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ハンオタ!  作者: 板戸翔
俺はラノベ好き
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その1

「があっ」

 クライルの拳が重く深く俺の腹に突き刺さった。

 衝撃が五臓六腑をえぐり回し、この世のものとは思えない猛痛が俺を(むしば)む。

「まだ……まだだああああああ!」

 そんな奈落を気力のみで這い上がり、刀の柄を強く握り直して再びクライルに切りかかる。

 残りの魔力も全て剣先につぎ込み、渾身の一振りを放つ。

 が。

「はあ、いい加減気付けよな」

「うっ」

 しかし奴は難なくそれを片手で受け止めると、退屈そうに俺の顔面を蹴り飛ばした。

 床に落ちてからも勢いが収まることはなく、反転を繰り返しながら十数メートル先の壁に叩きつけられた俺の体は圧砕による不快音を奏でた。

「ま……だ……」

 薄れゆく意識の中、俺は必死の思いで肘を腹下に滑り込ませるも。

「おおっと」

 瞬時に現れたクライルの右足が無情に俺の上体を踏み潰した。

 俺の起上を阻止し終えると、奴は再度の溜息。

「なんかさあ、もういいじゃんか。ただ俺が強くてお前が弱い話なだけなんだからさ。な? 十分頑張ったよお前」

 直後に、(よこしま)な漆黒の光が辺りを照らした。

 クライルが力を溜めている。それを食らったら俺は、もう……。

 くそ、ここで終っちまうのか? せっかく鍵も見つけて、ルージュはあの部屋の奥にいるってのに。

 ……まだだ。

 まだ終われない。

 ルージュと漆島神社の夏祭り行くって指切りしちまったんだ。

 守れねえとしたって……あいつの前で針千本飲むまで俺は死ねねーんだよ!

 力を。

 何を代償にしてもいい、どんな犠牲も払うから、俺に。

 俺に……力をくれ……。


「健児、ご飯出来たわよ」


 その時──

『汝、何を願う?』

 ──あんた、誰?

『我、サンタキュレンヌの指輪の精』

 ──ああ、俺の中指の指輪ちゃんの……。それで、何、願い叶えてくれんの?


「健児、早くご飯食べちゃいなさい」


『我、汝の寿命と引き換えにどんな願いをも叶えられる』

 ──なるほどそういう仕組み。で、俺はどれだけ寿命削れば奴に勝てんだ?

『汝の寿命、九十八%引き換え』

 ──あいたたた。ほぼ全部かよ。泣けてくるな。まあでも──


 ──夏祭りは行けるか。


 いいぜ、持っていきやがれコンチクショウ!

『天秤は釣り合った。汝の願いを叶えよう』

 刹那――俺の左手にはめた中指の指輪から金色の光が一気に溢れ始め……。


「健児ッ!!」

「うお!」

 一瞬にして俺――島田(しまだ)健児(けんじ)の前の景色はクライルとの最終決戦シーンからトースト、目玉焼き、ウインナー三本、牛乳がテーブルの上に並べられた平々凡々な朝食シーンに変貌した。

 ……あれ?

 突然の急展開。それももしこれが物語の出だしだとしたら、始まりもわけ分からんのにさらに読者を置いていってしまったことに作者がひどく懺悔と後悔に悶えるレベルの。物語を進めてもらえば分かるのに進めてもらえなくて失敗したあああってただただ泣くレベルの!

 ……何で俺はこんなにムキになったのだろう。問題はレベルではなくこの展開の原因だというのに。

「ご飯出来てるって言ってるでしょ! いつまでもこんなもの読んでんじゃないわよ」

 声に振り向くと、後ろには俺のお袋であり、五十間近で現在必死に若作り健闘中の(しま)()千代子(ちよこ)が立っていた。よく全体を見るとエプロン姿で右手を腰に当て、左手で――俺の『コード・アルト・オルガノム』を掲げている。ついさっきまで読んでいた、それを。

 あ、なるほど。お袋が俺の財産(・・)を取り上げたから起こったのか。そうか……。

 …………。

「返せ俺の小説!」

  俺は座っていたイスの背もたれ越しに思いっきり手を伸ばしたが、お袋にひょいっと一歩遠ざかって回避した。

「なーにが俺の小説よ! こんな絵ばっかり入ったものは小説なんて言わないのよ」

「――っ!」

 あーこのおばさんまた言ったよ。言っちゃいけないことだってのにさ!

 俺はお袋にビシッと指を差して言い放つ。 

「お前、今馬鹿にしたな! 人類が生み出した小説の理想形態であり俺の財産――ライトノベルを!」

 ライトノベル。

 ラノベとも略されるそれは主に十代、二十代をターゲットに作られている小説のこと。小説の表紙や本編の開始前にカラーのイラストが付いていたり、文章と文章の間に挿絵が挟まってたりする。これがあることにより、普通の小説では実現できないような作者の奇抜な発想もより読者に分かりやすく伝えることができ、かなり小説の世界観が広まるのだ。

  それなのにこのお袋ときたら……。

「ハッ、鼻で笑っちゃうわね。そんなの読む暇あるんなら少しは私の小説を読みなさいよ」

 そう軽くはねられた。

 このお袋こと島田千代子ことペンネーム宮田みゆきは一応小説家。本人いわくその世界では『小説の女王』という別称を持っているらしく、時代物から推理小説まで幅広い作品を手掛けてる。まあ幅広いといってもライトノベルは書いてない……というか嫌っている。

「てめ! それでも小説家の端くれか!」

 かなりの正論言ったと思う。分野違いとはいえ小説家が小説そのものを馬鹿にしてるからな。

 だがお袋は表情を変えず、それどころかより蔑みを増した瞳をこちらに向けた。

「どうとでも言いなさい。私はあれを小説とは認めていないわ。従ってあなたが何を言おうと私は何も思わない。あんなものの作者はね、ただ本で遊んでる(・・・・)だけなの」

「遊んでる……?」

 かっちーん。

 来たよこれついに来ちゃったよ。

 もうこれどうなっても知らねーからな。やるとこまでやってやっぞおい!

「ああそうかい。俺知ってんだぜ? お袋の小説のプロフィール欄の年齢が実際のより七歳下回ってんのさあ。あんたも小説でお遊びしちゃってんじゃねえか。あ、それとも遊びで小説書いてるのかな? 小説書いて有名になりゃ日本中、うまくいけば世界中に年齢をサバ読めるしなあ。うっわ!ハッハー、そりゃご苦労な……こ……た」

  最後の方、俺は恐怖でうまく口を開けなかった。やるとこまでどころか今からやるとこなのに口が石化した。

 鬼がいたのである。

 それ以上でもそれ以下でもない、二月三日に追い払うあの鬼が俺の目の前にいた。

 やがてそれは口を開いた。

「コ・ロ・ス」

 カタカナ表記だった。

 ああ、これは。

 寿命を九十八%差し出しても、勝てそうにねえなあ。

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