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ハンオタ!  作者: 板戸翔
黒瀬と活動部と
28/37

ろくの3

「じゃあ……始め、ます」

 てなわけで、黒瀬と活動部と、それにおばさんを入れたオタク論議は始まった。

里香は始めると言ったものの、イスに座り笑顔で手を振ってくるおばさんを前に、動作はファミコンに出てくるキャラよりもかくかくしていた。

黒瀬の直球説明が逆に功を奏したのかは知らないが、とりあえずおばさんはこの状況をこちらの都合の良いように受け取ってくれているらしい。

これならお袋にも大丈夫だろ……多分。

それに対してはありがたい限りだが、まさかおばさんも審判として参加することになるとは。

見てると里香はリモコンの操作に戸惑っていた。

もう再生ボタン押すだけなのに……まあ親の前っていうのは辛いわな。ついさっきはDVDを手渡しされてるし。

今回はどうやら里香は敵ではない模様。

『LaLaLaLa〜LaLa〜、いえい♪』

「きったあああああああ!」

軽調な主題歌らしきものが流れた瞬間に里香のテンションが復活した。

うん、趣味ってすばらしい!

ちなみに。

「LaLaLaLa〜LaLa〜、いえい♪」

「あははは〜」

 黒瀬は無表情で主題歌を口ずさみ、おばさんは楽しそうに手拍子を叩いていた。

 よし、審査員二人バレそうな片鱗なし。

「ねえ、何で歌を飛ばさないわけ? 本編が本題でしょう?」

 と、ここで栗原の空気を読まない一言。まあ俺も感じていたことだが……。

 それに里香はありえないという表情を栗原に向ける。

「はあー何言ってんの清美? OPを全部聞いて、これから見るんだって気持ちがぐわーってなるんだよ!」

 そして鼻から興奮気味に吐息。だが栗原はそれに納得した様子もなくつまらなそうに爪いじりスタート。

 すげえなーこの両者の温度差。これが毎回あるわけだ。と、冷静に分析してるが俺もその中にいるんだった。

 一分弱の主題歌が終わって本編らしき映像に移ると、里香はこちらに笑顔を振り撒いて。

「先に物語のあらすじを言うと、近親相姦に憧れる男で一人っ子の主人公がある日いろいろあって魔法が使えるようになったから魔法で理想の妹を十五人作るところから始まるんだけど」

 一緒にとんでもないことをブチ撒けた。

 そんな里香も里香だが、この作品の作者は一体どうやってこれを思いついたのだろうか……。

 俺が若干引いていると里香はこちらを向いて言った。

「これについて健児はどう思う?」

「何で俺に振るんだよ?」

「だって立場似てるじゃん」

「男で一人っ子っていう立場だよな!?」

 近親相姦なんざ一度も思ったことねえぞ!

 しかしここでなぜか栗原も口を開く。

「でもこの間ライトノベルを盗る時に一緒に見つけたAVは近親相姦物だったわよ」

「それとこれとは話が別……って何でお前知っちゃってんだよおおお!」

 と、俺は吠えた瞬間に気付いてしまった。

 里香と栗原が、互いに不敵な笑みを見せ合っていることに。

 ま、まさか。これは俺を動揺させる里香の作戦だったのか。栗原もそれに便乗して……。

 しまった。

 すでにここは戦場だった。

「まあこの作品のことはそれぐらいにして、まずアニメの一番すごいとこはー」

 心理戦なんてなかったように里香は平然と再開。

 テレビの上部をトントンと叩いて。

「動くところだあ!」

 当たり前のことに声を張った。

 そうだよ。だからアニメなんだよ。

 しかし審査員の方から。

「……そうだ。アニメの強みは動くところだ」

「わはは~すごいわ里香~」

 随分好印象だったようだ。何か、いやかなり腑に落ちない。

 里香は称賛の声々を聞いてこちらに少し勝ち誇った顔を見せつけ話を続けた。

「ちなみにこのアニメはOVA作品でアニメオリジナル。OVAってのは簡単に言うとビデオでしか見れないアニメのことで、ここから知ってほしいのはアニメ原作はテレビや映画だけって思っている人が大勢いるけど決してそうでもないというところだ」

 言って手で画面を差す里香。確かに、今のを聞くまで俺も里香の言う大勢の中の一人だったから正直驚いた。

 しかもビデオ限定って聞いた時は全国放送のアニメより劣ってるんじゃないかという先入観が生まれたけど、見ると絵は綺麗でスムーズ、さらに効果音なども迫力があって、劣ってるところなんて少なくとも素人の目からはうかがえなかった。

……それを確認した只今の場面が主人公が多くの妹に抱きつかれているシーンというのがなんとも言えないが。

 それは置いておくと、今の里香のプレゼンはうまかった。黒瀬を見てもうんうんと頷いている。

 やばいぞ、序盤からこれだとこのまま続けられたら一気に持って行かれちまう。

 そう思って焦り出した俺の横で、またあいつは口を開いた。

「ちょっといい?」

 そう言うと栗原はスッとテレビを指差して。

「OVAっていうのがあることは分かったけれど、結局アニメってテレビとかの映像出力機器がないと見れないわよね」

 無茶苦茶だった。ありなんだ、そういうの。

「な……そ、それは……」

 当然ながら里香は何も返せない。

 まあ、そりゃ無理だよ。今の時代アニメは画面の中でしか動かない。

「今のプレゼンは映像ありきのところもあったわね? 島田君の家にテレビがあるからそんなプレゼン方法をとることが出来たけど、もし和室のままだったら出来なかったわよ?」

「う……うう」

 攻めの手を緩めない栗原。

 なるほど、さては栗原の奴あえてこの展開を狙って和室からうちに移動したな。

 なんていう策士。論議で潰すとか以前に根元から刈り取ってこようとするあたり、俺たちとは頭脳も本気度も別次元だ。

 ……でもこれ、もともと企画時は互いの知識を交換し合う会のはずでしたよね?

「ま……まだだ! アニメのDVDの中には買うと付録がついてくるやつもあって」

「付録はアニメとは関係ないんじゃないかしら? もうそういうところに行くなら終わりでいい?」

 里香は紙袋から何かを取ろうとしていたが、その前に栗原がとどめを刺してひざまずかせた。

 ……僕、プレゼンするの怖くなっちゃった。

「さて、次はどうするの? 島田君やる?」

 早速栗原(ハンター)の標的が俺へと移る。

 ま、まじでやるのか、俺?

 しかし俺に向ける栗原の表情はどこか挑発的で。

 く、くそう、一応三人の中で唯一の男だ。

「ああ、やる」

 俺は震える両膝をポンと叩いて立ち上がり、前に出た。

「それじゃあ、ライトノベルについての発表を始める」

 俺は持っていた一冊を前に出した。お気に入りである『カレッジS×S』の第一巻。

 俺はこの他には特に用意はしていなかった。まあ用意していたとしても下手なものだったら栗原に早々潰されてしまっていただろうから丁度いい。

 栗原からどんな予想外が飛んでくるか考えるだけで心拍が飛び跳ねるが、ラノベに対する愛は誰にも負ける気はない! どんな発言が来たって返し抜いてみせる!!

 俺は一度深呼吸を入れ、説明し始めた。

「まずライトノベルとは――」

 それから十分後。

「――以上で終わりだ」

 最後までしゃべれてしまった。

 里香は凹んでいたが、平常なはずの栗原も途中全く口を挟んでこなかった。

 一体どうしたというのだ。逆に怖いぞ。

「最後は私ね。戻って島田君」

 しかし本当に最後まで何も挟まずに栗原は紙袋を持って前へと出てきた。

 別に潰さなくても俺には勝てると踏んでいたのか?

 栗原の行為に腹立たしさを感じ、イスから大きく軋む音が聞こえる程に勢いよく腰掛けた俺だったが、直後の栗原の行為に思わず目を見開いた。

「じゃあ、フィギュアについて話します」

 そう言って栗原が紙袋から取り出したのは、赤黒が主体のドレスを着込んだ艶やかお姉さん悪魔、服装変更(ドレスチェンジ)灼熱女帝(エンプレス・ボルケーノ)モードとなった――リシアのフィギュアだったのだ。

「――っ」

 こいつ、俺と同じ作品で勝負してきやがった!

 通常、プレゼンで前の発表者と内容が被る発表はまずしない。それは発表内容の個性も大事な評価基準の一つとなるからだ。

 範囲が限定的であるならばまだ分かるが今回それはないに等しく、また今回程個性が大切な要素であるプレゼンもないだろう。なんせ比べようのない三つを比べようとしているのだから。

 そんなわけで、間違っても作品が被るなんてことはあり得ないのに、通常の不可能を可能にしてここでもある意味完全無欠さを見せつけてきた栗原。

 里香をあんな作戦でボコボコにしといて今回のこれが偶然なわけがない。考えられるとしたら……被った相手である俺に、どう転んだとしても確実に勝てる秘策を持っているということだろうか。だがだとしたらどんな? 一体どんな発言を?

 俺が動揺に心拍を急加速させる中、栗原はこう切り出した。

「フィギュアの一番のいいところはキャラクターが現実にあるところ。これはさっき島田君が説明に使っていた『カレッジS×S』のヒロインだけれど、ライトノベルとは違いフィギュアは三次元でキャラクターを見ることができるわ」 

 栗原はここで一区切りした。

「……え?」

 感想――普通。

 どんな規格外な感じで来るかと思っていたが、これ程『普通』という言葉が似合うのはないくらい普通だった。

 しかも、初めに発表内容の一番の長所を言うという点では最初の里香の発表の仕方と特に変わらない。

 それで里香は(ほぼ奇跡的に)審査員から好印象をもらっていたが、流れをパクって同じ点をもらえるとは思えない。事実、黒瀬も里香の時よりリアクションは薄かった。

 おばさんは「フィギュアかあ~。私が近所中で言われてるあだ名が『生きてるフィギュア』だから親近感が湧くわ~」と何年経っても変わらない自分の容姿からの自虐ネタをボソッと呟いていたがスルー。

 このガッカリ感……なんだ、俺の思い過ごしかと俺が肩の力を抜いた瞬間。

「また、キャラクターが現実にあるということはこういうことでもあるわ」

 そう言うと栗原は――リシアのドレスのスカート部分を指でつまんだ。

 な、まさか……!

「おい、それは卑怯だぞ!」

「そーだそーだ!」

 里香も気付いたようで二人で批判。

 しかし。

「これもフィギュアの楽しみ方の一つよ。それに」

 栗原は悪びれることもなく俺たちに言い放つと後方を指差した。

 刹那――スッ。

 横で風を切る音、同時に何やら残像のようなものが通過した気がした。

 突然の現象に何事と思いまず後ろを向くと、そこには二人の審査員がいるはずなのに片方が消えていて。

 それに驚きながらも向き直してフィギュアの方を見ると――スカート部分のすぐそばに黒瀬の顔があった。

「「えええええええええええええええ!」」

 思わず声を上げた俺と里香。

 え、黒瀬……。

「そういうキャラなの、お前!?」

 聞くと黒瀬は無表情で振り返り。

「現実の女子のに興味はない。だが二次元のキャラのパンツにはある」

 クールに変態発言をして再び顔を前へ。

 そしてついに栗原がスカートをめくると。

「うお!」

 唸った! 黒瀬が唸った!!

 黒瀬の頭が被っているためどんなパンツかは分からないが、反応を見てる限りすごいものらしいな。

 って、黒瀬を観察してる場合じゃない。

「落ちついて考えろ黒瀬! 原作のラノベだってパンツ姿の描写はあるぞ!」

「ア、アニメだって女の子が何かに変身するとき一度着ていた服が脱げるシーンは定番だ!」

 俺たちはそう必死に黒瀬に呼び掛けたが、再び魔の手。

「じゃあ、こういうことは出来ないわよね?」

 栗原は黒瀬の手を取って――少しずつリシアのパンツの方へ近付けていく。

 栗原の行動を理解した途端に黒瀬の耳が赤くなったのが後方でも分かった。

 近づいていく度に耳は赤さを増していき……ちょっとシャレにならない域に達した。

「おい、待て栗原」

 さすがにおれはここで栗原に近付き、フィギュアを取り上げようと掴む。

 もちろん栗原もそれに抵抗。

「離してよ!」

「やめろ、黒瀬がロストする!」

 もみ合い突入かと、思われた時。

「触っちゃだーーーめーーっって!」

「うわ!」「きゃっ!」

 そんな里香の声と短く叫んだ俺、栗原。

 里香もどうやら栗原からフィギュアを取り上げようと俺のすぐ後から来たのだが、リビングという超短距離を考えずに全力疾走してきたため止まりが効かなかったらしく、思いっきり俺と栗原にタックルを仕掛ける形となった。

 タックルされた俺と栗原はしがみつく里香、そしてそばにいたため巻き込まれた黒瀬共々一メートル程床を滑らされて壁に――

 ――ドン!

 ――チャポン!

 ――ガチャ。

 ……ん? 俺たちと壁との接触音の他にも二つ、何とも涼しげな音と扉の開閉音のようなものが聞こえたような?

 そんな疑問の後者は、直後の声によって判明した。

「ただいまー。打ち合わせが早く終わったから割と早めに帰ってこれ……た」

 あー、そうか。お袋が帰って来たのか。

 …………。

 俺は起き上がり、壁にぶつけた肩の痛みに耐えながら辺りを見渡した。

 床に団子状態の俺、里香、栗原、黒瀬の四人。

 立ち上がって前回の里香のようにあわあわしているおばさん(やはり親子だ)。

 そして最後にお袋へ視線を向けると。

 お袋は……黒瀬並みの無表情でこちらを向いていた。

 うーん、と。

「いやねお袋、これは事故で偶然なんだよ。それにほら、今日はもう一人男もいるだろ?」

 俺は今年一番と自画自賛できる笑みを作って黒瀬を見せたが。

「ふーん、じゃあこれも偶然?」

 そう言ってお袋はテーブルの方に手を伸ばし、こちらへコップをかざしてきた。

 それはさっきまで栗原が飲んでいたオレンジジュースのコップで、しかしさっきと違うところがあり、それはオレンジジュースの中からは何やら小さな両足らしきものが出ていて『犬○家の一族』の名シーンを再現しているところだった。

 俺はそれを確認し両手を見る。

 さっきまで掴んでいたものがなかった。

 辺りの床を見渡す。

 どこにも落ちてなかった。

 ああ、そうか。チャポンって、その音か。

「いやああああああ!」

 栗原も状況を把握し、即起き上がるとオレンジジュースの中で溺れるリシアを取り出すと、リビングを飛び出していった。

 黒瀬にパンツ触らせようとしたのにこれはショックを感じるんだ……分かんねえな。

 分からないのは自分もピンチな状況なのに、そんなこと考えてしまう俺自身もだけど。

「…………」

 見ると、お袋は無言で俺を見つめていた。

 そうだな、もうとりあえずここは正直に事実を。

「栗原が黒瀬の手を取ってフィギュアのパンツを触らせようとしてそれを防ごうとしたら里香がタックルしてきてフィギュアが吹っ飛んで偶然オレンジジュースに入った」

 言い終わってから絶対信じてもらえないことに気付いた。

 あーあ、終わった。

 お袋はそれを聞くとゆっくりとリビングを出て外を目指し。

「今から編集部に行って出す本変えてもらおっと。題名は『栗原が黒瀬の手を取ってフィギュアのパンツを触らせようとしてそれを防ごうとしたら里香がタックルしてきてフィギュアが吹っ飛んで偶然オレンジジュースに入った――ことを巧みに仕組んだ性犯罪者K』で」

「お母様題名長過ぎいいいいいいいいいいい!」

 どうしても俺を性犯罪者でデビューさせたいようです。

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