10話
まず動いたのは阿修羅だった。
阿修羅は腕を引き上げ、もう一度叩きつけの一撃を放った。
対し獅子怒は、それを跳躍で躱し、阿修羅の腕の上に着地。そのまま腕を駆け登る。
腕の半分ほどまで登ったところで、阿修羅は腕を回転させることで振り落とそうとした。
獅子怒は振り回される瞬間、もう一度跳躍することで回避と登頂に成功する。阿修羅の肩に立ち、回し蹴りで顔部分を破壊に行く。
だが、獅子怒の攻撃は当たったが、破壊には至らなかった。お返しに蹴りつけた右足に鈍痛が走る。
痛みに顔をしかめ、それでも、蚊を叩くようにして迫る左手に気付いて肩から飛び降りる。
阿修羅の左手は自分の右肩を強打するが、その肩に傷がついている気配はない。
「どんだけ頑丈だよ……!」
吐き捨てるように言い、振るわれる右手を横跳びで回避。着地と同時に駆け出す。
阿修羅は左手に拳を作り、瓦割のように叩き付けが来る。
獅子怒はスピードを上げることで回避とし、そのまま右手を握りしめて阿修羅の足を殴りつける。
殴りつけた音が反響するが、やはり傷はない。
阿修羅は左足を振り上げ、踏みつけてくる。
それを確認すると、バックステップで回避するが、振り下ろされた足の衝撃が獅子怒を襲った。それでも何とか踏ん張り、次の行動へと移そうと身構えた瞬間。
背中に衝撃を喰らった。
「ぐ……がッ!!」
肺の空気を全て吐き出された感覚がし、吹っ飛ばされ、地面を転がっていく。
ようやく止まり、息切れした状態で状況確認をしようと前を、最初に戦っていた阿修羅を見る。
「おいおい、マジかよ……」
苦笑いを浮かべ、今の状況を飲み込む。
簡単に言えば、阿修羅が二機増えた。
「ククッ、楽しませてくれるねえ……!」
立ち上がり、それでも身構える。
「紅蓮、行こうか」
『ああ、了解だ』
瞬間、獅子怒の姿が変化する。
鋭い爪、凶悪な牙、風格のある髪。獅子を擬人化したような、威風堂々とした姿。擬獣化を行った。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
鼓舞するように吼え、空気を振動させる。
その目はいつの間にか赤く輝き、獲物だけを捉えている。
獅子怒は身を低くさせ、次の瞬間に疾駆した。
たちまち阿修羅三機との距離を詰め、その中心に立つと、一度の跳躍で阿修羅の顔まで辿り着く。
吼え、そして拳を叩きつけた。先程は傷一つつかなかったが、今回は少しだけ眼の部分がへこみ、殴られた衝撃でその阿修羅が後ろに傾く。
斜めになった阿修羅を、追い打ちをかけるように蹴りつけて今度は後ろ側に回っていた阿修羅へと飛ぶ。
阿修羅は獅子怒を掴むように平手で手を伸ばしてきたが、その手を身を捻って躱し、腕に降り立つ。
そして関節部まで移動し、一度跳躍からの垂直に蹴りを加える。
貫通とはいかなかったが、半分ほどを破壊したのか、その右腕は力なく垂れ下がる。
獅子怒は一度地面に下りると、右腕が垂れ下がっている阿修羅の、今度は膝の関節部を狙って蹴りを放つ。
これも命中し、一機の阿修羅は膝から崩れ落ちるようにして片膝をつく。
獅子怒は止まることなく、傾いだ阿修羅が立て直して放った攻撃を躱して、無傷の阿修羅へと接近。
無傷の阿修羅は腕を横薙ぎに振るってくるが、それを右腕で作った拳で返り討ち、相殺してその腕に乗る。そこから駆け出して、阿修羅の腹部分に跳躍して移動する。
そして、もう一度拳を作って叩きつける。
轟音が鳴るが、少しへこむだけで何の反応もない。それに構わず、獅子怒は何度も何度も拳を叩きつける。
途中、阿修羅からの反撃もあったが、どれも本体の破壊を恐れているのか、速さも力もない軽い攻撃だった。その度に拳や足で相殺し、押し勝って腹部分の破壊を続けた。
結果、十数回目の攻撃でようやく拳が突き抜けた。
手を突っ込み、足を踏ん張ってこじ開ける。
旧型と新型があることは知っていた。そして、新型は遠隔操作だということも。だが、旧型は阿修羅本体に乗り込んで操縦している。そして、その操縦席の予測は簡単にできる。
「機械の操縦席は大体腹部分って決まってんだよ!」
この機体が旧型であるという保障はないが、それでも旧型である可能性は高いと思っている。
まぁその辺の詮索は後だな、と思い、今は操縦者を引っ張り出そうとする。
だが、こじ開けた場所から中を確認すると、思わず手を止めてしまった。
「……は? なんだ、こいつ……?」
取り出そうと手を伸ばした瞬間、いきなり警告音が鳴り響いた。
何が起きた、と思う前に答えが先に出た。
『機体№03、起爆装置始動。10秒後に爆発します。機体№03、起爆装置始動。10秒後に爆発します』
機械音の警告に、冷や汗が流れてくる。
「自爆装置の起動かよ……!」
ち、と舌打ちし、操縦席にいた生き物を取り出して跳躍をする。
爆発の範囲がどの程度かが分からないため、早く遠くに行かなければ、と思うが、走り出そうとすると、残っていた二機の阿修羅が先を塞ぐようにして倒れて、先程まで向き合っていた阿修羅と同じように警告音と無機質な放送が流れている。
それでも獅子怒は、まだ残っている方向に駆け出し、その先にあった高層ビルを駆け昇る。
垂直に駆けていくが、途中で方向転換をしてビルの裏側へと移動。
そのビルの裏にあったもう一つの高層ビルに飛び移ろうと跳躍した瞬間、最後の警告と共に爆発が起きた。
☆
獅子怒と阿修羅が戦っている最中、マリーは猫深を何とか見つけて行動を共にしていた。
〈アイラギ〉の地理に一番詳しいマリーが、集合場所を考えて散策していた。
「すみませんわね、こんなことにつき合わせてしまって」
「いや? 別に構わないよ。あたしだって、あの連中から抜け出したら観光するつもりだったし」
「……あなたはなんというか、他の人と違いますわね」
「よく言われる」
マリーの後ろをついて行きながら、辺りをキョロキョロと見回している猫深。
「ま、あたしとしてはここに来れてよかったんだけどな」
「どういうことですの?」
「ちょっと会いたい人がいるのさ」
「会いたい人、ですの?」
「ああ、2年ほどあってない、姉ちゃんだ」
何でもないかのように言ってきたが、マリーは返しに困ってしまう。
どうしてもうまく返せず、そのまま黙り込んでしまう。
気まずい空気ですわねぇ……、と思っていると、猫深の方から話しかけてきた。
「それよりさ、どっか店入らない? 歩き回るのにも疲れたし」
そのあまりにも呆気なさに、少々面食らってしまう。
「……随分と軽いんですのね」
「そうでもないけど、今重くしたってどうしようもないでしょ。どうせ、あのバカの事だからその辺頼めばどうかしてくれるだろうし」
「まぁ、人から頼まれればあまり拒否しませんものね」
バカとは獅子怒の事だろうと思い、そう返す。
そして、この辺でどこか休める場所はありましたっけ? と考える。皆疲れているでしょうし、集合場所もそこでいいですわね、とも思う。
マリーも猫深の様に周りを見渡して休憩のできそうな場所を探す。
「そうですわねぇ。この辺りだと――」
言った瞬間、南の方向から爆発音が聞こえた。
驚き、そちらを見る。爆発音はそれに続き、2回目、3回目と来た。
視線の先には、黒い煙が巻き上がり、高層ビルが一つ傾いでしまっている。
「まさか――!」
あちらは獅子怒が向かった方向だ。嫌な予感が脳裏をよぎる。
今にも駆け出しそうなマリーを止めたのは、猫深だった。
「落ち着けって。あいつだけに、そんなことはありえないだろ?」
「……そう、ですわね」
猫深に諭され、駆け出そうとはしないが、その表情は沈んでいる。
「とりあえず、今は集合場所を探そう。それから、狼華たちにも連絡取らないと」
「ええ、分かりましたわ」
まだ表情は戻らないが、それでも今すべきことをちゃんと理解している。
そう思い、マリーは視線を爆発から外して集合場所探しに向かった。
☆
「ちょっと狼華さん! ダメだってば! そっち行ったらダメだって!」
「うるさいうるさい! あっちにシドがいるのよ! 何かあったに違いないって!」
一方、狼華とアリスのペアは、獅子怒の向かった方向から爆発があると、狼華が真っ先に駆け出そうとし、それをアリスが必死に止めていた。
「だから、獅子怒君が向こうにいるおかげで、私たちは自由に動けるんだから。向かっちゃ意味ないって! 大体獅子怒君があれで何かあると思ってるの!?」
「アリス、それは卑怯よ! そんなことは思わないけど、心配にはなるでしょ?」
アリスに掴まれている右手を何とか振り解こうと必死になっている狼華。
その時、アリスの携帯電話に着信があった。
「ほ、ほら、マリーさんから集合場所のメール来たよ! とりあえずそこに行ってから!」
「そしたらマリーも来ることになるじゃない。嫌よ、そんなの」
「もう、ちょっと本当に落ち着いてっ!」
アリスが手を放し、狼華が駆け出そうとした瞬間、狼華の姿が消え、気付けばその1m上に体があった。
狼華は驚き、それでも何とか受け身を取って着地する。
「ほら、とりあえず集合場所に行く。そこで獅子怒君を待って、それでも来なかったら探しに行く。これでいいでしょ。それに、何も考えずに突っ込んで返り討ちに遭っても困るでしょ? 〈アイラギ〉に詳しいマリーさんと、その辺もちゃんと話し合うの。いい? 【赤信号】のリーダーは私なんだから、あんまり勝手したら評価落とすよ?」
アリスの意にも一理あるな、と思うが、最後は完全に脅迫だっ、とアリスの変わり様に少し驚く狼華。前はそんなことするような人には見えなかったのに。
「まだ行くっていうなら、私の超能力で無理矢理集合場所に転送するよ。だけど、成功するかわからないけど」
笑顔でそんな怖いことを言ってくる。
狼華は仕方なく、アリスに従うことにした。




