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ハンオタ!  作者: 板戸翔
フィギュア好きのハンオタ
8/37

にの5

 俺はとりあえず一度目をギュッと瞑り、すべてをなかったことにするよう自分に暗示をかける。

 そして目を開ける。

 でもやはり栗原はいた。もう一度目を瞑る。

 そして目を開ける。

 でも栗原はいた。

 目を瞑る。

 目を開ける。

 栗原はいた。

 瞑る。

 開ける。

 栗原。

 目。

 門。

 木。

「…………」

 これ以上絞れなくなったところでやっとこれが夢でないことに気付いた。にしても……。

 俺は目の前の女子──栗原を見る。

「……ぇ……ぁ……」

 栗原は、俺の突然の出現に生命維持活動が精一杯な様子だった。

 ……なんか、ここまで驚かれるとこっちは妙に冷静になるな。

 俺は栗原の眼をしっかりと見据えた。

「何で俺のイス引いたの? 俺の机に何か用?」

 そう、俺の知ってる栗原なら、きっと何かわけがあるはずだ。そうに決まってる。

 だがそれに栗原は。

「え! ……ぁ……ぅ……」

 すっかり動揺しきっていて、いつものオーラはどこえやら、小刻みに震えてさえいた。

 うーむ。どうしたもんか。これでは会話にならない。

 俺はそんな栗原を前にこれからの行動を模索していると、彼女の左手、イスについてなかった方の手が ブレザーのポケットに突っ込まれているのに気付いた。

 そういえば栗原、最初からずっとポケットに入れてたな。今まで手をポケットに突っ込む癖なんて見たことないし、てことは……。

「栗原、もしかしてそのポケットの中に入っているものは何か関係ある?」

 ポケットの中のものを俺の机の中に入れようとしていたと考えるのが普通だろう。

「!!!」

 すると栗原は核心を突かれたのか、ビクッと飛び上がるくらい一度振動し、左手をポケットから──何かと一緒に出して後ろに隠した。

「…………」

 いや、そんなことせずに左手だけ出して何もないことをアピールすりゃいいじゃんか。それじゃあ「はい、気にしてください」って言ってるもんだろ。

 完全無欠で知られる栗原でも、こういう事態ではこんな失態するんだな。

「……それ、何?」

 もう見えちまったけど、それをこちらから無理矢理ふんだくるのもアレだし聞いてみる。相手も逃げらんないって分かってるだろうしな。

「……う……うう……ぐず」

 突然栗原が泣きだした。

 ええ! なんでえ!!

 え、泣くタイミングどこだった?

 なんかこの状況、はたから見たら俺完璧悪者なんだけど。

 何なんだよ。泣きたいのはこっちだよ。

「ううう、ぐず……めん」

 ……ん? なんか鳴き声と鼻すする音と一緒に何かが聞こえた。

「うううう…………ごめん」

 ……ごめん、て言ったのか? 何か声がガサガサしててうまく聞き取れなかった。

 俺が首をかしげているのを見た栗原は、一度小さく深呼吸を挟んでから息を大きく吸い込み、

「ごめんなさい! あのフィギュアは私のなんです!」

 と一気に吐き出し深く頭を下げた。

「…………え?」

 ごめん展開急すぎてよく分かんねえ。とりあえず整理しよう。

 朝早く俺が教室行ったら誰かが俺の机の前にいて、そんで真犯人と思った俺は中に入り、そしたら誰かは栗原で、俺に驚いた栗原は硬直し、俺が栗原の左手inポケットを指摘すると後ろに何かを隠し、それを聞くと突然泣き始め、したらごめんフィギュアは私の。

 ……やばい整理しても現実つかめない。

 まあとりあえず一つ分かったこと。

 真犯人、というかフィギュアの持ち主は栗原で確定。本人自供。

 ……………………。

「えええええええええええええええええええええええええええええ!」

 俺は叫んだ。生まれてから一番大声で叫んだ、と言っても過言じゃない。

 だってあの頭脳明晰品行方正才色兼備の完全無欠、しかもそれに満足していない万年欲求女子がリシアの、しかも一昨日発売したばかりのフィギュアの持ち主だと誰が思うだろうか。

 あ、それも知識吸収のための努力の一つということか?

 いやいやいやいや。彼女がそういうのを勉強しだしたとしたら、それはきっと宇宙の理を全て把握しきった後のことだろう。つまりはありえない。

 じゃあなんで栗原はリシアのフィギュアなんて持ってるんだ?

 ……俺を陥れるためにわざわざ買ったのか?

 え、俺栗原にも嫌われてたのかよ。やっぱ他の奴とは違ってショックを感じる。

「この手紙」

 栗原は頭を上げると左手を前にもってきて、さっき隠した――封筒を俺に差し出す。

 まあ渡すということは読んでということだろうから、俺は封筒を受け取ると早速中から一枚の手紙を取り出した。


 【あのフィギュアの持ち主は私です。詳しく知りたいのでしたら放課後屋上に来てください】


 手紙には短くそう書かれていた。

「直接話したりこの手紙を渡す勇気がなくて、さっきはこれを島田君の机の中に入れようとしていたの。でもしようとしたらいきなり島田君が現れたものだから私動転しちゃって……。今考えれば島田君が現れた一番始めに謝るべきだったわ」

 俺が叫んで動揺が一周したのかそれとも少し時間が経って自分を取り戻したのか何なのか、栗原は多少涙声ながらも話せるようになっていて、同時に本当にごめんなさいとまた俺に頭を下げた。や、謝ってくれるのはうれしいんだが……。

 俺が聞きたい衝動と後悔の恐怖に葛藤しているとそれを察知したのか、栗原は顔をハッとさせる。

「あ、もしかしたら思っているかもしれないけど、私が島田君のことが嫌いでわざとこういうことをやったんじゃないのよ? あれは本当に私のミスで落としただけなの」

「あ、本当か?」

 俺が聞くと栗原は柔らかなほほ笑みを俺に向け敵対がないことを伝えた。

「一昨日朝早くにフィギュアをゲットした後、ゴールデンウィーク中だったけど生徒会の会議があって学校に行って鞄の中のフィギュアを見られるわけにもいかないから資料の整理を教室でしてたんだけど、どうやらその時に落としちゃってたみたい。あれ結構大きさあるけど、その時は急いでいて全く気が付かなかったわ」

 なるほど、俺は嫌われてるわけじゃなかったんだな。ちょっと、いや結構安心した。

 し、しかし、そうなると何で、何で栗原は……。

「何でフィギュア……持ってんだ?」

 今回の原因の核心である、事実。

 すると騒動の張本人|(形)の持ち主は俺から視線を外し、どこか遠くを見つめながら静かに説明をし始めた。


 話は栗原が幼い頃にまで遡り、当時栗原は噂通りかなりの教育ママであるらしい栗原の母親から、普通の子どもでは考えられないほどの数の稽古事を義務付けられていたそうだ。

「と言っても、うちはお金持ってわけじゃないのよ? 上の中くらい?」

 栗原いわく。

 (……え、上の中って十分金持ちじゃあ……) 

 だが俺は流れが流れと必死にそれをスルーし、そのまま話を続けさせた。

 今はやる度に自分が向上していることが分かるそうで習い事が楽しいと語った栗原だったが昔はそうでもなく、むしろ辛さでしかなかったらしい。

 なぜ自分はやっているのか分かっていないのに失敗して先生に怒られ続ける毎日。

 それは日に日にストレスとして幼い栗原の体に蓄積していき、そして彼女が七歳の時ついに限界が訪れた。

 積もりに積った膨大なストレスから逃れるために栗原は。

「お菓子をやけ食いしたわ」

 そう自嘲した。

 七歳でやけ食い思いつけたのか。その頃から栗原の知能はすごかったんだな。

 ……いや、それほどの精神状況だったと見るべきか。

 貯めた小遣いを持って当時初めて一人でスーパーに出かけた栗原だったが、かごを持つと棚の端からどんどんと並べられたお菓子を入れていき、しまいにはレジの人も驚く量になっていたらしい。

 部屋まで帰ると早速運んだお菓子の群に手を伸ばし、途中はもう何を食べているか分からない程無我夢中で口に運んでいたそうだ。

 幾度と食べ続けた後、満腹を二、三周経験した栗原はわけが分からなくなってとりあえず床に寝そべったようなのだが、ふと向けた視線の先に一つのお菓子。

 もう入らないはずなのに無性に気になって手に取るとそれは卵型をしたチョコレートで、割ると中から小さなフィギュアが出てくるというもの。

 それは聞いた瞬間に俺も分かった。昔超大流行した当時の画期的商品だったからだ。

 栗原はチョコの中からフィギュアが出てきたのを見た瞬間、純粋に楽しかったそうだ。大量のお菓子を食べても結局取れていなかったもやもやが、その時一気に吹っ飛んだらしい。

 それからというもの彼女はそのお菓子を買い続け、出てきたフィギュアは母親に見つかると怒られるために机の引き出しの中に陳列。

引き出しを引いて並んだフィギュアを確認してはにやにやするというのを繰り返していた栗原は、次第に興味がそのお菓子からフィギュア自体へと移行していったとのこと。

「いつの間にかフィギュアの魅力に取り憑かれていた私はチョコから出てくるやつ以外もいろいろと買うようになっていて、それで……」

 と、今まで快調に口を動かしていた栗原が突然口ごもる。

 何か口にしたくないことでもあったのか?

 …………あ。

「そして、オタクの世界にのめり込んだってことか」

「違う!」

 これだとばかりにそう聞くと、栗原は手をこれでもかというくらいぶんぶん振って否定。

 あれ、外した。

「違うわよ! 『そして、昨日みたいなことを起こしてしまった』って言おうとしたの」

「そ、そうか。悪い」

「だいたい私はフィギュアだけが好きなのであって、その他のオタクの人が好みそうなものは全く興味はないの! というかだから(・・・)言えなかったの!」

 …………え?

「だからなの!?」

「そうよ! だってフィギュアしか分からないのにみんなからオタクだと思われたら私どうすればいいの? 最悪そうなって知識がないってバレて『にわか』だって思われたら私は……」

 栗原は今日一番の張り声でそう訴えた。ここで今日初めてオーラを感じるという……。

でも確かに栗原の言っていることはそうかもしれない。

 昔ヒロインが自分がオタクということを主人公の男子との間だけの秘密にするという設定のラノベを読んだことがあるが、今の時代は黒瀬にもある通りオタクはプラス面で働くことが多い。むしろ悪いのはそのふり、もしくは勘違いされることだろう。俺の立場って要は栗原の最悪の結末みたいなもんだからな。

 でもだとしたら。

「じゃあお前リシアはどこで知ったんだ? 原作かそれ元の漫画もしくはアニメを見てないと分かんないぞ?」

「フィギュアは全部ネットで見た目見て気に入ったやつだけ買ってるの。だからほとんどのキャラの個人情報は分からないわ」

 うお、なるほど。今の時代便利になったもんだ。

 と言う俺もマイナーなラノベを買う時はネットを利用しているが。

「でも、もうそれも二度としないわ」

 瞬間栗原は俯き、テンションはどん底へと傾く。

 偶然なのか何なのか、直後に雲の影が教室を包み辺りは薄暗く化した。

 ちょ……おいおいやめてくれよ。感情の起伏激し過ぎだろ。

 本当困るんだよなあこういう展開。

 でもだからってもう聞き返すしかないわけで……あー、もう。

「な、何で?」

 俺がおずおずと聞くと。

「……当然じゃない。だって私は」

 ここで栗原は顔を上げる。

 見えた彼女の整ったそれはひどく暗んだ表情に染まっていていた。

 二重のきれいな瞼を弱弱しく震わせ。

 下の瞳は小刻みに挙動不審。

 しかしそれでも栗原は必死に俺を捉えて。

 そして、言った。

「島田君を、傷つけてしまったのだから」

「!」

 その時、俺の中で何かが引っかかった。

 それは自分でも分からない。何なんだこれ。

 一見、この場面において誤り一つないように聞こえる栗原の言葉。

 はずなのにそんな一言が、俺の中の何かをうごめかせる。

 胸の中がぐちゃぐちゃとして気持ち悪い。嫌な、感じだ。

「私は昨日、フィギュアが自分のものだと言えなかった。それは言って、クラスの私に対して向ける目が変わるのを恐れたから。そして恐れた私は、あろうことかクラスメイトのあなたを売っしまった」

「!」

 まただ。また引っかかった。同時に俺の中で何かがこみ上がってくる。

 これは……怒り?

 ドンドンドンドンと大太鼓の連打のような重い鼓動が詰め寄る。

 やばい、出てきそうだ。

「本当にごめんなさい。いえ、謝るだけであなたの傷が癒えるとは思ってないわ。なんでも好きなことを、あなたの私に望むことを言って。

 もちろん先生やクラスのみんな、そして風紀委員に全て話して島田君に対する誤解は解くし、私は今後フィギュアに触れないわ。でもそれでも気がおさまらないというなら、私を殴ったりとかいろいろなことをしてもいいわ。それ程のことを私はしてしまったんですもの」

「!」

 うわ、もう限界。

 俺はギッと唇を噛んで顔を下に向ける。

「遠慮なんてしないで。それでほんの、ほんの少しでも気がおさまるのならそれは私の本望なの。

さあ言って。島田君の望みを」

 …………。

 ……出てきた。

 一言目は先に小さく息を吐いてから静かに言った。

「……調子いいよな、お前」

「……そう、私は調子のいい女。私は自分のために島田君を売――」

「そういう意味で言ったんじゃねえよォ!!!!」

「!」

 ある程度の事を予想していたであろう栗原も、今の俺の怒号には驚きの表情を露わにした。

 正直、俺のガラではなかったな。

 でも、さっきからの栗原の言動にはどうしても許せないものがあった。

 それを今、吠えたことで確信した。

「『私はあなたを傷つけた。だから気が済むまで好きにして』何だこれ。何なんだよお前。ふざけてんのか」

 三白眼で栗原を睨む。

 その栗原は何が何だか分からないでいる様子だった。

「……何か私間違ったこと言ったかしら?私はただ島田君に償いがしたく――」

「その発想が間違ってんだよ!!!」

 再度の俺の咆哮に栗原はぶるっと体を震えさせて目を見開く。

 「何だよお前。『償いがしたい』? さっきから優等生っぽいこと吹いてるけどよ、結局俺のせいにしたいだけなんじゃねえの?」

「…………どういう、こと?」

 俺の言葉は栗原にとってまったく圏外なものだったのか、彼女はまるで一瞬で見知らぬ土地にきてしまったかのように落ちつきなく戸惑った。

「だってそうだろ? 『島田君を傷つけた』『島田君の誤解は解く』『フィギュアにはもう触れない』『私を好きなようにして』ってまあよくもこんなに並べちゃって。お前さ、やっぱ俺のこと嫌いだろ?」

「……ッ!!」

 事に気付いた栗原から驚愕による吸引音がはっきりと聞きとれた。俺が栗原の言葉に引っかかって怒りを覚えたのはそこだった。

 彼女の発した言葉は、あまりにも綺麗過ぎたのだ。

 それはまるで作家が何度も推敲を繰り返して磨きに磨いた一文のような、それほどに。

 しかし洗礼されて完璧となった栗原の言葉は同時に、彼女の本音を強く反映していた。

「ち、違う! そんなつもりで言ったんじゃないわ!」

 栗原はうろたえながら強く否定する。

 まあおそらくそうだろうな。意識してやったことでないのは認める。

 だけどさ。

「じゃあこれは何だよ?」

 俺は手に持つ手紙を掲げた。

「どうしてこんなもん書こうと思った?」

「それは、まず第一に島田君だけに伝えたくて放課後誰もいない屋上に」

「これから周りが俺に向ける誤解を解こうと思っているのに誰もいない場所を選ぶのか? それと“まず第一に”って言っているのに時間は放課後なんだな。そもそも手紙っていうのも疑問だ。同じクラスなら連絡網で俺の家の電話番号ぐらい分かるだろ。電話で直接俺に言えばいいじゃねえか」

「あ、いや…………」

 栗原はそこからただ口をパクパクと動かすだけで、声を出せないようだった。

 この完全無欠らしからぬ穴だらけの発言と行動。

 ここまで露骨なら、発想力が乏しくそのせいで今もここにいる馬鹿な俺だって分かる。

「栗原、お前自分自身に嘘ついてるだろ?」

「……それ、どういう意味かしら?」

 発言が障ったか、栗原は泳がせていた目を少し鋭くさせる。だが俺は構わず答えた。

「まんまだよ。今回お前は自分をごまかしながらやってるってことだ」

「私のッ、私の島田君に対しての気持ちもごまかしてるって言いたいの?」

「ああ」

「ふざけないで!!!」

 今度は栗原が怒声を散らした。

 こういうのを逆ギレと言うのだが、本人の様子はそんなこと頭によぎってもないようだ。

「島田君に対しての気持ちは嘘偽りのないものよ! だからさっきの言葉だって放課後伝えるためにしっかり家で考えてきたの!」

 こちらにも振動が伝わってくるのではないかと思うほどに全身を震わせ激高する。

 襲いかかる圧は凄まじきものだが、でもだからといってここで引くつもりはない。俺は今、ただ栗原に当たっているだけではないのだ。

「謝罪は気持ちで言うもんだ。考えてくるもんじゃない」

「それは屁理屈よ! だとしても気持ち自体は本物だわ」

「だったら!!!」

 声を張り上げた。

 栗原の心に手を伸ばすために。核なる部分に触れるために。

「お前何で未だに自分の気持ちを言わないんだよ」

「言ってるじゃない! 私は島田君――」

「俺は関係ねえ! お前自身の気持ちだよ!」

「…………」

 途端、栗原の口はまた言葉を失くす。直後にゆっくりと俯いた。

 それを見た俺は一度深く呼吸をついてから、しっかりと栗原をまっすぐ捉えて。

「お前の俺に対する気持ちってのは、自分を見ないためのただの蓋にしか過ぎないんだ」

「……違う」

「手紙だって、あれは辛いことを先に引き延ばそうとした結果だ」

「違う、違う違う!」

「お前無意識にやってんだよ、自分自身を守るために。傷つくのが嫌で本心からも現実からも逃げて」

「違う!! 私は――」

「答えろ栗原!!!」

「!」

 拍子に、栗原の頬を二筋が流れ伝う。

 だが栗原はそれを拭こうとはしない。

 それら二つの源は、しっかりと俺を捉えたままだった。

 それを見て、俺は。

「答えろよ栗原。お前はどうしたいんだ(・・・・・・・・・・)

 その言葉を静かに栗原へ向けた。

 まだ内の怒りは収まったわけではないが、迫って栗原を追い詰めるつもりもない。

 ここまで言ってきたのは、ただ知りたかったから――栗原の、本心を。

 知って、俺も自分と向き合いたかったんだ。

 それを聞いた、栗原は。

「私は……私は……」

 顔は左右に振れていた。

「わ、たし」

 だが行動とは裏腹に表情はすでに崩れ去り、双眸から溢れ出てくるものは流星群のごとく。

「……っ」

 何かを言おうとし、しかし息を詰まらせた彼女はついに限界を悟ったのだろう。

「……うあああああ!」

 今まで持っていたものを全て吐きだすかのように声を上げて泣きだしたのだった。

 両手を目に当てているが、その隙間からいくつも雫がこぼれ落ちる。口元を見ると、そこからはよだれらしきものも見えて……。

「…………」

 俺はそんな彼女をただ黙って見て思っていた。

 これ、続いたら鼻水も来そうだなあ。あーあ、イメージガタ崩れだこりゃ。

 でも。

 でも、今俺の目の前にいるのは、確かに栗原だ。


 それから十数分経ち、ようやく栗原は泣きやんだ。

「ごめんなさい。あなた一人置き去りにしてたわね」

 目元に残った最後の一滴を指で拭いながら栗原は言った。

「んや、別にいい。お前自身の気持ちが分かったからな」

 あれだけ豪快な泣きを見せられちゃあ、いくらなんでも分かっちまうよ。

「ふふ、まさか自分が他人の、ましてや男の子の前で涙を見せるなんてことがあるとは思わなかったわ」

 栗原は今日初めて心からの笑いを見せた。

 晴れ晴れした、見ているこっちも心地いいものだった。

「でも」

 が、その表情はすぐに曇りを見せる。

「でも、やっぱりだめだわ。確かに私の本心は今までのままの私でいたい、フィギュアとも離れたくないって言ってる。でもそれでは昨日のけじめがつかない。このままだときっと私は成長どころか、人間にさえなれないわ。だから今も本当の自分を公表して、フィギュアを捨てなければいけないと私は思ってる」

 どこか悲しげだけど、でもいつものオーラは戻りつつあった。

 今のは栗原自身の言葉だ。だから俺がどうこう言うことじゃない。

 でも、でもなあ。

 相手も本心を明かしたし、一応俺の本心も言っておくか。

「……別にいいんじゃないか? 隠し事があったって」

「え?」

 面を食らったという表情の栗原。

 まあまさか被害者の俺がそんなこと言うだなんて予想してないわな。

 だがそれが俺の本心であった。

「誰にだって隠し事の一つや二つあるだろ。それが栗原の場合はフィギュア好きだったってだけの話だ」

「わ、私はそのせいで島田君を傷つけたのよ? それなのに……」

 栗原は動揺していた。

 今しがた決めた方針を早くもグラつかされたわけだから。

 それに対しては詫びるしかないんだが。

 それでも、俺は言いたい。

「それは裏を返せば、そこまでして守りたかった隠し事ってことだろ?」

「そ、それは……」

「だったら守り抜けよ。そこまで大切なものだったら、何を犠牲にしてでも守り抜け。途中で放り出してんじゃねえよ」

「…………」

 ふう、なんとか言い切った。

 栗原はというと、なんかボーっとしている。聞いてたかどうか分かんないけど、ま、大丈夫だろ。

 おっとそうだった、これだけは言わないと。

「あ、それでも俺の誤解はちゃんとうまい具合に解いておいてくれよ? あとお前生徒会なんだから、今回の件での風紀委員会の行動も大目に見てやってくれ。そこの副委員長、俺のために無茶したからな」

 そして俺はよろしくと栗原の肩を叩いた。

 すると。

「!」

 なぜか栗原は体をビクっと震わせて俺から離れた。

「…………」

 え、なんか普通に辛い。

 離れた栗原は俺を見ながらプルプルと震え、心なしか頬を赤らめていた。

 何これ、やっぱ今回のは栗原の俺に対する嫌がらせだったっていうどんでん返しなドッキリ!?

 疑い始めた俺に対して栗原は。

「い、いや、今のは島田君が嫌だったとかそういうんじゃなくて、ちょっとドキっとしてしまったというか……あ、あわわ、ごめんなさい!」

 と言って廊下にでも行こうとしたのか、席と席の間をぬって教室の前の方を目指して走り出し――


 ――ドテン!


 机に足を引っ掛けて見事なコケを見せた。

 うん、どうやら俺の疑いは杞憂のようだ。

 ただ栗原が壊れただけだった。

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