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ハンオタ!  作者: 板戸翔
俺はラノベ好き
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その2

「あー死ぬかと思った」

 俺は通学路を脱力して歩行。

 俺と鬼に化したお袋とのリビングの一戦はまさに大迫力のバトルシーンで有名な『蒼弾のレチタティーボ』さながらだった。

 と言ってもお袋が猛攻を仕掛けてきて、俺はひたすらそれから逃れていただけなのだが。

 や、だってあれはそうするしかねーよ。あいつ豹変した途端、コショウケースやらスプーンやら固形石鹸やら次々とキッチンから溜め無しのガチスピードで投げてくんだぜ?

 しかも次第におたまとかまな板とか投げる物がでかくなってくるしよ!

 そんでもって皿とか茶碗とか割れるもんは投げてこないんだからまた腹立たしい。

 せめてもの反抗として、相手を弾切れまで追い込んでやむを得ず皿を一、二枚投げさせたかったが、それより先に包丁が飛んでくると悟った俺はお袋の乱射の下をかいくぐって登校準備をしてまたかいくぐってリビングで牛乳一杯だけ飲んで家を出た。

 はあ、俺はなんちゅう朝を送っているんだ。

 お袋とは仲自体はそこまで悪くないのだが、ラノベに関しては毎度の如く言い争い、そして戦乱が絶えない。

  ――ぐぅうううう。

  お腹が鳴った。まあ、当たり前だがやはり牛乳だけじゃ無理だったか。

 朝の戦乱は飯を食ってからと学習したいところだが……それができたらそもそも戦乱にもならないよな。開き直り。

 よし、ここは別のことで空腹を忘れる作戦だ。

 俺は右手を肩に掛けてる鞄の中に突っ込んでゴソゴソ二回まさぐり一冊の本を出す。

  そして鮮やかな配色で描かれた艶やかお姉さん悪魔のリシアが映る表紙を確認。


  きったあああああああああ!


 吹っ飛んだよ! 空腹吹っ飛んだ!

 もうこれで昼までなんもナシで頑張れるわ。

 ちなみに言うまでもなく本とはラノベ。

 興奮冷めあらぬ中、俺はさらなる幸福感を求めて『カレッジS×S』七巻のしおりが挟まる部分を的確に開いた。

 これは朝食前に読んでいたものとは違うが、俺はその場の気分でコロコロと読む物を変えるので日常茶飯事。朝のもいいんだが、正直空腹を紛らわすならこれだ。

 『カレッジS×S』は俺の中で五本の指に入る特にお気に入りのもの。

 まず設定がしっかりしていて、バトルシーンが白熱してるにも関わらず、主人公がいろんな女の子から好かれるというラノベでよくある『ハーレムもの』をうまく兼ね備えたかなり完成度の高い作品なのだ。

 まああと五〇〇〇文字は熱弁できるが、はやく内容に集中したいのでここまで。

  ……うわ、え、誠とリシアが……え!

  俺は話の急展開さに驚くと同時に胸を躍らせながら次ページを視界に入れようとして ――ドカッ!

  後頭部を何かで殴られた俺は、反動で『カレッジS×S』を顔いっぱいに受け止める形となった。

「おーっす、おはよう健児! ……って、どんだけラノベ好き? その読み方はいくら私も引くぞ」

「……里香……てめえッ!」

 その声に俺は犯人を確信して顔からラノベを外すと、案の定俺の隣にはトレードマークのポニーテールを結わえ、口調に似合わない大きな目、比較的高い鼻、桜色の小さな唇を兼ね備えた整い顔の持ち主──西条(さいじょう)里香(りか)が俺の後頭部を殴った物と思える鞄を後ろ手にして立っていた。

「お前本読んでる通行人に何してんじゃあ!」

 俺は里香にビシッと人差し指を突きだしてにらみを放ったが、彼女は全く悪気のない表情で。

「まあまあ怒るなよー。私たち生まれたころからの仲じゃないか」

 と一言。

 ……そうなんだよなあ残念ながら。再確認。

 俺とこの里香は昔からの幼なじみである。

 しかもただの幼なじみではない。同い年。家は間数十センチの真隣。幼、小、中、そして今の高と学校が全て同じというわけ分からん腐れ縁がある幼なじみだ。

「でもだからって殴っていい理由にはなんねーだろうがよ!」

 俺はそう言って里香に迫ると、里香はゆさゆさとポニーテールを揺らし。

「ほら怖い顔すんなよ。幼なじみならこれが私のスキンシップってことぐらい分かるだろ? な?」

 言ってきらきらと輝く笑顔を俺に向け、俺は思わずそれに見入ってしまった。

 ああくそ。

 だからお前は嫌なんだ。


 里香とはおそらくうちの両親とよりも一緒にいる時間が長いが、それと同時に俺は里香を現時点世界で一番苦手とする人物。

 それは里香の性格にある。一言で言うと、超面倒な女なのだ。

 まあさっきのスキンシップで俺を鞄で殴るなんて行動で分かったと思うが、里香は活発で男勝りというのがあって物事全てに限度というものを知らない。

 これだけでも大分面倒であるが、そこに好奇心旺盛という性格も併せ持っているため、一度何かに興味が湧くと歯止めが効かずに周囲を困らすという、いわゆるトラブルメーカーなのである。まあ周囲というのは大概俺を差すわけなんだが。

 その性格に毎回俺は迷惑を被っているわけだが、こいつは先天性による美貌を駆使し、まるで天使がほほ笑んでいるような眩しすぎる笑顔をタイミングよく俺に振りまいてきて気持ちをうやむやにしてくる。

 まったく、ラノベの世界だってこんな複数のキャラを混ぜたような異色女子はいない。なぜよりにもよって現実世界に、しかも俺の幼なじみとしているのだろうか。

「ぐぬぬ……」

 俺が里香の丸め込みになんとも言えない悔しさを滲ませながら先を行くと、里香は当然とばかりに隣を並走してきた。ついてくんじゃねえよ。

 しかし隣を歩く里香はニコニコ笑顔で……くそ、反則だ。

「やー、最近健児と全然話せてないから今日は朝から会えてよかったよ」

「嘘つけ! お前ことある毎に俺のクラスやら家やら押し掛けてくんじゃねえかよ」

「それでも昔と比べたら減ったよー。クラスだって違うし、部活が忙しくて放課後一緒に帰れないしー」

 子供が母親に愛情を求めるかのように俺に訴える里香。俺はお前の保護者になった覚えはない。

「そういやお前部活と言えば今日朝練は?」

 里香は昔から空手をやっていて、うちの高校──私立西桜(せいおう)高等学校では女子空手部のエースを担っている。その実力は名門校の主将相手に互角の試合を見せる程だ。

 ちなみにこのことと顔のことを合わせて学校内では『肉体系ドジっ子天使』という二つ名が付いている。

 ……何とも統一感がないが。

「あ、里香さんだわ」「今日も憧れるカッコ良さね」「うわ、めっちゃかわいい」

 同じく登校中の男女からそんなヒソヒソ声が聞こえてきた。はい、男女学年問わずかなりの人気を誇っています。

 俺が里香と縁を切りたいなんて公に出したらきっとフルボッコだろうなあ。はあ、こいつらも俺と同じ立場になれば……無理か。小学生時代里香と何も装備を持たず樹海を彷徨ったやつの立場なんて。

 っとかなんとか俺が里香から神経を移していると、里香はいつの間にか右腕の袖を捲っていた。

 同時に、腕の中央部の――かなり大きめのアザが目に入る。

「昨日──ゴールデンウィーク最終日に試合があったから、今日はオフなんだよ。おかげで……」

 里香は自分のアザにちょんと触ってピクッと震えた。

「お、おい無駄に触んな。治り遅くなるぞ」

 俺がそう言うと、里香はにへーといままでとは違う弛んだ笑顔を見せた。

「あれー、もしかして私のこと心配してくれてる?」

「ち、違ーよばか! ただ一般論を唱えただけだ」

「あはー照れなくても良いのにぃ。ありがとうなぁ」

「おい抱きついてくんじゃねえ! 他のやつら見てんじゃねえか」

 俺は里香を剥がそうとするが、無茶苦茶な腕力でそれを阻止される。

 並みの男より強いくせになぜか俺には甘えたがりとか……本当キャラごっちゃごちゃだ。

「うーんそんな恥ずかしがらなくても」

 さらに里香は腕の力を強めてくる。やばい、このままだと空手バカに絞殺される。

 ……仕方ない。今回も使うか。

「こんのっ! ならこっちにも考えがあるぞ」

 そう言って俺はラノベの世界に完全に入った――


「ねえ、ごめん健児」

「…………」

「ねえ、もうやんないからさあ」

「…………」

「ねえ、モード解除してってば」

「…………」

「あーもう、ラノベのどこがそんなにいいんだよー!」

 かれこれ十分、あれから俺は一切里香を相手にしていない。

 というか、相手にできないのだ。

 俺はラノベを愛しすぎるあまり、いつの日からかラノベの世界に完全に意識を移すモードが備わっていて、これを使用すると通常の倍の速度でラノベを読むことができる。

 ただし、意識が移るということは外界との繋がりを遮断するということなので、モード中は周りでどんなことが起きようがまったく頭に入ってこない。

 いや、実際入ってはきているのだが、思考することができずほぼ聞き流しなので同じようなことだ。

 このモードはそういう短所があるため、交通事故などの危険から普段は家でしか使わないのだが、里香が面倒くさい時はこうしてこの短所を有効利用させてもらっている。

 まあ言ってしまえば今俺は悪気のない無視をしているのだ。だってモード中だからしょうがないし。

 ちなみに俺から本を取り上げても俺は上の空で解除はできないことを里香は知っているため、あくまで彼女は対話を要求しているというわけ。

「聞いてくれないと悪口言うぞ」

 始まって三分経過でまだ懲りないか。まあ、無駄だけど。

「……バーカ」

「…………」

「……変態」

「…………」

「……オタク」

「てめえ! ……あ」

 あれ、無意識にモードを解除しちまった。

「はあ、やっぱり健児はこの言葉に引っかかるんだな」 

 里香は解除の仕方を知っていたような口ぶりで、どこかあきれたような感じだった。

「な、なんだよ! てか、俺はオタクじゃない。俺が好きなのはラノベだけで他のアニメとかフィギュアとかオタクが好きそうなもんはまったく興味ねーんだよ」

 これは俺の意地みたいなもんだ。俺は一種の芸術としてラノベを愛している。ライクじゃない、ラブの方だ。

 確かに人々の中でラノベはオタクが読む本っていう概念があるし、ラノベ自体オタクに照準を合わせているような側面も見えるが、だからって『キャラ萌えー! だからアニメもフィギュアも買うぞー!』なあいつらと俺を一緒にするな!

 俺がそんな心の声も合わせ里香に詰め寄ると、彼女は顔はそのまま掌でポンポンと俺の胸を叩いた。

「はいはい分かってるよ。健児はハンオタ(・・・・)

「ハンオタ?」

「中途半端のオタク、略してハ・ン・オ・タ」

 最後の部分は人差し指をリズムよく合わせて強調。

「……何だその悪意のこもった言い方は」

「だってそうでしょ? 健児と同じクラスの黒瀬君は完全なオタクだけど結構な活動家らしいじゃんか。それに対して健児ときたら家でラノベ読んでばっかだしさ」

「うっせえ! 引きこもりで悪かったな」

「……引きこもりは今自分で言ったぞ。これも気にしてんのか」

 里香は額に手を当てると一つ息をついた。

「ああああもう、とにかく俺はこれでいいんだよ! ほっといてくれ!」

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