さんの2
「おーっすいらっしゃーい!」
「……おう」
インターホンを鳴らすと一秒とたたずに玄関から部屋着の緑ジャージ姿である里香は現れた。
時刻は七時半近く。部活から家に帰ったという連絡を聞いて、俺はうちの真隣にある里香の家を訪れた。
自分自身のことながらストーカーの家にわざわざ自ら出向くのはどうかしてると思うが、食事のために背に腹はかえられない。
「……お邪魔します」
「どーぞどーぞ」
里香が俺を先導して廊下へと上がる。
彼女の後ろ姿のからは、ジャージと同じ緑色のモコモコとしたヘアゴムで結わえたトレードマークのポニーテールが後頭部でゆさゆさ左右に揺れるのが見えた。
「うれしいなー! ひっさしぶりに健児がうちに来たー♪」
里香はそんなことをぴょんぴょん跳ねながらテンポよく言った。
俺が里香の家を訪れるのは約二年ぶり。高校に入ってからは初めてだ。
里香はよく何かと理由をつけてはうちに来るがじゃあなんで俺は行かないのかと言うと、どこに好き好んで怪物の住処に行くものがいようかという話である。
廊下の途中に扉がふすまで出来た和室が見えた。
いつの日だったか、俺はこの和室に無理矢理連れて行かされて。
「ここは床が畳だから大丈夫」
と里香に言われて流れが読めた俺が。
「まさか、空手やるつもりか?」
とビビりながら返したら。
「ううん、剣道やるの」
「え、じゃあ畳関係ないじゃ」
「めーん!」
で俺の頭にチョップを落として「いや、やっぱり空手じゃん」と言う前に意識が飛んだ。
……まあそんなことがあっても里香との縁を切らない俺も俺なんだがな。
昔の(いいとは言えない)思い出に浸りながらリビングに入ると、隣接されたキッチンでキャベツの千切りの最中らしい、髪はポニーテールにまとめられていないがその他は顔やら身長やら何から何まで里香にそっくりな二十代前後くらいに見える女性が手を止めてこちらを向いた。
「あら〜健児君久しぶり。またお〜きくなったんじゃない?」
ほわほわとした口調の後、こちらに里香さながらの天使のようなほほ笑みを向ける。俺はその人のあまりの変わらなさを確認して少し呆れながら小さく笑い、こう口にした。
「お久しぶりです――おばさん」
里香は一人っ子。なので一見里香の姉のように見えるこの女性は信じられないことに里香の産み&育ての母である西条智香だ。その若々しさゆえ、昔俺は里香と一緒に実は妖怪なんじゃないかと本気で疑いをかけ、そんなはずないとおばさんは里香が生まれる十数年前――大学生時代の自分の写真を見せてきたが、容姿風貌全く同じで逆にそれが妖怪だと決定づける証拠になってしまっておばさんはあわあわし、里香が複雑そうな顔をしていた記憶がある。
「お母さんご飯はまだかー?」
「もうすぐできるわよ〜座って待ってなさ〜い」
里香が問いかけそれにおばさんは回答。
二人は声も似ているのだが、性格が正反対でしゃべり口調が全く違うから直接見てなくてもすぐに判別がつく。
里香よ、なぜ性格はおばさんを継がなかったんだ。俺はひどく残念だ。
まあそんなことを口にしたら里香はすねてスネ蹴り(シャレだがシャレじゃない強さ)してくるので俺は黙って里香と隣り合って座る。
「お母さんメシはまだかー?」
座った直後に里香が言った。
おい、生後五カ月の犬だってもう少し待てるぞ。
「できたわよ〜」
「できたんかい!」
思わず突っ込んでしまった。まるで漫才の世界だよ。
まあ今の一言の突っ込みが餓死寸前の俺には精一杯であり、おばさんがテーブルに料理を置き始めると頭は一気に切り変わって、
「「「いただきます」」」
声をそろえて唱した瞬間俺は先程の千切りのキャベツが添えられた海老フライにかぶりつく。
「う、うめえ……」
やばい、うますぎて泣きそうだ。
それはもちろん俺が腹ヘリというのもあるが、おばさんは調理師免許を持っているのもあって作る料理はまじでうまい。月一でくれるおばさんの料理のお裾分けは俺とお袋で高級品扱いをしている。
やべーよなんだこの海老フライ。衣はサックサクで中の海老はめちゃくちゃプリプリしてるんですけど。
「!」
い、いかん。
あまりのうまさに一気に食べ過ぎて胸が苦しくなってしまった。
ドンドンと俺が胸を叩くと。
「う、ふふ。昔から健児君は私が作ったものを食べると最初にそれをするわよね〜。でもそんなに喜んでもらえるとうれしいわ〜」
おばさんはニコニコ。あ、そういや毎回やってたかも。
恥ずかしくなってしゅんとなると。
「あっははははは!」
里香が若干口から衣のかけらを飛ばしながら豪快に笑った。
あームカつく。こっちはもう分かってんだから気持ち察しろよな。
「そうそう! 健児は昔っから変わらないね。あ、そうだ。今日久々に健児が来るからやりたいことがあったの今思い出した」
「ん? やりたいこと?」
聞き返すと、うんと頷いて里香は一言。
「この後和室で剣道やらない?」
「お前も変わってねーよな!」
……おい、わざとなのかそれ。