よんしょうのまえに
登校。
それはただ学校に行くことであり、登校時間が歩いて十五分の俺にはさして重要なイベントではない。
というか、これはほとんどの生徒もそうだろう。
だって登校とは『学校生活』という重要なイベントのためのつなぎのようなものなんだから。
だから登校は重要なはずがない。
うん、そのはずなんだよ登校って。
なのにさ……。
「……お前ら、いい加減俺から離れてくれねーか?」
「だってよ栗原さん。健児のために離れてあげたら?」
「西条さんこそ、島田君きっと邪魔だと思ってるわよ?」
そしてフフフと笑いあう二人。
俺の登校は今、俺の両腕に里香と栗原がそれぞれ抱きつきながらという、重要なイベントに発展していた。
この数日前、実は里香と栗原が役職を取っ払っての初対面の時を指す。
結局あの後俺は里香、栗原の二人を連れて登校することになったのだが、
「ぎゅーっと!」
突然里香が俺の腕に抱きついて顔をすりすりし始めた。
「お、おいやめろよ!」
俺は必死で抵抗するも、毎度のこと空手部エースの腕力を発揮してそれを阻止。
ああくそ、こうなりゃまたあのモード使うか?でもあれは一昨日解除されてるしなあ。
と思っていると。
「ちょっと西条さん、あなた西桜高校の風紀委員副委員長でしょう。なのにそんな行為、他の生徒に示しがつかないんじゃない?」
栗原がいつも学校で見せる冷静な指摘を放った。
ナイスだ栗原! やっぱ生徒会副委員長、次期生徒会長最有力候補なだけある。
そうなんだよ、指摘は抜群なんだけどな……。
「なあ栗原……お前も何で俺の腕に抱きついてんだ?」
「だいたい西条さんは一昨日も強引なやり方をされましたよね?」
「え、何も引っ掛からずにスルー!? 俺の発言って文章化されてるよね?」
「だったら栗原さんは無罪の生徒を罰しろって言うのか?」
「文章化されてないのー!?」
……という感じで二人は度々言い合いながら俺の腕に抱きついていたわけだ。
自分の存在すら疑う二人の無視っぷりは圧巻だった。
って、んなこと感心してる場合じゃなかった。
「栗原さん、今日始めて健児と登校なのに腕に抱きつくなんて図々しいって思わないわけ?」
「そういえば西条さん最初島田君に嫌がられてたわよね?それでも抱きつくって、それこそ図々しいんじゃない?」
また言い合い始めた二人。やばいこの状況。早く止めないと端から見たら……。
「ねえ、あれってもしかして二股がバレて修羅場な感じ?」「うわ、最低。男は誰?」「あれって二年の島田じゃね?」「え、あのオタクなのにオタクじゃないって言い張ってる偏見持ち?」「うわ、それで二股とか、つくづく性根腐ってるわ」
今の全て登校中の生徒たち。
既に遅かった。ああ、せっかく一昨日の誤解は解けたのに……。
しかし悲しいことに、二人の言い合いはまだ続く。
「栗原さん分かるか? 私と健児は幼なじみの関係なんだ! こっちの方が一緒にいる時間が多いの」
「西条さん、私は島田君とはクラスメイトよ。こっちの方が文字数が多いわ」
「そこ!?」
しかも幼なじみを平仮名にしたら同じだしな。
「ぐぬぬ……」
何で里香は悔しがってるんだよ。
「こ、これはどうだ? 健児は家に一人でいるとき、一時間くらい好きなラノベのシーンを何度も読んでニヤニヤしてんだからな!」
「な!」
このストーカー野郎。そんなことも知ってやがったか!
「西条さん、島田君の昨日の昼食はコッペパン一個よ」
「お前昼はいなかったよな!?」
ストーカー二号発覚。でもまあ栗原は昨日故障してたから仕方ないか。
……いやいや、全然仕方なくないわ!
「ぐぬぬ……」
だから何で悔しがる。
「く、栗原さん。健児は栗が苦手だ!」
……や、まあ確かに好きではないけど……今関係ないよな?
「西条さん、島田君は西が苦手よ」
「どういうこと!?」
何、俺西に行くのが嫌な人間? 場所によっては家に帰れねーぞ。
……しかし栗原がこんなことまで言って反論するなんてな。
今までの栗原からは考えられない……いや、もしかしたらこの栗原が本当の栗原なのかもな。
俺は自分の中で栗原を勝手に誇大にしてしまってたのかもしれん。
しかしこれだと里香も引かないだろうし、学校着くまで終わりそうにないな。
や、学校着いても終わらんかも。
さて、どうする。
こいつらの言い合いが続けば続くほど学校での俺の存在は酷くなる一方だ。
「く、栗原さん! 健児はね、私の誰にも知られちゃいけないような秘密を知ってんだかんな」
「西条さん、それなら私の知られちゃいけない秘密も島田君は知っているわよ」
そして睨みあう二人。
おそらく二人が言ってんのはそれぞれアニメ、フィギュアのことだろう。
まったく、お互い理由は似てんのにな……。
……似てる?
待てよ? こいつら、これで共存できるかもしれん。
「おいお前ら、ちょっと話すことあるから耳近付けろ」
俺の言葉に「何だ?」「何?」と疑問を持ちながらも二人とも耳を近付ける。
そして、周りに聞こえない声で二人に互いの秘密を教えた。
「「えーーーーーーーーーーーーーー」」
ハモる絶叫。
そりゃそうか。まさか互いが似たような秘密を持ってるなんて思わんだろうし。
「く、栗原さん……」
「さ、西条さん……」
「…………」
「…………」
そしてそれから二人は急に何か気まずくなったように下を向いて黙りこけた。
相変わらず二人は俺の腕に絡んだままだったが、とりあえず言い合いは鎮めた俺だったわけだ。
……わけだったのだが。
このせいで俺は数日後、意識が飛んだ。