7話
―――シシド、アリス側―――
【赤信号】は二組に分かれ、それぞれの目的地を目指して歩いていた。
獅子怒とアリスの向かう、エルフの国であるリギアがあるとされるスピラ山へとやってきていた。
スピラ山は螺旋状に山道が続いており、その頂上にリギアがあるといわれている。
もっとも、今もあるとは限らないし、もともとないのかもしれない。エルフの扱う魔術により、その姿を隠され、出入りも転送術によって行われていると聞いていた。
狼華たち、アマゾネスの国であるルーシへと向かう二人と別れてから既に三日経っていた。
その間、獅子怒たちは手当たり次第にいろいろな村で情報収集を行い、ようやくこのスピラ山へとやってきていた。
この時、移動手段としてマリーが用意してくれていたのは馬だった。
獅子怒がもらった元暴れ馬、それにマリー自前の馬が一頭。
【赤信号】の人数には合わないが、その判断は正しかった。
乗馬をできるのが、獅子怒と狼華だけだからだ。アリスも猫深も、その気になればできるだろうが、そうそう簡単に乗りこなすことはできないだろう。
そして、機械では〈チェシア〉を動き回れないのだ。どこに行っても森があるし、大きすぎると身動きが取れなくなってしまう。
そのすべてを考慮した結果が、馬という乗り物となったのだ。
獅子怒は自分の馬に、アリスと相乗りをして山道を登っていた。
流石に三日も続いたことで、アリスは獅子怒と相乗りをしても少しずつ平静でいられるようになっていた。
ただ、外から見れば仲のいい兄妹にも見える。
山の中腹まで登ってきたところで、崖に開いた手ごろな洞穴を見つけ、小休止とすることになった。
この洞穴にはぎりぎり馬も入れる高さであったため、全員で中に入る。
「ねぇ獅子怒くん、この子にも名前無いと不便じゃない?」
洞穴に入り、休憩していたアリスがそういってきた。
「そうかな? じゃあ、アリスつけてよ」
「え、私?」
「そう。なんか、ほら。俺がつけたらまた変な名前になるかもよ?」
「あ、自分で変って自覚してるんだ……」
獅子怒はきっと、自分たちのチーム名のことを言っているのだろうと思い、そういう。
それも間違いではなかったようで、獅子怒には苦笑を返された。
「うーん、そうだね……。やっぱ強そうな方がいいのかな?」
「全部アリスに任せるよ。ていうか、放る」
「投げないでよ!」
獅子怒に聞いてはみたが、どうも考えるのが面倒なようで、アドバイスもくれない。
仕方ないので、アリスは一人、腕を組んで考え始めた。
獅子怒は洞穴の入り口付近で周囲を確認するように外を見ている。
洞穴の奥の方からは、アリスの唸る声が聞えてきて、それに罪悪感を覚えながらも頼むことにした。
「…………」
数十分し、そろそろ出ていこうかと思っていた時。
「どうしたの?」
獅子怒がいきなり、地面に耳を当てるような態勢を取った。
「……この数、一個大隊……? 山賊……じゃないな。規則的、馬の蹄……」
地面に顔を張りつけ、ブツブツと言い出す獅子怒。ただ、その表情は真剣そのものだ。
その雰囲気を感じ、アリスの表情も引き締まってくる。
「まだ遠いな……。アリス」
「何?」
「たぶん、魏の国の兵団だ。今急いで引き返せば、ぎりぎり会わずに済むと思うけど、どうする?」
獅子怒の予想は魏の国の兵団。おそらく、エルフの国であるリギアを目指して登頂したのだろう。その帰りとなるのか。
「そうだね……」
アリスも考え込む。別に魏の国の兵団と出会ったところで、まだ関係者ではないため、いきなり戦闘とはならないだろうが、それでも警戒しないわけにはいかない。
「よし、登ろう。相手も歩き続けて疲れてるし、そんな中で戦闘とはならないでしょ」
「そうだな。戻っても余計な時間をかけるだけだしな」
意見が一致し、再び二人は登頂を開始した。
☆
「凄い数たね」
「ああ。これでも先遣隊だろうけどな」
登頂を開始してまもなく、獅子怒とアリスは魏の兵団に出くわした。その数は1000人に届きそうなほどだ。
魏の兵団は自国の旗を掲げ、行進するかのように綺麗に歩いてくる。
その先頭を行く人物は、鎧で身を固め、一本の剣を携えていた。
獅子怒とアリスは現在、馬から降りて歩いていた。
この国がどういう慣習があるのかはあまり知らないが、馬に乗ったまま通り過ぎるのはさすがに危険と判断してのことだ。
魏の兵団は獅子怒たちを確認すると、6列で山道いっぱいに広がっていたのを半分ほどに並び直し、道を開けてくれる。
獅子怒とアリスは先頭を行く武将に対し、小さく頭を下げながら通り過ぎようとした。
先頭の武将も、こちらを一瞥するだけで特に何事もなく通れると思っていた。
「待て」
いきなり、呼びとめられた。
獅子怒はアリスを庇うように一歩前に進み出ると、呼びとめた先頭の武将に対応する。
「何でしょう?」
顔を上げ、武将と目を合わせる。
「貴様ら、〈ヒノモト〉の国の者と見受けるが、あっているな?」
「はい。そうですが」
「何故、ここにいる?」
「……どういう意味でしょう?」
その質問に対し、獅子怒の額に冷や汗が流れた。
意味がわからないわけではないのだが、返しの答えを考える時間が欲しかった。
「今、〈ヒノモト〉は戦争の真っ最中。そんな中、戦力である学生が、なぜここにいるのか、そういっている」
「いてはいけないのですか?」
「おかしい、とそういっている」
「あなた方には関係のないことです」
「いいや、関係がある。もし、貴様らがリギアを目指しているのならば、な」
「なら関係ありません。私たちは別に、リギアなど目指してないのですから」
「ほう、それはおかしいな。この国の周辺では、エルフの国について聞きまわっている、〈ヒノモト〉の学生がいるといっていた。そして、この山にはリギアへと続く手がかりがあるとも、言われている」
獅子怒は気配だけで回りを確認していく。
魏の兵団のほぼすべてが武器に手をかけ、獅子怒と武将の成り行きを見守っている。
「それが私たちである確証はないでしょう?」
「無いな。だが、先ほども言ったように、〈ヒノモト〉の最大戦力である学生が、そんなに多くこの国に来るかな? そんなに多くリギアを聞きまわるかな? どうだ?」
「……そうですね」
獅子怒は答えに迷ってしまう。
どう切り返しても、どうしようもできないと思ってしまっている。
少しずつ思考を戦闘モードへと切り替えていきながら、この大軍との立ち回りを考える。
「ああ、いや、悪い。そう構えるな。オレもこんな狭いところで戦おうなんざ思っちゃいない」
途端、拍子抜けするほどに気の緩んだ声をだし、武将が豪快に笑いだす。
「母国が戦争中だろうがなんだろが、観光くらいしたくもなるよな。ああ、そうだろう。別にそれを咎める気はないさ」
「そうですか……」
獅子怒がほっと一息ついたのも束の間、武将が鋭い目つきで睨んでくる。
「ただ、オレは武器に目がなくてな。その武器、オレに譲る気はねえか?」
武将の視線は、獅子怒の腰へと注がれている。
武将が目を付けたのは、獅子怒の持つ天叢雲剣だった。
「いえ、流石にこれは」
「オレは魏の国でもそこそこの武将でな。夏交壁ってんだ。この名を出せば、大体のもんは安く買えるが?」
「申し訳ありませんが、こいつだけは渡せませんので」
獅子怒はアリスに馬に乗るように合図を出し、さりげなく天叢雲剣の柄へと手を伸ばす。
「そうか……」
夏交壁のがゆっくりと目を閉じ、次に開いた時には、その目には敵意と殺意を剥き出しにしていた。
「ならば死ね」
夏交壁の言葉と共に、一斉に動き出した魏の兵団。
「アリス、跳べ!」
獅子怒がそう指示を出すと、アリスは乗っていた馬ごと大きくジャンプする。
獅子怒は【闇喰】を発動し、天叢雲剣を一気に抜き放つ。
下位駆動である空間切断を使用し、軌道は兵団の足元。まずは機動力を奪おうとした。
「やはり神器か!」
夏交壁が嬉しそうな声を出しながらも、獅子怒の攻撃に的確に反応する。アリスと同じように、乗っていた馬ごと跳んだのだ。
「登ってるよ!」
アリスは着地と同時に馬を駆り、全速力で駆け昇っていく。
獅子怒はそれを音だけで確認し、視線は前へ向けたまま外さない。
初めの不意打ちで、兵団のほぼすべての機動力を奪った。立っている兵は少なく、まして獅子怒と戦える者といえば、目の前の夏交壁くらいだ。
夏交壁は獅子怒へと距離を詰めると、持っていた剣を抜き、勢いよく振り下ろす。
その軌道を見切り、半身を逸らすだけで剣をかわすと、その勢いのまま一回転して夏交壁の背中に刀を叩き込む。
勢いよく叩き込まれた刀により、夏交壁はバランスを崩して落馬する。
その隙を逃さず、獅子怒は追い打ちをかける。
だが、夏交壁もそれに反応し、攻撃を受ける寸前で剣を構えて防御に成功する。
そのまま、獅子怒の刀と夏交壁の剣が火花を散らし、鍔迫り合いへと発展する。
「おいおい、何だよあんたの剣……! 十分いいもん持ってんじゃねえか!」
「ハッ! 神器持ちの言う言葉じゃねえな!」
獅子怒はもう一つの下位駆動である万物両断も発動していた。だが、それでも夏交壁の剣は斬れないのだ。
「名剣には魂が宿る、ってな!」
夏交壁が力を籠め、一瞬のうちに放つことで獅子怒を押し返した。
「この剣はな、青紅の剣っつてな。神器ほどじゃねえが、下位駆動程度なら抑え込めるのさ」
「ご教授どうも!」
今度は獅子怒から距離を詰めた。
右手に持った鞘を大きく振り、夏交壁へと打ち込む。それを夏交壁が当然のように受け止めると、左手に持っていた刀で横なぎに振るう。
「ハッ、小賢しいね!」
夏交壁は、横なぎに振るわれた刀を当然のように、右手で掴み取った。
右手を犠牲にして、獅子怒の刀を奪ったのだ。
「いいね。その戦い方、嫌いじゃない」
獅子怒は笑みを浮かべ、自分の武器から両手を放す。
自由になった両手で、いきなり力がなくなってバランスを崩した夏交壁に向かって、掌底を叩き込む。
その数瞬の間に獅子怒の姿は一変しており、人の力とは思えない衝撃を受ける。
夏交壁はそのまま後ろの崖まで吹き飛ばされ、背中を強打する。
獅子怒は擬獣化したまま、転がった天叢雲剣を拾い上げると、夏交壁の背にある崖を力任せに駆け上った。
「ちくしょう! 逃げんのか!?」
「テメエらに構ってる暇はねえよ!」
悔しげに叫ばれた夏交壁の言葉に、律儀に返答しながら崖を駆け昇る。
半分以上登ったところで、大きく跳躍すると、一つ上の山道へと着地する。
そして、目の前にまたある崖に対し、刀を数度振り抜いて大きめの岩を切り出す。
そこで、先に上っていたアリスが戻ってくると、アリスの超能力によって切り出した岩で山道を塞ぐように配置する。
「お疲れ様」
「お互い様な。初の乗馬、お見事」
「ま、伊達にこれまで馬に乗ってないよ」
何とか戦闘を切り抜け、お互いに労いの言葉を掛け合った。
☆
頂上まで登ってきた獅子怒とアリス。
スピラ山の頂上は、平らな円形をしており、直径100mほどの広さだった。
何かがあるわけでもなく、殺風景なものだった。
「何もないな」
獅子怒は思ったことを素直に口に出した。
ここまで苦労してやってきたのだが、手がかりなしかと思われた。
「待って」
獅子怒が諦めて踵を返したとき、アリスが声をかけた。
「なんていうのかな……、この頂上、何かおかしいんだ」
違和感を覚えても、それが何かまでつかめない様子のアリス。
「そっか。じゃあ、調べるか。今戻っても、魏の兵がまだいるかもしれねえしな」
獅子怒はそう提案し、とりあえず二人で隈なく調べることとなった。
「獅子怒くん、ちょっといい?」
調べ始めて数分、アリスがちょうど真ん中あたりで獅子怒を呼び寄せる。
獅子怒はすぐにアリスのもとへと行く。
「ここ、何かおかしくない?」
「……いや、俺には何も」
「そっか……」
アリスに問われたのは、別に物でも地形でもなく、この立っている場所のようだ。
だが、獅子怒には何も感じないし、違和感もない。
「なんか、この辺だけおかしいんだけど……」
アリスはそういうと、また周辺を調べ始める。
アリスの表情は真剣そのもので、何もないとは思えない。
「……ふむ」
獅子怒はそこで一つ思いつく。
「アリス、ちょっとどけてくれる?」
「え? うん」
アリスは言われた通り、獅子怒から少し離れる。
獅子怒も数歩後ろにさがり、左腕に集中する。
すると、獅子怒の左腕に黒い煙のようなものが纏わり始める。【闇喰ダークイーター】を発動したのだ。
獅子怒は【闇喰】を纏った左腕を大きく横薙ぎに振るう。
黒い線が走り、その空間を切り裂いた。
「あっ!」
アリスが声を上げたのは、その切り裂いた裂け目に、頂上とは全く別の風景が映し出されたからだ。
だが、その裂け目も数秒で元通りに塞がってしまう。
「魔術、だな。だけど、ここから裂け目作って駆けこむのも無理か……」
獅子怒はその結果に歯噛みする。
リギアへの道は見つけたが、入り方がわからない。
「転送術での出入り……」
アリスがそうつぶやき、転がっていた大きめの石を拾う。
今度はアリスが、超能力スキル【空間制御スペーストレード】を使い、拾い上げた石を先ほど獅子怒が開けた裂け目あたりと空間を交換する。
すると、石の姿はなくなってしまった。
「私の超能力、転送術の代わりになるみたいだね」
「そうみたいだな」
アリスは、今度は自分たちのいる空間を交換した。




