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ハンオタ!  作者: 板戸翔
活動部結成――そして最初の活動
19/37

よんの5

 それから二時間ちょっと後。

 あのメールの後もきっかり二時間オタク用語について勉強した俺たちは帰路にたち、隣町に住む栗原とは分かれ道で分かれた。

 栗原……とにかく明日までには直っててほしいな。

 そんなわけで只今は、俺と里香とで残りの帰り道を歩いているところであった。

 二人きりになって歩いて、何分経ったときだったろうか。

「あの……さ……」

 突然里香がうつ向き気味になった。表情も少し沈んでいる。

 なぜこのタイミングでそうなったのかまるで理解できなかった俺が聞こうとすると。

「ごめん」

 謝った。

「は? 何だよ突然」

 本当突然。一体何に対して?

 里香は俺の方にちらりと一瞬視線を向けた後、らしくないさびたような声を出した。

「だって、今日また私健児の迷惑になるようなことしたから……」

「…………」

 自覚あったのかよ。

 里香のことだからまた何も考えずにやってんだと思ってた。

「絶対迷惑だって思ってたんだ!」

 こちらへ向けた里香の表情は、勢い余ってこちらが圧縮されそうな必死さに満ちていた。

「でも清美に教えてもらって、もしかしたら健児と一緒に部活できるかもしれないって思ったらうれしくて。ほら、健児中学の時も部活入ってなかったし、高校だって今日までやってなかっただろ? 健児と一緒に喜んで、悲しんで、笑いあえるかもしれないと思ったら勝手に体が……」

 序盤はダムが決壊したかのような怒涛の釈明も、結び目を解かれた風船のごとく声は尻下がりですぼんで消えていった。

 さて、俺は里香に気持ちをぶつけられて。

 あ、そういえば里香の口から初めて栗原の名前聞いたなあ。それについて今聞いてみるか……冗談。

 俺は溜息を一つついて里香に言う。

「いいよもう」

「え?」

「ここまでやられると逆に清々しいって感じだな」

 拉致られたと思ったら入部を恐喝され、挙句の果ては俺の人生を左右しかねないメール騒動。

 でも二時間の用語勉強を乗り切った後、俺の中にあったのは過ぎ去った時間への後悔ではなく、何でか活動の達成感だった。

 もちろんこんなことをそのまま言ったら里香は調子に乗るので。

「別に今日みたいなことは慣れてるしな。俺を誰だと思ってる? トラブルメーカー西条里香の幼なじみだぞ」

「う、うう」

 俺の意地悪さに里香はいたたまれないといった感じで再び顔を伏せた。

 その姿を見て俺は小さく笑い、さあ、あとはいつも通りな感じに――戻ると思っていたのに。

「……清美からいろいろ教えてもらってる時聞いたんだけどさ。健児、清美に趣味のことは隠していればいいようなこと言ったんだってな」

 顔は下を向いたまま、しかし声はさっきまでのもじもじとした感じの消えてしっかりと意志が定まっていた。

「あ、ああ、そういや言ったな」

 そう、俺は栗原に押し付けたんだ。

 今思うと後悔ばかりだ。あの時もっとうまいやり方はなかったのか過去の俺。

 俺の言葉を聞いた里香は。

「私には?」

「え?」

「私には……言わないの?」

 上目づかいで俺を見つめてきた。

 確かに夜中はオタク趣味から里香自体へと途中で話が少し逸れたから隠しておけだなんて言わなかった。朝も一緒にいろと言っただけでそこに黙っておけなんて意味はもちろん含んでいない。

「や、だって、別に俺だけにばれたところでお前が周りに秘密を明かすだなんて思わねえだろ普通」

 そう思っていたことを口にすると。

「でも健児に対して悪いことをしてたっていう気持ちがあったのは清美の時と同じはずだ。そもそも似た展開を健児はその日の朝清美で経験してた。私の立場だって清美と似てる。私が清美みたいに皆に告白しようとするかもしれないって、限りなく低くてもするかもしれないって、そうは思わなかったのか?」

 少しばかり声を尖らせ、「清美」を連発させて里香は返してきた。

 え、怒ってんの? だけどまた何で? 見当がまるでつかない。

 あーもう、まったく栗原のやつ余計なことを里香に……。

 とりあえず原因は俺が言わなかったことだということは確か。それなら。

「さっき言ったように俺はお前の幼なじみだぞ。栗原には必要でも、お前にはいらないって分かるんだよ」

 便利だ、幼なじみ。

 でも嘘は言ってない。というか多分これが正解なんだな。

 俺は里香のことを女という生き物のなかで一番知っている。

 時々旅に出ていく母親よりも近くにいて、様々な事を一緒に経験した。

 だから俺の中にある里香に対しての膨大な情報が、隠しておくことを言わせなかったんだ。

 うん、きっとそうなんだ。

 俺が自分の発言で納得していると。

「そっか……」

 気付くと里香は、どこか分からない遠くの前方を見つめていた。

 夕日に照らされてセピア色な彼女の横顔は、『切ない』という形容詞が一番当てはまった。

「健児の私が……そうならそれで……」

 そんな里香から出されたそれにさっきの尖りはなく、その代わりなんというか、憂いていた。

 どこか無理矢理納得させたような、意味深な。

 明らかに里香は何かを思い、そしてそれを胸の内に留めた。

 ここでもし俺がそれについて追求すれば、嘘のつけない彼女はおそらく話すだろう。

 でも、俺は。

「…………」

 聞かなかった。

 聞こうとは思わなかった。

 何も聞かないまま、そしてまた無言となり。

 そのまま俺たちは帰路を終えたのだった。

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