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ハンオタ!  作者: 板戸翔
活動部の外出――が
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ななの2

 冗談抜きに一秒間で三往復栗原に視線を上下させた俺。

 着物姿で走り寄ってきた彼女は止まるとササっと乱れた又裾を整えた。

「遅れてごめんなさい。さあ、皆集まっているし活動を始めましょうか?」

「おい」

 勝手に電気街へ歩もうとした栗原の腕を掴んで制止させる。

 その前に言うことあるだろ。

「何で着物なんだよ」

「これが私の正装よ」

 即答で返してきた。

 まさか……栗原も里香同様プライベートでの外出のなさで着られる私服がなく、そこで選んだのが着物だったのか?

 着物なんて普通の女子高生では持っている方が珍しいと思うが、栗原の場合は習い事の関係もあるし持っていてもおかしくない。

「他にないなら早速行くわよ」

「え、おいちょっと」

 俺の戸惑う声にも反応を見せずに、栗原は体を向け直すと早々に先陣を切った。

 や、そりゃ外慣れてないのは分かるけどさ。

 俺は栗原にちょっと焦り過ぎというか、どこか様子のおかしさを感じた。

 ……いや、おかしいのはいつものことだけどね。

 とまあそんな感じで活動部+黒瀬の『外出』は始まったわけだが。

 今回メンバーの半分がジャージと着物という何ともファッショナブルな格好。今回の活動は外ゆえに公共が絡むということ。

 この二つが交わることの深刻さを、二人を見ても意識していない状況に安心しきっていた俺はしばらく気付かず、意識した時にはとっくにうちの集団は多くの人が縦横する大通りのまっただなかだった。

 まったく手遅れであったが、一応確認のためにおそるおそる周りを見回すと――驚くことに、皆大して俺たちに視線を向けていなかった。

 ……あれ、本当だったんだな。

 正直信じてなかったのだが、昔読んだラノベの中で、秋葉にはコスプレイヤーみたいな奇抜な恰好の人が多いからどんな服装でも目立たないということが書かれていた。

 実際は行き交う大半の人がまともな姿で、コスプレイヤーに至ってはどこかの店員さん(?)であろう制服姿でチラシを配る人くらいしか見かけていないのだが、しかしそれでも中には明らかに目立つカラフルな髪の毛や洋服の人がいて、そしてその人たちに対して他の通行人は特に気にしたりしている様子はなかった。

 それよりも皆そこら中にあるアニメやゲームのキャラが描かれた看板やポスターを眺めていたり、目的地を一心不乱に目指していたりしていて。

 いやー、すでに開始直後で普通の街との違いを見せつけられたな。観光で来る外国人の気持ちも少し分かるわ。

 うん、俺の両肩にもたれかかる約二名がいなかったらもっと楽しめんだろうけどなあ。

「人が……大勢」

「うえ……吐きそう」

 お前ら、何で酔ってんだよ……。

 確かにハンオタはインドアだけど! でもまだ開始五分だということをお伝えします! 

 おいあんまり寄りかかんじゃねえ! くっつかれたら余計歩きにくくなるしよ……。

「なんだあいつ」 「リア充だ」 「リア充が自慢しに来てるんだ」 「爆発しろ」

 さっきまではなかった辺りの視線が……違うわ、殺意がこっちに集中してんだよ。オタクって、肩書きがプラスの要素となった今でも、リア充は敵なんだね。

 あの、俺リア充じゃないからさ。だから俺の顔をすごい形相で見つめたままゲーム機のボタンを拳で連打するのやめてくれる?

 ああやばい、早くどっかの店とかに入らんと……って、そういえば。

「なあ、俺たち今日これからどこ行くんだ?」

 メールでは日時など必要最小限な概要しか書かれておらず、どこへ行くかなど一日のスケジュールは皆無だった。

 すると顔を真っ青にした栗原は弱弱しい声で。

「黒瀬君が……案内してくれるわ」

「他力本願ごくろうです!」


「……着いたぞ」

 それから十数分後、黒瀬はそう言った。

俺は人酔い女子二人に両肩貸して周りから最初以上の殺意浴びながら歩くという尋常じゃない苦労を経て、やっと着いたかと俺が黒瀬の視線の先を見ると――瞬間に全てが吹っ飛んで真っ白となった。

 目の前にあったのは、コンクリートむき出しの建物。

 全体的に古びており、いかにも怪しいという印象を放っている建築物が、目の前にあった。

 しかし、原因はそれでない。俺がゼロ化した理由は、同じ視界に入った建物前の一人の女性。

 その人はふわりとスカート部分が膨らんだ黒のワンピースの上に余計な程フリルがついた白のエプロンを身につけ、頭にはエプロンと同種のフリルカチューシャ。おまけに前を横切る人々に対して「ご主人様、お嬢様~。ここ三階の『@ほ~むめ~ど』にお帰りくださいませ~」と帰宅をせがんでいた。何、皆家出中なの?

 で、それが見えたということは。

 メイドだー。光景が重くストレートに脳髄突き刺さってくるー。

「……もう昼だしな。早めにとっておかないとすぐに混む」

 なるほど、ということは。

「初っ端からメイド喫茶というわけすか……」

 秋葉ですもんね。そうきますよね。

 当然考えていたよ、この展開は。

 だからこそ俺は軽く下調べしており、そして今大きく答えるのだ。

「金ねえよ!!」

 すごいよメイドカフェって。ただでさえ普通の店より商品の値段高いのに『入室料』とか言って店内入るだけでお金とられるんだよ!

 お客って設定上家に帰っているんだよね? さっきも女の人言ってたもんね? え、お金持ちの人って家に帰る度に毎回メイドに入室料払ってんだ大変だあ……ってそんなわけあるかい!!

 心の中とはいえ乗り突っ込みを初めて本気でやった。

 要はちっちゃいちっちゃい愚痴なんだけど、これを思わずしていられるか!

 というわけで違う店に変えてもらうため黒瀬に詰め寄ろうとしたその時。

「……なら今こそ、あれを使う時だな」

 戦隊ヒーローのお決まり展開導入時のようなセリフを発した。

 しかしあいにく今敵といえばある意味でメイド喫茶の料金なわけで、そいつにどんな奥義を放つというんだろうね。

 と思っていたら、黒瀬は人差し指を出し、俺を強く指す。

「この前渡しただろう? あれを包みから出して使え」

「渡したもの……包み……!」

 数秒考えて思い当たった。前回黒瀬とうちで二人きりになった時に渡されたやつか。

 いつも持っておけということなので一応今日も持っていた……大切とは思えず収納はガサツだけど。

 俺は持ってきたショルダーバックの中から包みを出し、そこから中身を取り出した――。

「…………」

 唖然だった。

 薄くて長方形ということは包みの外から分かっていたことだが、なんと中身は金色のカード。

 そしてよく読むと一番上に『@ほ~むめ~ど特別会員ご主人様カード』とすぐ横に『島田健児様』と書かれており、下には入室料無料とか商品十パーセントオフとかあって……ふむふむ。

 黒瀬さ、これ今こそというか……。

「今しか使えないじゃん!」

 何このピンポイント。渡して来た時は『ピンチの時に使え』てかっこよく言ってたくせに。や、今ピンチっちゃあピンチですけど。

 でも何だろうな。黒瀬からそんな感じで渡されたから、極少なりともそういうことが好きな男という性別として期待していただけに、なんか残念だ。

 ま、とはいえこれで何とか行けるようにはなったけれど。

 なったんだけど……。

 黒瀬がそのメイドさんを横切って建物を目指したため、俺もそれについていこうとして。

 ぶるぶるぶる。

 なぜか俺の体が物凄い震え始めた。

 え? 別に今寒くもなんともないのに。

 だがその震えはどうやら俺から発せられたものではないことがすぐに判明。振動がどこから伝わってきているのか辿ってみると、それは左肩と分かり……。

「栗原」

「何?」

「何で震えてんの?」

「震えてなんかないわ」

 や、絶対嘘だろ。目が泳いで明らかに挙動不審だし。

 もしかしてお前。

「メイド喫茶が怖いのか?」

「メイド喫茶は(、)怖くないわ」

『は』なんだな。だとすると。

「メイドが怖いいのおかあ」

 後半俺の声が『我々は宇宙人だ』を言う時みたいになるほど栗原が震えた。図星だった。

 しっかし、何でまたメイドが。上の中の金持ちの栗原さんなら家に本物のメイドだっているんじゃないんですかい? もしかしたらだからこそのトラウマがあるのかもしれんが。

「なあ栗原、怖いなら他行くか?」

「何よ、大丈夫よ」

 栗原はかなり強めに声を放つが、さっきまで人に酔ってて今それは逆に不自然だからね?

「ムキになるなよ。別にメイド喫茶に執着してるわけじゃねえからさ」

「ムキになってないわようるさいわね。ほら、行くわよ」

 そう言って栗原は俺の肩から手を離し、一人で先に建物内へと向かったのだが。

「あ、おかえりなさいませお嬢様!」

 そうメイドさんが中に入ろうとする栗原に気付いて声をかけた。

 声をかけられて、栗原は。

「はい! 只今帰りました!!」

 思いっきり九十度メイドさんにお辞儀した。

「…………」

 お前、一体どんなトラウマ抱えてんだよ……。

 お辞儀を終えた栗原は瞬間に事態を理解したのか「ハッ」という顔をし、こちらに平然を装った表情を向けてきた。や、もう遅いから。メイドさんも動揺しちゃってるし。

 栗原はメイドさんに再度今度は軽めにお辞儀すると、こちらに戻ってきた。

「島田君、私思ったのだけど」

「何を?」

「オタクが秋葉原のお昼をメイド喫茶で済ませるという発想は、少しベタだと思うの。これはもしかしたら私たちハンオタの偏見であって、実は完全なオタクは違うんじゃないかしら?」

「でも、メイド喫茶に決めたのは黒瀬だぞ」

「…………」

 数秒の間の後。

「少しベタだと思うのよ」

 強引に突破してきた。

「……そうかもな」

 結局俺たちはメイド喫茶に行くのをやめ、栗原が自動販売機を見つけたことで『おでん缶』を食べることとなった。

 缶の中に入っていたちくわと一緒に「むしろベタならこっちだろ」という言葉も飲み込んだ。

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