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ハンオタ!  作者: 板戸翔
活動部の一夜漬け
23/37

ごの4

 俺はテーブルの上に置かれたその本を手にとって題名再確認。

 『化学は萌えでだいじょ〜ぶぃ♪』

 さらにはペラペラめくってみた。

 ふん。ふんふん。ふん。うん間違いない。

 世の中の全てがオタクもんか非オタクもんかの二つで分けられるとしたら、これ、前者のやつだ。

「もともと次の活動内容の話し合いの参考になると思って持ってきていたのだけれど、どう驚いた?」

 どや顔の栗原。

 うん、驚いた。

 めくってすぐのところに表紙でフワフワ笑顔してた青い髪の少女がなんか実際にプワプワと宙に浮いて て、付いてた吹き出しに「私フワフワでと〜っても軽いのよ♪」って書いてあって何この不思議ちゃんと思ってプロフィール見たら。

 『名前:水素』

 て書いてあんだもん……普通に考えたらシュールすぎる。

 『水』が名字で『素』が名前?  それとも「水素(みずもと)さん」?

 栗原は俺の表情を見て、出した甲斐を得たと思ったのか、ふふんとどや顔をした。

「すごいでしょう?  今や『萌え』は勉学にまで浸透しているのよ。これはその化学版。まあ特徴と言ったら、元素一つ一つが各々の性質に合った『萌えキャラ』になっているわ」

「『萌えキャラ』て……」

 や、確かにこの本に書かれたキャラはどれも可愛いっちゃ可愛いよ。

 けれどもさ。

「勉強にこんなことやっていいのかよ?  どうもこれはふざけてるとしか」

「なら、監修者の名前見てごらんなさい」

 ん?  監修者?

 言われて俺は本の最後のページを開いて確認。

「早慶大学教授……って早慶大!?」

 日本の私立大学で一番偏差値高いとこじゃねえか!

「まだよ。もう一人いるでしょ?」

 見ると。

「…………」

 言葉がでなかった。

『近藤隆太:西桜大学教授』

 うちの付属先の大学教授だった。

「なるほどこの本はマジだと認めよう」

 そうしないと世の中を否定してる感じがした。

 しかしここで栗原は人差し指を立てる。

「まだ話はこれからよ。まあ大きく書かれてたから島田くんも気付いてることだと思うわ」

 ……あれのことか?

 まあデカデカと表紙に『付属』って書いてあったし気付かないやつはいないだろう。

「DVDのことか?」

「そうよ! それよ!」

 一気に声の張りを上げる栗原。目力いっぱい。

「この本にはね、内容の一部を描いたアニメが入ったDVDがついているの」

「あ、アニメ!?」

 テーブルに身をのりだして食いつく里香。

 うん、栗原の意図が見えたぞ。

「そうアニメ。この本はまあ結構漫画チックに作られてはいるけれど、それでも文章の部分はもしかしたら里香は全然頭に入らないかもしれないじゃない?」

 ……さりげなく里香をバカにした栗原。

 里香はイラっとこないのか?

「そうだねー! そうかもしれない!」

 あ、気付いてねえ。

 ある意味うまく関係出来てるな。

「でもこの本にはそんな人のためにとアニメが付いている!」

「おおー! 教授さんたち良心的ー!」

 なんかテレフォンショッピングみたいなノリになってきた。

 多分アニメ付きの提案は教授さんたちではないと思いますけど。

「まああれこれ言ってもしょうがないし、百聞は一見に如かず。明日のテストも化学があるし、とりあえず見てみましょう!」

 と言って栗原がDVDプレイヤーをいじり始めた。

 一応言っておくけど……てか確認したいけどここ俺んちだよね!? 何でそんなにスムーズにプレーヤーいじってんの!?

 「スイッチオン!」

 すぐにセットし終えた栗原は俺の心の動揺を知る由もなくリモコンの再生ボタンをプッシュ。

 すると。

 『化学は萌えでだいじょ~ぶぃ♪ アニメ「元素☆学園!」』

 制作会社のロゴが出た後にそんな甘ーい声と同時、ピンクでハートがいっぱいの背景と本の表紙の女の子が出てきた。

 明らかにオタクの層を狙ったと思われる露骨な演出に若干俺は重たさを感じたが。

「うぉっほー! すんげー!」

 興奮する里香。

 ああ、お前アニメなら何でもいいんだ。

「……とりあえず見ていきましょう」

 栗原も俺と同じだったのか少し気抜けしていたが、取り直してリモコンを操作。

 『ここは日本のとある学校〈元素学園〉。ここにはさまざまな性格をもった生徒が在籍しています』

 さっきとは違う女性の声でアニメは始まり、そこから俺たちは、暫くそれの観賞タイムに突入した。

 アニメのストーリーを要約すると擬人化された元素たちがそれぞれの性質にあった性格をした女子学生で、彼女たちが時には緩やかに、時にはドタバタと学園生活を送っていくというものだ。

 感想は……普通に分かりやすい。

 化学を知らない人たちのためというのもあるのか、ちゃんと化学の基礎の基礎から始められているし、ある程度物語が終わるとその物語内で出てきた用語などの解説が入るから実際に知識にもなる。

 とても分かりやすい代物だ。

 うん。とても分かりやすいのだが……。


 『ここは〈元素学園〉にある〈ランタノイド部〉。この部活には、みんな仲が良くてやることが似ている生徒たちが所属しています』


 思っていると、また新しい話の始まりを告げる天の声が流れ、部員と思われる女の子が続々現れ始めた。

 そこから行動パターンがそっくりな『ランタノイド部』の部員たちが巻き起こすドタバタ劇が約二十分間繰り広げられた後。

「ランタノイドはみんな仲が良くてやることがそっくりだね。そう、今回の学習テーマは『ランタノイドは性質が似ている』ということ。ランタノイドは――」

 という天の声の解説タイムに移行し、また一くだり終了。

 そのとき俺は時計を見た。時刻は六時半を回っていた。

「なあ栗原」

 見てきた話は今ので七話目。

 このアニメはどれも一話につき学習テーマは一つ。

 ということは約二時間でテーマ七つ。

 教科書換算では約十ページ分で、その半分以上はテスト範囲外。

 や、もちろん物語上では学習テーマ以外にも化学の知識はちらほら出てくるんだよキャラの行動とかで。

 でも、でもそれがあってもこれ……。

「一夜漬けには効率悪すぎないか?」

 いくら何でも異常だった。少しは予想もしていたけれど、でもまさかここまでとは……。

 さすがにこれを監修した教授さんたちも一夜漬けに使われるとは思わなかったのだろう。

 それに対し、栗原は。

「…………」

 あろうことか無視をしてきた。

 重要発言なのに。聞こえているはずなのに。

「おい、くりは――」

「大丈夫!」

 俺が栗原の肩に触ると被せ気味に振り向いて声を張った。

「見て? さっきと違って里香が興味を持っているじゃない。だから大丈夫!」

 ……絶対自分に言い聞かせてるだろお前。

「意地張るなよ。分かってるか? 今日はは里香のための一夜漬けなんだから、なるべく的確な知識を――」

「意地なんて張ってないわよ! そっちこそ分かってるの? 知識っていうのはより正確に、綿密に覚えなくてはならなくて、さらにテスト範囲外でも他の知識と繋げた方が覚えやすいの。だから間違ってないわ!」

「いや言ってることは間違ってないけど……」

 今回俺たちがやっているのは、一夜漬けなのである。

 その名の通りなんたって一夜で漬けこまなきゃいけないわけであって、栗原の漬け方ではよっぽど品種改良された野菜でないと一晩では味が付かないだろう。

 方法的にそれは何日も漬ける場合……ん?

「……でもそうね、そろそろ他の教科もやらないと。今日はもう一つ英単語のDVDも持ってきているわ。英単語はどれだけ覚えても無駄なんてないからやっておいて損はないと……思うわ」

 そう言って鞄を漁り始めた栗原の腕は、小刻みに震えていた。

 俺はそれを見て、考え、そして確信。

 そうか――栗原のやつ、一夜漬けのやり方分からないんだ。

 思えば初めの栗原先生の授業スタイルによる進行の時だってそうだった。初めて触れる知識たちに関心していて俺も気付かなかったが、日々の学校の授業の積み重ねがテスト範囲となるのに、学校の授業のような進行で一夜漬けなんかしていいわけがない。今のDVDでも、さすがに違和感は覚えていたようだが、それに反して発言が明らかに一夜漬けのものでなかった。

 きっと努力の塊である栗原は、毎日予習と復習を繰り返してるために一夜漬けなんて想像もできないのだろう。

 だとするとまずいな。とりあえず一旦栗原を止めないと。

「おい、くりは――」

「ちょっと待って今準備してんだから」

「…………」

 こいつ……もうまともに耳を貸すつもりねえぞ。

 栗原は「大丈夫、大丈夫」と小声で連呼しながらDVDをセットして再生ボタンを押した。

 瞬間、テレビの映像がピンク一色に染まったかと思うと。

 『英単語攻略するぞ! 萌え萌えタンゴでへーんしーん!』

 と言ってロリ系の女の子が服を脱ぎ捨て体に規制用の白い靄をまとわせ、おそらく魔法少女か何かに変身するために服装を変えているシーンが始まった。

 もうぜってーさっきと同じパターンだろこれ。

「おい栗原もうあきらめろ。ただの時間の無駄だ」

 俺は栗原からリモコンを奪おうとするが、相手も必死に食らいつく。

「何よまだ始まったばかりじゃない! 内容を見てから言ってよ」

 さっきからお前の言う大丈夫は一体何なんだ!

 ちなみに里香はというとあわあわしながら俺ら二人を傍観していた。

 そうだよな。お前はいつもトラブルを持ってくるだけで解決は全部俺任せだったもんな。まあやめさせたいとは思ってるんだろうけど、解決の仕方がいまいち分からないんだろ?

「こ……の……!」

 すると――ドン!

 もみ合いの最中で、俺は里香を押し倒した。

 よし、あとちょっとでリモコンが俺の手に――

 ――ガチャ。

「ただいまー。あー南アフリカよかったわー! かなり作品のイメージが湧いて……」

 お袋が帰って来た。

 旅から。約一カ月ぶり。

 だから約一カ月ぶりのリビングの光景。

 ――栗原という女の子押し倒す俺。

 ――横でパニックの里香。

 ――女の子が靄がかかっているとはいえ裸から着替えているシーンを移すテレビ。

「…………」

「あのー……お袋?」

「……あ、ごめんなさいボーっとしちゃって。次の作品が今思いついたのよ――女の子にわいせつアニメを見せながら性的暴行するのが趣味の『K』と呼ばれる少年の話なんだけど」

「お母様誤解なんだああああああああああああああ!」

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