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ハンオタ!  作者: 板戸翔
アニメ好きのハンオタ
9/37

さんの1

 ──キーンコーンカーンコーン──

「つ、疲れた」

 放課後を告げるチャイムが校内に響き渡った瞬間、俺の口から洩れたそれ。

 そりゃ俺は勉強が得意な方ではないのでいつも六時限目が終わると割と疲れているのだが、今日は特別に疲れた。

 理由は……俺の斜め上の、教室前から2番目の席にいる人のせいだ。

「(じーーーーー)」

 そして今もその被害の真っ只中だ。

 その人は一見前を向いて教科書を開いている姿勢だが、よく見ると横目で俺を凝視している。

 じゃあなんでそんなことになってるのか。

 や、理由は恐らく朝のなんだろうけど、でも……。

「何でなのさ……栗原」

 今のあいつに直接言う勇気のない俺は、自分の席でぼそりとそう呟いた。


 栗原の異常行動が始まったのは、俺と栗原が分かれてから約三十分後、大半の生徒が登校し終えていた時間。

「お、いたぞ! 学校にフィギュア持ち込んだのにまだオタクって認めてない島田がいたぞ!」

 隣のクラスの悪ガキ出っ歯佐藤がうちの教室で俺を確認するなりそう大声で言ってゲラゲラ笑い始めた。

 まったく暇な奴だ。ま、俺は別に気にならんがな。

 俺が開いていたラノベの世界に帰ろうとした時──

 ──ガタン!

 あれからずっと自分の席に座って動かなかった栗原が突然立ち上がったと思うと、

「あ、栗原さんおはよう。何、俺になんか用? ……なんか栗原さん顔がすごく怖いんだけど……え、何何! え、ええええぇぇぇぇ……」

 佐藤を拉致して行った。

「…………」

 まあこの栗原の行動があってか、それから俺の悪口を言う奴はでなかったのだが、この後から栗原の奇行は本格的に始まることとなった。

 〈一時限目、国語〉

「えー、この第二段落の十二行目で――」

「(じーーーーー)」

「ここで女の子は主人公のことをずっと凝視しているのですが――」

「(じーーーーー)」

「なぜだか分かりますか? それじゃあ、島田君」

「…………」

 栗原が知っていると思います! ……なんて言えるわけなかった。

 〈二時限目、数学2〉

「方程式をこう組み立ててこうこうしてからして、Aの座標はこうなるわけだから、よってBとの距離の値は何だ? えー、栗原答えろ」

「二メートル十五センチです」

「……かすってもないんだが。座標の距離だぞ?」

「え、わ! すいません。座席と勘違いしてました……」

「…………」

 さっきの長さ、俺と栗原の席の距離に極似していた。

 〈三時限目、化学1〉

「……おい、栗原。一体黒板にSi(ケイ素)と何を掛け合わせた化学反応式を書いてるんだ?」

「あ、す、すいません。『Si+Ma+Da=』なんてないですよね……」

「…………」

 どんな反応が起こるのだろうと思った。

 〈四時限目、美術〉

「栗原さん。今日のモデルは葉山君です。違う人の横顔は書かないでください」

「は、はい、すいません!」

「…………」

 それを見たくもなかった。

 〈五、六時限目、家庭科、調理実習〉

「栗原さん、今日はピラフですよ? 何でチャーハンみたいになってるんでしょう」

「す、すいません。つい……」

「…………」

 チャーハンは俺の好物だった(なぜ知っている……)。

 こんな一日だった。

 ただの俺の被害妄想ならいいんだ。や、むしろそっちだと願いたい。

 でも、これ、多分違うだろ? 明らか俺に対してるだろ?

 とりあえずだ。今日はもう帰ろう。

 早く帰って早くいろいろ済ませて早く寝よう。

 こういう疲れはラノベ読むよりも寝るのが一番だ。

 俺がそう思って教科書類を机の中から鞄に移していた時。

「し、島田君……」

 疲労の根源がやってきた。

「き、今日、生徒会の活動ないんだよね」

 へー、そうなんだ。

「だから、今日、一緒に帰ろ?」

「…………」

 あ、まだ続くのね。


 まあ栗原が壊れたのは俺が撒いた種のところもあるし、仕方なく一緒に帰ることを容認した。

 仕方なくだ。

 なのにクラスの奴らときたら、なんか殺意を込めた視線を送ってくるわ明らかに「殺す」と口パクで言ってくるわ藁人形に誰かの髪の毛入れてボコ殴りにしてるわ。

 くそう、何でだ。今日の行動から見るに明らかに栗原がおかしくなってること分かるだろ? それでもまだ栗原への尊敬と憧れと男子の場合は片思いを忘れないんだな。

 栗原、俺に少しそれ分けてくれよ。

 そんなクラスからの圧力という襲撃に遭いながらも、俺は折れずになんとか栗原と学校を出ることができたのだが……。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 一切会話がなかった。

 おい栗原。誘ったのならせめてお前から話題出せよ。

 俺はもうすでにお前と一緒に学校を出るという相当な偉業を成し遂げてんだ。ここでさらに空気作りに励むほど俺はお人好しじゃない。

 俺もそういうつもりだったからまったく会話のないまま十分弱。

 このままだと会話のないまま帰り道が終わりそうだ。

 というか栗原ってどこ住んでんだ?

 俺の家がある地区の隣の地区ということを噂では聞いたから、しばらくは同じ道なんだろうけど。

 そんなことを考え始めた時に。

「……ありがとう」

「は?」

 唐突に栗原はそう切り出した。

 え、いきなりどうした?まさにそんな感じだ。

 いや、多分朝のことを言ってるんだろうが、にしてもこのタイミング?

 彼女は俺の「は?」で悟ったのかクスッと笑って。

「ごめんごめん。今まで話すことを整理してて。でもとりあえず言っておきたかったの」

言って視線を遠くに向けた。

「私ね、昨日はずっと考えてたの。今の状況をどうすればいいかとか、自分の趣味――フィギュアをどうすればいいかとか、そして、どうすれば島田君に許してもらえるかとか」

 視線の先は昨日を見つめているのか、次第に物悲しげな表情へと歪めていく。

「ずっと負の中にいたの。随時今日という日が最悪の状況になるとしか想像できなかった。だからできるだけ穏便に事を進めるマニュアルを自分の中で計画した」

 ここで栗原は再び俺に視線を戻す。

「でも、いざ今日という日を迎えると、景色はまったく違った。いや、景色はいつも通り。私の想像と異なっただけ。その理由。それは島田君、あなたがが許してくれたから。私が島田君が許してくれることを想像できなかったから。同じクラスメイトなのに、許してくれないに決まってるって勝手に決め付けて、島田君の憐れみの心を信じれてなかったの」

 「ごめんなさい」とは言わなかった。

 きっと今のは何かに繋げる言葉だったのだろう。

「ねえ、島田君」

 そして栗原は問いに繋げた。

「どうして島田君は、そうなの(・・・・)?」

 言った栗原の表情は、まるで新種の生き物を目の当たりにしているような、そんなだった。

「私が島田君を信じられなかったのは事実。でもこの世の中に島田君のような人はごくわずかというのもおそらく事実。きっと大半の人だったら私を軽蔑し、今も一緒に下校してなんかしてない。どうして島田君は朝のような、そして今のような対応を私にするの?」

 その言葉は、今栗原が手さぐりで霧を測っているような状態にいることが伝わるもので。

 朝のような洗礼され過ぎたものではなく、疑いとかそういう類を全部取っ払って思ったことをそのまま言った純粋なもので。

 だとすると俺も同じ位置でいわなきゃいけないんだが……うーん、いかんせん質問が難しくて答えが言えない。

『だったら守り抜けよ。そこまで大切なものだったら、何を犠牲にしてでも守り抜け。途中で放り出してんじゃねえよ』

 最終的に言ったこれだって特に理屈があったわけじゃないしなあ……。

 でも、聞いていて思ったことはあった。

「何て返せばいいかいまいち思いつかねえけどさ、一つ言えるのは、別に許すとか、憐れむとか、そんなの俺してないから」

「え?」

 栗原は驚く。今回も予想外の発言ですまないね。

 でもそれは事実だ。

「俺はお前を許したわけじゃない。昨日のことはまだ思いだすとイライラするしな。だから憐れんでもない。そこだけは勘違いすんな。だから最初のありがとうも俺は受け取らない。以上」

 隠していればいいようなことを言った俺だが、それはカッコつけたとか、庇ったつもりは全くない。

 言ってしまえば、俺は押しつけたのだ。

 俺と栗原は共通していて、それは里香で言うハンオタであることだが。

 他人に自分と共通する部分を見つけるとその人がどこか他人に見えなくなることがあるように、俺はまさに栗原に対してそんな感じになっていた。

 そう思ったら何となく無性にやめさせたくなくなっていて、あの時はただその気持ちをぶつけただけだったのだ。

 まあ、そんな感じである。

 ……あ、以上って勝手に終わらしちゃったけど、これって栗原の質問に答えたわけじゃないよな。

 でも今はこれしか言えん。

 ――っと。

「分かった」

 栗原はそう言って口元を緩めた。

 え、自分で言うのもなんだけど、納得したの?

「なんとなく島田君が分かった。島田君って面白いね。華道と合気道の間ぐらい」

 どれぐらいだよ! てか「道」繋がりだが二つジャンル違うからな。

 にしても、俺を面白いって……あ、やべ、これは言っておかないと。

「俺をどう思おうと勝手だが、今日一日みたいな行動はやめろ。正直迷惑だ」

「今日一日って?」

 や、ここでしらばっくれるのかよ。

 しかし栗原の表情は本当に分からないという感じだった。

 俺が説明すると。

「え! 気付いてたの!」

 目をまん丸にして驚愕する栗原。逆にどうして気付かれてないと思った。

 すると栗原はすぐさま俺の前に来てペコっと九十度。

「ご、ごめんなさい迷惑かけて!」

 道の真ん中で謝った。

 やめてくれ。ある程度学校から離れて生徒はいないが、大きなビニール袋下げた、おそらく夕食の買い物の帰りであるおばさんが訝しげに俺の方へ向ける視線が痛い。

「おいやめろよ。俺が無理矢理お前にさせてるみたいだろ」

「あ、ご、ごめんなさい」

 また謝る。なんだこの悪循環。

 やばい、訝しげおばさんが三人に増えてる。ループを断ち切らねば。

「と、とりあえずもう今日みたいなことはやるな。なら許す」

「あ、それなら大丈夫」

 栗原に謝らせない俺のうまい返答に対し、やけに早い回答。

 本当かよ。この天然娘のことだから少し怖いぞ。

 しかし栗原はだってと続け。

「この帰り道で島田君のことを少し知れたからね。朝から学校にいるときまでは、島田君のこと全然分からなかったから少し意識(・・)しちゃってたというか……」

 なぜかうつむいてそう言った。

 意識、ね。

 まあリア充ならこのシチュエーションはいろいろ思うところがあるかもしれないが、俺はそんなお気楽な奴らとは違う。

 今俺が始めに思ったことも、明日からはまた普通の学校生活を送れそうだという安心だ。

 それにあっちだって俺がよく分からないから、森の中で見かけた見たことない得体のしれない昆虫みたいな存在だったから意識しただけで、特にそれ以外の感情はないのだろう。

 ……ポリポリ。

 今俺は頬を掻いたが、それは照れ隠しではないぞ。断じて違う!

「……そうか、ならいい。行くぞ」

 わざと俺は視線を逸らして言った。

 それから俺たちは残りの道で特に面白い話をすることもなく、迫る中間試験に向けて少し栗原からアドバイスをもらったりしたりして分かれ道で分かれ、帰宅。

 ふう、久々に長い一日だった。

 いつもはラノベ読んでるとあっという間に一日が過ぎてたからな。

 ……ってあれ?

 今日まだラノベ一ページも読めてない! いつもは調子いい日は一冊読み終わってんのに。

 ていうか昨日からロクに読めてねーよ!!

 やばい早く読まなきゃ。じゃないと禁断症状が!

 ……まあさすがにそれは大げさだが。

 でも昨日、今日という難関を乗り切ったし、さすがにしばらくはもう困難は待っていないだろうからゆっくりと読めることだろう。

 そう思いながらリビングに入ると、テーブルの上に一枚の紙が。

 読んでみると。

 

【旅に出ます。探さないでください。母】


「…………」

 ほうほう、なーるほど。

 俺はこれを五秒で読み終えると――くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投擲した。

 コンマ一秒困難再来かと思ったが、危ねえお袋だった。もしこれがお袋以外だったら間違いなく困難だが、お袋なのでおそらく問題ない。島田家を甘く見てもらっては困る。お袋は小説の執筆に詰まると、国内海外問わずいきなり旅に行ってしまう癖があるのだ。

……毎回思うが、お袋の担当編集さん大変そうだな。

 さて、いつものそれだと裏付ける証拠に……時間的にそろそろかな?

 ――タラリランララン♪

 来た来た。俺の携帯のメール着信音。開くと。


 【FROM】お袋

 【件名】いつもの旅だから♪

 【本文】今日から食事三食里香ちゃん家でお世話になってね。あちらの奥さんも承諾済みだから。じゃよろしく☆


 とまあ、こんな感じだ。いつもメールするんだったら別に紙を置いていかなくてもいいのではと思うのだが、そこはお袋いわく作家の職業病みたいで、ドラマによくありがちなシーンを現実でもやってみたくなるんだとか。……多分これは作家の中でもお袋だけだと思うが。

 とりあえずお袋の無事が分かり完全に安心した俺が携帯を閉じた、瞬間。

 ――タラリランララン♪

 また着信音が鳴った。ん? 一体誰だ? またお袋?


 【FROM】里香

 【件名】今部活の休憩中

 【本文】そういうわけ(・・・・・・)だからよろしくな!


「そういうわけって……え!?」

 恐いぞ恐いぞ!

 あの俺依存症の女、とうとううちにカメラ仕掛けやがった!

 でもどうやって……?

 ――タラリランララン♪


 【FROM】お袋

 【件名】隠しカメラ

 【本文】ティッシュの箱の中よ。


「…………」

 幼なじみのストーカーは、親公認でした。

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