2話
とりあえず、日は暮れているのに夕飯を誰も食べていなかったので、ホットプレートを引っ張り出して焼肉を。
肉は獅子怒がいない間、火燐と水蓮が大量に購入していたのがあったのでそれを使う。もちろん、無駄遣いだとして一発ずつの鉄拳制裁を。
そして、プレートの上は戦場と化す。
「貰ったぁ!」
「ああ! それ私が育ててたの!」
「ふむ。なら私はこいつをもらっていこう」
「ちょっと! そこ私の領域よ!」
「騒がしいですわね。もっと静かに食べれませんの?」
「とか言いながらあたしのをとるなあ!」
「テメエは野菜でも食ってろ! 肉はオレが食ってやる!」
「……」
騒がしい。近所迷惑のレベルに上がってきた。だが、それでも獅子怒は右手の箸を持ったまま固まっている。
と言うのも、利き手ではないため、箸が扱いにくく、肉をとる前に誰かに取られてしまう。
そのため、もっぱら新しい肉を投下する役をやっていたのだが。
「早すぎる……」
確かに人数は多い。全員で9人だ。だが、その内男は二人。なのに肉の消費が早すぎる。すでに2000gは軽く投下していると思うのだが、まだまだ食欲は衰えている様子は見られない。
そして誰も野菜に手を付けない。
その惨状を白い目で眺める。
「はい、ちょっと待て」
プレート上の肉が全てなくなり、野菜だけとなったところで、獅子怒が机を叩く。
「なんだよ。さっさと次の肉を入れろ」
「黙れ」
食って掛かった鮫輝に睨みを利かせて黙らせる。
「お前ら野菜喰え。とりあえずここの全部喰うまで肉はお預けな」
そう言って肉を自分の後ろへ移動させる。
その言葉と行動に一斉にブーイングが飛ぶ。だが、それを受け流しながら、
「別に喰いたきゃ獲ればいいだぜ? ただし、俺が阻むが」
椅子に深く座り直す。さながらラスボスの様に。
「ほう。シーちゃんらしくないな。そんな勝算が低い勝負を挑むか?」
海鯱がスッと立ち上がる。
「左腕吹っ飛んで弱くなってるって思ってもらっちゃ困るんだよ」
しかし、獅子怒は座ったまま立とうとしない。
「一人でやっちゃいけないって言ってないよね?」
「言ってないよね」
火燐と水蓮も立ち上がる。
すると、狼華もマリーも鮫輝も立ち上がり、座っているのは獅子怒と真帆だけとなった。
「一斉に来いよ。面倒臭いから」
その言葉を聞くと、本当に全員一斉に襲いかかった。
真帆はその様子を無邪気な笑顔で眺めている。将来有望な少女である。彼女は暴れられると思い、とりあえず机を移動させ、広くしていた。
獅子怒は一度、大きく息を吸い、座ったままの状態で吼えた。
家全体を揺るがすほどの大音量に、年下組が吹っ飛ばされる。
残った狼華とマリーだが、吹っ飛ばされなかっただけであり、その場に手をついて崩れ落ちてしまう。
そのままの状態で攻撃が出来たのは海鯱だけだった。彼女は右手を突きだし、獅子怒の後ろの肉だけを、獅子怒の左側から奪取しようと手を伸ばす。
獅子怒はその右手を左足で蹴りあげ、右手で海鯱の頭を掴むと、前へと投げつける。
海鯱は受け身を取ると、そのまま間髪いれずに突っ込んでくる。
「こんなとこで本気になるなよ? 大人げない」
「シーちゃん相手に手ェ抜いたら負けるでしょ? そっちの方が大人げないよ」
海鯱が繰り出す攻撃を、片腕と両足で全て防ぎ切る獅子怒。そこにけが人や障害者といった印象は皆無だ。
右足の蹴りが海鯱の腹部にヒットしそうになったとき、海鯱は咄嗟に身を引いて避けると、一旦停止する。
その瞬間、二人の間に一人の影が入り込む。
「暴れるなあああああ!!」
耳を劈く怒号。声の主は真帆だった。
その場の全員の耳の奥に、キーンという甲高い余韻を残す。
「はいはい。もう終了。野菜は全員に分けたから。お兄のお皿にも肉入れといたから」
と、テキパキと指示してくる真帆。
完全に獅子怒や海鯱たちが怯んでいる間に、押しのけた机を元に戻し、コンセントを再度繋いで焼肉の再開準備を始める。
「ほら、呆けてないで手伝ってよ。手伝わないと、野菜しか皿に入らないよ?」
ニコッ、と屈託のない笑みを向けてくるが、逆に怖い。その場の全員が真帆に支配された。
☆
「それでは、あたしは帰りますわね」
晩御飯を終え、1時間ほど経ったくらいにチャイムが鳴り、外には学園長とマリーの使用人が立っていた。
マリーは晩御飯後に風呂に入り、帰る荷造りもちょうど終わった時だった。
獅子怒と狼華は見送りに玄関までついて来ており、マリーと挨拶を交わす。
「おう、またな」
「もう二度と来ないでね」
二人それぞれの挨拶を聞き、少しだけ苦笑する。
「ロウはホント変わらないね」
「うっさい」
「あ、それと」
マリーはステップを踏むように獅子怒に近づき、口に手を添えて耳打ちする。
「ミハエル・ウィーカー、覚えてるでしょ?」
「あん? あの、有翼の天才か?」
「そう。今あいつ、四大天使にまで上り詰めてるから」
「――!」
「世界征服するなら、一回は会っといたほうがいいよ。その時は取り持ってあげる」
それだけ言い、マリーは離れると手を振って使用人と共に車の方へ移動していく。
獅子怒はその後ろ姿を見つめ、言われたことを頭の中で反芻する。
やがて、車は走り去り、玄関先には獅子怒と狼華、学園長の3人が残った。
「シド? マリーになんて言われたの?」
「……ミハエル、覚えてるか?」
「あのクソ天使?」
「あいつが四大天使に仲間入りだとさ」
「……へぇ」
狼華もまた獅子怒と同じようにその言葉を反芻する。
ミハエル・ウィーカー。彼もまた、獅子怒たちと同じ教導院にいた少年だ。初めて会った時から背中に翼を持ち、教導院の中でも群を抜いた切れ者だった。彼に頭脳で勝負を挑んだものはことごとく敗れ、身体能力も悪くない。【失格勝者】の一人にして、№2でもある。【失格勝者】の行動を決めるのは獅子怒だったが、その行動を抑制していたのはミハエルである。
「まぁ、片腕持っていかれても帰ってきたことは褒めてやるが」
学園長はそう言うが、二人の姿を不審げに見つめる。
「……まさかとは思うが、勝手に〈アイラギ〉へ行こうなんざ思うなよ?」
「「はいはい」」
二人の生返事に、学園長は頭を押さえ、ため息を吐く。
☆
翌日、月宮姉弟も狼華も百獣家へ泊まり、朝はいつも以上に騒がしく始まった。
目覚めの一発を全員から受け、朝食の奪い合いでいつもよりも食べる量が少なく、寝癖を直すにも女性が多いために時間がなかなか取れず、その女性全員に髪を結べとせがまれ。
……もっとも、全て獅子怒の不運ではあるが。
片腕の彼をいたわる者など、誰もいなかった。だが、彼もそんなことを理由に拒否したりはしなかった。
そして、改造学ラン(左袖なし)を着込み、今日も日本刀を背中に仕込んで。
登校前、いつものようにカバンを肩にかけようとして、カバンは何も引っかかることなく落ちていった。ため息一つ、逆側の肩にかけて家を出た。
登校途中、華宮学園に近づくにつれて同じ制服の生徒が増えてきたが、その誰もが獅子怒を不審な目で見る。
片腕が無いのを見ているのか、それとも両手に花でいることを見ているのか。
2:8の割合で見られていそうだ。
華宮学園に着き、海鯱は三年棟へ入っていく。
獅子怒と狼華は一年棟へ入り、自分たちの教室へと歩いて行く。
いつものように、何の躊躇いもなく、挨拶しながら教室のドアを開ける。
「「おはよー」」
友達同士で話し合っていたクラスメイトがこちらに振り向き、挨拶をしようとして、言葉に詰まる。
そんな光景を見て、獅子怒は、
「辛気臭え顔してんじゃねえよ。死んだわけじゃえんだからよ」
そう言い、自分の席だった窓側一番後ろへ狼華と移動する。
「本当に大丈夫なの?」
隣のアリスが心配そうに聞いてくる。
「大丈夫だって。会長から聞いてたんじゃねえの?」
「聞いてたけど、実際みるとさ……」
そう口籠るアリス。
「獅子怒がトロいのが悪いんだよ」
アリスの横から猫深がきつい口調で言ってくる。
その言葉に苦笑しながらも、特に嫌な顔はしない。
「気持ち悪い。少しは悲しい顔してみろよ」
「カカッ。悲しい顔しても得しないじゃんよ?」
「お前はどこまで達観してんだ?」
猫深の言葉に、小さく笑うだけで流す獅子怒。
そのあと、すぐにチャイムが鳴り、担任の篠崎が入って来る。
一瞬獅子怒に視線をやり、少しだけ顔が曇ったが、相変わらず獅子怒はただ笑っていた。
☆
「んじゃ、とりあえず情報開示といこう」
放課後、獅子怒は守護隊室にいた。
そこには、生徒会長の霧崎ネロと守護隊が勢ぞろいしていた。
ネロはホワイトボードの前に立ち、A・西志村陽鹿へ支持を出す。
「あいよ。えー、と。私たちが今回相手にするのは桜ヶ丘学園。生徒総数1634人。戦力的には中の上程度だけど、私たちのような少数の学園に対しては人数を活かした人海戦術で圧倒。【生死制限】のおかげで、気絶承知で全員が襲い来る。しかも、戦力になる人たちは後方で支援、または大気で敵が息切れを始めたころに投入。人数が人数なだけに、個人の戦闘力が高い人はそれなりにいる」
そう、淡々と自分の持つプリントを読み上げていく。
「下もかなりいるけど、上も少なくない。まぁでも、言っちゃえば束になってもミコちゃんや会長に勝てるような人はいません。あと、今回の学園合戦の方式は大将戦。大将一人決めて、先に討ち取った方の勝ち。これが採用されるのは結構久しぶりだね」
説明と自分の見解を述べ、ぐてーと机に腕を投げ出して突っ伏す陽鹿。
その説明を聞き、ネロは特に表情を変えることもない。
「ま、でもウチは国の代表だっていうことから縛りがいるんだけど、今回は何にしようか?」
それを聞き、椅子の背もたれに寄り掛かっていた獅子怒が提案する。
「会長、及びKの前線での戦闘禁止」
「「「は?」」」
その提案に、海鯱以外の守護隊全員が声を上げる。
「力を見せつけ、ウチに下らせる。そうでしょう、会長?」
「ああ。だが、そこまできつい縛りはしたことないかな。いつもは私か守護隊の誰かの超能力行使の禁止なんだけど」
「それで勝ててたなら問題無いでしょう」
獅子怒は身体を起こし、真剣な表情に変えて言葉を続ける。
「JOKERが腕をもがれた。それは隠せない。だったら、それを意にも解さない姿を見せればいい。会長の意見でしょ? なら、ここで俺が見せつける。とりあえず作戦だけでも聞いてくれ」
そうして、獅子怒の作戦説明が始まった。
☆
「動いてもらうのはJの城嶋さんと俺、それに部活動員だけです」
「それだけでいいのかい?」
「問題ないです。城嶋先輩の実力がミコ姉の次ならば、ですが」
「ほう。舐められたものだ。ここでKと戦って見せてもいいが?」
「星ちゃん、ここでは無しだ。学園長がうるさいからな。だが、実力は保障するよ」
「では、城嶋先輩は敵陣に一本道を開けてください。その道を守るように部活動員に出てもらいます。それでもその守りを抜けてくるかもしれませんが、数人なら片腕の俺でも対処できます」
「つまり、獅子怒ちゃんがその道を突っ切るわけか」
「ええ。できれば、敵の大将までの道を開けてもらいたいです」
「だけど、それじゃ肝心の獅子怒ちゃんの強さを見えれるかな?」
「相手もバカではないでしょう。大将の周りは、実力者で固める。それに、大将を弱い生徒に任せるとも思えません。片手で勝てれば十分強さを示せると思います」
「そうね。桜ヶ丘学園は、国の代表校の最終選考まで残っていたし。Kだって、普通に戦って勝てるかどうかはわからないって言われてるわよ。もちろん、一般生徒の場合だけど。もっとも、ミコちゃんや会長と比べるのが間違ってると思うけど」
「相模先輩は後方での支援をお願いしますね。作戦失敗になると、たぶん長期戦です。こちらは人数が少ない分、言い方が悪いですが使い回させてもらわないと人手不足です。西志村先輩は情報操作をお願いします」
「いいけど、それはJOKERが片腕無いよー、でいいのかな?」
「はい。それでお願いします」
「おや? いいのかい? こちらが不利になる情報流して」
「ワザとらしいですよ、会長。こうしてれば、相手は片腕のJOKERだと侮ってきてくれますよ。もし来なかったとしても、別にこれは作戦の内ではありません。ただ、相手は勝負前から知っていたのに、対処できなかったという追い打ちです。後の交渉で効くでしょう」
「はは、考えることが怖いね。ま、でも概ね同意だ。それで構わない。が、合戦終了後の交渉では私も同行させてもらうよ。会長として、獅子怒ちゃんの交渉術を見せてもらおうか」
「ああ、見せてあげますよ。ただ、要求するのは一つだけですから、その辺はまた後で打ち合わせしましょう」
「了解。それじゃ、作戦会議は終了、でいいかな?」
「俺は終わりです」
「守護隊も、特に意見なしだが、もう少し詳しい説明をJと話し合っておけ」
☆
獅子怒の作戦の打ち合わせは午後5時半まで続き、生徒の最終下校時刻である6時が迫っていた。
守護隊の全員が珍しく同じ時間帯に下校することとなった。
ネロは未だに雑務があるらしく、ギリギリまで粘るらしい。
「ミコ姉、このあと道場行っていいか?」
「ん? 別に構わんが……、その腕で戦えるかか?」
獅子怒は頷いて肯定の意を示す。
「師匠にちょっとどう戦うか聞こうかな、と」
「それなら実戦あるのみだろうな。フフ、今日でようやくシーちゃんを勝ち越せそうだな」
「え? 何、シーちゃんってミコ姉と互角なの?」
陽鹿がそう聞いてきたが、守護隊全員が驚きの表情をしている。
「どうだろ? 俺の自我が戻ってから戦ったの一回しかないから、たぶん俺のが弱いよ、普通に考えて」
獅子怒は足を止めず、今までの海鯱との戦闘を思い出しながら言う。
「おいおい、Kと互角だったら俺の出る幕なしじゃないか?」
「いやいや、城嶋先輩の超能力使った方が楽じゃないですか。それに、そっちの方が早く済むでしょ?」
「フッ、よくわかってるじゃねえか」
星犀は軽く笑う。
彼は時間を大切にする。だからこそ、このような合戦ですら、自分にとって有益でないと判断すれば自分一人で片づけてしまうかもしれない。それを無くすために、早く終わるという。
「ま、早く終わらなければ勝手に終わらせてもらっても構いませんよ。別に、合戦はこれだけじゃないでしょうし」
「それはそうだけど、でもシーちゃん作戦は今回しか使えないわよ?」
「叶女先輩、その時はその時で考えればいい。今回はこれが最善だと思ったからの作戦ですし、次回はこれが最悪の作戦かもしれませんでしょ?」
獅子怒の言葉に小さく笑うと、叶女は獅子怒に抱きつき、頭を撫で回す。
「かわいいこと言うわねー!」
「え!? ちょ、やめてくださいって!」
いきなり抱きつかれ、必死に抜け出そうとする獅子怒。
それをその場の全員で笑い合い、夕日で赤く染まる街へと歩を進める。




