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獅子が世界を喰らうまで  作者: 水無月ミナト
第四章 妖怪の国〈チェシア〉
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1話

 永人族(ヒューマノイド)の国〈ヒノモト〉には、他国との国境沿いに高さ70mほどの壁を設けている。

 そして、万が一を考えての処置として、その壁から20㎞以上離れなければ建築を禁止した。

 これは決別であり、栄誉ある孤立である、と建造当時の帝は説明した。誰にも頼らず、誰にも頼らない。そういう立ち位置を明確にしたのだ。

 

 だが今、その壁は意味を成していない。それは長い年月のおかげで形骸化した説明のためもあるが、それ以前に。

 すでに、壁は破壊されていた。



 華宮学園生徒会長である霧崎ネロは、爆破された壁を見に、国境近くまで来ていた。

 爆破された箇所は、戦争を宣言した〈アキレマ〉との境だ。爆破範囲はそれなりに広く、すでに亜人種(イビルロイド)たちの侵入を許してしまっている。

 彼らはその壁近くに陣を設置し、戦争に備えている。

 だが、一週間後という宣言のため、無用に攻めては来ない。それもいつ破られるかはわからないが、現在の〈アキレマ〉の国主はしっかりとまとめているようだ。

 ネロは、必要以上に近づくことなく、一緒に来ていたA(エース)の西志村陽鹿と、廃墟の影から望遠鏡を覗いていた。

 立ち退きを宣言される以前は、国境沿いぎりぎりまで生活範囲だったようだ。

「さて、この陣形、どう見る?」

 望遠鏡を覗き込んだまま、ネロは隣にいる陽鹿へと尋ねる。

「そうですねー。でも亜人種だし、そこまで考えられるとも思えませんので、きっと先頭に有角人の屈強な奴を並べて、それを特攻させて無理矢理道作って、そしてやっぱり突っ込んでくるんじゃないですかね?」

「まぁ、私もそんな感じだね」

 二人とも、望遠鏡から目を離すことなく会話する。

 彼らの覗いている望遠鏡には、なんとも緊張感のない、角を生やした亜人種たちが映っている。ある者は仲間と腕試しをし、またある者は飯に食いついている。

「……ん?」

 そんな中、ネロの望遠鏡にある人物が映った。

 だが、彼にはその人物との面識はないし、どこかで見た覚えもない。ただ、有角人に混じって、普通の浅黒い肌の亜人種がいることに違和感を覚えただけだ。

 その人物を観察していると、特に気張った様子もなければ、やはり周りと同じように緊張もしていない。それだけ見ていれば、実力のある兵なのだろう、としか思わなかっただろう。

「……かいちょー、なんか、やばそうなのが二人ほど」

「おや、西志村ちゃんも気付いた?」

 ネロは先ほどの人物からはすでに視線を移し、今度はある少女を捉えていた。

 どちらも角はない。だが、先頭の特攻隊に組み込まれている。

 それだけならば、やはりただの実力のある兵士にしか映らない。

 だが、ネロたちはそんな彼らを見た瞬間に嫌なものを感じていた。具体的に言い表すことはできないが、何か、嫌なものを、直感的に感じ取った。

 そして、それは正しい。

 彼ら二人はただの兵士ではない。獅子怒の、失格勝者(ロストルーザーズ)の二人なのだ。

 そんなことは知る術もないが、ネロたちの本能が、奴ら二人は危険だと、警鐘を鳴らしていた。

 と、その時、

「――やばっ! 会長、逃げますよ!」

「ああ!」

 ネロたちは踵を返すと、全速力でその場を後にした。

 陽鹿は望遠鏡を覗いていた。それは、彼ら亜人種の陣から10㎞以上は離れたところから観察していたからだ。

 だが、それだけ離れていてなお、彼ら二人は、――ネロと陽鹿の存在に気付いたのだ。




「さて、偵察も帰ってくれたようだな」

 亜人種の一人、角の生えていない少年がそう声を上げた。

「しかしジンよ、オレたちとしてはやっぱり納得いかないぜ?」

 屈強な有角人の一人が、少年へと声をかけた。

 少年――ジンはそんな有角人へと振り返ると、屈託のない笑みを浮かべた。

「いやぁ、実際俺もそうなんだけどよ。ま、上に逆らえねえのは下の運命だろ?」

「そりゃそうだ」

 ジンの返しに、周りにいる亜人種が声を上げて笑う。

 その後ろで、陣にたった一人の少女がせっせと何かと動き回っている。

「残りの準備はキョウに任せばいい。別に攻めなきゃ文句は言われねえだろうけど、俺は帰るぜ」

 そういい、ジンは破壊されている壁の穴へと向けて歩き出した。

「ははっ、若き天才は大変だな。オレたちゃ、ただ言われたことをやってるだけでいいからな」

「全くだぜ。ま、キョウよりは楽だけどな」

「そう思うんなら手伝ってくれたって構わないわよ?」

「ヤだよ。俺だって、さっさとシドと戦いてぇんだ」

「相手にされなくて泣きついてこないでよ」

 少女――キョウの言葉に、また周りの有角人が声を上げて笑った。



 〈ヒノモト〉の国にある15の州。そのうち、華宮学園のある尾張州。統治している家は大罪家・憑宮。

 華宮学園の学園長である虚月霞は、憑宮の現当主・憑宮豹鬼の許しの元、学園長に就任している。普通なら、大罪家や七神柱が同じ州に二人いることは望まれないが、虚月と憑宮は昔からそれほど対立は示していないため、特例である。

 そんな捩じれたような州ではあるが、州としての実力はトップ。それも、華宮学園のおかげだ。より詳しくいうなれば、会長である霧崎ネロ、守護隊(ガーディアン)K(キング)である月宮海鯱のおかげだ。彼ら二人は、同年代、あるいはこの〈ヒノモト〉という国において、指折りの実力者。それが同じ学園に二人だ。他にも、曲者とはいえ、実力は折り紙つきの者も多い。

 だからというわけではないが、尾張州は〈アキレマ〉との国境が存在している。ゆえに、〈アキレマ〉との戦争となれば、真っ先に出向かなければならない。ただ、国の代表校であるがため、どこの国が、どの州を攻め込んだとしても、防衛に向かわねばならないが。

 これまで、戦争などというものはもう何十年と起きていなかった。少なくとも、今の学生たちは戦争を経験していないし、見たこともない。

 プレッシャーはあるだろう。だが、恐怖はそんなに感じてはいない。

 なぜなら、戦争時には必ず広範囲に及ぶ【生死制限(ダメージカット)】は使われるし、何よりあの二人がいる。そんな気持ちで、戦争に対してはあまり気負ってはいない。

 そんな気持ちでは勝てないだろうと、ネロや海鯱は思うが、しかし恐怖のあまり動けなくなるよりはマシだと考えていた。

 そして、ネロは偵察から帰還すると、次の作戦へと動いていた。


 尾張州、その中心部。

 そこには、ある大きな建物が建っている。窓の一切ない、のっぺりとした作りではあるが。

 その建物は刑務所だ。尾張州で犯罪を犯した者全てが、この施設へと連行される。

 だが、この刑務所は少々特殊だ。上へ行くほど罪の重いものが収容されるが、その逆、地下の奥深くにはとある部屋が用意されている。

 その部屋は超硬質の物質で構成され、ダンプカーの全速力の突進にも無傷で耐えられるといわれている。あらゆる物理攻撃に対し、一切の傷を負わない。

 それは、――〈大罪の間〉と呼ばれる部屋だ。


「さて、皆さん」

 〈大罪の間〉には一つの長机、それに7つのイスが常に備えられている。

 その部屋で、ネロは長机の上座でにこやかな笑みを浮かべ、席についている人物たちを見回した。

「現在、〈ヒノモト〉は戦争直前です。そこで、あなたたちに助けを求めることとしました」

 7人の人物、大罪家の当主たち。大半が尋常ではない殺意を放ち、威嚇している。

 その人物たちに、ネロは一切物怖じしていなかった。

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