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ハンオタ!  作者: 板戸翔
活動部の一夜漬け
25/37

ごの6

それから日は過ぎ四日後。

「はあ……結局試験四日間とも活動できなかったわね。せっかくテストで午前中に学校終わっていたのに」

「まあそのテストが今回問題だったわけだがな」

今日は試験最終日。そのテストも終わり、ただ今俺は栗原に誘われて並んで一緒に帰宅中だ。

 ……相変わらず教室を出るまで周りからの視線が怖すぎたが、もう今はそれらよりも栗原の存在(特にぶっ壊れる部分)の方が怖いためわざと気付かないふりで乗り切った。

 ところで今日は何で栗原と帰っているかというと。

「それにしても今日なんて明日テストないんだから一番の活動チャンスっていうのに、今日聞いたら里香部活って言うじゃない。せっかく活動内容考えてきたのに」

 栗原の声音は不機嫌に満ち満ちていた。

 そう、里香が空手部の活動だった。

 これから部員が増えれば誰かいなくても活動するかもしれないが、今は一人欠ければ二人。これでの活動はあまりにも寂し過ぎた。

 しかししばらく部員は三人のままだろう。

 部活設立が五月という中途半端な時期。活動部という全く目的が知れない部活名。

 そして活動部には栗原と里香といううちの学校内の超有名人二人が同時に所属して一見魅惑の花園に見えるが逆にそれが高嶺すぎるらしく、これらのことで未だに和室を見に来こようという生徒はいない。

 だいたい部長の栗原はハンオタ以外部員として入れるつもりもないだろうから、活動部は今後も俺が集中的に二人に振り回されていく部活ということが決定的だった。

 かなり悲しい未来予想だが、まあ下手に変な奴に来られても困るし、それに。

「別にいいじゃねえか。今は里香が赤点炸裂の危機を防げたことを喜ぶべきだと思うぞ」


 四日前、あのかなり奥の手だったサブリミナル効果作戦も失敗に終わると、時刻は九時間際となった。

「うわああああんどうしよう健児ー!」

 ポカポカと自分の頭を叩いて嘆く里香。

 や、本当自分の頭をひたすら責めてください。はい。

 きっと里香だけだったらお袋もうちで徹夜していいって言ったんだろうが、今日は栗原もいて一人だけ帰すのもかわいそうと思ったのか里香も例外なく九時終了にしたんだろう。

 もう無理だよ。人間諦めが肝心だぞ。

「大丈夫よ里香。里香がどんなに馬鹿でも、いくら教えても五分で忘れるような馬鹿でも、サブリミナル効果を使っても馬鹿だとしても、私は、私だけは見捨てはしないから」

 努力の塊である栗原もどうやら今回ばかりは諦めて慰めに移ったみたいだ、が。

 うん、明らかにバカにしてるよね。苛立ちが圧倒的に先行してるよね。

「ありがとう清美ー!」

 その言葉を聞いて里香が栗原に抱きついた。

 いやあ本当いい関係だ。

 まあいいムードになったところでお開きにするかね。

 と、俺が栗原と里香を玄関に送り出そうとした時――

「あ、着信だ」

 どうやらマナーモードにしていた里香の携帯にメールがきたらしく、里香がポケットから出して確認すると。

「あ……」

 里香がいつにない低く小さめの声を出して止まった。

 ん? どうしたってんだ?

 気になった俺と栗原が同時に覗きこむと。

「「あ……」」

 俺たちも同じ声でハモって止まった。


 【FROM】hariwayamayama@――

 【件名】山張だよ~!

 【本文】メルアド変えました。元気ー? ちゃんと部活やってる? そういえばそっちはもうすぐ中間テストだよね? ちゃんと勉強してるか? ……まあどうせあんたのことだから出来てないんでしょうね。もし困ってんだったら科目と範囲教えな。山張ってやるから。


 こうして里香は即メールを返信して山張さんに山を張ってもらい、無事中間テストを乗り切ることが出来たらしい。

 しかし、いくら山張さんの山が凄くてもそれを覚えて使えなければ意味がない。栗原がどんな手を打っても無駄だったのにどうして山張さんの山は覚えてなおかつ使えるのか?

 気になってメールの返信に躍起となっている里香に聞いてみると。

「え? 山張さんの山を聞いた後、いい成績だったら飴がもらえて、悪いと鞭で打たれるから」

「本当に飴と鞭じゃねえか!?」

「飴がほしくて」

「飴に興味が湧いて記憶力も湧いたわけ……ね」

 飴に負けた栗原は灰になった。

 ……それでも山張先輩、あなたの偉業は忘れません。里香には速攻でメルアド登録させておきましたから。

 こうして里香の一夜漬けは一人の救世主のおかげで結果的には成功したわけだった。


「そう言うけどね。ああ、結局里香にとって活動部よりも空手部のほうが大事なのね」

 憂いを帯びた顔で栗原。

 お前なあ。

「その考えは意地悪じゃねえの? お前だって里香が大丈夫でも自分がだめで活動なしの日あるじゃんか」

 ちなみに『俺と栗原二人が大丈夫でも』とは言わなかった。初回の拉致、四日前の突然のうちへの訪問から俺の予定は加味されないことが分かっていたからだ。

 だいたい空手部が忙しくて今日も部活あることぐらい予想できんだろ。

 俺の言葉に「むー」と普段は見せないすねた幼児のように唇を尖らせる。

「だからこそよ。私と里香が必ず大丈夫な日で多く活動できるのは試験前日と試験日四日間ぐらいなんだもの」

 栗原自身も『私と里香』つって俺を入れなかった。おい。

 ……それにしても。

 俺は今回の一夜漬けで一つ気がかりがあった。

「お前大丈夫って、四日前の夜なんて本当に大丈夫だったのかよ?」

 そう、俺が気になっていたのは。

 なぜ栗原はうちに九時近くまでいられたのだろうか。

 同じ部の部員とはいえ仮にもクラスの男子の家である。金持ちの家であり、母親はPTAの会長である栗原家がとても承諾するとは思えなかった。

 俺の問いを聞くと、栗原は途端に顔を素に戻し、ばつが悪そうに少し顔をそむけた。

「今まで試験前日は塾の授業は入れずに自習室で自習をしていたわ。だからお母さんもきっとそう思ってるでしょうね」

 ……やっぱり親には黙ってやがったか。

 まあお父さんのことはもう置いておこう。ドンマイです。

「何でだよ? 何で行かなかった? お前にとって努力ってそんなもんだったのか?」

 すでに超人的な自分にまだ満足せず、努力に飢えているのが栗原だ。

 それなのにもともとうちに来た理由は活動部の活動のため。

 信者が知ったら泣くぞこれ。

 これに対し栗原は。

「…………」

 ただ黙っていた。

 特に理由はないということか。

 しかし栗原は数秒後にこちらへゆっくりと向き直ると。

「じゃあ、何で里香はよかったの?」

「は?」

 いきなりそんなことを口にした。

「四日前は里香も島田君の家にいたわ。でもあなたは里香に『本当に大丈夫だったのかよ?』って聞くかしら」

 栗原から何やらピリピリと威圧のようなものが伝わり始めた。

 それに俺は少し気圧されながらも答える。

「……や、まあ聞かないだろうな」

「そうよね? それはなぜ?」

 俺の言葉を聞いて栗原の表情は一気に鬼気迫るものへと変わる。威圧も一層強さを増した。

 なぜいきなりこんな状況になってしまったのかはなはだ疑問だが、思ったところで流せるわけもなく、俺は視界の端に栗原を捉える程度に視線を逸らしてしどろもどろになりながら。

「……まあ、俺と里香の親同士が知り合いってのもあるし……何より俺と里香幼なじみだし」

「そう。試験前日に九時近くまで無謀と思える一夜漬けに付き合ったのも幼なじみだから? 今回は前回みたくあなたのラノベを人質にとってないから強制ではなかったはずだけれど」

「まあ……そういうことになるな」

 赤の他人はもちろんだし、友達(が俺にいたとして)だったとしてもあれは途中で見離したな。今回の勉強会は里香だったから成立したのは確かだ。

 それにしても、栗原のやつ今のところ俺が話す度に圧を強めてきてる。このまま会話し続けたら俺ペシャンコになっちまう。

 そんな、本気で不安になったのだが。

「そう」

 栗原は突然今まで放っていたものを下げて視線も前方へ。……終わったのか?

 そうも受け取れる雰囲気だったが。

 直後に目を細めた……歪ませたようにも見えた栗原は、ボソッと投下した。


「私も幼なじみならよかったのに」


「え?」

「私今日はここで曲がるから。じゃあね」

「あ、おいちょっとま――」

 俺は去っていく栗原を止めようとしたが、最後まで言えなかった。

 なぜなら俺に向ける彼女の背中が、どこか『切なかった』から。

 それは活動初日の帰りに見せた里香の横顔と同じもので。

「……何なんだよ」

 俺は少しの間原因を探っていたが特に思い当たらず。

 前回里香は翌日会うとピンピンしていたし。

 なら栗原もそうだろうと思って、一切考えることはしなかった。


 この時は、後にこれが俺の中で問題として上がることも知らずに。

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