1話
語り手を作者側に戻してます
帝都から外へと繋がる車道。そこを走る一台の派手な赤い車がある。
運転しているのは笑顔の、学生服を着た男子。学園長ではない。
助手席にサングラスをかけた少女、後部座席には片腕のない少年に銀髪の少女。
「会長、運転できたんですね」
後部座席に座る片腕のない少年の百獣獅子怒が意外そうに、運転席に座る霧崎ネロへと尋ねる。
「うん? いやいや、全くのペーパーだよ? 向こうで取ってからは一切乗らなかったし。ま、勘でどうにかなってるよ」
「…………」
ネロの返しに一気に冷や汗が止まらなくなる獅子怒。隣に座る大神狼華も少し震えている。
「えー、と。ババアは?」
「別件でちょっといない。豹鬼さんに頼んだんだけど、裏の会合があるらしくって。仕方ないから私が……おっと」
話の途中で急にハンドルを切るネロ。突然の動きにバランスを崩し、倒れる獅子怒と狼華。
「あっはっは。悪い悪い」
「笑ってないでちゃんと運転しろ!」
少しの怒りを含んで注意する獅子怒。
その後、深くため息を吐く。
「……意外と落ち着いてるね。普通、片腕なくしたらもっと暴れたりしない?」
「それもそうかもですけど、ここで暴れたところでねぇ? 簡単に抑え込むでしょ」
まあね、となんでもないかのように頷くネロ。
「一応、いろいろ考えてるんですよ? これじゃ、普段通りに動けませんし。右手は使えますけど、基本左でしたし。勉強は、まぁどうにでもなるでしょう。けど、全権代理続けられっかな?」
「その辺は問題ないよ。傷心のところ悪いけど、今週末あたりに合戦の予定がある。そこで力を見せればね」
なるほど、と返し、獅子怒はない左腕を掴む仕草をする。
「せっかくできた制服も袖ごと持っていかれたから直さなきゃだし。帰ったらやることは多い。一つずつ潰していかなきゃね」
ネロの言葉を最後に、重苦しい空気が車内に漂う。
特に、助手席に座るマリーは、責任を感じているのか、大利と別れてから一言も喋っていない。
それがわからないメンバーではないが、それでも気になってしまうのだろう。
「マリー。これは別にお前のせいじゃないだろ?」
「…………」
「確かにさ、ヤマトの一番近くにいたのはお前かもな。でも、あいつも言ってたように、あいつは俺に止めて欲しかった、って言ったろ? 実際のとこ、俺は少しだけ感づいてたんだよ。あいつが何かをしでかすだろうな、って」
「…………」
「それでも止められなかったのは俺が未熟で、あいつを信じられなかったからだ」
「…………そうだったとしても」
そこでようやく、か細いながらもマリーは声を出した。
「そうだったとしても、それでも、あたくしが止めるべきだったのです。彼が、悪霊で悩んでいるというのは聞かされていましたし、あたくしは仮にも彼の、彼らのリーダーだったのですから」
消え入りそうな、それでも思いをこめた声で言う。
「あたくしが、一番近くにいたのですから……!」
最後には嗚咽交じりの声に変わり、静かに泣き出してしまった。
獅子怒はそれを見て、頭をガリガリと掻く。
「会長、ちょっと止まってくれます?」
「別に構わないけど」
そういい、近くにあったコンビニの駐車場へと入る。
車が止まると、獅子怒は真っ先に外に出、そして助手席のドアを開けると、マリーを強引に引きずり出す。
そして、胸元を掴み上げて顔を寄せる。
「いいかよく聞け? 確かにヤマトの一番近くにいたのはお前だ。だけどな? 俺も止められる場所にいた。俺が、お前のせいじゃないって言っただろ? だったらお前のせいじゃない」
「それでも……!」
「それでもなんだ? 今更止められた止められるはずだったって言って、俺の左腕が戻るわけじゃない。だったらこの話はもう終わりだ。泣いてんじゃねえよ、笑え。俺が嫌いなモン忘れたわけじゃねえだろ?」
獅子怒の言葉に、さらに目に涙を溜める。
「ほら泣くな。何度も言わせんなよ」
獅子怒は笑い、顔を背けようとしない。
昔と変わらない目の光。いつも眩しかった。けど、その目はいつも何を見ているのかわからなかった。
でも今は、自分を見ているのだとわかる。
それを理解すると、恥ずかしくなり、目を背け、言葉の優しさにまた泣く。
「えっ、まだ泣く? そろそろ泣き止んでもいんじゃない? ねぇ?」
マリーの仕草に驚き慌てだし、心配になってくる。
「も、いいからっ。何か飲みたいですわっ」
「あ? ああ、わかった。何か買ってくる。会長とロウもなんかいる?」
マリーのいきなりの返しに、それでも従う獅子怒。
獅子怒に遅れるように車外へ出ていたネロと狼華は少し考えて返事をする。
「いや、私は別にいいよ」
「じゃ、私甘いもの」
二人の注文も聞き、コンビニに入っていく獅子怒。
マリーは助手席に戻り、膝を抱えて蹲る。
「……獅子怒ちゃんって、昔からあんななの?」
「まぁ、私から見れば相も変わらず、って感じですかね。もうちょっと変わってほしいですけど」
「あっはっは。でも、あそこまで甘いとはね。あれじゃ将来が心配だよ」
それだけ会話すると、二人は車の中へと戻る。
獅子怒が数分で帰って来ると、車は発車し、帝都の外を目指して動き出した。
☆
「とりあえず華宮学園ね。スチュアードちゃんの迎えもそこに来るから」
ようやく見慣れた風景に差し掛かったところで、ネロがそう口を開いた。
「え? そこまでこれますの?」
「そのために学園長が出張ったんだよ?」
ネロの話によると、任務失敗ということでマリーの父親が迎えに華宮学園まで来るそうだ。
普通なら臨戦態勢と言っても過言ではない〈アイラギ〉の主要人物が、他国へ来ることなど考えられないだろう。
「主要人物がこっちにいれば、迂闊には攻められないでしょ?」
そういうことだ。
申し出たのは向こう側。そこで攻め込まれれば、マリーの父親を人質に取ればいい。
「それに、阿修羅100機? 存在ごと否定してやんよ」
軽く言って放つネロ。笑顔は崩さない。
その言葉に冷や汗をかく三人。
言うからにはやってしまうだろうと思ってしまうことが、さらに恐い。
「ま、攻め込まれたらね。そんなことがないようにの学園長だし」
「それじゃ、ババアは会合すっぽかしたのか?」
「そうなんじゃない? 一応、女性でありながらの№2だし、殺られることはないよ。それに全員参加とはいかないし、主題はどうせ〈アイラギ〉の臨戦態勢についてだろうし」
それもそうか、と思い、詮索はやめる獅子怒。
「よっと。ほら見えてきたよ。華宮学園」
そういわれ、外を見れば確かに所々に明かりがついた華宮学園が見える。
そのまま数分走り、学園の駐車場に車を止める。
「んじゃ、私は生徒会室に寄るから、帰れるよね?」
ネロはそう言い残し、学園の中へと入っていった。
残された3人。
「マリーはどうする? 中にいるか?」
獅子怒がそう尋ねたのは、マリーの迎えがここに来るからだろう。
だが、すでに日は暮れているため、学園の中にはほぼ誰もいないだろう。
「でしたら、シドの家に行かせてもらいますわ」
「え? ウチ来んの?」
「何か問題でも?」
問い返され、あ~う~唸りだす獅子怒。
「し、シド? 無理しなくていいんだよ? マリー連れていってもいいことないよ?」
「何を仰いますの? あたくしがすることなど、家探しぐらいですわ」
「ほら! ロクなことしない!」
「仕方ありませんね……」
狼華に糾弾され、ふぅ、とため息を吐くと、
「シドの部屋漁りでもしますわ」
言うや否や、駆けだすマリー。
「ま、待ちなさい!」
それを追いかけて走り出す狼華。
「……俺は無視ですかー……」
悲しげに呟き、獅子怒も続く。
☆
「着いたわ!」
一番に到着したのはマリー。どうやら二人から逃げ切ったようだ。
少しだけ息を荒げながら、百獣家を見上げる。
「ちょっと……あんた何でシドの家知ってんのよ……」
後から狼華が走ってくると、マリーの隣で膝に手をついて大きく呼吸している。
「下調べは完璧でしてよ?」
「帝都に行くのに、なんでこの辺を下調べしてんのよ?」
狼華がそう尋ねるが、笑って流される。
その後ろから体中泥だらけにして、息切れをしながら獅子怒がやってきた。
「シド大丈夫? なんでそんな泥だらけ?」
「いや、左腕ないからバランスが取りにくくてよ……。5回ほど転んだ」
そう言って、ない左腕を見る。
「ま、とりあえず入ればいんだけど……」
正直、嫌な予感しかしない。
双子の妹は海鯱を連れてくるだけでかなり不機嫌になる。一番下は特に嫌がることもないのでうれしいのだが。
そしてもう一つ、気にかかることがある。
(なぜ銃撃の跡がある……!)
ドアには不自然な穴がいくつも開いており、さらには何かで殴られたような跡もある。
当然、思い当たる人物はこのような場所で肉弾戦はしない。だとすれば、肉弾戦をする人物がいる。
非常にドアを開けたくないが、外で寝るわけにもいかないし、この二人を追い返すこともできない。ここまで来たなら、是が非でも家に入るだろう。
(開けたくない開けたくない開けたくない……)
心の中で何度も呪文のように呟くが、そういうわけにはいかず。
無情にも、ドアは内側から開けられえてしまった。
「あ、お兄……またややこしくするの?」
ドアを開けたのは一番下の真帆。狼華とマリーを見るなり、そんなことを言う。
「あ……やっぱミコ姉とコウちゃんいんの?」
「うん」
獅子怒の問いに、首を下に振る。
「さっきまでお姉と暴れてて、今は居間で睨み合い中」
「……ちょっと出かけ――」
「逃げるなッ」
踵を返し、駆け出そうとした瞬間に真帆に服の裾を掴まれる。
「えー、と。シド? 入るよ?」
そう言い、狼華とマリーが家に上がっていく。
「待てッ! ちょっと待て!」
逃げられないと思い、玄関の方へ顔を向け、中へ入っていく二人を制止させようと声を上げるが、既に遅かった。
靴を脱ぎ、居間へのドアを開けてしまっていた。
「また来たか!」
「追い返してやる!」
声は双子の妹のものとわかる。そして、声だけで相当怒っていることも。
ドアを開けた二人に、キックから入る双子。
二人は戸惑いながらも反撃を行う。
そして、もう一つ。嫌なものが足音を隠そうともせず近づいてくる。
「このたらし野郎!!」
堂々と真正面から殴りかかってきたのは海鯱の弟、月宮鮫輝。彼は何かと獅子怒を敵視しているが、その原因が海鯱である。鮫輝は姉大好きのため、海鯱が好意を寄せている獅子怒を、会うたびに殴りかかってくる。
鮫輝の繰り出した右腕を顔面スレスレで左に躱すと、右肘で後頭部を殴打する。
年下に与えるような威力ではないが、鍛えていることも知っているので遠慮なく力一杯殴りつけると、玄関前に倒れ込む。
それをなかったことのように無視し、頭をガリガリ掻きながら家に上がり、膠着状態の狼華にマリー、双子の火燐と水蓮の間を通り、通り際に双子に一発ずつ拳骨を与えていく。
これもかなり強めの威力だが、日常茶飯事なので気にはしない。ただ、双子は目を回して倒れ込んだが。
「ややこしくしてくれるな……」
「なに。少し喝をいれてやらないとと思ったからな。その左腕」
海鯱の座る向かいに腰かけ、この状況を作り出した相手と睨み合う。
左腕の事情はネロから伝わっているのだろう。妹に見られても目立った反応もなかったので。
「ま、でもこの状況はお前のせいでもあるだろう? お前の妹、少々兄大好きすぎないか?」
「それはコウちゃんにも言いな。俺だけじゃねえだろうに」




