表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獅子が世界を喰らうまで  作者: 水無月ミナト
第一章 華宮学園
7/76

5話

 その後、ネロは「これから会議があるんだ」と言い残し、寄り掛かっていた窓から外に落ち、そのまま去って行った。

 彼はまだ何か不服そうだったが、聞く相手がいなくなったので諦めることにした。

 海鯱も「私は奴の護衛があるが、ちゃんと帰りに私の家へ来るんだぞ」と釘を刺し、ネロと同じように窓から飛び降りて行った。

 彼は流れ的にアリスと玄関まで一緒に帰る。

「じゃあ東雲さん、今日はありがと」

「アリスでいいよって言ったじゃん」

「俺が苗字で呼ばれてんのに、下の名前で呼ぶわけにはいかないよ」

「それはなんかずるい気がする。だって栢野君、下の名前わかんないもん」

 そう言われ、彼は明るく笑う。

「ま、そんなことより。今日はありがと。また今度お礼させてもらうよ」

「別にいいよ。私は頼まれたことをしただけだもん。それに栢野君と歩けて楽しかったし」

 アリスが少し赤くなりながら言ってくるが、彼はそんなことに全く気付かない。

 そうして玄関まで来たところで彼は用事を思い出す。

「あ、そういやババ…学園長に呼ばれてたんだ」

「待っててあげようか?」

「いや、いいよ。暗くなるし、待たせるのも悪いから。先に帰ってくれたらいいよ」

 それでも、「でも……」と食い下がるアリスをどうにか帰し、人気のなくなった校舎を一人、学園長室を目指す。

 途中、何人かの女生徒に話しかけられたが適当に応対して切り抜けた。

 そしてノックもなしに学園長室へ入る。

「ババア、何の用だよ。早く帰んねえとミコ姉に地獄見せられるんだけど」

 入るなりいきなりそう言う彼。

 対する学園長は、「そうか、なら長引かせてやらないとねえ」と予想通りの反応をしてくる。

「ま、冗談はさておき。学園生活一日目はどうだった?」

「まあ前の学校よりは良かったよ」

 彼はまじめに答える。

 前の学校では入学式早々に茶髪であることを理由に絡まれていた。

「この学園は〈生物型(タイプ・クリーチャー)〉は多いからな。髪の色は個性として受け取ってくれるし、何より女子が多いから喧嘩しようという気にはなれねえよ」

 そう言いながらソファに座り、机に置いてある菓子を食べ始める。

「で、お前は何に入るか決めたのか?」

 学園長は朝と似た質問をしてくる。

「どこも入る気はねえよ。それに守護隊だって、ミコ姉がいりゃ充分なんじゃねえか」

「そうは言ってられんよ。〈アキレマ〉が戦闘態勢、他の学校も国の主導権狙って準備してるんだから」

 学園長は真剣に言ってくる。

「は?主導権ってあとから奪えんの?それに持っとく必要あんの?」

「お前は本当に何も知らないねえ……」

 呆れるように言ってくる。

「敗者は勝者の下につく、が大前提に来るからね。主導権はいつでも獲得可能さ。それに獲られても後から獲り返せば問題はない。しかし、無駄に国を乱す必要もないからな。いつもは同じ国の中で奪い合いはないのだが、ウチの学園は何かと恨みを買ってるようでね。どの学校も打倒華宮を掲げてんのさ。それに、主導権を持っとけば国を思い通りにできるだろう」

 ため息を吐く学園長。その間に彼は机にあった菓子をすべて食べ終わっていた。

「私がお前を呼んだのは戦力になるからだ。どれかに入らないと退学にするぞ」

 学園長は彼を脅しにかかる。しかし彼は全く動じない。

「確かに前の学校から誘ってくれたのは感謝してる。が、俺は知ってる。それが誰の差し金かをな」

 そう返してくる彼に対し学園長は、ほう、と感嘆する。

「驚いたな。ばれぬようにとジジイから言われていたが、まさか見破ってくるとは」

 そう言った学園長に対し彼は、ふうん、と少し笑うように返す。

「そっかそっか、やっぱり師匠だったか。いや、さっきの全部推測なんだけど、結構当たるもんなんだな」

「な!?クソガキ、鎌かけやがったな!」

 と怒ってくる学園長に「まあまあ」と言いながら、戸棚を漁りだす。

「そんな怒んなって。どうせばれることだ。遅いか早いかの違いだろう?」

「まったく……」

 また一つため息をつく。

「とにかく。どれに入るか考えとくんだよ」

「へーいへーい」

 生返事をしながら、彼は戸棚から探し当てた菓子を食べながら退出していった。

「本当にどうしようもない子だね、親と同じで……。」

 そう呟くが、誰が聞いているわけでもなく、ただ虚空に消えていく。



 彼が学園長室を出て玄関に行く途中、見覚えのある銀髪の女生徒を見つけた。今日はこれで3度目だ。

「……。いざ見つけるとどうしようか迷うもんだな」

 彼は先輩達にあれだけ言われたため、どうするか考えてしまう。狼華はこちらに気付いたようだが、特に反応は見せない。

「仕方ない、行くか……」

 そう呟き、意を決して彼は狼華に声をかける。

「大神さん、ですよね。今朝はありがとうございました」

 とりあえず、本題のお礼から入っておくことにした。

「あら、律儀ね。お礼なんていいわよ。私だってついでだったし」

 そう言ってくれる狼華。だが、今朝と何か感じが違う。

「いや、お礼だけはと思ってさ……。それより、右足大丈夫ですか?」

 彼は先程狼華が歩いているところを見たとき、違和感を覚えていたが、近くに来るにつれ、その正体がわかった。

「その傷、結構深いですよ?包帯してるけど、治療するなら早くしないと。保健室行きましょう」

 そう言い、彼は狼華の手を取ろうとするが、叩き落とされる。

「いらないわ。こんなのあたしにとっては軽傷だもの。それに……」

 狼華はそこで間を取る。

「私と仲良くしてたらいじめられるわよ?あなた転校生でしょ?灰色の青春時代を送りたいの?」

 そう言ってくる。

 彼はその言葉にため息をつき、頭を掻きながら言う。

「そう言われても気になるんですよ。あんたが良くても俺はよくない。とりあえず応急手当だけでもしないと傷が残ります。女性としてそれはどうかと思うので」

 それでも拒み続ける狼華に業を煮やし、「いいから!」と強引に手を取り保健室に連れて行く。

 保健室につくと、保険医の先生は治療道具を彼に渡し、用事があるから、と保健室を出て行った。

「あなた、私の噂を聞いたことがないの?私といると不幸しか起きないわよ。先生も私といることを嫌って出て行ったんだし」

「お生憎様、俺はそういったものを信じるほど純粋じゃないんでね。」

 そう言いながら、彼は椅子に座らせた狼華の足の治療を始める。

「包帯とりますよ。雑に巻きすぎて逆に悪いんで」

「あなたの学園生活終了のお知らせね」

 まだ言ってくるが、動いてはこないのでそのまま続ける。

 足の傷は鋭利な切り傷だった。

「これ、昼休みの決闘……の後にやられた傷でしょ。他にもいろんなところに傷があるし、どういう戦い方してんですか」

「あら、昼休み見られてたの。それにあなたは服の下まで見えるの?だったら私の下着の色あててみてよ」

「黒」

「残念ね、今日は白よ」

 などと、男女でする会話じゃないようなことを話し合う二人。

 そうして傷の治療を終える。

「かなり上手にできるわね。何度もやったことがあるの?」

「ああ、自分のだけどね。大体の傷の治療の仕方は自分の体で理解した」

 少し誇って言っているが、実際には何も誇れないことである。

「それより、これまであんたどんな嘘をついてきたんだ?」

 その言葉に少し驚く狼華。

「へえ、何も知らずに近づいてくるなんてほんと馬鹿ね」

 そう言い、少し思い出すようにして言う。

「別に大した嘘じゃないわよ。ただ、それが小学校以前からずっと続いてるから、一つ一つが小さくても積み重なって、今じゃ誰もがつくような嘘でも大事に捉えられるだけ」

「それでいじめか。でも高校になりゃ、小学校のこと知ってる奴なんてほとんどいなくなるだろ?」

「私の場合、噂が広がり過ぎてたぶん他国の人でも知ってるわよ」

 そんなにか、と彼は呟く。

「この学園でも話してくる相手全員に嘘ついたからね。簡単に嫌ってくれたわよ」

「嫌にならないのか?嘘をやめようとか、思わないの?」

「そうね、でも小学校からずっとよ?あたし、慣れちゃってるし。それに、私は息を吸うように嘘をつく、生きるために嘘をつく。そういう体質なのよ」

中身(スレイブ)、か」

「ええ、その通りよ。嘘をつく動物なんて世界中探してもたった一匹よ」

「オオカミ、ねえ」

 何度か頷き、納得する。

「物語じゃ、いつだって悪者。豚に煮られるし、通りすがりの狩人に撃たれるし、腹に石を詰められるしね。ちっさい頃は呪ったわよ、中身を、親を、そして何より私自身を」

 鬼気迫る勢いで言ってきた狼華に少し怯む彼。

「でも、今じゃどうしようもないことぐらい理解したからね。私の評判が悪くなっても、家と縁を切られてるから関係ないし。跡継ぎは妹で私じゃない」

 何でもないように言ってくる狼華に、彼は何かを言おうとするがうまく気持ちを言葉にできない。

 そうして沈黙の時間が流れ、足の処置も終わったところで狼華が口を開いた。

「あなたはどうなの、シド? 両親には会えた?」

「ああ、親とは6歳の時に会えたよ。……って、え?」

 狼華の言葉に懐かしい響きと、強い違和感を覚え、顔をあげて狼華を見ようとする。

 しかし、その時にはもう狼華の姿はなくなっており、開かれた窓から入る風でカーテンが踊っているだけだった。

「……ロウ?」

 頭にいきなり浮かんだ言葉を呟いてみても、誰も返事をするはずもなくて。

 ただ、虚空へと消えていった。

「……」

 そのまま少し固まっていた彼だが、「みんな、ちゃんとドア使おうぜ……」と呟き、保健室を後にした。



 治療道具を保険医の先生に返し、昇降口に行く。

「――あれ? 東雲さん、どうしたの?」

 玄関を出ると、アリスが一人誰かを待ってるように立っていた。

「あ、栢野君。用事終わったの?」

「……もしかして待ってた?」

 そういうと、少し照れるようにして頷いてくる。

「帰ってていいって言ったと思うけど」

「あ、ううん。これは私の勝手だし。……迷惑だった?」

 恐る恐る聞いてくるアリス。

 その問いかけに、彼はため息をつき、少し笑って言う。

「いいや、うれしいよ。それだと俺の方こそゴメン。長くなっちゃったし」

「だから私の勝手って言ったじゃん。謝るなら私の方だよ」

 いやいや、とお互いに謝りあうが、何度かしているうちに可笑しくなり笑い合う。

「とりあえず帰ろうか」

「そうだね。暗くなっちゃうし」

 現在時刻6時過ぎ。部活動も片づけに入っている。それ以外の生徒はもういない。

 帰る途中、ずっと他愛のない話を続けていた。彼の家はアリスの家の方向とは違うが、海鯱に呼ばれているため、アリスの家と同じ方向になった。

 〈月宮〉と書かれた表札の前で彼は立ち止まる。アリスも立ち止まるが、その家の広大さに驚いている。

 海鯱の家は和風と洋風の家を二つくっつけたような造りであり、和風の方は祖父母の居住区だ。かなり広大な敷地面積を誇り、庭も大きいが、これは裏と表の権力の象徴と言える。

「じゃ、俺はここの家に寄るから。今日はどうもありがとうございました」

「いえいえどういたしまして。また困ったことがあったらいつでも頼んでね」

 そう言い、手を振りながら帰っていくアリスを見送る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ