10話
「で、結局何の用なんだ?」
栢野がまず口を開いた。
第二回校内決闘が終了し、放課後。
僕らは莉真を交えての話し合いとなった。
現在地は屋上。ここ一週間は放課後ずっと屋上へ来てるな。
「用も何も、護衛を頼みたいだけですわ」
そういわれ、栢野は頭をガリガリとする。
「お前、本当に? 俺と戦えるのに、護衛が必要なの?」
「ええ。将来的に」
「将来的にはねえ! お嬢様だものね!」
困ったように笑いながら声を荒げる。
「ったく。で? 実際のとこは?」
「だから護衛を」
「うん。それはわかった。けど、お前のことだ。ほかになんかあるだろ?」
そこで莉真が少し考えるような仕草をする。
「……僕、外した方がよくない?」
場違い感を覚え、そう切り出してみるも、栢野も三守も横に首を振る。
「鷹藤に詳しい奴はいてくれた方がいいと思う。それにヤマト、帝都にも少しは詳しいだろ」
「それはまあ、外の人と比べたら」
帝都に生まれてずっと住んでるからそりゃ自然と詳しくなるけども。
と、そこで莉真が何かを思いついたように顔を上げる。
「シド。昔のやってよ。それで全部話すわ」
「……ええー」
完璧に嫌がってるよ栢野さん。
それがなんなのか僕にはわからないわけだけど、三守が慌てだした。
「それはダメ! 絶対ダメ!」
栢野と莉真の間に入り、手を広げて通せんぼの格好をする。
「別にしなくても構わないけど、それだとあなたたちは任務失敗で帰ってもらうわ」
「いや、護衛だけなんだからそんなの必要ないじゃん!」
「でもお姫様を守るのはいつだって騎士でしょ?」
「そうかもしれないけど、マリーはお姫様じゃない!」
「お姫様もお嬢様も一緒でしょ」
なんか二人で口喧嘩を始めた。
この二人って仲悪いんじゃないかなー……。
とはいえ、僕にはなぜ喧嘩が始まったのかわからないし、内容も理解できない。ここは張本人に何なのか聞いてみるか。
「二人は何を言い合ってるの?」
「えー? いや、マリーもロウも幼少期は同じ施設で育ったんだけどさ。その時にマリーが、『私はお姫様。シドは騎士やって!』ってごっこ遊びをよくやったんだよ」
「ふーん。かわいいもんじゃん」
「だけど、ロウも姫やるといって聞かない。他にも男子はいたんだけど、騎士をやりたいって言う奴も、やらせたいって奴もいないわけで。いつの間にかただの取り合いに発展してな」
「はは。爆発しろ!」
怨念を込めて叫んでやる。
まあ、それが幼少期だけでの話なら僕だって爆発しろなんて言わないよ? かわいい思いでじゃん。でもね、それが今目の前でやってるわけだから言わざるを得ないよね、って。
「つってもまあ、これじゃあ話が進まねえしな」
「放置は?」
「信用度的にもここで帰るわけにもいかねえし、仮にも四大貴族様だからなあ」
「信用度ってのは任務に関することでいいよね」
「隠し通すの無理だし」
僕らは笑い合う。
ま、薄々感づいてはいた。二人が外から任務で来たというのは。これだけの実力者がいれば、簡単に代表校になれるはずなのに、手放すわけがない。それに、この時期に転校はほぼありえないだろうに。
莉真の任務という言葉でようやく確信が持てたわけだが、それでも栢野にはバレることがわかっていたようだな。どこまで見抜いているのやら。
「ていうかマリー。言い合うのはいいけどサングラス外せ。いつ修羅になるか怖いんだけど」
「ダメよ。シドが騎士やってくれるなら外してあげるわ」
栢野に注文されるも、どうしても騎士をやってほしい莉真が条件を出してくる。
「これって、もうやるしかないって腹括ってるんじゃない? シシドは」
「そうだけど、やっぱ抵抗があるし。3,4歳の時なら嬉々としてやるだろうけど、この歳になるとさすがに抵抗があるだろ」
確かにこの歳でごっこ遊びはきついな。それも姫様と騎士だもんな。夫婦よりかはマシ……かな?
栢野は二人の言い合いを眺めていたのだが、決着が着かないのを悟り、仕方なくといった感じで三守の頭を押さえ、前へ出る。
それを見て、目を輝かせる莉真。
「さあ! 傅いて手を取って!」
「ハイハイ。一回だけな」
深いため息を一度吐き、おもむろに片膝をつき、差し出された手を恭しく取る栢野。
うわ、めっちゃ様になってる!
「ちょ、シド!? なんでするのよ!」
三守が泣きそうな声で叫んでいるが、今だけは完全無視をするらしい。
今にも飛び掛かりそうな三守を、僕は必死に抑える。
って、一般人の僕に抑えられるわけないじゃん! お願いだから早く済ませてこの役を変わってくれ!
☆
3人がようやく落ち着き、まともに話し合えるようになった時にはすでに日が暮れていた。
流れ的に話し合いは栢野の部屋、つまり僕の家でとなった。その時に莉真の家を聞いてみると、ホテルで寝泊りしていたらしい。さすが貴族様。僕ら一般庶民とはわけが違うぜ。
夕飯も済まし、風呂も宿題もすべて片づけてからと提案すると、こいつら宿題も勉強も学校で済ましたとぬかしよるわ。結局、僕が夜更かしで宿題を済ますことになり、風呂の後、10:30から話し合いと相成った。
「さて。何から話そうかしら?」
「まずは目的を教えろ。そこから継続するか考える」
栢野の提案に異議を唱える者は居らず、目的から話すことに。
「そうね。目的と言えばここの不適合集団たちに何故か目をつけられてしまいましてね。それらが無くなるまでの護衛。主な仕事は変わらないわ」
「不適合集団ね。了解。頭潰せば終わりでいいか?」
「構わないわ」
栢野が物騒なことを言うが、間髪入れずに莉真も応じる。
それにしても不適合集団か。
「でも、帝都にはそんな奴らごまんといるよ? 人口が多い分、集団もかなりある。どれかはわからないの?」
「わかってたらパパにでも言ってすでに潰してるわよ」
「さいですか……」
キッパリと言われ、返す言葉もございません。
けど、その言葉に三守が反応する。
「あんた、パパに頼める立場にいるの?」
「……どういう意味かしら?」
ああ、また険悪なムードが漂ってきた。
「だって、今の〈アイラギ〉は修羅の人を迫害してるでしょ。そんな中で、修羅であるあんたがパパに頼めるのかって」
そんなこともニュースで言ってたな。
確か、修羅は今の〈天人族〉とはそりが全く合わない。その理由として、修羅は完全武力派であるのに対し、普通の〈天人族〉は完全頭脳派。そりが合わないのも頷ける話だ。
突然変異である修羅はどの家系に生まれるか全く予想はできないし、噂ではここ30年は修羅はいなかったらしい。
〈アイラギ〉が阿修羅を作り始めたのは大体50年も前だと聞いているし、20年あれば彼らなら人の徹底解析は余るぐらいの期間だろう。実際、試作機は10年ほど前に開発されている。
「確かにそうですわね。でも、あたしが修羅であることは、パパは隠し通してるみたいですわ。教導院から帰った日は泣いて喜んでくれたもの」
「……確かに教導院の時には修羅になってたわね」
三守が嫌な思い出を思い出したかのようにげんなりする。
「普段はどうしてるんだ? いつもサングラスじゃ怪しまれるだろ?」
「特注のカラコンを付けてたわ。それで十分欺けた」
「今しないのは壊れたとかか?」
そう聞かれ、恥ずかしそうに頷く莉真。
その様子に額に手を当ててため息を吐く栢野。
「はん。結局破壊衝動を抑えられてないだけね」
「ロウのようにあたり構わずじゃないだけマシよ」
「何だと【赤眼】……」
「なによ、この【金眼】」
そしてまた取っ組み合いになりそうなほど顔を近づける。
おい待て。ここで暴れられたら家が壊れる。
そこで今度は二人を離すように栢野が間に割って入り、顔を抑える。
「お前ら。ここでやるな騒ぐな暴れるな。迷惑だ」
ホント一番強いやつが常識持っててくれて助かるわー。
「ありがとシシド」
「いやいや。ここ追い出されても困るのこっちだし」
「それにしてもさ」
そこで一旦話題を変えさせてもらう。
「【赤眼】とか【金眼】ってなに? あだ名?」
聞くだけではカッコいいとか思いそうだけど、実際だととても恥ずかしいと思う。
それに、莉真が赤眼ってのはわかるけど、三守が金眼ってのはどこから来ているのか。
「んー。施設で育った、って言ったよな? そこでのコードネーム的な。自分の名前はわかってたんだけど、先生たちには名前じゃなく、【赤眼】とかのコードネームが使われてたんだ」
「三守の【金眼】は?」
「俺の擬獣化は見たよな。ロウもできるんだけど、中身が狼なんだよ。決まって満月の夜には目が月を写したかのように金色に輝いてたから、印象が強かったんだろ」
へえ。でも、そうなると栢野のコードネームが気になるな。
二人が未だいがみ合っている中、何故か平然とそんなことを考えていた。
☆
一日休みを挟んで平日。
正直鷹藤に行くのは怖かった。だって姫とかもてはやされてた莉真を栢野が倒して、慕っていた連中の仕返しがあるかもしれないし。
まあそれでも、栢野がいれば何ともないんだろうけど。
そう思い、栢野と三守、あと何故か莉真に引っ付いて登校すると、案の定鷹藤の生徒が猛獣を前にしたかのように近寄ってこない。
そんな周りの状況に、気づいているのかないのかよくわからない3人。
大物すぎる。それとも、単に僕が小物なのか。
……ま、両方だろう。
鷹藤に着き、教室に入る。クラスメイトたちは入ってきたこちらを見ると、明らかに表情を強張らせる。
それすら気づかないかのように自分の席へと移動する3人。
「てか、入間さんが学校って珍しいね。不適合集団なら放課後の方がいると思うけど」
席に着くと、僕も3人と同様に周りは気にしないように努める。
「そう思うのが結局一般人だというのですわ」
ふん、と鼻で笑われた。
「不適合集団が放課後に多いのは学生が大半を占めるから。学校に行かない奴の方が多いかもしれないけど、主力は登校しているだろう。こういった連中の頭ってずる賢いやつが多いから」
それは偏見だと思う。が、一理あるんだろうな。そういう奴が頭にいないと簡単に警察に一網打尽にされるだろうし。
「そうそう。面白い情報が入ってるよ」
僕は昨日の休日に、帝都の中心街にいった時に偶然聞こえた話を思い出す。
僕の言葉に、3人が興味を示してくれる。
「なんでも、ここ数日のうちに数ある不適合集団の一つ、〈鷹〉って名乗る集団が勢力拡大するんだってさ」
不適合集団にも縄張りはある。
〈鷹〉と名乗る集団はこのあたり、鷹藤を中心に半径2㎞程度を縄張りにしているらしい。その勢力拡大するために選んだ相手が、
「〈紫〉って名乗る集団。規模は同じくらいらしくって、勝敗はやってみなきゃわからない。だけど、厄介なのが鷹藤の周りを戦地に選んだってこと。当然、警察も動くだろうけど当てにはできない。どちらも強い後ろ盾がいるらしい」
ま、全部聞き耳で聞いたことだし、見たとこ下っ端連中の話し合いだったから信憑性も薄いんだけど。
あっけらかんと流すように言う。
それでも、栢野たちには十分だろう。何を伝えたいかは。
「つまり、その時にマリーが狙われると?」
「狙われているんならね」
栢野の確認に、軽く笑いながら答える。
僕の言葉に莉真は不服そうにこちらを見ている。あくまでも護衛を頼んでいるらしい。
「ま、どう動くかは栢野たち次第だけど、僕は巻き込まれないようにしたいかな」
「俺たちといたら絶対に巻き込まれるだろ」
そう笑いながら言う栢野。
だけど、実際には栢野たちといるのが一番安全じゃないかと思えてくる。
そこで狙い澄ましたかのように先生が入ってくるとチャイムが鳴る。
授業が開始されるが、もう栢野たちにちょっかいをだそうとするやつはいない。それは先生もで、莉真がいることに驚きながらも、普通に授業を進めた。




