、『死神の鎌』。江戸時代末期から存在し、人々の魂を喰らい続けた呪物よ。何故作られたのか。どうやって作られたのかは分からないけど」
「あれが、呪物……?」
「そう。私はあれに必要量の魂を喰わせるためにいるの。足りなければ、私自身が喰われる。だから、今日みたいに私は他人を斬り続ける」
間違ってる、と言いかけるが、自分が同じ立場に置かれたらと考えると、言葉が詰まった。
「あと、あれを持ってる人間はどういうわけか霊と同じ存在になる。つまり、あんたみたいに霊感がある奴以外には気付いてもらえないのよ」
「雪奈は、いつからそうなんだ?」
「三年前からね。それまでは私の親戚の人が持ってたけど、私に譲って死んだわ。他に聞きたいことは?」
俊治は口を開かない。
「ないようなら私は寝るわ。あんたの部屋まで案内して」
「分かった」
部屋に案内すると、雪奈はすぐベッドに潜り込んだ。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
押し入れを開き、先に布団を出しておく。自分の寝床を整えてから、電気を消して部屋を出る。
雪奈の服を洗濯、食器洗い、アイロンがけなどのやらなければならないことを済ませ、寝るために部屋に入る。
「……危ないよな、あれ」
雪奈が例の鎌を抱いて寝ていたのだ。起こさないように近づき、そっと鎌を引き剥がそうとする。
「うー……ん」
寝返りをうち、仰向けになる。
「う……マジか」
暑かったのか、ジャージのチャックが全部空いていて、胸元が危うい。
「先にチャックを……」
ゆっくり上げていく。
「んむぅ」
体がよく動く。肌に触れないように慎重に、確実に。胸元までチャックが閉まる。もう大丈夫だろうと思い、続いて鎌に手をかける。握られた手を離し、鎌を引き剥がすのに成功する。
「ふぅ。終わったな」
鎌を壁に立て掛けて、手を離そうとした時だった。
『……けて、お……がい、ころ……て』
物理的ではなく、心に直接語りかけられたような、そんな感じ。それでも掠れてうまく聞き取れなかった。
「なんだったんだ、今の」
考えても埒があかないので、とりあえず寝ることにする。
布団に潜り込むと、一気に疲れが押し寄せてきた。もちろん、眠りに落ちるのにそう時間はかからなかった。
ただ。
あの台詞だけが。
やけに頭に残った。




