4話
放課後、彼はアリスに校内案内をして貰っていた。
(烏之助がいるならそっちに頼めばよかったなー)
などと思っているが、一度してしまった約束をキャンセルできないのが彼である。
烏之助に同行を頼んでみたが、部活があるらしく断られた。
「で、ここが図書館。結構所蔵数多くて他の学校にも貸し出してるらしいよ」
校内案内も大体が終わってきており、残すは彼が一番近寄りたくない4棟だけになった。
「ここからは生徒会とか守護隊のある棟なんだけど……」
そう言いながら4棟へと入っていく。
「生徒会は学園の生徒のまとめ役だけじゃなく、他国と国の代表として交渉も行ったりするの。ほら、私たちの使う超能力って、20代になると例外もいるけど、大体の人は力が弱くなっていくでしょ?だから国として不本意でも一番力が強い時期の学生に頼むんだって。国の代表校は新学期前に国のトップたちが集まって決めるって話だね」
「例外?」
彼はそこに聞き慣れない言葉があり、問い返す。
「え? 知らないの? 結構有名な話なんだけど。一番身近なのは学園長だよ。年齢はわかんないけど、大人になると超能力が衰えていくのに学園長は入学式で超能力を見せつけたからね。ただ、先生たち全員が使う【生死制限】はちょっと特殊でね。ある機械を使って誰でも使えるような超能力になってるんだって」
「ああ、いや。そうなんだ」
彼が聞き慣れなかったのは、超能力が衰える、というところだ。
彼の周りの大人のほとんどが能力を全盛期のまま使っているからだ。
「守護隊は? 必要なの?」
彼はここぞとばかりに聞くのを忘れていたことを聞いていく。
「守護隊は他校との争いになったときに戦闘部隊として活躍するね。まずは生徒会が話し合いを、それで決まらなければ守護隊の出番ってわけ。弱い者は強い者に従う。それが大前提だからね。それでも大体が話し合いで決着がつくんだけど」
そこでアリスは一呼吸置く。
「それともう一つ。戦争が始まった時に活躍するよ。今は何もないように見えるけど、〈亜人族〉の住む〈アキレマ〉なんかいつ戦争を仕掛けてくるかわからないって言われてるからね。さっき言ったように超能力の一番強い時期は学生だからね」
そんな不吉なことを言ってくるアリス。彼は少し驚いてるようだったが、アリスはそのまま続ける。
「でも戦争だからって死人が出るわけじゃないよ。ほら、先生が使う【生死制限】の広範囲型を使うからね。先に殲滅、もしくは降伏条件を飲んだら終了。死人は一人も出ませんってね」
学園長がそういってたんだよー、と教えてくれるアリス。
「あ、あともう一つ。他の生徒と区別するために生徒会役員はみんな学ランなんだけど、守護隊の人たちは制服の改造が許されてるんだよ。」
そうしていると、守護隊本部と書かれているプレートのかかった場所を通り過ぎる。
するとドアがいきなり開け放たれ、二人は大きな音に驚き振り返ってみる。
「シーちゃんだ―――!!」
「ぎゃあああぁぁぁ!!」
一人の、制服を無理矢理巫女服に改造した女生徒が、小学生のような声を放ち、彼に向って突っ走ってくる。彼はその人物を見るやいきなり全力疾走を始めた。彼もまた、それに追われるように駆けていく。
「どーして逃げるのかな―――??」
「追いかけてくるからだよ!!」
そうして学園を3周ほどして息が上がった状態でアリスの前に戻ってくると、追いかけていた女生徒についに捕まり、というより突進され転がっていく。
壁に激突し、そのまま数秒停止していたが、女生徒が先に起き上がった。
「まったく、いつからシーちゃんはお姉さんに挨拶もしない不良坊やになっちゃったのかな?」
巫女服の女生徒は彼の首を締め上げながら問うてくる。それに対し、彼はギブアップの表現しかできない。
「えっと栢野君、月宮先輩と知り合いですか?」
その光景に驚きながらも質問してくるアリス。
そうしてようやく解放される。
「しょう…がくせいの…ときに……あずかってもらってた…んですよ……」
と息も絶え絶えに答える。
月宮海鯱。この学園の守護隊のK・総隊長。2年にして学園最強と謳われている。
「悪い子にはお仕置きだ。今日はウチによって帰りな。その腐りきった性根を叩きなおしてやる」
と海鯱はさっきとは打って変わって凛とした声で言ってくる。
「え、えーと、あの先輩、さっきの声は……?」
「おお、君は1年10組の東雲アリス君だな。シーちゃんの校内案内か?迷惑かけてすまんな」
と素知らぬ顔で言ってくる。
本人に聞いてもダメだと思ったアリスは、ようやく息が整ってきた彼に聞いてみる。
「ねえ栢野君、さっきの声なんだったの? 月宮先輩があんな声出すとこ聞いたことないんだけど?」
「んー、そうか? まあそうか。いや、ミコ姉は家じゃあんなガキのように振る舞うんだけど、人前や学校、あと戦闘時は猫かぶってん痛い痛い!!!」
海鯱は彼の耳を引っ張る。
「シーちゃん、何か言ったか?それとも今日のメニューを地獄に設定してやろうか。学園3周で息が上がってちゃ鈍ってる証拠だぞ?」
「ひでぇ!! アクマ、オニ!!」
「まあまあ月宮ちゃん、その辺にしてあげなよ。耳が取れちゃうよ?」
と、そこに学ランを着た笑顔の男子生徒が歩いてきた。
「やあ、初めまして栢野ちゃん。私は生徒会長の霧崎ネロだ。よろしくね」
やっと耳を放してもらえた彼は「よろしくです……」と耳をさすりながら言う。
「さて、こんな所で話してなんかいないで生徒会室へおいで。お茶菓子もあるよ」
☆
「へー、栢野ちゃん月宮家の門下生なの」
場所を4棟3階の生徒会室へと移し、彼が海鯱との接点を話し終わると、ネロは意外そうに言ってくる。
「シーちゃんが月宮家に来たのが確か彼が6歳の頃だったか。今の学園長に引っ張られて門を叩いてきたよ」
海鯱が思い出すように言ってくる。
「月宮家って結構前から弟子入りを断ってるよね?」
「ああ。しかし、なぜだか当主である祖父が受け入れたんだ」
実際には裏家のほとんどが弟子入りを断っており、家が断絶してしまうのではないか、と言われている。
「あ、あのー。裏家ってなんですか?」
場違いを感じながらアリスが恐る恐る聞いてくる。
「そっか、表の人じゃあんまり知らないよね。でも知識として知っておくといいよ」
ネロはそう言いながら席を離れると、ホワイトボードの前に立ち説明を始める。
「裏家ってのは、聞いた感じでもわかるように世間の裏……つまりは代々汚れ仕事を請け負ってきた家なんだけね」
そう言いながらホワイトボードを二つにマジックで表、裏と区切る。
「裏家も表家も全部で7家。裏家は人の7つの大罪も表しているんだ。このことから大罪家、なんて呼ばれることもあるね」
そう言い、裏と書かれた方に7つの大罪を書き示す。
「7つの大罪、それはみんなの知っているものと同じで傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲の7つ。それぞれに対応した家があり、傲慢は憑宮、嫉妬は断花、憤怒は悪島、怠惰は朽木、強欲は山裂、暴食は堕空、色欲は虚月、になる」
そこまでを一気に書き終えたネロ。
そこで一回みんなの方へ体を向ける。
「それじゃあ東雲ちゃんに問題。この中には名前を変えた家が一つありますが、その家と理由を答えてみよう」
といきなり話を振ってくる。それに「え、え!?」と驚きながらも考える。
「えっと、名前を変えたのは憑宮ですよね?月宮先輩の家だったら。でも理由は……」
そこまで言い終えると、ネロはずっと笑顔だがそれでも笑ったように見えた。
「うん、まあここまでの会話からはそこまでしかわかんないよね。じゃあここは月宮ちゃんに聞いてみようか」
今度は海鯱に話を振る。それに堂々と答える。
「理由は簡単。表で生きていくため、仕事を始めるため。父が言いだしたらしい」
「まあ、実際に、逆はあるけど裏から表へは前代未聞だったからね。それでも始めた事業で大成功しちゃうんだからすごいよね」
ネロはペンをクルクル回しながら感心するように言う。
「んで、裏家の存在意義は強いことだよ。時には当主一人で他国からの侵攻を防いだこともあるらしい」
ネロの話を真剣に聞いているアリスだが、彼は腰かけたまま爆睡中だった。
それに気づいたネロは海鯱にジェスチャー。海鯱がそれを理解し、彼にバケツを被せるとネロが鉄球を投げつける。
その威力と音に驚き起きた彼は目から星、頭にヒヨコを回しながらバケツを脱ぐ。
「それから、裏家にも序列があってね。それは当主の強さによって決まるんだけど、ここ数年じゃ憑宮家が最強だよね?だからこそ月宮ちゃんは2年にして学園最強、守護隊K・総隊長を任されているわけだけど」
ネロは先ほどの行為を何もなかったように話を続ける。
「ああ、そうだな。現当主である祖父は憑宮家始まって以来の鬼才だと言われているが……」
そこで海鯱は隣に座る彼を見る。
「それでもこいつはそれを凌ぐほどの逸材だと言われている」
そういわれ、アリスも彼を見る。ネロもまた驚いたように見る。
「な、そんな見んなよ……!」
3人に見られ、たじろぐ彼。
そんな彼に3人同時にため息をつく。
「こんな調子じゃあねえ……」
と海鯱が額を押さえる。
「まあ、それでも将来に期待、かな」
ネロも苦笑いをしている。
「……」
アリスは何か言おうとするが、やめた。
「さて、それじゃもう半分の説明に入ろうか」
そう言ってネロはさっきとはホワイトボードの逆側に移動し、表と書かれた側に七つの美徳と書く。
「じゃ、次は表家についてだ。表家は七つの大罪と対になる七つの美徳からなる。けど、七つの美徳はそこまで古いものじゃないからたくさんあってね。時代によって対応してくるものが変わるんだ。」
表のことなら知ってるよね、とアリスに問いかける。
「あ、はい。でも家の名前しか知りません。七つの美徳なんて初めて聞きますし」
そう言いながらアリスは少し思い出すようにして名前を言っていく。
「まず、自然を司る古くからの実力家の火神、水神、風神、土神、雷神、それに一般人から成り上がる大神、小神、の7家ですよね」
「そうそう、あってるよ。」
と拍手を送るネロ。
「ついでに言うと、全部に神という字が入っているから、七神柱なんて呼ばれている」
途中に大神という名前が出たことで、先ほどまで寝そうだったが彼も目を開ける。
「今の時代の七つの美徳の対応の仕方は、火神が正義、水神が希望、風神が勇気、土神が寛容、雷神が純愛、大神が誠実、小神が知識、になる。まあ当然、裏家が裏社会の頂点なら表家は表社会の頂点だ。どこも大財閥だからね」
「かいちょー、大神ってウチの学校にいませんでしたっけー?」
と彼は何度目かの同じ質問をする。
すると、やはり前と同じように3人全員が表情を硬くする。
「……栢野ちゃんは10組だよね?大神ちゃんとは同じクラスのはずだけど、いないの?」
と言ってくるが、そんなことは初めて聞く。それに教室には空席はなかった。
どういうことかと考えていると、ネロが一通り書き終えると振り返って言う。
「どうしても知りたいなら教えてあげるけど、世の中には知らない方がいいこともあるんだよ?」
「シーちゃんやめときな。損するだけだ」
上級生二人に止められる。しかし彼は引かなかった。
「えー、でも礼言うだけだって」
そういわれ、ネロはため息を吐き、教え始める。
「大神狼華は1年10組3番。入試テストにおいて学力、実技をともにトップで合格。入学直後はみんなから話しかけられていたが、3日経つとそれが一切なくなりクラスで孤立。学級委員である東雲ちゃんが諦めずに話しかけていたが、彼女は1週間経つと学校に来ても授業を受けず、図書館で本を読み漁っている」
そこまでを話し、アリスを少し見るが俯いていて表情を窺えない。
(学級委員だからってそこまで背負い込む必要はないと思うけど)
ネロはそう思いながら話を続ける。
「最近じゃあ気に入らないとかでよく上級生から決闘を挑まれているね。それでも今のところ無敗なんだけど。」
「そうなった理由は?」
目の色を変え、彼は聞く。
「授業を受けなくなったのはクラスでの嫌がらせ。ヒートアップしていじめになったことも少しある。机がなかったりしているのならその名残だろうね。上級生からは家柄での問題。気に食わないんだろうね、自分より年下が世間的に上に立っていられることが」
それを聞いている彼は、全身がざわつくのを感じる。
理由は分かっている。彼の心の中の正義がそれを悪だと認識したためだ。
「シーちゃん、落ち着きな。大神は別にそれで苦しんでるわけじゃないんだ」
「そうだったとして、それでもやり過ぎだろう」
彼が前の学校で不良を負かした時も、決して自分のためだけではない。一つ例を挙げれば、襲われてはいなかったが、脅されていた生徒を助けようと不良を倒した。しかしその結果は悲惨なものだった。助けた生徒は報復されるだろ、と逆に彼を責めた。そんなことが何度かあったが、彼は自分の正義を貫いた。それでも学校全体から邪魔者のレッテルを貼られ、孤立していった。
「シーちゃんの正義感が強いのはわかるし知ってる。けど大神はその正義にも反しているんだ」
海鯱はそういう。
「彼女がいじめられたり決闘を挑まれるのは、彼女にも原因があるんだ。」
ネロはそう言いながら窓枠に腰かける。
「彼女はどうしようもないくらいに、嘘つきなのさ」