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ハンオタ!  作者: 板戸翔
活動部の外出――が
33/37

ななの4

「とお!」

 部屋に帰った俺はそんな声とともにベッドにダイブした。ああ、スプリングの弾力が疲れた体に染みてくるう。

 いつも夜眠る際にお世話となっているのだが、ベッドにおいてスプリング自体の存在を感じ取ったのは、スプリングに失礼ながら正直初めてだった。

 要はそのくらい、今日という日が疲れたということだった。

 昔から里香に厄介事を持ち込まれてきた俺でも初めて――と。

『それはさすがに言い過ぎだ今の俺。互角、もしくはそれ以上のことを里香からされて来ただろう忘れるな。今の極楽浄土に流されてんじゃねえよ』

 なんて過去の俺が訴えてきた気もしたが、それについて詳しく吟味することも億劫なくらいに脳は働かなかった。というか、もう全身どこも働かない。動かない。疲れている。

 もちろん動かないというのは疲れていることを表現しているだけで当然のことながら本当に動かないわけではない。事実馬鹿正直な程にうつ伏せでベッドに倒れ込んだ俺は、そのまま暫くして呼吸という生理現象に負けたため(いや勝ってもある意味負けなんだが)、首だけ九十度横へと回した。すると、真っ暗から回転した視界に映るは、開けっぴろげのままのクローゼットが……。

 でもいいや、疲れたし。開けたままで。

 あ、そういえば俺風呂入ってないんじゃないか? 入らないと……。

でもいいや、疲れたし。明日学校だけど。

 ならもう寝るか。今はまだ夜九時にもなってないけど、疲れたし。

 じゃあせめて電気は消そう。スイッチ消さないと……。。

でもいいや、疲れたし。今は地球温暖化を忘れよう。

 とにかく、今日は疲れました。

「じゃ、おやす――」


 ――ドンドンドンドン!


「うおっ!」

 俺が就寝の合図を言って瞳を閉じようとした瞬間、部屋にある唯一の窓を何かで強く連打されてるような音――いや、まさにそのものの音が俺を恐怖に駆り立て、強制的に起き上がらせた。

 え、何? ……泥棒?

 しかし、それにしては音がどうやら窓を割ろうとしているような強烈すぎるものではなかった。かと言って決して静かなわけでもなく、何かは今も窓を殴打し続けている。ここからすると、まるで窓を叩く何かは音を出すためにやっていて、こちらの存在に気付いてほしいと訴えているような……。

 俺はおそるおそる窓の方をベッドから覗きこんで正体を確認し……。

「何やってんだ、栗原」

 急いで窓を開けてそう言った。それは無論、音の正体が栗原の仕業だったからである。

 栗原の姿は、俺の部屋の階である二階と同じ高さにあった。

「何やってんだはこっちのセリフよ」

 里香に借りたと思われるパジャマを身にまとった栗原は、右手におそらく窓を叩くのに使ったのであろう孫の手を所持し、俺の部屋から真向いに隣建つ家――すなわち西条家、里香んちの窓を全開にして中からこちらを睨んでいた。

「島田君があろうことか疲れたを多用するばかりで里香に丸投げした私のことに一切触れぬまま寝ようとしていたからとても優しいことに私から謝罪のきっかけを与えてあげたのよ」

「すいませんでしたあああ!!」

 栗原のあまりの迫力にその一言しかなかった。


栗原への懺悔を込め、なぜこうなっているかの経緯。

そもそも栗原が家出を決行した理由。それは――


――お袋さんにフィギュア収集の趣味が、ばれたのだ。


そもそもお袋さんは、栗原が突然『活動部』なんてものを創設したことに疑念を抱いていたらしい。

もちろん栗原は表向きの活動内容しかお袋さんに公開していなかったらしいのだが、それでも疑いの目を離さなかったお袋さんはある日、栗原の親父さんが何らか(・・・)の秘密を知っていることを掴んだのだ。

そしてお袋さんが親父さんを問い詰めたところ、家族で一番弱い親父さんは栗原のフィギュア収集を白状。それが昨日のことで、華道の稽古から帰ってきた栗原は秘密を知ってしまったお袋さんと大喧嘩――の末に、そのまま家出してきた、とのこと。だから今日栗原は着物着用で不眠という状態だったのだ。

それらのことをちゃんちゃん、なんて効果音で締めくくって、栗原はあっけない幕切れを表した。本人も活動部から親父さんに繋がり、最終的に自分自身が崩れさるなんて事態は想像しなかったのだろう。

そんなわけで家出少女となった栗原はうちに泊まりたいと言ってきたのだ。

『頼れるのは島田君くらいなの……インドアだから他に家を知らなくて』

後半を聞いた時は残念な気持ちで胸がいっぱいになった。

しかし困っている栗原を放置するわけにもいかなかったため、うちに泊めてもらえるようお袋にインターホン越しに頼んだところ。

『だめ』

 の一言で切られ、全身から変な汗を噴き出しながら困った末に俺は。

「里香の家って……今日来客大丈夫?」

 という腐った言葉をいつの間にか吐いてました!

 や、冗談抜きに栗原本当にごめん! でも里香の家が大丈夫だった時はかなり安堵していた俺だったよ……いろいろな意味で。


「はあ。島田君の家に泊まれるとわずかでも期待した私が馬鹿だったわ」

「しょうがないだろ? お袋締め切り前で余裕なかったんだよ。……てかよくよく思ってみると、お前よく俺が寝ようとしていたこと分かったな?」

 どんなに頑張っても角度的にここから俺の部屋のベッドは見えないはず。電気も消そうとしてなかったのに。

 まあそれは百歩譲って雰囲気で分かったとしても、さっき栗原「『疲れた』を多用するばかり」って言ってたよな? 確かに何度も思ったけれど口には一度もしてないはず……。

 すると栗原は表情をノーマルに戻し、ケロッと。

「健児の部屋の監視カメラの映像が見れてね。それで分かったのよ。『疲れた』の多用もね」

「…………」

 監視カメラ俺の部屋にも置いてあったのか。熱心なことにそこから俺の心の声まで読みとって。

「それはいいとして」

 栗原が無理矢理話を変えてきたが、今の俺の立場は劣勢なので何も言えない。

「島田君私が窓を叩き始めてから開けるのに随分時間かかったわよね? 里香とは家が隣同士なんだからこうやって里香とお互い家の中から会話したりとかしないの?」

「ああ、それについては今栗原がいる部屋が問題なんだよ」

「ここが?」

 栗原は俺から視線を外し、自分のいる部屋の中をキョロキョロと見回し始めた。

 栗原、残念ながら部屋自体の問題じゃねえんだ。

「その部屋はな、吾朗おじさん、里香の親父さんの部屋なんだよ」

「え!」

 俺の言葉に栗原は目を丸くした。

 おばさんは結構俺が里香と一緒にいるのを喜んでくれるのだが、『厳格』という二文字がぴったりはまるおじさんは反対に俺と里香が一緒にいるのをあまりよく思ってなく、俺たちが二人でいるのを見つけると何かと引き離しにかかってくる。本人いわく『まだ学生なのに、男と女という関係のお前らは距離が近すぎる』というね……。ま、そのおかげで俺は何回か里香のトラブルから逃れることが出来たからどちらかというとプラスとして思っているのだが。

 そんなおじさんなわけなので、俺の部屋と向かい合う西条家の部屋に当然というか里香の部屋が置かれるわけもなく、昔から向いの部屋は常に揺るがずおじさんの場所。里香には部屋の立ち入りを禁じているらしい。

 ……現代では変わっているが、決して悪い人ではない。

 そして栗原は今、そんなおじさんの部屋にいるわけである。ということは今日も家にいないのかな? 最近、おじさんの姿を見ていない気がする。

「そう、ここは里香のお父さんの。じゃあいいのかな? ベッドもあるし今日はこの部屋で泊まっていいって里香のお母さんに言われたのだけれど」

「…………」

 高校生の女子を中年男性の部屋に泊めるって!?

 いくらベッドあるって言ってもおばさんちょっと無神経だろ? てかそれに何も言わなかった里香も同罪だけれど。

 なるほど、だから栗原はおじさんの部屋だと言った時驚いた表情を見せたのか。

 だが栗原は最初の数秒こそ戸惑っていたものの、その後は平常に戻り……というかむしろ嬉しそうにも見えた。

「そうなの。……じゃあ、里香とはあまりこうして話したこともないのね?」

「あまりも何も、一回だってない」

 おじさんは自分が家を空けている時も立ち入り禁止にしているらしいからな。

「え、てことは私が初めて……」

 俺の言葉を聞いた栗原が、ボソッと何かを言った気がした。

「え、何つった? ニコニコしてるけど今の間に嬉しいことでもあったか?」

「え!? いやいや……あ、今日の事思い出して」

「今日って、秋葉散策か?」

「そう。それ。……何年ぶりかしら、あんなに外出した気分になったのは」

 確かに今日みたいなことがあればそう思うわな。俺ももう当分遠出しないでいいわ。

「私習い事があったら、友達と外で遊んだことって小さい時の数えられる程度だったし、中学生から先は一回もなかったから、本当に今回は楽しかったわ」

「へえ、お前も大変だな。……まあ、何だ」

「何よ?」

「……活動部やってりゃ、これからも遠出はあるだろ。インドア克服が、創設の理由の一つなんだから、よ」

 ああ、俺が自ら活動部のことを話題に出すとは。言いにくい。事実錆びたオルゴールみたいな調子だった。

 だけれどそれはれっきとして、栗原の言葉を聞いた俺の返答であった。

 言葉を受けた栗原は――何も言わずに、笑顔だけをこちらに見せた。

 何も言わなかったのだが、その直後。

「本当、楽しかったなあ……」

 そんな名残惜しそうな声が彼女の口から漏れていた。おそらく無意識だろう。それ程だったか。

「……なら」

 俺は窓から一度去って今日散策に持っていったショルダーバックの方へ。

 俺はバックからあるものを取り出すと再び窓の方へ戻り。

「受け取れ」

「え……え!」

 それを栗原の方へ投げた。まあ投げなくてもお互い手を伸ばし合えば届く距離なのだが、ものは軽かったし、こっちの方が早かったため投てき。俺が緩めに投げたのと栗原の抜群の動体視力のおかげで、見事キャッチに成功し、二階から落とすというわずかながらも危機を乗り越えた。

 栗原は受け取るとすぐにそれを見て。

「これ、メイド喫茶の特別会員カード……」

「やるよお前に。名前は俺になってるけど、後で俺が黒瀬へ、お前にカードを譲渡してもらえるように頼んでみる。特別会員ってあるからさすがに新規は頼みづらいが、譲渡ならこっちも言えるし、黒瀬もなんとかするだろ。そもそもそれはあいつが勝手に作ったやつだからな」

「え、でも私メイドは……」

「秋葉行ってメイド喫茶行かないのはさすがに部活として成り立たんだろ? それやるから、暇あったら自主的に行って、次の秋葉散策までに慣れておけ。分かったか?」

 栗原はそれに……何も言わずただコクンと頷いただけだった。

 さっきも一度何も言わずに笑顔という反応だけ見せたのがあったが、おそらくこれは栗原のお袋さんの事が関係しているのだろう。

 これは二つとも俺が今後の事を話しているときのものだ。きっとお袋さんとこじれ、おまけに家出したことで今後の自分が見えず、言葉として応対することが出来なかったのだろう。

 そんな感じで予測は付いていたのだが、でも俺はそれに何も言わない。励ましも含め、何もかも。

 それは、俺が栗原から家出のことを聞いた後に自分の中で、これは家族間の問題でもあるし、栗原が実際に助けを求めてこない限りはむやみに突っ込むことはしないという結論を出していたから。

 だから俺の出来ることは、『そのまま』を続けてやることだと思った。

 下手に首を突っ込んだところでしくじればかえって栗原の迷惑になるだけ。それなら、栗原がちゃんと解決した時にまたこの生活に戻ってきたんだと思えるように、活動部を続けて『そのまま』の日常を維持していてやるのが、きっと彼女ににとっていいことであり、俺がやるべきことなのだ。

 その後も栗原はしばらくカードを眺めていて……突然、あくびした。

「何だか眠くなってきたわ」

「お前人を起こしといてそれ言うか? 大体今日すげー寝てたじゃねえかよ!」

「そうなんだけど、里香は部屋で話してたら勝手に寝始めちゃうし、島田君との会話はつまらないし退屈で」

「お前、ぶっ壊れてたのか……」

 はあ、もういいや。残念ながらそのモードの栗原を相手にする力は残っていなかった。

「そうかい。じゃ、おやすみ――」

「待って島田君」

 俺が窓に手をかけた瞬間、栗原は言った。

「今日は……ありがとう。楽しかったわ」

「え?」

「それだけ。おやすみ」

 言うと栗原は部屋の素早く窓とカーテンを一気に閉めた。

「……本当、それだけ?」

 今さら感謝? 今回のも今までのと、そんでおそらくこれからの活動部の活動と変わらないだろうに。

 何を言ってんだと俺は首を傾げながらも、自分の部屋の窓を閉めた。

 ……疑問に思ったのに、気に留めず。

そうして、最後のチャンスを棒に振った。


 次の日、俺は目覚まし時計の音で目が覚めることはなかった。

 と言ってもアラームをかけ忘れたわけではない。セットした時間よりも前に、アラーム音とは違う音に起こされたからである。

 ――ドンドンドンドン!

 それは昨日の夜にも聞いた、俺の部屋の窓を連打する音だ。

 また栗原か。こんな朝早くから何の用事だよと窓を覗くと、あったのは栗原……ではなく里香の姿だった――しかもすごい形相の。

 俺は急いで窓を開けて。

「どうした里香? お前確かおじさんの部屋立ち入り禁――」

「そんな場合じゃないんだよおお!!」

 被せてきた里香の声は、泣きだしそうなくらいに焦っていて。

「清美が、清美が……」

 消えそうなくらいに発したその声で、俺は一気に覚醒した。

「栗原がどうした?」

「私が朝練行く前に清美の寝顔を見ようと思って部屋に行ったら、ベッドの上に清美はいなくて、かわりにこれが」

 そう言って里香が見せてきたのは、昨日秋葉散策の際に道でもらった紙のチラシの、その裏に書かれた文章だった。

 そこに書かれていた最初の、一行。


 『ごめんね、里香』


 俺は初速度から全力で部屋を出て、階段を滑り落ちるかのごとく下った。

 あの一行目は『ごめんね、里香(、、)』とあった。それなら……。

 俺は玄関のドアを体ごと体重を乗せていつにない勢いで押し開け、靴も履かずに郵便受けへ直進した。

 中を確認して。

「……あった」

 郵便受けには、里香が見せてきたのと同じく散策の時もらったチラシが折りたたまれて入っていた。

 開くとそこには。

『ごめんね、島田君』

「――っ」 

 息が止まるくらい、思考がうごめいた。

 だが、それは手紙の一行目に対してではない。俺は同じ一行目を里香宛で見ている。

 その一行目の隣に、手紙に挟まっていたものがあった。

 それは四角くて。薄っぺらで。

 前に俺が黒瀬からもらったもので。

 俺の名前が入っていて。

 『@ほ~むめ~ど特別会員ご主人様カード』で。


 昨日の夜に俺が栗原に投げて、あげた――も――の――

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