12話
現在地、晴間学校生徒会室。
晴間は鷹藤の前に帝都の代表校だった学校で、鷹藤との距離はせいぜい3㎞あたりか。鷹藤の方が後から造られたが、理事長同士で何度も揉めたらしい。
それでも、新設の鷹藤に代表の座を奪われると、コロッと態度を変えて鷹藤の傘下に加わってきた。
傘下に加わるというのは、いくら代表校でも生徒数がどこもマンモス校とはいかない場合が多い。その時に、自校よりも弱いものを取り込む、もしくは取り入れてもらうことをする。そうすることで、その地域の決定権を少しでも取ろうとする魂胆なのだが。
学校同士、いくら在籍しているのが十代の学生だったとしても、運営しているのは大人。水面下で激しい戦いをしているそうな。
ま、そんなことは知ったこっちゃないし、どうでもいい。
今は、なぜここにいるかだ。
「鷹藤の生徒会長、昨日決闘の時いなかったからさ。役員の奴に聞いたら、昨日今日とここで外を制圧するための作戦会議してるらしい」
ほお。外を制圧するための。
外とは、ご存知、帝都の外側。つまりは帝都以外の14個の地域なのだが、この国は中心に円形に帝都が存在し、その周りに扇のように存在する14個の地域からなる。
この帝都、14個の地域はそれぞれの代表校が自治を務めている。が、当然すべては学生で決めることはできず、ちゃんと大人で構成される議会が存在する。
そしてその議会の大人たちはこの国の統一を目指している。それは14個の地域が活発だが、帝都も同じように国の統一を目指し、日々いろんな策を考えているらしい。
そして今、膠着状態にあるこの国だが、その理由は栢野たちが在籍する華宮学園の実力が強すぎるため。生徒会の話し合いから地域の合戦は始まるが、華宮の生徒会長がどんな議題でも簡単に論破し、時には筋の通った暴論によって無理矢理に幕引きをする。
だからと言って武力行使をしても無駄なのだ。華宮の守護隊はこの国最強であり、たった4人で他国と渡り合えるとさえ言われている。
伊達に国の代表校をしていない、ということだ。
今、この国はどの地域も国の統一を目指し、時には議論、時には武力によって攻めるため、前時代の歴史書に書いてあった時代になぞらえ、戦国時代と位置付けられている。
「ま、おかしな話じゃないけど。でも、この怯えた二人の生徒会長をどうするの?」
栢野の言葉を聞き終え、前を見ると、すでに戦意喪失の鷹藤と晴間の生徒会長。
生徒会は議論だの話し合いのための機関であって、戦闘力は皆無といってもいい、頭がいい奴がなる役職だ。
「うーん、俺も困ってるんだよ」
そう言って頭を掻く栢野。
とりあえず来たときには〈鷹〉と思われる人たちが、生徒会長の二人を庇うように戦ったが、虚しく栢野に返り討ち。二人が〈鷹〉の頭なのは間違いがなさそうだが。
「なんでわかったの?」
「いや、バカ正直に鷹藤の制服着た奴が何人も襲ってきたから。だったら一番命令しやすい近い位置にいるのかなっていう、ただの推理にもならん憶測」
しれっと言ってのけるが、ひぃっ、という小さな悲鳴を上げる生徒会長共。
どこが怖かったのかさっぱりなんだが。
「お、お願いだ! 栢野、って言ったか? お前に鷹藤のKをやってほしい! 礼ならいくらでもする!」
鷹藤の制服を着た方が、土下座しながら頼み込むが栢野はどこ吹く風。
「嫌です。絶対に」
その返事に声を出して泣き始める鷹藤の会長。
おい会長。一応、あんた鷹藤の生徒の長なんだからもっとしっかりしてくれ。
「それよりも聞きたいことがあるんですけど」
栢野が泣き喚く会長を無視し、話を続ける。
「〈紫〉のリーダー、誰か知りませんか?」
意外な質問だった。
普通ならここで会長に泣いて謝らせて〈鷹〉を引き上げさせれば終わりだと思っていたのだが。
「うぅ……〈紫〉のリーダーなんか知らないよ……。この縄張り争いも向こうから吹っかけてきたのだし、普通縄張り広げるのにもちゃんと手順があるんだ……。それを、あいつらはいきなり武力行使による、まさに制圧を行ってきた。ほかのグループも似たような目に遭い、この機会に生き残ってる反〈紫〉グループを束ねて迎え撃とうと思ったのに。いきなり〈鷹〉の主力がいる鷹藤を乗っ取りやがって」
ふうん。不適合集団にもなけなしの法がちゃんとあるんだ。それを今まで守ってきてたなんて思えないが。
と、そんな僕の心を読んだかのように、
「今までは帝都全体の不適合集団を〈空〉が実力でまとめ上げ、その法を犯したグループは制裁を加えていたんだ。それなのに、突如現れた新参者がいきなり〈空〉を壊滅に追いやった。それからまもなく〈紫〉が出来上がり、今じゃ〈紫〉がしたい放題やってるよ」
晴間の会長が補足してくれる。
「聞いた話じゃ、〈紫〉のリーダーは女らしい」
へえ。別に不適合集団に女性がいないわけではないけど、リーダーが女性は珍しい。というより初めてじゃないかな、それが本当なら。
「……その〈空〉のリーダー、強かったのか?」
「そりゃもう。そこにいるリーダーでも、何十、何百の策と罠で嵌めようとしたらしいけど、ことごとく失敗。誰も敵わなかったから、法を犯した奴に制裁を加えられた」
だろうね。結局世の中力か。
僕が晴間の会長の言葉に嫌気を感じていると、栢野は手を顎にあて、深く考え込んでいた。
「シドー。情報あげよう。その〈紫〉のリーダー、戦う前に近くの女性に抱きついたりしてたって」
一人、〈鷹〉の連中から情報を聞き出していた三守が、手をヒラヒラさせながら入ってきた。
その三守の言葉に、ようやく顔を上げる栢野。
「――繋がった」
得心いった、という笑顔で踵を返し、生徒会室から出ていく栢野。
「ちょ、どこ行くの?」
いきなり動き出した栢野に、三守が慌てて尋ねる。
栢野は振り返らずに言う。
「元凶。〈紫〉のリーダーの場所へ、帰るぞ」
☆
そして戻って来ました鷹藤の屋上。
こいつらが転校してきてから何度屋上に来た事やら。
前までは自殺用と言われていたので行きたいと思っても行くことが出来ずにいたのに。
屋上には、先ほど別れた莉真がまだ残っていた。
非常階段を駆け上るときには〈紫〉のメンバーと出会わなかったので楽に来れた。
「さって。チェックだ、マリー」
会うなり、いきなりそんなことを言う栢野。
それに対し、フッと笑う莉真。その後、微笑を浮かべて相対する。
「随分と遅かったですわね。以前なら、あたくしに会ったときに気付いていたはずですわ」
「そうかな? ま、お前の小細工に踊らされたと認めればいいかな」
「ねえシド。どういうこと?」
二人の会話を聞いても把握できずにいる三守。
「不適合集団を束ねるのが女ってのは、まあ珍しいが確定にはならん。それでもマリーなら平然とやってのけるだろう。んで、ロウの言った“抱きつき”。これはマリーが修羅を制御するときによくやってた。目的はおそらくこの国の混乱。〈アイラギ〉が攻め込む準備をしているってのは、休みに帰ったとき、会長から聞いてた。よくもまあ、堂々と国境沿いに阿修羅を配置したもんだ」
そう説明する栢野。
さすがというかなんというか。ただ、栢野なら莉真を見た時に見抜いていそうで怖かったけど。
「それじゃマリー。答え合わせを」
栢野の促しに、莉真は一歩前に出る。
「大体正解。でも、あたしの目的は混乱なんて生温いものではないですわよ。あたしがするのはこの国の乗っ取りですわ。そのために、権力者の子供が多い鷹藤に来たのですから。その人たちを使って裏から支配する。そういわれたのですわ」
スパイ以上の仕事だな。
スパイはその地の人と親しくなり、ただ情報を流して入ればいいが、莉真がやっているのは仲良くではなく、支配だからな。大抵の人間、少なくとも僕は精神崩壊しているだろう。
「それで、どうしますの? 昔のように、【生死制限】無しの一騎打ちをしますの? 負けた側は勝った側の言うことをなんでも一つだけ聞く、ということまで再現して」
莉真は笑みを強くしながら言ってくる。
これから始まるだろう、下手すれば死んでしまう戦いが待ち遠しいのだろう。
「いいわ。その勝負、私が受けてあげる」
その莉真の宣戦布告に応じたのは、なんと意外にも三守だった。
「いいですわね。では、あたしが勝ったときはロウには大神家を継ぎ、〈アイラギ〉に協力すること」
「なら、私が勝てば、スチュアード家を継いでこっちに協力ね」
三守は莉真の申し出を受け入れ、莉真もまた三守の申し出を受けた。
「では、場所を変えるわ」
そう言い、体の方向を変えた時、莉真は正面にいた栢野の背後に素早く回り、抱きついた。
「ッうお!?」
後ろからいきなり抱きつき、そのまま首に手を回してぶら下がる。
僕と三守は二人で口を開けて呆然とする。
「ギュー!」
「痛え! ちょ、首絞めるな!!」
顔を赤くしているのは恥ずかしさからか、それとも苦しいからか。
傍から見てると完全に前者なんですけどね。
「ちょ!? マリー!! あんた何してんの?!」
僕よりも早く硬直から解けた三守が慌てて間に割って入る。
「真剣勝負ですのよ? 全力を出さなければ失礼と思いまして」
「それと何の関係があんのよ!!」
三守が怒りながら問い詰める。
「先ほどシドが言ってたように、あたしは修羅を制御するときに抱きつきますわ。それはより強い精神力を持つ方から力を分けてもらい、修羅の状態でも理性をとどめることが出来るようになるのです」
「だからってシドじゃなくても……!」
「なら、ロウはシドよりも精神力があると? あそこのひょろいのは論外でしょうし」
……ヤダナ。泣イテナイヨ?
『ヤマトはもっと鍛えろってのか』
「ゼウスは黙っとれ」
いきなり現れたゼウスに八つ当たりしながら三人を見る。
「ではあたしは先に参りますわ」
一段落したところで、莉真はそういうとひょいっ、と屋上の柵を乗り越えて校庭へ落ちていく。
自分から落ちたのだから死ぬことはないだろう。
「……じゃ、私も行くから」
若干不機嫌になりながらも、莉真を追おうと柵に手をかける三守。
「ああ、頑張ってこい」
栢野はそういいながら三守の頭をポンポンと叩いて送り出す。
それに少しだけ機嫌を直し、莉真と同じように柵を越えて校庭へ落ちていった。
「……さて。俺はこいつらをどうにかしなきゃならんと」
栢野は三守を見送ると、屋上の入り口へ顔を向ける。
そこには非常階段までも塞いで〈紫〉のメンバーが多数いた。
それにしても、“俺は”、か。さすがの洞察力。
「ホント、憧れちゃうよ、シシド」
僕は、屋上入り口側、つまりは〈紫〉側に立つ。
「いつから気づいてた?」
「違和感はあった。それが確信に変わったのは、ここに帰ってからだ」
はは、隠し通せてると思ったのにな。
あーやだやだ。才能ある奴は。なんでも見抜いてきやがる。
「ま、いいや。シシドもこの数相手じゃ、すぐには倒せないだろうし」
僕は腕を広げて見せる。
この数、約50人。援軍要請済み。まだまだ数だけはいる。
そしてこの中には能力者が。おまけに完成品の体外用増幅器付き。この数、倒せれるものなら倒してみろ。
「体外用増幅器。あれだけの人数が一斉に使うのは何かしらの確信があるためだ。お前らは未完成品の機械を手に入れ、どうせ〈アイラギ〉で完成品まで底上げさせたんだろうけど――」
やっぱりそこまで読むよね。わかってたことだ。だから別に驚きはしない。
「俺の能力、お前ら知らねえよな?」
ゾクッと背筋に悪寒が走り、嫌な汗が額を垂れる。
なんで平然といられる……? この数相手に、まともに勝負できるとでも思ってんのか!?
栢野はギィ、っと口角を吊り上げ、不気味に笑う。その顔は僕を怯ませるに充分だ。
「さァて。誰から殺ってしまおうか……?」




