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ハンオタ!  作者: 板戸翔
黒瀬と活動部と
29/37

ろくの4

 ――チ、チ、チ、チ――

 規則的に刻む秒針の音が、リビングの静寂度を一層に際立たせる。

 俺もその雰囲気にのっとって黙ってイスに座りラノベを開いていたが、何気なくチラッと視線を前にやった。

 視線の先、俺と向かい合う席では黒瀬が黙々とケータイを打っていた。

 学校の時はそんな時でも構わず声をかけるのだが、今の俺は話しかける気が起きなかった。

 他の席にも目をやる。イスは無造作に引かれているもののそこに人物はなし。

 その他の周りも物ばかりで生体反応一切なし。

 ということで只今俺は、自分の家のリビングで黒瀬と二人っきりの状況にいた。

 栗原とお袋が家を出ていったところでどちらか片方は追いかけなければいけないと思った俺であったが。

「健児、ここは任せろ!」

「そうよ〜。原因の根源が行っても仕方がないしね〜」

 とそんなことを言って西条親子がそれぞれ栗原とお袋を追いかけてくれることになったのだ。

 最初はよくあの状況から二人ともそこまで言えるほどに復活したと思ったが、俺はすぐに二人の目が輝いていることに気付く。

 二人とも行くと言い出したのは栗原とお袋のためでなく、ただの好奇心からのものだったのだ。

 里香の嘘がつけない性格はおばさんからの遺伝によるもので、そんなおばさんの性格を危惧して里香はオタク趣味を公表しないのだろう。そこから結構厳格な里香の親父さん、おじさんに知れ渡りもしたら面倒なことになるのは明白だからな……。

 てなわけで二人もうちを出て行き、リビングに俺と黒瀬が残されるという形が出来たわけ。

 正直自分の家のリビングで黒瀬と二人きりとなると気まずいものがあったが、かと言って打開策は浮かばずしばらくは俺がラノベ読書、黒瀬がケータイいじりという時間が流れた。

 おそらくもっと短いが、感覚的に一時間は経ったであろうという時に。 

「……あ、島田。そういえばお前に渡すものがあった」

 という黒瀬の発言により、今までのつらい空気は破られた。

 ん、渡すもの? 俺、黒瀬に何か頼んでいただろうか?

 俺が過去の黒瀬との会話を回想していると、黒瀬はポケットから何かをハンカチと風呂敷の中間のようなので包んだものをテーブルに出した。

「何だこれは?」

 手に取ると包んでいる物体は薄く、長方形の形をしていることが分かった。

 俺が中を見ようと包みを解こうとした時。

「……今は開けちゃダメだ」

 あくまで目線はケータイに対したままで黒瀬は言った。

 や、開けちゃダメって。

「どういうことだよ?」

 すると黒瀬はここで俺に視線を移した。

 な、何だ。放つ雰囲気がマジだ。

 俺が変な緊張に襲われ始めた中、黒瀬は平然と言った。

「……そういうのってよく物語であるだろ?」

 …………は?

「どういうことだよ?」

 思わず言われる前と同じことを言ってしまった。や、だって意味分かんないんだもん。

 しかし言い終えると黒瀬は視線をケータイに戻す。

 ええ! 終わり!?

 と思ったが、説明はしてくれた。

「……よく物語で『ピンチの時に使え』って言って何か箱とかに入った切り札を主人公が渡されるっていうシーンあるだろ? それはそんな感じのものだ」

「…………」

 えーと、要はそれをしたいがためにこれを俺に渡すってことか。

 非常に反応に困る黒瀬の言葉であったが、まあもらえるならもらっておこうと俺は自分のポケットにしまった。

「……肌身離さず持っとけよ。ピンチの時になかったら意味がない」

「……おう」

 なんだろう。今日一日で黒瀬のイメージがだいぶ変わってしまった。

 ここで会話は終わるかと思われたが。

「……あ、これも忘れていた」

 とすぐに(いつもの間はあったが)黒瀬。

 さっきの展開からまたおかしなものでも渡されるのかと少し身構えた俺であったが、黒瀬が言ったのはこんなことだった。

「……今日言っていたラノベのことで、一つ伝え忘れていたことがあった」

 ラノベ……ああ、朝言った俺が送る生活の現状を黒瀬に興味を持ってもらうようラノベと偽って話したやつのことか。

「何だよ、忘れていたことって?」

 聞き返すと、黒瀬の視線は再び俺へ。

 さっきと同じ雰囲気を感じて一瞬生唾を飲みそうになったが、同時にその後の展開を思い出してかしこまった体を崩す。

 どうせまたどうでもいいようなことなんだろ?

 そうした態勢となった俺に、黒瀬は正面から放った。

「……女二人、主人公のことが好きだぞ」

「……え?」

 一瞬、わけが分からなくなった。

「もう一回、言ってくれないか?」

 すぐに聞き返した。もしかしたら俺の思い違いかもしれないし、そう思いたかったのかもしれない。

「……だから、ヒロインの位置の二人は主人公のことが好きだと言っているんだ」

 黒瀬の言葉は、最初に聞いて思ったことと同じだった。

「どうして、分かるんだ?」

「……何言ってんだ、ドタバタ系の王道ならラブコメ路線が定番だろ? 特に今回は学園ものだったからまずハーレム展開するラブコメと思うのが普通だ。島田も今まで読んできたやつを思い出してみろ」

 言われて俺はその場で停止する。

 確かにそうだ。ドタバタ系と言われるとまず思いつくのはラブコメ。そうじゃなくても恋愛が絡んでくるのが基本だ。

 しかもその中でヒロインが複数いる場合は、そのヒロイン全員が主人公のことを好きになるというハーレムパターンがほとんど、というか、ほぼ全て。

 ということは……ということは!

「い、いやでもさ、そんなことを思わせるような描写一回もなかったぞ? 第一それなら、ヒロイン同士が喧嘩してたっておかしくないだろ? 二人の喧嘩なんて一回もなかったぞ」

 いやいやいや、ないだろ。

 栗原と里香が俺に……だなんてあるわけないよ。

 ていうかそもそもこれは黒瀬がラノベのフィクションと仮定して話してるだけだろ? 現実でラノベのような出来事が起こりえないことは、ラノベを愛する俺が一番知っていることじゃないか。

 俺はそう次々心へ諭していた。少し過剰と思えるほど。

 だが黒瀬は実に淡々と、俺の中へ流れ込んだ。

「……それは二人が停戦協定を結んでいるからだろう。まあそれが実際に二人の間で行われたものかただお互いが思っているだけかは定かでないが。ただそうするとある一定の、二人が譲れない夏祭りなどのイベント下では修羅場となった場面はないか?」

「そんなこと……」

 その途中でふと。俺はある景色が浮かんできた。

 それは、二人が一緒の朝の登校時だった。

 二人はなぜか登校時はどうも仲が悪そうで……。

 いやいやいや!

 たまたまだ、たまたま。

 きっと朝だから二人ともテンションが通常よりも下回っているだけだあれは。

 そう俺はちゃんと思っているのに、はずなのに。

黒瀬の声は、耳を塞ぎたくなるほど俺の日常が軋む音だった。

「……一回も描写がなかったと言っていたが本当か? あったんじゃないか、ヒロイン二人が互いに相手を気にするシーンとか。主人公に絡むことが相手にはあって自分にはないことを言っていたり」

「…………」

 否定したいのに。

 今度は言葉一つ出てこなかった。

 それは瞬時と言っていい程に素早くリストアップされた、二つ。

 

『私には……言わないの?』

『私も幼なじみならよかったのに』


「だ、だけど、それでも!」

 膨れ上がる可能性に、俺はそれをもがいて抗う。

 違う、違う。それは違う!

 あるわけない、あるわけないんだ!

 まだ、まだだ、まだまだまだまだまだまだ!

 俺は分かっているだろう、分かっていないはずがない!

 黒瀬のは、ライトノベルの話であって!

 現実の話ではないんだ!

 だから、そんな、ことは―

「――ありえない!!」

 ダン! と思いっきりテーブルに両手を叩きつけた。

 俺は今、変な奴だ。

 当然だ、仮定の話で、むきになっているのだから。

だから黒瀬もきっと驚いている。

 俺の奇行に驚いたと、思った。

 そう思ったから。

 滔々と続きを言われるとは、思わなかった。

「……もしかすると二人ともすでに気持ちを伝えているかもしれないぞ? もっとも、その伝え方が独特というのと主人公が鈍感というのでうまく伝わらないというのも王道だが」

 聞いて。

 まさか。さすがにそれはない。

 そんな笑い飛ばせる言葉なはずなのに。

なのに何で――鮮明に思い当たってんだよォ!


 『島田君(健児)マジ萌え〜(´Д`;)ハアハア』


 直前に二人は目線を合わせて。

 しっかりと俺に向けて言っていた。

 でも俺は言われた時は二人がそれを言えたことにしか気が回ってなくて。

 もし。

 もし合わせた目線が停戦協定の一時的破棄を確認するもので。

 もし『萌え』が独特の伝え方で。

 もし俺が鈍感の主人公としたら。

「…………」

 サーッとノイズのような低雑音が頭の中で騒ぎ始めた俺に。

「よく考えとくんだな。選択の時は必ず来るぞ」

 黒瀬はさっきまでのような間を入れずにそう言った。

 今の会話の中で一番の興味が湧くことがあったのか?

 でも今までラノベの話をしてきていたのに、それを上回る事柄がこの場であっただろうか。

 そう思ったところで、もう一度さっきの言葉が頭を通過。


 『よく考えとくんだな。選択の時は必ず来るぞ』


 明らかに今までとは違うものだった。

 これはラノベのことを言っているのではなくて……まるで俺自身に対して!

「黒瀬、お前まさか――」

「たっだいまー! 連れて帰って来たぞー」

 真相に迫ろうとした瞬間、里香が隣に濡れたリシアのフィギュアを持っている半べその栗原を携えて帰ってきた。

 二人を見て一瞬心臓がおかしな程に跳ね上がった俺であったが、後ろからおばさんが同じくお袋を連れて帰ってきていたのを確認し、なるべくそっちに意識を持っていってなんとか抑える。

 お袋は部屋に入るなり俺の前に来て。

「何だか勘違いしていたようね。悪かったわ」

 謝ってきた。

 おばさんを見るとこちらにウインク。どうやら誤解は完全に解けているらしい。

 そこまではよかった、のだが。

「話は聞いたわ。それじゃあ結果を発表します」

 お袋がおかしなことを言い始めた。

 おい、あんた。

「何勝手に発表しようとしてんだ」

 そもそも審査員じゃねえだろ。

 俺がそう言うと。

「みゆきさんの独断じゃないわよ~。私の意見も反映してるし、黒瀬君からもメールで結果をもらっていたわ~」

 と、おばさんがニコニコ。

 黒瀬、いつの間にメアド交換してたんだ……。

 てかおばさんとするなら俺にもちゃんと教えろよ。まだ新しいやつ聞いてないぞ。

「というわけで発表します!」

 俺が黒瀬に目を細める中、お袋はドルルルと口でドラムロールの音を鳴らして勝手に進行。

 特に長い間もなくそれを発表した。

「今回は――栗原さんと里香ちゃんのダブル優勝です!」

「え、え、本当!?」

「やったーーー!」

 テンションが凹だった栗原もそれを聞いて元気を取り戻し、里香と抱き合って喜んだ。

 うーん、正直納得いかない部分は多々あるが、そこは勝負の世界。負けは負けと潔く認め。

「点数とか評価ってどんな感じだったんだ?」

 発表したんだから当然総合結果も知っているであろうお袋に聞いた。

「まず栗原さんは黒瀬君から一票、それで里香ちゃんは智香さんから一票」

 なるほど、一人一票制だったわけか。だとするとそりゃ負ける。栗原は黒瀬の心掴んでたし、おばさんは自分の娘がかわいいだろう。

 こんなに推測するもたやすい事実は初めてだな、なんて少しひねくれも入った俺の感想に。

「それで健児はマイナス三十兆点」

「なんでえええええええ!?」

 衝撃が轟いた。

 嘘ついたよ。こんな難解な事実は初めてだった。

 どうして俺だけ点数制? しかも桁が……。

 事態に困惑一色な俺へ、答えはお袋から語られた。

「だって私、ライトノベル嫌いだし」

「お前の仕業かあああああ!」

 まさか、栗原に見えた俺の発表時の余裕はお袋の登場を予測して……って今はそんなことどうでもいいわ!


 その後俺はお袋と取っ組み合いの喧嘩を始めてしまい。

 この日、黒瀬に問いただすことをすっかりと忘れてしまったのだった。

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