3話
4時間目が終わり、昼休みになった。
彼はぐったりと机に突っ伏した状態から起き上がり、教室を出ようとする。
「あれ? 栢野君どこ行くの? お昼、一緒に食べようよ」
と、アリスが誘ってくる。
「あー、いや、ちょっと外の空気吸いたいだけだからすぐ戻るよ」
彼はこれまでの休み時間、ずっと質問攻めにされてきた。さらに相手が女子だから余計に神経をすり減らしていたため、気分転換にと外に出て行こうとした。
「あ、そうだ東雲さん。もしよかったら放課後学校案内してくんない?」
「アリスでいいよ、栢野君。うん、わかった。じゃあ放課後案内してあげるよ」
彼は学校案内を頼むことに成功し、そのまま屋上へ行こうとした。
途中、なんとなく外を見てみると見覚えのある銀髪の女生徒が、見たところ上級生と相対している。これから戦いそうな雰囲気である。
(お礼言いたいけど、近づけそうにない感じだな。)
近くには担任の篠崎が立っており、やれやれといった感じに二人を見ている。そのまま篠崎が手を挙げ、振り下ろすと二人の女生徒がいきなりぶつかり合った。
(マジでバトルかよ!? 許されてんのかな?)
と思うが、これ以上見る必要もないなと思い、進みだした。
そして屋上に出たところ、先客がいた。しかもこの学園に来て初めての男子生徒である。
男子生徒は弁当を食べているようだったが、屋上に来た彼に気付く。が、彼はその生徒がいる反対側の方で柵に寄り掛かる。
そこで一つ大きく深呼吸をして、目を閉じていると。
「おいおい、無視はねーだろ。なんか話しかけてくれよ」
と、男子生徒が隣に移動して座っていた。
彼は恥ずかしそうにしながら言う。
「人見知りなもんで、どう話しかけたらいいのかわからないものでして……」
「そうか。だが、だからどうした。俺たちは知り合いだろうが」
彼は男子生徒の言葉に驚く。もう一度その男子生徒をよく見てみる。
「思い出したか?」
過去の記憶に薄らとはあるが、明確に思い出せない。
「全く、忘れるとは失礼な奴だな。榊原だよ、榊原烏之助。中学まで一緒だっただろ、シーちゃん?」
「あ、あー!! 烏之助か!! いや、久しぶりなもんで思い出せなかったわ。そのあだ名も久しぶりに聞いたし」
彼は照れながら笑いながら言う。烏之助はため息を吐く。
「それにしても烏之助がこの学園にいるとはなー。クラスどこ?」
「え? 男子生徒はみんな1組に固められてるよ? つっても3人だけど」
「……は?」
彼は虚を衝かれる。そんな情報は初めて聞いた。
少し考え、そして結論に至ってみると、学園長の仕業しかない。
「あのババア……!!」
「あ、まさか学園長に女子のクラスに入れられたか?」
烏之助の言ったことと考えたことが同じだったため、改めて認識させられ肩を落とす。
その様子をニヤニヤしながら烏之助が見てくる。
「まー、お前の人見知りを治せってことじゃないのか? そんなんじゃ生きていけないもんな」
烏之助にそう言われ、さらに肩を落とす。
ニヤニヤしてる学園長も頭に浮かんでくる。
「それよりさ、飯は? 妹ちゃんの作ったのあんだろ? 食わせろよ」
「残念だったな、弁当は教室だ。なし崩しにクラスの奴と食うことになったから」
「女子と?」
「……女子と」
また肩を落とす彼。
「仕方ねーな。俺も一緒に行ってやるよ。シーちゃんが可哀そうだからな」
「弁当目当てじゃねーか」
まあいいからいいから、と烏之助は言い、彼と教室に移動を始めた。
☆
彼と烏之助が教室に帰ってみると、ほかのクラスからも生徒が集まっていて、それなりに騒がしく昼食を食べていた。
「あ、やっと帰ってきた。遅いよー」
アリスが真っ先に話しかけてくる。
「悪い、昔の知り合いがいたからつい長居をしてたわ」
と、彼は謝りながら自分の席へ着く。烏之助は昼食がパンだったため、もう食べ終わっており、彼の弁当が開くのを待っている。
「知り合いって、そっちの人?」
「ああ、中学生のまで一緒だったらしい」
「榊原烏之助でっす。よろしくね」
烏之助の紹介が終わると、彼は弁当を取り出す。アリスは周りの人たちも誘って机をくっつけてくる。
(できれば誘ってほしくないんだけどなー。また質問攻めかな……)
そんなことを考えながら、隣に烏之助を置いて昼食に入る。昼休みの間だけ流れる音楽も手伝ってさらに騒がしくなっていく。
彼が弁当箱を開けると、隣からいきなり手が伸びてくる。それを叩き落とす。
「何先に喰おうとしている?」
「別に減るもんじゃないんだからいいじゃん」
「飯が減るだろ」
叩かれた手をさすりながら、また機会を狙っている烏之助。
「なんか榊原君、烏みたい……」
周りからそんな目で見られる烏之助だが、本人はどこ吹く風。完全にそんなことには慣れているようだ。
彼は弁当を食べながら、烏之助の手を追い払いながら、屋上に行く途中に見たことを聞いてみる。
「そういや、さっき外で生徒が戦ってたけど、そんなこと許可されてるの?」
それにアリスが答える。
「うん、まあ校則では認められてるよ。ただし、先生の承認と立会いが必要だけどね。」
「先生たちが持つ超能力の【生死制限】によって創り出される場フィールドは肉体ダメージを精神ダメージに変換する効果があって、学園での私闘はその場じゃないとやっちゃいけない。勝敗は気絶させるか、負けを認めるかだよ。篠崎先生は結構甘くて、簡単に承認が取れるからよく立会人をしてるね。この場合は決闘デュエルとか言われてる」
烏之助がそう続ける。
「数か月に一回、クラス対抗でガチンコバトルがあって、それもこの効果で死なないようにしてるんだって」
と、クラスの女子も話に参加してくる。
「バトル? そんなのする必要あんの?」
彼は聞く。
「この学園は強い人が多いからねー。それに国の政治を任されちゃってるから、この学園の主要人物を広く知ってもらうためにクラス単位で競った後、勝ったクラスの中からさらに強い人を決めるんだってさ」
なるほど、と彼は思う。そして、ババアらしい、とも。
「もちろん、優勝クラスはご褒美があるらしくて、みんな頑張るんだけどね」
でもそれが何かわかんないんだよなー、とクラスのみんなが口をそろえて言う。
「新入生の実力を計るために今月は30日、月の最後にあるらしいぜ?その時はシーちゃんを負かしてやるからな!」
そう烏之助が言ってくるが、彼は鼻で笑って返す。
「そういえばさ、昨日また出たらしいよ。〈悪正義者〉」
女子の一人が話題を変えてくる。
〈悪正義者〉は3年前に突然現れた。だが、一日おきに見られることも一か月見られないこともある神出鬼没の謎の人物。やることは大抵、不法侵入者の撃退。警察も捜索してみたが、一切手がかりが得られないことがほとんど。〈悪正義者〉に攻撃を受け、そこにちょうど警察が出くわしたことがあるが、その時捕えた不法侵入者の証言では、ピエロの仮面をつけていて顔がまったく見えず、そして傷一つ負うこともなかったらしい。
「また出たの?」
「うん。今度も〈亜人族〉の不法侵入集団が、人攫いしてたとこをやられたんだってさ」
そう答える女子。
「でも、警察なんかよりも多く不法侵入者を撃退してね?」
彼も会話に混ざる。
「確かにねー。そういうニュースって大体〈悪正義者〉の名前が挙がるもんね」
みんなも「そうだねぇ」と言ってくる。
「あー、そうそう。大神狼華って人、どこのクラスか知ってる人いる?」
そう聞くと、みんなが一斉に押し黙る。
(またこの反応か……)
彼はそう思いながら答えを待ってみる。
「えーっと、大神さんはね……」
アリスが決心したように何か切り出そうとするが、その続きが出てこない。
烏之助を振り返ってみても、視線を逸らしている。
「あー、いや、言いにくいなら言わなくていいよ。自分で探してみるから」
そう言っても、あまり場の雰囲気は変わらない。
そこでチャイムが昼休み終了を告げる。みんなはそれにホッとしたように片づけを始める。
烏之助は美味しかったと告げ、走って帰って行った。
「ん? あ! あいつ全部食いやがった!!」
彼の言葉が響き、消え去る頃に先生が入ってきて5時間目が始まった。