にの3
「あっはっはっは! 本当健児ってなんか運がないっつうかさあ。うは、あははは」
放課後の帰り道、俺の隣では里香が今日のことでかれこれ約五分間ゲラゲラ笑い続けていた。
あームカつく。この声ムカつく。
「うるっせえなお前は! いつまで笑うつもりだよ。いい加減やめろや」
俺がそう怒鳴るも、里香は怯まず悪戯な笑みを浮かべる。
「あれー、いいのかな恩人にそんなこと言って。今日は誰のおかげでおとがめなしに済んでるのかなー?」
「う……」
痛いところを突いてきやがった。
そんな俺を見て里香はニコーっと天使の微笑みをこっちに放つ。
くそー、まさかこいつに救われるなんてことがあるとは。島田健児一生の恥だ。
それは約三十分前のこと。
六時限目が終わり、各教室のホームルームも終わり始めて生徒がゾロゾロと帰ったり部活に行ったりしている中、俺は一人ある教室の前にいた。
『風紀委員室』
扉の上にそう書かれて付けられた板を見て今日何十回目かのため息。
ああ、なんでこんなことになってん……いや、理由ははっきりしていた。
俺が今日の朝、川瀬先生にゴールデンウィーク中リアスのフィギュアを学校に持ってきてそれを落としたという冤罪をかけられたためだった。
うちの学校――私立西桜高等学校の方針は基本的に生徒主導。校内での物事はほぼ全て生徒たちに一任され、それにはまた不祥事を起こした生徒の処分も当てはまる。
普通の学校なら、大人たちが事を起こした生徒の知らないところで動いて勝手に決めてしまうと思うが、うちの場合は生徒達の風貌や行動などを監督する組織である風紀委員会が該当生徒を呼び出していろいろと本人から話を聞き、最後に処分を下すというシステムになっている。
やっぱあの後も否定を続けておくべきだったかと後悔したときもあったが、あのまま続けても流れが悪くなる一方だったことが予測でき、その後はひたすらに自分のバカさ加減を嘆いた。
ちなみに、この学校の校則はラノベは本として扱われているため校内持ち込み可となっている。これは一年の入学時すでに確認済み。
しかしフィギュアの場合は玩具扱い。そして玩具の持ち込みは禁止。
というわけで俺は処分対象者となっているわけだが。
「…………」
扉の前で約三分、なかなか手がかからないでいた。
あー、もう中には風紀委員がいるんだよな。
まあさすがに進級問題とか後の進学問題に関わる事柄はあり得ないが、それでも判断するのは生徒。この間授業中のゲームがバレた奴は一人で校舎内を永遠と清掃してたな。はあ、どんな処分が下されるやら。
ちなみに川瀬先生の話だと、なんでも風紀委員長は今日諸事情があって来れず、俺の処分は副委員長を長とする裁判官達に判決が下されるとのこと。
……なんともいい加減だな。これで重い処分になったら怒るぞ。
そんなことを思いながらも、しかしあんまり待たせると機嫌を損ねてしまうと弱気な発想が頭をよぎり、俺はフゥと一度息をつきた後、気持ち強めに扉に手をかけた。
「失礼します」
中に入ると、横長の机が縦にいくつも繋げられていて、サイドには風紀委員が並んで座っていた。
そして一番奥、こちらに向かい合うようにして座っていたのは恐らく副委員長であろうポニーテールを結わえたすごくみとれる笑顔を放つ女性が──
──バタン。
思わず扉を閉めてしまった。
よし、とりあえず深呼吸だ。スーハースーハー。目が疲れてるのかな? 目頭をギュイーンとつまむ。
そして再び扉を開けた。
「おーっす健児!」
やっぱり里香がいた。
「何で里香がここにいるんだ」
思わず聞いてしまった。もう分かってるはずなのに。
「何でって、私風紀委員の副委員長だし」
やっぱりだった。そういやなんか昔言ってた気がするな。里香の話って大抵流してるから忘れてた。
とすると、里香の知名度にはこれも関係していたということか。
や、風紀の副長がなくても十分こいつは目立っているのだが、違う学年から幅広い人気を誇っていたから少し疑問には思っていた。
そんなことを考えていたら。
「じゃあ今から島田健児君に風紀委員会から処分を下します」
里香がそう言った。
え? いやいや。
「あのさ、展開早くね? 俺に何か聞いたりしないの? てかまず俺を座らせないの? そこに一応イス用意されてるみたいだが」
俺は目の前のパイプイスを指差したが、里香はニコニコ笑顔のまま首を横に振る。
「必要ないよ。だって健児無罪だし」
…………何ダッテ?
「悪い、もう一度言ってくれ」
「だから無罪だって。おとがめなし。もう帰っていいぞ。あ、でもちょっと待って今すぐこれ終わらせる。今日一緒に帰ろ? 私部活休みだから」
「…………」
こうして俺は助かったわけだが、同時にこの学校の未来が心配になった。
「まったく、私が風紀委員で副委員長じゃなきゃどーなってたか」
里香は腕を組んで偉そうに言ったが、この行動の意味を俺は分かっている。
「いや、お前俺を守るためじゃなくてただ部活が休みで一緒に帰れる今日という日を守りたかっただけなんだろ?」
それに、里香は。
「………………………………そんなことねーよ?」
この間。てか疑問形だ。
今の通りこの里香、実は全く嘘がつけない。しようとしてもかなり分かりやすく表に出てしまうのだ。
と、ここに来て新たな特性が露見したように思えるが、これが里香という存在の根本である。
嘘がつけないというのはもちろん周りに対してでもあるが、里香の場合は自分自身に対しても該当する。
それは自分の気持ちにも嘘がつけないということであり、彼女は自分の興味や欲望が湧く物事を見るとストレートに飛びついてしまう。それが多発して行き着く先がトラブルメーカーなわけだ。
良く言うと……ごめん思いつかない。悪く言えば生きた災害。即答できた。
よって今回のこの展開もそんな理屈でなっているわけで……はあ。
「い、いいじゃんいいじゃん。健児と一緒に帰りたかったんだよー」
甘えた発言をしながらグリグリと俺の脇に無理矢理腕を通して俺の腕に抱きついてくる里香。
ちなみに行き過ぎた笑顔や今されている甘えも元をたどれば馬鹿正直なところに辿り着く。
「あー! 邪魔くせえな」
俺は引き剥がすべく里香の顔に手をついておもいっきり押すが、里香もそれを全力で抵抗する。
「えー何でだよ。今日は誰のおかげでおとがめなしに――」
「それはもう聞いたわ! だいたい偉そうだが、こんなことして生徒会に睨まれたりしねーのかよ?」
そう、今回はほぼ里香の私的な行動だ。これが公になれば校内全ての生徒、組織の上に立つ生徒会は黙っていないだろう。
しかし里香は俺の腕を払うとニコッといつもの笑みを俺に向けてこう言った。
「あーそれなら多分大丈夫っしょ。だって健児犯人じゃないし」
…………えっ…………?
「お前、俺が犯人じゃないと思うのか?」
俺の低いトーンで発した言葉を聞いた里香は、笑顔を解いて驚きの表情を見せる。
「何言ってんの当たり前だろ。朝も言ったけど健児はラノベだけが好きなハンオタなんだから」
「…………」
なんだかなあ。
クラスの奴らは真っ先に俺を疑ったのに。
黒瀬っていう完全オタクがいるのに疑ったのに。
担任でさえも決めつけてたのに。
どうしてこいつは当たり前だと。
驚く顔をして当たり前だと。
そう、言えるんだ。
「そうでしょ?」
言って見せた里香の笑顔は、濁りない透き通ったものだった。
…………くそ。
やっぱり俺はお前が苦手だ。
家に帰ると、俺は真っ先に自分の部屋のベットにダイブした。
「あああああああ」
そしてとりあえず声を出す。
そうしないと帰り道のことを思い出してらしくない感傷的な気持ちになりそうだからだ。
なんとももろくて情けないが、一人だと思ってたら実は一人じゃなかったわけで。
それを感じてしまったわけなので。
何だ、人間、一人じゃ生きてけないってことか。
……ってもう感傷的になっちまってんじゃねえか!
「あああああああアアアアアアア!」
途中から吠えに変える。
何だってんだ! 何でこんな気持ちにならなきゃならん!!
そうだ、あのフィギュアだ! あのフィギュアが落ちてたせいだ。
……いや、リシアは悪くない。悪いのはリシアを落としたやつだ。
だああああれだリシア落としてんのはあああ!
俺は枕を殴る! ひたすら殴る!! 力強く殴る!!! おもいっきりなぐ――
――と。
俺は拳を止めた。
それは気付いたからだ。
いや、なんで今まで気付かなかったのだろうか。ちょっと善人すぎる自分自身を恥ずかしく感じた。
「……真犯人、捕まえよう」
学校にいた時は風紀委員のことで頭がいっぱいでそんなこと思いもつかなかったな。
そうだよ。俺とは別に真犯人がいるんだよ。いや、そいつは俺を陥れるためにわざと落としたのかもしれない。
その真犯人を捕まえればクラスの奴らの俺に対する嫌疑も晴れるし、ついでに里香が生徒会から睨まれることもない。
万事解決じゃないか!
おおおおおお! そう思ったらスゲーやる気とスゲー犯人に対する怒りが……おりゃあ!
ボスッ!
俺は止めてた拳を力増し増しで再稼働させた。
よし、そうと決まれば作戦練るぞ!
俺は机の上からペンとメモ帳と取る。
えっと、こういう作戦があるな……メモメモ。
あ、こういうこともできんじゃないか?……メモメモ。
ここの時こういう作戦はいいよな?……メモメモ。
そうすること三時間――。
目の前のメモ帳はというと……。
〜真犯人見つけるための作戦案〜
・朝早く登校してみんなの机漁って証拠を探す!
これ一個。
「…………」
やー、こういうのって俺初めてだなあ。
……はい、理由になってない。