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獅子が世界を喰らうまで  作者: 水無月ミナト
第三章 神の国〈アイラギ〉
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13話

「貴様、百獣獅子怒であっているか?」

 青髪の、有翼の少女はそう問う。

 その声は冷たく、辺りの熱を全て奪ってしまうようだった。実際、周りは静寂に包まれた。

 だが、一瞬後には一斉に無数の物音が大音量となって聞こえた。周りにいた、マリー以外の〈アイラギ〉の国民が一斉に片膝をつき、胸に手を当てている。その光景に、獅子怒は異様な雰囲気を感じる。

「質問に答えろ。貴様は百獣獅子怒か?」

 そんな周りの雰囲気を当然のようにして、もう一度問われる。

 周りの反応に困惑しながらも、獅子怒は返事をする。

「ああ、そうだよ。それが?」

「神から謁見の許しが出ている。今から会ってもらうぞ」

「……」

 獅子怒はそこまで聞くと、少し思案する。

 ここでついて行っていいのか。本当に神から謁見の許しが出ているのか。今から会っていいのか。そもそも、こいつは誰なのか。

「おい、マリー。こいつは?」

 獅子怒はとりあえず、相手のことを知ることからにした。隣に佇んでいるマリーに、相手が誰なのかを尋ねる。

「知りませんの?」

「知らない」

「それでよく世界征服なんて考えますわね……」

「なぁ、思ったんだが、俺いつお前に――」

「彼女は四大天使の一人、ガブリエルですわ。知らないわけが無いと思いますけど」

「……聞いたらわかるよ」

 だがまぁ、とガブリエルの方へ向きながら納得する。

 それならおかしくはない。神の使い、って考えれば説明はつく。周りが膝を折っているのも、神からの許しなども。それでも、ここでついて行っていいのか、今から会うべきかの答えではない。

 ならば、と獅子怒は返答を決める。少し試してみるか、と。

「悪いけど、俺から会いに行く気は一切ねぇ。会いたきゃそっちから来い、って伝えろ」

「……何?」

 ぴくっ、とガブリエルの肩が動くのが見えた。顔にも不満を隠そうともせず現れている。殺気も放っているようで、肌にぴりぴりとした刺激が走る。

 それほどにまで、ガブリエルは一切怒りを隠そうとしていなかった。

 獅子怒は一歩、狼華とマリーの前へ出る。

「貴様、一国の王であり、最高位の存在である神と会うことさえ、ただの人間には叶わんのだぞ? それを、許してもらっているのに、会いに来いだと?」

「俺は頼んだ覚えはねえな。なんならその辺のオッサン連れて行けばいいじゃん。行きたいときにこっちから行くからよ」

「そんな我が儘が通ると思っているのか?」

「無理なら強行突破だぜ。お前程度なら難なくクリアだ」

「……貴様。ならば試してやろう。貴様では、私一人にも勝てぬことを!!」

 言うと、ガブリエルはその翼を大きく羽ばたかせ、しかし地を這うように一直線に飛んできた。

「ロウ、【嘘遊び《ライアーゲーム》】」

「――おっけ」

 獅子怒の一言に、狼華はその思惑をすぐに察知する。

「ちょっとあなたたち、何をしようと――」

 マリーが異を唱える前に、ガブリエルは三人との距離を詰め、細身の剣を突き出していた。

 その剣は寸分違わず獅子怒の中心を貫く。

「――?」

 だが、刺したはずの手には一切の感触はなく、刺されたはずの獅子怒の姿も消えている。

 ガブリエルが鋭い目つきで後ろを見る。そこには何事もなかったかのように獅子怒と狼華が佇んでいる。

 それを確認すると、ガブリエルはもう一度同じように地を這うように飛翔し、今度は横薙ぎに剣を振るう。だが、またしても獅子怒と狼華の姿は掻き消えてしまう。

 ガブリエルが辺りを見回すと、その周囲には何人もの獅子怒と狼華が出現している。

 歯を噛みしめ、苦渋の表情を浮かべるガブリエル。しかしそれは一瞬のことで、今度は虱潰しに獅子怒を切り裂いていく。

 はずれ、はずれ、はずれ。またしてもはずれ。

 いくらやっても本体に当たらず、何の手ごたえもなく消えていく。

 それを見ながら、マリーは結論を導いていた。

「あれは……、【泥仕合(ダークゲーム)】ですわね……」

 何をしているんですの、とため息が漏れる。四大天使と対立していいことなど何もありませんのよ、と。

 教導院時代、二人が実戦訓練で組むとよく使っていた技だ。狼華の【嘘遊び】によって創り出された幻影を、獅子怒の【闇喰(ダークイーター)】でカバーする。【嘘遊び】には元から嘘を本当へと変えてしまう力があるが、それを【闇喰】で喰らって限りなく薄くすることにより、幻影を量産させる。そして【闇喰】を幻影に纏わせることで、わずかに感じられる【嘘遊び】の気配、つまり偽物だという気配を全て喰わせる。そうすることによって、本体がどれかわからなくさせる、いわば目晦ましだ。

「となると、本体は……」

 マリーは呟き、辺りを見回す。

 今この場では、きっとあの幻影の中に二人はいない。もっと他に安全に隠れられる場所があるのだから。ガブリエルも少し冷静になって辺りを見渡せば簡単に見つけられるはずだ。

「居ましたわ」

 見つけ、二人に気付かれないよう急いで近づき、グーを作って力いっぱい殴りつける。

「「痛った――!!」」

 少し強すぎましたか、獅子怒まで声をあげてしまった。反省はしませんけど。

 すると、今まであった幻影が全て掻き消えてしまう。その光景にガブリエルが一瞬戸惑い、すぐにこちらを向く。

 だが、マリーはそんな視線には構わず、獅子怒と狼華を向いたまま、

「あなたたち、一体何がしたいんですの?! 〈アイラギ〉には交渉に来たんじゃないんですの!?」

「いやだってマリー、あいつが――」

「だってじゃありませんわ! シド、あなたはもっと大人になるべきですの! この程度で、何を熱くなっているんですの!」

「い、いや、マリー――」

「黙りなさい! いいですの? いくらシドでも、一国と争えるわけがありませんの。神と会うのに強行突破なんてしようものなら、すぐに軍が動いて拘束されますの。その状況で、いくらあたくしが四大貴族だったとしても、流石にフォローはいたしませんわ」

「えー? マリー、裏切るの?」

「違いますわよ。ロウも少しは考えなさい。〈アイラギ〉では神と会うには必ず伝手が必要なんですの。それを無視して会おうものなら、その人物は大罪人。そんな人物の肩を持つと、家として潰されかねませんの。未だ当主になっていないあたくしではどうしようもないんですの。四大貴族にはそれぞれ軍隊を少ないながらも持っているとはいえ、戦うには心許ないんですのよ?」

「おい、マリー。ちょっと落ち着け。分かった。分かったからとりあえず落ち着け。目が赤くなってきてるぞ」

 獅子怒にそう指摘され、マリーはようやく自分が好戦的になっていることを自覚する。

「し、シド。その」

「分かってるから」

 獅子怒はマリーの手を握り、【闇喰】を発動させる。すると、先程まで少し赤みがかっていた眼が少しずつ普段の色へと戻っていく。

「おい、貴様ら。私を弄んでそんなに楽しいか?」

 マリーの修羅を解いていると、低く、冷たい声が聞こえた。

 獅子怒は立ち上がりながら振り向き、声の主をみる。

「別に? 一切楽しくないよ」

「ならば、何故このようなことをする?」

「何故って、そっちから仕掛け――むぐぐ」

 また喧嘩腰になった獅子怒の口をマリーが後ろから強引に塞ぎ、二人の会話を止める。

「此度は申し訳ありませんの、ガブリエル様。この者たち、余所者ですのでどうかご容赦を」

「は、四大貴族が偉くなったものだな」

「いえいえ、そんなことはありませんわ」

「マリー、頬の筋肉だけで笑ってる」

 狼華の指摘に、足を踏んで返答とする。痛みのあまり狼華がしゃがみこむが、今は構っていられない。

「とりあえず、明日、窺わせてもらいますわ。今日中に神との謁見にふさわしい礼儀を叩きこみますので」

「私は、今、これから、と言ったが?」

「ええ、この無礼者で喧嘩腰の者でいいなら連れて行ってもらって構いませんの」

「……それを食い止めるのも貴様の仕事だろうが」

「あたくしはそんな仕事を受けた覚えはありませんのよ? 彼が暴走したところで、強引に連れて行ったガブリエル様のせいですわよ」

「言うじゃないか、たかが四大貴族の娘のくせに」

「あら、年齢的には似たとこですのよ?」

 獅子怒を間に置いてはいるが、マリーとガブリエルは二人とも鋭い目つきで睨み合っている。

 獅子怒も狼華も、余計なとばっちりを受けないよう、黙って目を逸らして成り行きを見ている。

「貴様ももう少し礼儀を知った方がいいのでは?」

「いえいえ、神は既に仰っていたはずですのよ? 四大貴族と四大天使は対等な位置づけだと」

「本当に対等だと思っているのか? それならば貴様は傲慢だぞ。罪には神罰を与えねばな」

「あら、ガブリエル様の天使軍でも出す気ですの? あたくしは神罰を与えられるようなことをしていませんので、真っ向から争わせてもらいますわ。この二人も用いて、ね」

「その二人に何ができるというのだ。所詮は改造人間だろうが」

「あらあら、情報が伝わってませんの? こちらの少年、旧型阿修羅3機を一人で返り討ちましたわ。それに、先程の戦闘も、ガブリエル様の一人芝居だと言う気ですの? そうでないなら、ガブリエル様はこの二人にいいように遊ばれていましたわねぇ?」

「言葉に気をつけろ、小娘。私は神に選ばれた存在だぞ。それに、いくら四大貴族と言えど四大天使全てを相手にできぬだろうに。貴様ら四大貴族は私たちと違って仲が悪いものな」

「四大天使様たちも、最近は仲が悪いとか。特に、ガブリエル様は孤立気味だと窺っておりますが?」

 一切引かない二人に、獅子怒は我慢の限界を感じる。それでも、何とか堪えようと必死になる。

「いい度胸だ。貴様を、四大天使の全勢力をもって潰しにかかるとしようか」

「いいですわね。四大天使様の全勢力、楽しみに――」

 マリーの言葉を遮るように、獅子怒は口を塞いでいる手を掴んで強引に放す。

 獅子怒はマリーを背に回すようにして前に立つ。ガブリエルの目が少し大きくなるが、構わずその目を見返す。

 獅子怒は仕切り直すように一度頷いてから、

「よっし、じゃあ明日神のとこに行く。今日は行かん。ここは譲らねえ。だからガブリエル、今日はもう帰れ。これ以上話すことはない」

「突然何を言いだす? 私は――」

「俺は、今ここにいる奴らの術を解くことができる。それが嫌なら帰れ」

「……気付いていたか」

「気付かねえ方がバカだ」

 獅子怒の言葉に、ガブリエルは顔に手を当て、少しの間思案する。

 やがて、結論が出たのか顔を上げると、

「分かったよ。今日は退こう。明日、必ず来い。出なければ、スチュアート家を潰す」

「分かってるよ。さっさと帰れ」

 はっ、とガブリエルは小さく笑うと一気に飛翔し、どこかへと飛んで行ってしまう。

 獅子怒は長い溜息をつき、緊張から解放されたことを確認する。

「ねえ、シド。術ってなんのこと?」

 と、狼華が小首を傾げて聞いてくる。

「気付いてなかったのかよ……。周り見てみろ。パーティー参加者が全員、膝ついたまま動いてねえだろ。たぶん、もうすぐ動き出すだろうけど」

 そう言われ、狼華は座り込んだまま周りを見回す。すると、確かにパーティー参加者全員が片膝をついたまま微動だにしていない。

「――あ、ほんとだ」

「おい……。まぁいいや。術ってのは、ガブリエルが怒ったときに周囲に何かを振りまいた気がしたんだよ。それが【闇喰】でかき消せたから、そういった類だと判断できた」

「だからあの時一歩前出たんだ」

 そうそう、と獅子怒は頷く。

 その後、マリーの方へ振り向く。

「マリー、お前は俺以上に大人になれ。お前は元から好戦的なんだからよ、そんなんじゃすぐ修羅がばれるぞ」

「そう、ですわね。申し訳ありませんの、シド」

「俺に謝られても困るんだが、まぁ今日は帰ろうぜ。アリスと猫深も待ってるだろうし。ほら、ロウも」

 獅子怒は狼華に手を伸ばし、立つのを手助けする。

「このパーティーも、すぐお開きでしょうね。シドが戦った相手が主催者ですので」

「へぇ、あいつが。あ、そういやお願い聞いてもらってねえな。馬も、もらっても困るだけだし」

「お願いがなんなのか知りませんけど、馬ならあたくしが飼いますわ。ちょうどパパが欲しがっていましたし」

「お、んじゃ任せるわ。あの馬も、もう暴れることはないだろうけど、注意はしとけよ」

「分かってますのよ。それじゃ、皆が動く前に退散しましょう」

 マリーはそう言って、屋敷の玄関のある方へと歩き出す。獅子怒も狼華も、その後を追って歩き出す。

「ありがとうですの、シド」

 小声で感謝の言葉を口にするが、獅子怒には聞こえなかった。聞こえていたところで、返答は決まっているだろうが、それでも言っておかなければと思った。

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