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ハンオタ!  作者: 板戸翔
活動部の外出――が
34/37

ななの5

 ――気付くと俺は、走っていた。

 アスファルトの公道を寝巻のまま、裸足のまま、起きたままの恰好――に手紙とカードが付け足され。

 ただひたすらと、無我夢中に、全力で。

「くそう、くそう、何で、何でだあ!」

 そう叫びながら、走っていた。

 栗原が消え、手紙を開き、カードを見た瞬間の、殴られたような衝撃は。

 記憶の数々が幾重にも俺の頭を切り裂いて、そこから認知した現実は。

 俺を震わせ、叫ばせ、嘆かせ、そして走らせた。

 何で、何でだ。何で俺は――

「――気付かなかったんだこのヤロオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 昨日どっかのクズが決めたこと。『栗原が助けを求めない限りあいつの問題には突っ込まない』。

 ご存知の通りクズとは島田健児のことであるが。

 本気でそんなのんきな事を、栗原の近くにいたはずの俺は、心の中でほざいてた。

 馬鹿だよなあ。どんだけ鈍いのかなあ。

 栗原は、あいつは――

「――とっくに、助けを求めていたじゃねえか!!」


 ゴールデンウィークが明けた二日後。栗原の秘密を知り、彼女が俺に謝ってきた時に分かったはずだったんだ。

 栗原は、思いとは裏腹に、|本音を表へと出してしまう(・・・・・・・・・・・・)ことを。

 里香とは違い嘘がつけないわけではないのだが、自分の本音と反対の事をしようとすると、栗原は無意識に本音自体を行動に出してしまうのだ。

 だからそもそも朝の教室で俺が栗原と出会うという偶然も起こり、謝罪の中で彼女の本心を知ることができた。

 フィギュアを失いたくないという本心が、本音が、はっきりと。

 手紙や、言葉に、露骨と言っていい程、現れていた。

 そしてその栗原の現象は、|今回のことにも該当する(・・・・・・・・・・・)。

 栗原は今回、大きく分けて四つの事をして、それぞれに疑問を残した。

 時系列的に一つ目は、家出。

 今まで栗原はずっと厳しいお袋さんの下にいて、その通りに生きてきた。彼女の完全無欠さと未だそれにおごることのない努力の精神だって、おそらくお袋さんが敷いた布石がきっかけとなっている――栗原がそうなる程に、強固で窮屈な布石を敷いて。

 しかし自分にそんなことを課したお袋さんへの反抗だって、幼い頃のお菓子のやけ食いと、それをきっかけとするフィギュア収集、そして入れるなら活動部程度のことであろう。いずれにしても俺から見たらぬるいことだ。

 それなのに今回、彼女は一ランク高い反抗、家出をした。

 今までしてこなかった彼女が十年間の秘密、フィギュア収集の趣味がばれて、家出をした。

 だがこの理由は今までの彼女を変えるポイントとなると同時に、家出というのをいささかおかしく思わせる。

 フィギュアを発端として対立したならば、守る側の栗原は、普通フィギュアを守る行動を先にとるのではないだろうか?

 しかし栗原は家出を選んだ。それも着物着用のまま。とてもフィギュアを安全な場所に移動させたりなどの措置を施した後とは思えない。

 突発的で仕方がないと言えるものの、なぜ栗原がフィギュアを見捨てる行動をとったのか?

 二つ目は、部活動である秋葉散策への参加。

 家出をしてきたにもかかわらず、栗原は秋葉散策へ訪れた。

 家出してきたことを伏せ、いつものように、いやいつも以上に彼女は活動部の活動をした。

 なぜ栗原は家出の後というのに参加をし、そのようにふるまえたのだろうか?

 三つ目は、うちの家に泊まりたがったこと。

 秋葉散策を終えると、彼女はそれまで伏せていた家出していることをすんなり露わにした。

 そしてあろうことか、うちに泊まりたいと言ってきたのだ。他にアテがないからという理由で。

 しかし、本当にそれだけだったのだろうか? すぐ近くには女子で俺の家の隣に住む里香がいたというのに。

 最終的には里香の家に泊まることとなったのが、なぜ栗原は『俺』の家に泊まりたかったのだろうか?

 最後の四つ目は、手紙を残して消えたこと。

 栗原は、手紙を残した。

 何も言わず消えた割に、部屋に残した里香宛てと、しっかりとうちのポストに入れた俺宛ての手紙を、残した。

 なぜ彼女は、消える前に手紙を残すなんていう行動をとり。

 なぜ、それら四つの疑問を残したのか。

 それは、その理由は、もとをたどると全て一つに集結する。

 これらは全て、栗原の現象が始点となっていたんだ。

 活動部が大切な存在で、それがずっと自分の日常でありたいという。

 栗原の――本音が現れたもの。

 おそらく栗原の中で、活動部の存在はすでにかけがえのないものになっていたのだろう。

 初めて自分の偏った趣味を相手に明かすことが出来、同時にそこから同じ目標を目指すことができる場所、活動部を。

 だから彼女はばれた時、家出を選択して、部活動に来たのだ。

 フィギュアを犠牲にしたまで、活動部にいることを選んだ。

 これは、彼女の本音からのもの。

 そしてまた、彼女の本音は、信号でもある。

 家出してまで部活動をしにきたこともそうだし。

 うちに泊まりたがったことだって、消えるときに手紙を残したことだって。

 全ては信号だったのだ。『私を助けてほしい』という信号、本音を。

 信号赤の警告、サイレンを――俺に対して発していたんだ。

 あの朝の教室で栗原の秘密を知った俺は、彼女のしようとしていることを止め、継続させた。

 だからきっと彼女は、今回も本能的、無意識に感じていたのだろう。

 『島田君なら、また私を止めて、日常へ戻してくれる』と。

 『俺』の家に泊まりたいと言い出したのも、消える前に手紙を残したのも。

 おそらく家出して活動部の活動に来たことも、俺へ気付いてもらうために。

 サイレンに気付いて、|自分を止めてもらうために(・・・・・・・・・・・・)。

 栗原の四つの行動は彼女の本音によるものだが、それだけでは彼女の現象の半分でしかない。

 栗原は、思いとは裏腹に(・・・・・・・)、本音を表に出してしまうのだ。

 彼女の本音は、言った通り活動部が大切な存在で、それを失いたくないということ。

 昨日までの日々を、今後も壊したくないということだ。

 でもその本音は表に出しているもの)を『思い』は指している。

 俺に止めてもらえなかった栗原は今、本音に嘘をつき、裏切り、『思っ』ていることを実行しようとしているのだ。

 そのことを俺は、まったく滑稽な事に今まで全く気付いてやれなかったのである。

『でも、いいわねこういうのも。楽しかったわ』

 彼女が秋葉散策で眠りに着く前に言ったこの過去形も。

『今日は……ありがとう。楽しかったわ』

 昨日の夜にも、最後は同じことを言ったのに。前者を強めにして言っていたのに、気に留めず。

 『楽しかったわ』の後ろに、『今日まで』などの一言が付くとも思わず聞き流した。

 これ程まで、栗原はサイレンを鳴らし俺はそれを覚えていたというのに。

 これ程なくとも、栗原が『思い』そうなことぐらい簡単に想像できたはずなのに。

 ――自分の問題で活動部に迷惑をかけるわけにはいかないと『思う』馬鹿なやつだって、分かっていたはずなのに。

 それなのに、俺は栗原を止められなかった。

 俺は、おれは何もしなかったッ!!

「くそう、くそう!」

 叫ぶ。悔やんで、叫ぶ。

 俺はそれを、栗原がそれほどまでに出していたというのに、受け取ることができなかった。

栗原が手紙に挟んで返してきた特別会員カードで初めて気付くなんて、遅すぎるにもほどがあるだろ! 俺が昨日渡してなけりゃ存在しなかったチャンスポイントじゃねえか!

  早く、速く、はやく!

 はやくしないと、はやくしないと栗原が――

「――待ってよ健児!」

 俺はその声と同時に腕を掴まれ、ストップを食らった。

 声で誰かが分かった俺は振り返り、案の定ポニーテールを結わえた彼女に声を荒げる。

「何すんだ里香!! はやくしないと栗原が――」

「――落ちつけええエエエエ!!」

 しかし俺以上に、里香は声に重量を、重みを込めて返してきた。

「健児、手紙読んだのか? まあ読んでても読んでなくても書かれてないから同じなんだけど、清美がどこへ行くか、いるのか分かってるのか? どうやって清美のところへ行こうとしてたのか教えてよ」

「…………」

 俺の走っていた目的はあくまで栗原のところへ行くということだけ。

 手紙も読んでいたのは最初の一行で、栗原の現在地なんて知っているわけがなかった。

 答えられない俺に、里香は深く嘆息する。

 そこから、俺に一体何を言ってくるのかと思っていたのだが。

 そこから、彼女は少し俯いて。

「最近、健児はいつも清美だ」

 そんな、ことを呟いた。

「……は?」

 意味が分からなかった。とてもじゃないが、今この瞬間に関係あることとは思えない。

 だが里香は今までに見たこともない、表すならば『意志のこもった顔』をこちらに上げ、今度ははっきりと。

「昔は私を見ていてくれてたのに、ゴールデンウィークが終わった後から見てるのは清美。活動部を始めてから健児が見てるのは清美。最初の活動でも、私の勉強会のときだって、オタク論議も昨日も清美。そんで今も清美――本っ当、嫌になる」

 最後には里香らしからぬ毒まで吐いて、声にした。

「お前……何言ってんだ?」

「健児。健児は知らないと思うけど、実は私と清美って、健児絡みである約束をしてんだよね」

 俺の質疑に、里香は返答でない返答をしてきた。

「知らないだろ? でも本当なんだなこれが。二人で活動部を始めようって話し合ってるときに部活動をより良くするためにしたんだよねえ」

 なぜこのタイミングでそれを話しているのか分からないが、それでも今のが本当というのは分かる。

 里香は、嘘がつけない。

 里香はそれに続けて。

「健児のために特別に今教えてあげよー! それはな――」

 おそらく、いや確実に言ってはいけないことを俺に聞かせた。

 もうそれは唐突ではなく、強引だった。禁書を無理矢理読ませるが如く。

「――『部活動中、または部活動に関わる時に、健児へ想い・・を伝える、または匂わすのは禁止』っていうやつだ」

「……え?」

「もっとも、一度それはお互いの合意の上で破られているけどな」

 ここで俺は、黒瀬のある言葉を、思い出した。引っかかった。

 それは俺が、栗原と里香は俺に対して気がある素振りは一度も見せていないことを言ったときに返してきた一言目。


『……それは二人が停戦協定を結んでいるからだろう――』


「停戦協定……」

 もし、今里香が言った約束が、黒瀬の言う停戦協定だと言うのなら。

「でも今は部活動の時間の外。つまり約束の範囲外で、健児に想いを伝えてもいいってことだ」

 約束が、停戦協定だと言うのなら。

「今も清美のことで盲目になってる健児に、目薬感覚で一つ言っておいてあげるよー」

 約束が、停戦協定なら。

「私は、昔からずっと健児の事が、好きだ」

「――っ!!!」

 体中を、何かが貫通していった気がした。

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