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獅子が世界を喰らうまで  作者: 水無月ミナト
第二章 帝都・鷹藤
36/76

9話

 二人が鷹藤へ来てから約一週間が経とうとしていた。

 そして今、鷹藤では第二回校内決闘(デュエル)が始まろうとしている。

 全校生徒が決闘場に集められ、開会式が行われている。

 鷹藤は帝都の代表校であるため、守護隊が設けられていて、長ったらしい開会宣言がようやく終わろうとしていた。

 栢野の話では、前にいた学校ではK(キング)が戦闘を行ってから短い宣言で終わるらしいが、残念、鷹藤では国のお偉いさん方の子供が多いため、たとえ生死制限があったとしてもそんな危険なことはできない。

 Kの開戦宣言がようやく終わり、学年ごとに(フィールド)を分けられる。

 30m四方の場を囲むように僕のクラスの生徒が、学級委員から受け取った腕時計をつけながら集まる。

 そして担任の鬼熊が場の中心に立つ。

「あー、それじゃやりたい奴から勝手にやれ」

 なんとも面倒臭そうに話す。

 それを聞き、高木たちが妙な笑顔を作る。

「はーい。オレは転校生とやりたいでーす」

 気の抜けた、聞いていて嫌になる声を出す。

 しかし、その申し出にクラスの奴らが次々と手を挙げ、オレも私もと名乗りを上げる。

 その異様な光景に、誰に対しても平等を決め込む鬼熊が怒る。

「お前ら、一人を集中的に狙う気か? 悪いがそれは認められん」

 低い声で、脅すように言ってくるが、誰も手を下げる奴はいない。

 それもそのはず、僕のクラスは栢野に何度も挑み、全て返り討ちにあっていた。権力者としてのプライドが踏みにじられたのは言うまでもなく、復讐を誓っているのだろう。

 三守は比較的平和に学校生活を送っているのだが、それは皆の注意を栢野が一身に受けているからだろう。

 だが、残念。

「先生、俺は構いませんよ? 何人相手でも、負ける気は一切ありませんし、負けるとも思いません」

 そう断言する。

 ここで強さを見せつけるのは栢野の転校初日に話し合った通りだ。ここで鬼熊に断られては意味がない。

 僕は栢野の強さを垣間見たので、底は知れないが負けるとは思わない。

 しかし、鬼熊が許さない。

「いや駄目だ。こんなこと許せば後々の人生が歪むだろ」

 いえ、すでに歪んでいます。

「それに、コイツらはそれなりにできる。一人二人じゃ相手にできん」

 どうしても許さないらしい。

 確かに僕のクラスの奴らはそれなりに強い。が、栢野ほどではないのはわかる。

 そこで栢野が息を吐き、鬼熊に何かを耳打ちする。

 その声は聞こえないが、栢野の言葉に驚いた表情を見せ、一度目を瞑る。

「……分かった。そこまで言うなら認める。だが、二人組でやれ」

「ありがとうございます。ヤマト、やろうぜ」

「おっけ。まあこうなるだろうとは思ってたし」

 僕は肩を竦めながらも了承する。

 栢野が家に来たときに言っていた、簡単な手伝いってヤツだろう。

 クラスの奴らは、パートナーが僕に選ばれると、ワザと聞こえるようにクスクス笑ってきた。

「それじゃ位置につけ。決闘を始める」

 鬼熊の言うとおりに互いに印のついた位置で向き合う。

 最初の相手は高木小林コンビ。一番初めに返り討ちにあったから皆を押しのけて一番にきたんだろう。それでも文句はほどほどに、高木小林コンビを応援し始めた。

 さて。こっちは戦闘力最大と最低コンビだ。自慢じゃないが、僕は人と殴り合った経験は皆無。第一回の決闘でも、ワザと場外に出て負けている。【生死制限(ダメージカット)】があっても、痛いものは痛い。

「だから期待はしないでね」

「分かってるよ。ヤマトは避け続ければいい。怖くなったら場外に出ればいいし」

 笑顔でそんなことをいわれた。

 全く。これじゃ、絶対に避け続けてやるしかないな。

 僕はそう心に誓い、前を向く。

 高木小林はクラスでも1,2の実力者。だからこそクラスで一番デカい顔をし、ふんぞり返っている。その二人を、僕はいつも遠くから鬱陶しく見ていた。

 親が政治家? 大企業の社長?

 だから何だ。それはお前らの能力と何ら関係ない。無関係だ。親はお前らが生まれる前から頑張っていて、努力や頑張りの結果だ。お前らがいなくても親の肩書きは変わらない。後から生まれた奴がデカい顔するな、ってことだ。

 だけど、僕にはそんなことを言う勇気などないし、言う気もさらさらない。だって、僕個人の意見だから。

 戯言はこの辺で。

「ハッ、前は【生死制限】無しだったから超能力(スキル)は使わないでやったが、今回は存分に使って格の違いを見せてやるよ!」

 高木がフラグ的な事を言ってくるが、全く聞く気のない栢野。

 その態度にさらに怒るが、小林が諫めている。

 二人が大人しくなったところで、ようやく鬼熊が開始の声を出す。

 まず仕掛けたのは高木。両手を上へ掲げ、超能力を惜しげなく使い、大きめの火の塊を作って見せる。

 それを栢野に向かって投げつける。

「くらえっ!」

 投げられた火の塊は一直線に栢野へと飛来し、その過程でもさらに大きくなっていく。

「――!?」

 僕はあまりの熱さに手で顔を覆い、なぜ大きくなったかを理解する。

「風か……!」

 それは小林の超能力によるもの。風を操り、火の進路をコントロール。さらには酸素を送り込んで大きくし、炎へと変えていく。

 そういえば第一回の決闘の時も、二人で組んで同じ戦法をしていたな。

 ランクはそれほどでもない二人だが、要は使いようってところか。

 だが、今更思い出したところで状況は変わらない。炎の塊は栢野へ、加速し、大きくなりながら一直線に飛んでいく。

 その炎が栢野へ近づいたとき、塊がいきなり流線型に変化し、栢野を取り囲みながら炎上する。

 それは小林が風を渦巻くように操作しているからだろう。

「シシド!」

 僕は思わず叫ぶが、炎が栢野を覆い隠す直前に見た表情はなんというか、――落胆していた。

 それでも炎の勢いは衰えることなく燃え盛る。

「ははははは! 燃やし尽くせ!」

 高木が高笑いしながら、次々と火を作り上げては投げ込んでいる。小林は渦を作るのに精一杯のようで、笑うどころではないようだ。

 炎はさらに燃え盛り、すでに栢野の姿は視認できない。熱さもさらに増し、皮膚が焦げるように感じる。

 高木が計10発ほどの火を投げ込み、巨大な炎が竜のように渦巻く光景にクラスの奴らが歓声を上げる。

 その炎を見て満足したのか、今度は僕の方へ体を向ける。

「次はテメエだぜ、ヤマト」

「――え?」

 思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 高木の言葉に、ではない。

 その後ろだ。

「――高木!」

 小林が先に気づき、 声をかけるがすでに手遅れだった。

 栢野の腕が高木の首へ巻きつき、さながらアクション映画のごとく何の躊躇いもなしに骨をへし折った。

 もちろん【生死制限】があるために首を折られても死ぬことはない。

 高木の腕時計からブザーが鳴り響く。

 周りが唖然としている中、栢野は気絶した高木を振りかぶって小林に投げつける。

「ぐっ……!」

 高木を投げつけられ、受け止めたまではよかったが、体が後ろへ吹っ飛び、場外へ出てしまう。

 ……どんな力で投げつけてんだよ。

「カッ! リンの炎の方がよく焼けるな。俺を焦がしたし」

「この炎で生き延びておきながら、さらに強い奴がいるとか……」

 栢野の言葉に愕然としてしまう。別に高木たちが弱かったとは思えないんだけどなー……。

「さあ。次は誰だ? とっとと終わらそうぜ」

 呼びかけると、名乗りをあげた奴らすら躊躇っている。

 仕方ないだろう。1,2の実力者が簡単にやられたんだ。誰も相手にしたくはないだろう。

「よっし。じゃ、お前。お前さっき手挙げたよな?」

 問答無用に指名を始めやがった。

「シシド。僕は確かに君のパートナーだし、勝つことが嫌なわけじゃない。実際、ふんぞり返ってる奴らがバタバタ倒れていくのはもう爽快な気分にもなった。そして言ってなかったかもしれないが、鷹藤は帝都の代表校。つまりは鷹藤のKは帝都で最強だと言っても過言ではないし、J(ジャック)だって弱いわけじゃない。たとえ校内№1,2であるK・会長コンビではなかったとしても、こいつらも同じ穴のムジナというわけでスッキリしないわけでもない。これだけ連戦して息切れひとつしない君には尊敬というよりも畏怖すら感じるわけだ。でもその矛先は僕に向くことはほぼないと言ってもいいと思うから構わないんだ。ロウカも外から大笑いしてたのに、今じゃ苦笑に様変わりだ」

 僕は決闘場を見渡し、ため息を吐く。

「ヤマト、言いたいことがあるなら我慢しなくていいぜ」

「我慢する気もないから言うけどさ」

 もう一度、見渡す。

 全校生徒が見るからに落ち込み、栢野と目を合わそうともしない。今自分の足でしっかり立てているのは僕と栢野、あとは戦っていない三守と先生方。

「この惨状、どう思う?」

「爽快!!」

 大声で、決闘場に響き渡らせやがった。

 僕は思わず叫ぶ。

「じゃねえよ!! 今の状況わかってる!? この惨劇!! 酷過ぎるわ! いくらこいつらが嫌いな僕でも悲惨に思うわ! そして相手の攻撃を何度も何度も避けて、掠りもしない絶望味わわせて叩きのめすって最悪だろう! 先生方も悩んでるよ! あ、でも担任は笑ってるけど。それでも困るだろ! 帝都の最強であるKの攻撃すらすべて避けて、挙句に背中押して場外反則負けとか悲しすぎるわ!」

「落ち着けって。何も俺たちの目的はこれじゃないだろ? ここは踏み台でしかない」

「その発言がいけないんだよ! 見ろよKを! さっきの発言でもう大泣きしてるよ!」

 三角座りで腕に顔を埋め、袖を涙で濡らしていくK。見ていて痛々しい。

 幸いというべきかはわからないが、№1である生徒会長及び役員たちは全員任務中で出払っている。そのため守護隊(ガーディアン)しかいないわけだが、その全員を倒してしまいました。

「シシドがもうKでいいんじゃないかな……」

「嫌だよ絶対。どうせすぐどっか行くし。それに、こいつらが全員じゃないんだろ?」

「まあ、そうだけど。でも、守護隊のKが今最強ってのは変わらな――」

「あたくしが最強ですわよ」

 女子の声がした。

 それは入り口付近からで、そちらを見ると一人の女子生徒がいた。

「ヤマト、誰?」

「ええ……っと。誰だろう……。見たことはありそうなんだけど、覚えてない」

「お前が覚えてないって珍しいな」

 忘れているだけかもしれないが、顔がわからないのは仕方ない。だって、サングラスをかけていて顔がよくわからないから。

「姫だ……」

 誰かが、そう呟いた。

 それは高木の声であり、驚きの表情をしている。

 周りを見ても、全員が高木と同じ表情で姫と呟いている。

 先生も、姫とは言わないが驚きの表情を隠せずにいる。

「姫……。そうか。彼女は入間莉真(イルマリマ)。ウチのクラスの、最初に言っていた不登校の生徒だ」

 彼女が鷹藤に出席したのは4月の半分ほどだけ。

「授業に参加してたのは2,3度のはずなんだけど、校内ではもう少し多く見たな」

「どういうことだ?」

「いじめじゃないんだけど、彼女は5月になるとまるっきり姿を見せてなかったんだ。でも、こいつらの反応で大体わかるだろ?」

「従わせていた、と」

 そういうことだろう。実際に、僕ら以外に彼女を知らないのはほとんどいない。

 そして、知っている奴の特徴として権力者。

 ゆっくりと歩きながら、Kに近寄る。

「何? この様は? あたくしに決闘させる気なの?」

「す、すみません……!」

 Kすら従えてたのかよ……。恐ろしいな。

「まあ、でもいいわ。あたくしも少し、運動したくなったわ」

 そういうと、僕らの方へ向きを変える。

 その言葉に、落ち込んでいたはずの鷹藤の生徒、果ては教師陣まで顔色をよくする。

 一瞬の間の後、歓声が上がった。

 そのほとんどが莉真への掛け声。そして、僕らへの罵倒。

「ハハッ! テメエらはこれで終わりだ! 姫に勝てるやつなんてここにはいねえ!」

 高木が嬉々として叫んでくる。

 ということは、彼女はここの生徒を力によってねじ伏せ、従えているのか。

「シド。あいつ……」

 三守が近寄って来て、何かを確認するように話しかけてくる。

「ああ、面影はある。それに、マリーならこういったことも簡単にできるだろ」

「どうする? パートナー、私がしようか?」

「いや。あいつがマリーなら、パートナーを務めるのにお前以上の適任者がいないことはよくわかっているはずだ。ロウは味方から判断をして。俺は敵として判断する」

「ねえ、私に面倒くさいの押し付けてない?」

「何のことやら」

 三守がすごい睨むが、栢野は笑って意に介しない。

 そうこうしているうちに、莉真が取り巻きをくっつけて僕らの近くまでやってくる。

「あなたが生き残りね? あたくしと手合せ願えるかしら?」

「ええ、喜んで。ただ、タッグ戦らしいのでパートナーを決めてくださいね?」

 栢野にそういわれ、周りを見て思案顔をする。

「そうね。大神。あなたよ」

 ……大神? 誰のことだ?

 全員が疑問符を浮かべる中、莉真が三守を指して聞いてくる。

「彼女、大神じゃないの?」

「あいつは三守ですよ。大神なんて奴はこの学校にいませんし、いたら大騒ぎでしょう」

「……そう。なら三守。来なさい」

 一瞬訝しむような表情を浮かべた莉真だが、すぐに訂正して三守を呼ぶ。

 三守は心底嫌そうな顔をしながらも莉真に近づく。

「よろしくね、三守」

「はいはい、入間お嬢様」

 茶化すようなことを言うが、莉真は取り合わない。

「ちょ、姫! 何も転校生じゃなくても、Kでもお相手は務められるはずです!」

 三守を選んだことが気に食わないのか、取り巻きの中にいたJが驚きの声を上げる。

 それに続き、鷹藤の生徒全員が声を上げる。

 それを鬱陶しそうに一瞥すると、

「黙りなさい。あたくしに意見をしていいと、いつ言いました?」

「「「――!」」」

 一睨みで全員を大人しくさせやがった……!

 どんな怖い思いしたんだよお前ら。大物政治家の子供もいるはずなんだが、誰も声をあげなくなった。

「ククッ。何も変わってねえな」

 懐かしそうに笑う栢野。

「じゃあ、彼女がマリーであってるの?」

「どうだろうな。ただ、マリーに似てるな、って。」

 そういわれる。

 静かになったとはいえ、納得できていない取り巻きを説得させるように話し始めた莉真。その隙を見て、三守が一度こちらへ向く。

「でも、マリーならシドの強さくらい知ってるでしょうに。なんで挑むかな?」

「さあな。でも、マリーなら勝算のない勝負は絶対にしない。だから、使ってくる」

 真剣な表情で話す栢野。

「サングラスが邪魔なんだが、まあ勘でどうにかなるだろ。いいか、合図したらすぐに場外に出ろ。危険すぎるからな」

 注意されるが意味が分からない。でも本気だって言うことは伝わる。

 僕は気圧されながら頷く。

「さ、始めましょう」

 説得が終わったのだろう。莉真はこちらに向き直り、開始を求めてくる。

 三守が莉真の方へ向かい、僕と栢野も正対する。

 鬼熊が審判のために場の外にいる。

 鷹藤の全校生徒が莉真に声をかけ、僕らには罵倒を浴びせる。

「足手まといだけはやめてくださいね、三守」

「舐めんな。それは私のセリフよ」

「さって。楽しんで行こうぜ、ヤマト」

「絶対に楽しめないよ」

 声援と罵倒の飛び交う中、僕らの交錯は始まった。

 まず動いたのは莉真。彼女は開始と同時にダガーを取り出し、栢野へ直進した。

 栢野はそれを迎え撃つ構えを取る。

「あら。あなた、戦い方変えました?」

「お前らは皆同じこと言うな……」

 苦笑しながらも突き出されたダガーを見切り、持ち手を掴んで背負い投げのように投げ飛ばす。

 しかし、莉真は空中で一回転すると綺麗に着地。間髪いれずにまた突っ込んでくる。

 僕は栢野の邪魔をしないように隅で固まっていようと、移動をするために体を回転させると、

「ごめんね?」

「?をつけないでよ……?」

 三守に阻まれ、銃を構えられていた。

 三守は何の躊躇いもなく発砲し、僕は慌てて身を捻って躱す。

 その後も乱射をしてくるのだが、僕は頑張って躱し、時には頭を腕で守るということもする。僕は栢野のようにビックリ仰天超人じゃないんだ。すべてを避けるなんて芸当できっこないよ。

「いや、あんた8割がた避けてるじゃん……!」

 呆れ半分、驚き半分の表情で言ってくる。拳だったら10割避けれるのに、8割も当たってるなんて……。驚きだね。

「いやいや、僕のような一般人(ノーマル)は一発でも喰らったらアウトだし」

「だから2割当たってるでしょ!」

 2割は全部腕だ。致命傷じゃない。

 全く。こんな激しく撃たれたらゆっくり観戦もできないじゃないか。

「場の中で観戦なんていい度胸じゃない」

「あれれ? なんか火点けちゃった?」

 お道化る僕に、笑顔で青筋を立ててくる三守。

「ハチの巣にしてやるよ!」

 ちょ、そんな弾幕張らないで! 本当にハチの巣になる!

 頑張って避けながらも、僕は視界の端に栢野と莉真を入れる。

 二人は接近戦をしているが、圧倒的に栢野が勝っている。何度も投げ飛ばされ、その度に綺麗に着地。

 だが、それでもおかしい。

「……あれ? 攻撃が当たってない……?」

 そう、栢野の攻撃が一切当たっていない。もちろん栢野にも攻撃が当たってはいないが、それでも栢野の攻撃が当たらない奴なんて初めてだ。

 そんな戦闘を、鷹藤の生徒は興奮しながら観戦している。

 っと危ねえ! 今の弾丸、後ろから来たぞ!

「ああもう! なんで当たんないのよ!」

「今のどうやったんだよ! ていうかリロードは?」

「【リロードしてる】し!」

 そうは言うが、全くしているようには見えない。何? 見えない速さでやってるとか? そんなの絶対能力者(スキルホルダー)じゃん!

 くっそ! 避けるの難し! ていうかゼウス邪魔くせえ!! いまさら出てきやがった!

「てめえゼウス! 邪魔だどけろよ!」

『さっさと撃たれちまえー!』

 くそっ! 今度絶対中央管理局行ってやる!

 ゼウスが視界を遮ってくる中、必死に弾丸を避け続ける。

「三守! こっちを手伝いなさい!」

 莉真が叫んでくる。が、三守は栢野を狙おうとしない。

「ちょ、ロウカ! 呼んでるよ?!」

「一発ぶち込んだら行ってあげるわよ!」

 女の子がそんな言葉遣いいけませんって親に言われなかった?

「だいぶ腕に撃ち込まれてると思うけど!」

「その頭によ!」

 やめてください! そんなことされたら栢野の戦闘が見えないじゃない!

 仕方ない。女子相手に攻撃はしたくないけど、どうやってか注意を向こうに向けよう。

 ゼウスを振り払い、僕は三守に特攻を行う。

 両腕で頭と心臓を守り、弾丸を無視して近づき、頭からタックルす――

「――!」

 咄嗟にバックステップされ、避けられました。

 くそ、ホント攻撃はてんでだめだ。今度栢野にでも鍛えてもらおう。

 しかし、効果はあったようだ。

 莉真の近くまで後退した三守が、莉真に後ろ襟を掴まれる。

「あんたいい加減になさいな! あたくしの言うことをきちんと聞きなさい!」

「うっさいわね! こっちだって頑張ってんのよ! 口出しすんな!」

「大体、すでに足引っ張ってることを自覚なさい! そんな一人に集中する必要はないのですわよ!」

「はん! そりゃそっちでしょ! 勝てっこない相手にいつまでも執着して、どうしようっての!?」

 えー……っと。

「シシド。決闘中……だよね?」

 一旦戦闘中止のような状況になり、仲間割れを起こす三守と莉真。

 その光景を見ていると、決闘中だということを忘れてしまいそうになる。

「これってチャンスじゃないの?」

「うーん。これであいつら警戒を怠ってないのが怖いんだよなー」

 構えていない相手に攻撃を加えるのが嫌なわけではないのか。

 でも、確かに隙がないっていうか。武器は手放さないし、視界には絶対僕らを捉えていそうだし。

 それにしてもよくやるなー……。仮にも鷹藤の裏番長的な奴相手にここまで真っ向から対立するとは、三守もいい度胸してる。

「しっかし、サングラスが取れねえな。どうしようか」

「そんなに邪魔なの?」

「邪魔っていうか、変化がわかりやすいんだよ」

 何のことだろうか。

「ああもう、わかったわよ! 先にあっちからやればいいのね!」

「そう。わかればいいのですわ」

 三守が折れたとこ初めてだな。

 三守は莉真が言うとおりに、先に栢野からやることを納得したようだ。

 やった、これで僕は端から眺めることができ――

「で、ダメだと思ったら向こうのひょろいのね」

「わかってますわ」

 ……どうやら妥協案があったらしい。

「んじゃ、気合入れていこうぜ、ヤマト」

 栢野に背中を叩かれる。

 嫌だ嫌だ嫌だ怖い怖い怖い。

「ま、大分興奮してきてるし、すぐに終わらせるわ」

 そんなことを言う莉真。

 栢野はその言葉に、小さく反応する。

 その理由を聞こうと声を出そうとした瞬間、発砲音が鳴り響いた。

「――!」

 僕は三守と同じように咄嗟にバックステップ。

 栢野は横に体を捻って避ける。が、その先にダガーを構えた莉真。

 ダガーを振りかぶり、確実に頭を切り裂く軌跡。

「チッ……!」

 栢野は咄嗟に真上へ跳び上がる。

 って、上!?

「上じゃ避けられないよ!?」

 三守が拳銃を跳んだ栢野へ向ける。莉真は落下を待っているのか、構えたまま動かない。

 栢野は空中で背中に手を突っ込み、何かを振りぬく。それとほぼ同時に三守が発砲する。

 甲高い金属音が鳴り響いたかと思うと、栢野の手には日本刀が握られていた。

「あれは……!」

 その刀に莉真が目を見張るが、僕には全くわからない。そんなにすごい刀なのか?

 栢野はその刀で、三守の放った弾丸を防いだのか。なんとも人間離れしてるわー……。

 そのまま刀を構え、三守が放つ弾丸を弾きながらも莉真へと落下していく栢野。

「シド! いつ刀を【抜いた】のかな?!」

 三守がわけのわからないことを言いだした。

 だが、栢野を見ていた僕は目を疑った。

 確かに持っていた栢野の刀が――消えた。

 厳密には少し違って、右手に持つ鞘に戻っていた。それでも栢野は刀を構えたままの姿だ。

「クソ、やってくれる!」

 一瞬遅れて気づいた栢野は、もう一度抜こうとはせず鞘ごと左手に持ち直す。

 それでも容赦なく放たれる三守の銃弾を、空中で強引に体を捻りながらも躱す。

 ぐんぐんと莉真へ迫り、ついには致命傷を与えられなかった三守は発砲をやめる。

 栢野は鞘へ仕舞ったままに横薙ぎに振りぬく。それは的確に莉真のこめかみを狙ったもので、当たれば簡単に気絶してしまうだろう。

 莉真はダガーで防ごうと動かすが、遅かった。

 ゴッ! という鈍い音が響き、生徒の中から悲鳴のような叫びが上がる。莉真のつけていたサングラスが吹っ飛び、音を立てて転がっていく。

「やった?!」

 僕は思わずそう叫ぶ。

 が、倒れた莉真を凝視していた栢野が何かに気付いたかのように目を離さず言ってくる。

「――ヤマト! ロウ! 出ろ!!」

 栢野が叫び、意味が分からずオロオロする僕を三守が突き飛ばして場外へだし、自身もあとに続いて出てくる。

 一体何があったんだ?

 こめかみを殴打され、転がった莉真がゆっくりと立ち上がる。

 そしてその目は、

緋色(スカーレット)……?」

 爛々と、緋色に輝いていた。

 国境警備の任務をしている、華宮学園の守護隊は現在〈アイラギ〉の付近をあたっていた。

 守護隊のメンバーは、国境に作り上げられた全長70m以上もある壁の上から〈アイラギ〉側を望遠鏡を使い、見下ろしていた。

「すごい数ですね。これだけの阿修羅を作りあげるとは、さすがの技術力です」

「ああ。けどそこまで身構える必要はない。こいつらは不法侵入しない限り襲っては来ない」

 その先に見ていた、阿修羅と呼ばれる全高3mほどの兵器を見、Jの城嶋星犀が感嘆の声を出す。

 阿修羅とは、技術大国である〈アイラギ〉が作り上げた軍用兵器。人型であり、中で操縦をして動かすのだが、大きさから武器まで何もかも凶悪だ。これを対人兵器として作ったのだから。

 その阿修羅はざっと見ただけで100機はありそうだ。

「陽鹿。あれについての情報は?」

「あいよ。今年の3月の情報ですけど、あの阿修羅はどっちかっていうと旧型っすね。Mk.2が研究の最終段階にあったので、たぶんそれも含まれてると思いますよ」

 諜報担当であるA(エース)の西志村陽鹿が、何を見るでもなくすらすらと述べていく。

「違いは?」

「大きい違いは操縦場所。旧型の方は阿修羅本体に乗り込むんですが、それだと最終手段の自爆ができない、ということで外から操縦できないかと研究されてましたね。Mk.2はもう少し遠くの、ほら、帝都の中央管理局みたいな場所があるでしょ? あそこで操縦者をまとめて寝かして遠隔操作してます。Mk.2は自爆ができますが、旧型でも一応設置はされてます。それと、あれって〈アイラギ〉でなんて呼ばれてるか知ってます?」

 そう聞いてくる。

 だが、他の守護隊は全員わからない。

「【狂った武人ダンサーオブマッドネス】。そして、阿修羅の性能には題材がありまして。その題材となったのが――」

「緋色の瞳を持つ、修羅の人」

 Kの月宮海鯱の言葉に頷く陽鹿。

「彼ら〈天人族(エンジェロイド)〉の中に、稀に突然変異を起こす者がいます。その者は、戦闘や言い合いなどの対立による興奮状態に陥ると、普段の瞳の色が緋色に変わり、手が付けられないほどに戦闘力が上がります。昔、修羅による対人部隊を作り上げた〈アイラギ〉は一度、〈アキレマ〉へ攻め込んでいます。結果として〈アキレマ〉は惨敗。有角人も多数いたようですが、手も足も出なかったと」

「まさに修羅だな」

「阿修羅には、修羅の人を徹底解析したデータを埋め込まれていて、戦闘力ではKと負けず劣らずってとこかもです」

「対処法とか、弱点とかはないの?」

 Q(クイーン)の相模叶女が阿修羅から目を離さず聞いてくる。

「今のところは。旧型は操縦席が阿修羅についているのでそこを狙えばいいんですがね。そして、題材の修羅と戦った者は必ずこういうらしいです」


 富も名誉も誇りも、命が惜しければ、すべてを捨てて逃げろ。


「ロウ。お前の見解は?」

「十中八九マリーね。喧嘩も同じような感じだったし」

「そうか。ま、俺もマリーだとは感じたが、これで確定だな」

「ええ。そうね」

 場外に出た三守と、中に残った栢野がそんな会話をする。

「どういうことなの? あの目、普通の人じゃないよね?」

「ヤマト。修羅って知ってるか?」

「聞いたことぐらいは」

 実際には教科書に軽く載っているのを見ただけだ。

 でも、その記述だけでも危険だと判断は簡単にできるようなものだった。

 鷹藤の生徒も、今の莉真を見ただけで勝利を確信したように、もう勝利ムードに突入している。

「でも、彼女が修羅なの?」

「俺たちの知ってるマリーならな」

 一切気を抜くことなく言う栢野。その気迫に押され、言葉を続けられなくなる。

 そして、莉真が動き始めた。

「――!」

 一瞬の内に、10mは離れていたはずの栢野に詰め寄り、ダガーを振りぬいていた。

 栢野はそれを鞘にいれたまま弾き、距離を取ろうと後退するが、さらに詰め寄られてうまくいかない。

「くそッ――!」

 目にも止まらぬ速さの攻撃を、栢野はようやっとの思いで防いでいるように見える。

「どうしたの? 紅蓮に泣きつけばいいじゃの」

「カカッ、言ってくれるね……!」

 莉真の言葉に苦笑しながら返す栢野。あれだけの攻撃の中、会話ができるとは思えないのだが。

 栢野は、下から振り上げる軌道のダガーを上へ弾き上げると、鳩尾へ蹴りを入れて無理矢理距離をとらせる。

「紅蓮!」

『わかってる!』

 栢野が叫ぶと同時に、姿が一気に変化していく。

 鋭い爪、凶悪な牙、風格のある髪。獅子を擬人化したような、威風堂々とした姿へと。

 あれが〈生物型(タイプ・クリーチャー)〉の擬獣化ってやつなのか? 鷹藤にも〈生物型〉がいないわけではないが、ここまで完璧に擬獣化をした人を見たのは初めてだな。

「あっは! さすがシド! カッコいいわ!」

「そりゃどうも!」

 それを待ちわびたかのように恍惚とした表情を浮かべる莉真。

 一気に距離を詰め、またもダガーと刀による剣戟を行う。

 激しい剣戟音が決闘場を満たしていく。

 勝利ムードだったはずの生徒たちも、いつまでも続く戦いに飲み込まれていた。

「シド! さっさと終わらせないと状態2になるわよ!」

「わかってる!」

 三守の言葉に、若干の苛立ちを混ぜた声で返す栢野。

 状態2? ここからさらに強くなるのか?

 疑問に思うも、聞ける雰囲気ではない。三守も固唾を呑んで決闘を見守っている。

 栢野は頭を狙われた攻撃を下に屈んで避けると、刀を横薙ぎに振り、腹を捉える。そのまま刀を腹へ押し当てたまま一回転し、莉真を端まで吹っ飛ばす。

 何とか態勢を整え、もう一度近づこうとした莉真だが、栢野の方が早かった。

「グ――ルアアアァァァ!!」

 大口を開けて、肺の空気をすべて押し出すように叫ぶ。

 その大音量に思わず耳を強く塞いでしまう。決闘場にいる人全員が同じように耳を塞いでいる。

 それは叫びというよりも咆哮に近い。驚き竦み上るような、低く、凶暴な咆哮。

「――!!」

 咆哮を真っ向から浴びた莉真も耳を塞ぎ、目を固く閉じている。

 目を開けた時には、緋色だった瞳ももとの色へと戻っていた。

「……今のは?」

「【闇喰(ダークイーター)】を混ぜた咆哮(ウォークライ)だ。これで生物に対しては大体怯ませられる」

「……そう。ならあたくしの負けですわ。もう勝つ術がありませんもの」

 そう言って自分から場外へと出る莉真。

 その光景を、ようやく怯みから立ち直った鷹藤の生徒たちが呆然と見ていた。

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