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獅子が世界を喰らうまで  作者: 水無月ミナト
第四章 妖怪の国〈チェシア〉
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9話

 暗転。目を開けると、少し遠くに関所のようなものが見えた。

 魏の国、都である烙陽の門である。


 周りを見渡すと、小さな村を見つける。

「アリス、まずはあそこ行くぞ」

「え、どうして?」

「服。これはさすがに目立つからな」

 獅子怒の返しに、納得の声を出した。


 魏の国民の服装と華宮学園の制服は似ても似つかない。

 ただ、制服を脱ぐのも躊躇われる。〈アイラギ〉製の服だ。その辺の鎧よりも断然防御力が高い。

 そのため、獅子怒とアリスは、首元まですっぽりと覆える服を選び、それを購入。それを制服の上から素早く着終えると、今度こそ烙陽へと向かった。

「なんかごわごわするけど、さすが〈アイラギ〉製だね。全然暑くない」

「ああ。どんな製法してんだか」

 少し着心地の悪さを感じながらも、我慢して歩いていく二人。


 烙陽の門前で、門兵に引き止められる。

「ここから先は通行証が必要だ。無いなら引き返せ」

 槍を構え、二人で交差させるようにして行く手を阻む。

 それを見て、アリスが戸惑いの表情で獅子怒へと視線を向けると、獅子怒は笑顔を浮かべていた。

「仕事を頑張ってるお兄さん方にお土産。通してくれない?」

 獅子怒は巾着袋から金貨を何枚か取り出し、二人の門兵に握らせる。

「……仕方ないな。上には内緒だぞ」

「わかってますよ」

「騒ぎも起こさないでくれ」

 そういうと、門兵の二人が同時に道を開けてくれる。


「あんなのでいいのかな……?」

 門兵の間を通り過ぎ、アリスが呟きながら獅子怒を見上げる。

 獅子怒は、門兵に見えないように舌を出してバカにしていた。

「時代遅れの国も大変だねぇ」

 獅子怒がつぶやき、アリスが苦笑いを浮かべた。


 烙陽の町を、宿屋探しと偵察を合わせて練り歩く。

 〈チェシア〉という国自体、多種族の国のためか、特徴的な人も多い。都である分、その割合がさらに高くなっているようでもある。

 さらに、流石都といったところか、どの街路も活気で溢れ、いろいろな声が飛び交っている。

「さあさ! 今日のイチオシはコイツだ!」

「そこの兄ちゃん、丈夫な武器はいらねえかい?」

「今日仕入れてきた馬だよ! 売り切れごめんだぜ!」

「ちょっと値は張るが、兵法書なんてどうだい!?」


 集客のためか、荒げた声はもう怒号にしか聞こえず、その怒号も伝播していく。

「なんか、すごいね」

 その空気に圧倒されたのか、アリスが獅子怒の袖を小さくつかみ、周りをきょろきょろと見回している。

「なんかあれだな。今を生きてる、って感じか?」

「あ、なんとなくわかるかも」

 獅子怒の言葉に、アリスが同意する。


「そこのお二人さん、かんざしなんてどうだい?」

 獅子怒とアリスが歩いていると、背中に木箱を背負った若い女性が引き止めた。

 緑色の髪と整った顔立ちをしており、とても目立つ人物だ。

「ほら、これなんてお嬢ちゃんに似合うと思うよ」

 その女性は背中の木箱から、数本のかんざしを取り出し、そのうちの一本をアリスに差し出す。

「あ、きれい」

 差し出されたかんざしを受け取り、アリスが感嘆の声を漏らす。


「お兄さんもどうだい?」

「は?」

 突然話を振られ、素っ頓狂な声を出す。

「別に男用のかんざしだってあるんだよ。ほら、周りを見てみな。結構いるだろ?」

「……ああ、まぁ確かに」

 改めて見回してみると、確かに男性でもかんざしを挿している人がいくらかいる。


「どうだい?」

 もう一度聞かれ、返答に困ってしまう。

「いや、買いたいんですが」

「宿かい? それなら、二本で泊めてあげるよ?」

「……いい商売するね。じゃ、4本で3日泊めてよ」

「ははは! あんたも言うね。うん、気に入ったよ。ついてきな。うちに泊めてあげる」

 そういうと、その女性は獅子怒とアリスの背中を叩き、歩き始めた。


 女性に連れられ、その家への道中、話が絶えることがない。

「あたしの名前は蝶羨チョウセンだよ。あんたたちは?」

「百獣獅子怒です」

「東雲アリスです」

「おや、あんたたち〈ヒノモト〉出身かい? 母国は大丈夫なの?」

「ま、信頼できる人が大勢いますからね。1年は持ちますよ」

「あははは! いいね、そういう信頼、あたし大好きだよ!」

「それで、蝶羨さんは烙陽でかんざしを売ってるんですか?」

「いいや。あたしはね、この〈チェシア〉を歩き回ってる行商人なんだ。出身はこの烙陽なんだけど、今日はちょうど〈チェシア〉を一周して帰ってきたところさ」

「へぇ。だったら、この国について詳しいんですか?」

「その辺の奴よりかはね。今、特に珍しいことと言えば、そうだねぇ、あれかな。エルフとアマゾネスの族長同士が密会してたって噂があるね」

「密会、ですか」

「そう。だけど確証はないし、あくまでも噂だからね。こんな情報、誰も信じやしないよ」

「そうかもしれませんね」


 数分歩き、少しずつ烙陽の中心へと入っていく。

 貴族などの位の高い者ほど、中心にある烙陽城に近い場所に家を持っている。

 だが、蝶羨はその貴族たちの住む区画の一歩手前の家で立ち止まった。

「さあ、ここがあたしの家さ」

 蝶羨の家は貴族たちほどではないにしても、それなりに立派な家だった。

「あたしの父さんが、昔天皇様に仕えてたんだ。その名残さ」

 玄関を開けながら、蝶羨がいう。

「さ、遠慮せずお上がり。それと、一番似合うかんざしを選んであげるよ」


 蝶羨の家は、貴族たちの家と遜色ないほどの大きさをしていた。

 その大きさから、彼女の父親が本当に身分の高ったことを物語っていた。


「父さん、帰ったよ!」

 蝶羨が玄関口で声を張り上げると、奥の部屋から初老の男性が一人出てきた。

「おお、蝶羨。無事で何よりだ」

「このくらいいつも通りさ」

 お互いに抱擁を交わす二人。


「それで、後ろのお二人は?」

「ああ、宿を探してたんで、連れてきたんだ。かんざしも4本買ってくれるってね」

 蝶羨が、獅子怒とアリスに振り返り、軽く紹介してくれる。


「そうか。私は蝶羨の父親の王几(オウキ)と申す。よろしく」

「よろしく」

「よろしくお願いします」

 順番に握手を交わすと、先に上がっていた蝶羨が急かすように待っている。

「ほら、あいさつはそれなりに。あ、父さん、呂希(リョキ)いる?」

「ああ、いるぞ。呂希! お客さんだぞ!」

 王几もまた、蝶羨に負けず劣らずの大声を出す。


 すると、王几が出てきた扉の奥の方から、ドタドタと大きな音を立てながら駆けてくる少女がいた。

「母さん、お帰り!」

「ただいま、呂希」

 呂希は蝶羨へと飛びつくと、力強く抱きしめる。

 ひとしきり気が済むと、ゆっくりと離れる。そして、呂希は獅子怒たちへと視線を向ける。

「お客さんなんて珍しいね! ほら、案内してあげる!」

「え、ちょっと、待って待って」

 いきなり腕を引かれ、慌てながら引っ張られていくアリス。

 獅子怒も、アリスたちを追って家へと上がった。



 呂希の案内も済み、ようやくひと段落ついたところで、蝶羨が背中の木箱を外し、中のかんざしをすべて出す。

 まずはアリスのかんざしから選んでもらうことになり、アリスは蝶羨と呂希の人形となっていた。


「そんな服よりも、こっちの方が似合うんじゃない?」

「うわ、二枚も着てたの? 暑くないの?」

「あ、ほら! この服あげるから、これつけてみて!」

「あ、あの……えっ、と」

「ほらほら、遠慮しないで! 服も脱いで脱いで!」

「え、待って……きゃああああああ!!」


「騒がしいねェ……」

 アリスたちとは扉一枚隔てた場所にいるため、声が筒抜けである。

 その部屋を眺めながら、獅子怒は苦笑いを浮かべる。

「まぁ、そういうでない。彼女らは楽しんでおるのだから」

「それもそうですね」

 獅子怒は視線を前へと戻す。彼の前には、机を挟んで王几が座っている。

 机の上には将棋盤があり、暇つぶしに二人で指しているのだ。

「お客さんは久しぶりでな。こんなに騒がしいのは、私としては嬉しいよ。3日と言わず、もっといてくれても構わんのだがね」

「はは。それは嬉しいですけど、俺たちにも目的がありましてね」

 会話と将棋に意識を割きながらも、これからのことを考えていく獅子怒。


 まずはどうにかして、烙陽城に侵入しなくてはならない。天皇は烙陽城にいるのだから。

 だが、どうやって侵入するか、なのだが。その有効な策も思いつかない。


「何か悩んでいるのかな?」

「……わかりますか」

「人というものは、心がよく外に出てくる。ほれ、この将棋にだってな」

 アリスたちの声を聴きながら、会話を続ける二人。


「何か必要なら言いなさい。私は協力するよ」

「あんまり周りを巻き込みたくはないんですが」

「いいや、お前さん方は巻き込まなければならん。まだまだ子供で、それに母国の危機に、このような国に来ているのだ。この国の民である私に、何か手伝わせてくれ」

「……なんでも見通してきますね。そんなにわかりやすいですか?」

「わかりやすいとも。お前さんは、お前さんのじいさんや父親によく似ておるからの」


 王几の言葉に、顔を上げて目を見開く。

「じいちゃんまで知ってんのか?」

「知っておるさ。この歳だ。それなりに周りのことは、な」

「そうですか」

 軽く笑った王几に、獅子怒も少しだけ笑うと、また視線を将棋盤へと戻す。

「私も、蝶羨の夫も、お前さんの父親には何度も助けられた。じいさんにも、同じくらいな」

「でも、じいちゃんは研究者だ、って聞いてますよ?」

「そうだな。じいさんの頭は狂っていたが」

「ああ、自分の息子に、失敗例しかない恐竜の中身(スレイブ)を入れた、でしたっけ」


「だが、確信もあった」

「……無茶苦茶な覚悟」

「中身を制すには、その中身を従わせなければならない。中身が強力であればあるほど、難しさは跳ね上がる。世界にたった一人の、獅子を持つお前さんはどうだった?」

「記憶にない、ですねぇ。昔、いろいろとありすぎたようで」

「ま、ゆっくり思い出すのもいいだろう。お前さんは、私と違って先が長いからな」


 将棋盤が混戦を始めたころ、アリスたちが入っていた部屋の扉が大きな音を立てて開いた。

「どうッ!?」

 驚き、二人で扉へと視線を移すとそこには呂希が自慢顔でいた。

 が、何の感想を聞かれているのかがわからない。

「呂希、どけなって」

 蝶羨が横から呂希を押し退けると、その後ろには服を魏の民族衣装に替え、恥ずかしそうに立っているアリスがいた。

 白色の生地に花の刺繍がされ、淡色の帯を巻いている。頭は、うなじあたりでかんざしを使って髪をまとめられている。

「変……じゃ、ないかな?」

 頬を赤くしながら聞かれ、獅子怒は感心するように答える。

「変じゃないよ。よく似合ってる」

「ほ、本当に?」

 繰り返し聞かれ、どう答えれば信じてくれるか考え、苦笑してしまう。


「大丈夫だってアリス! そんなこと、聞けば聞くほど嘘っぽくなるんだから、最初の感想で満足すればいいんだよ!」

 そんなところに、呂希が助け舟を出してくれた。

「そ、そっか……。似合ってる……かぁ」

 アリスは頬を赤く染めたまま、その言葉を繰り返しては頬に手を当てて嬉しそうにしている。


「さ、次はあんたよ。こっちおいで」

 蝶羨に手招きされ、獅子怒は一旦王几との将棋をやめる。

 アリスたちがいた部屋に、アリスと入れ替わるようにして入っていく。


「お兄さんは、どんな色が好み?」

 並べたかんざしを眺めながら、呂希に聞かれる。

「普通に、男がつけてる奴でいいよ」

「ダメダメ。お兄さん、元がいいんだからもっと着飾ろうよ」

 ファッションにはほとんど関心のない獅子怒には、難しい注文だった。

「あんたも服着替えるかい?」

「えー、と」

 蝶羨に聞かれるが、返答を聞く前に服を脱がされていく。

「君も二枚着か。何、流行ってるの?」

「急いでただけですよ」

 容赦なく服を剥ぎ取られていき、身に着けているものも取られていく。


「あ、お兄さんって強いの?」

 呂希が、視線を天叢雲剣に向けて聞いてくる。

 その問いに少し考えて答える。

「どうかな。ここに来る前に、夏交壁って奴なら一応、負けはしなかったよ」

「夏交壁?!」

「いや、あんた、それは嘘でしょ?」

 呂希が驚いて声を上げ、蝶羨が疑いの眼差しを向けてくる。

「お兄さん! あとで手合せしてよ!」

 呂希が目を輝かせながら頼んでくる。

「え? いや……」

 いきなりの申し出に、戸惑ってしまう。

 正直、この烙陽をもっと視察をしたいのだが。

「損はさせないって! これでも、あたし強いんだから!」

 呂希の目には、有無を言わせない光が灯っていた。

「呂希、あんまり困らせるんじゃないよ」

「いいじゃん。父さん死んでから、全然鍛錬なんかできないんだもん」

「だからってねぇ……」


「いいよ、やろう」

「ホント!?」

 獅子怒の承諾に、呂希が満面の笑顔を向けてくる。

「ああ。その代り、終わったらこの烙陽を案内してくれない?」

「それくらいお安い御用よ! 決まりね!」

 呂希は飛び跳ねたり、回ったりしながら喜びを全身で表現している。

「ごめんね、呂希の願いなんか聞いてもらって」

 蝶羨が申し訳なさそうに謝ってくる。

「いえいえ。これくらいならいつでも。ただ、蝶羨さんにも〈チェシア〉について、いろいろ聞かせてください」

「ああ、それくらい構わないさ」


 呂希がひとしきり喜んで気が済んだのか、今は真面目な表情でかんざしを選んでいる。

 一つ一つ吟味しながら、何事かをぶつぶつ言っている。

「あの、そこまで真剣に選ばなくても……」

 あまりの真剣さに、こちらが申し訳なくなってしまう。それでも、呂希はこちらの言葉が聞こえていないのか無反応だ。

 すべてのかんざしを吟味した後、一つため息を吐く呂希。

「どれもいまいちー……」

「喧嘩売ってんのかい?」

 呂希の言葉に、蝶羨が青筋を浮かべた。どうやら、これらのかんざしは蝶羨の自作のようだ。

 しかし、蝶羨の雰囲気はどこ吹く風。今度は、呂希は獅子怒の背後へと回る。

「うーん、くせ毛が激しいし、どうやってまとめるかもねぇ……」

「なんか、すみません……」

 別に怒られているのではないのだが、とりあえず謝っておく獅子怒。


「そうだ! これがいい!」

 そういって呂希が選んだのは、自分の髪につけていたかんざしだった。

 それを躊躇いなく髪から引き抜く。呂希のまとめられていた髪が重力に従って垂れていく。

 そして、それを片手に持ち、鼻歌交じりに獅子怒の髪を弄り回す。


 獅子怒の髪をまとめるのに悪戦苦闘し、数分かけてようやくまとめあげられた。

「はい、できた!」

 その声に蝶羨が反応し、獅子怒の着付けを一旦やめると、視線を顔へと向ける。

「おっ、なかなかいいじゃない」

 笑みを浮かべ、そういってくれる。そして脇に置いてあった鏡を獅子怒に差し出す。

 それを受け取り、自分でも確認してみる。

「へっへー、結構うまいもんでしょ」

「ははっ、かっこよくしてくれてありがと」

 獅子怒のお礼に呂希も嬉しそうな表情をする。


「はい、こっちもできたよ」

 それからあまり時間がかかることもなく、着付けもすぐに終わった。

「さ、せっかく着たんだから先に烙陽に出ておいで。呂希、それでいいよね?」

「うーん……ま、それくらいなら」

 呂希からも了承を得て、手合せの前に烙陽の観光が先となった。


「アリス、先に烙陽の方に出るよ」

 アリスと王几の居る部屋の扉を開けると、途中放棄した将棋をアリスが引き継いで打っていた。

 獅子怒の声に、二人が振り返る。

「なかなかのもんだな」

「かっこいいね」

 二人は獅子怒の恰好を眺め、それぞれの感想を口にした。

「ありがと」

 獅子怒も笑顔でお礼を返し、玄関へと向かう。

 その後を追って、アリスと呂希がついてくる。


 ようやく、当初の目的であった烙陽の視察へと出向けることとなった。

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