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獅子が世界を喰らうまで  作者: 水無月ミナト
第二章 帝都・鷹藤
32/76

5話

 5月の最後の週。

 獅子怒はいつもより早めに目が覚めたため、今日から始まる護衛任務(クエスト)に向けて準備をしていた。

「えーと。護衛つっても、何か持ってくモンは特にないし、学校だから教科書類だけか」

 前日に学園長から渡された、これから行く学校が使用している教科書類を鞄に詰めていく。

 すでに着替えを済ましているが、今日は華宮学園の制服ではない。

「さすが帝都の学校。きっちりした制服だな」

 これも同じように学園長から渡されていたものだが、制服は華宮学園のブレザーではなく、襟元に校章がついた学ランだ。

 着ている制服を、腕を広げて眺めてみる。

 学ランなら生徒会入りした時に学園長から渡されたものもある。が、一回も着ることなくネロの知り合いに改造を頼み、長ランとなって返ってきたので普通の学ランを着るのはなんと初めてである。

「お~、馬子にも衣装ってやつね」

「ああ、そうだな。着られてる感じしかしねえよ」

 苦笑しながら、どこからか声が聞こえてきたが何も考えず返答する。

「とりあえず荷物は詰めたし、降りるか」

 立ち上がり、鞄を背負うようにして持つ。

 二階の自室から一階のリビングへと移動すると、妹たちがまだ登校せずにいた。

「お前らさっさと行かねえと遅刻するぞ」

「「兄貴に言われたくない」」

「……いい度胸してんじゃねえか」

 火燐と水蓮の返答に顔をひきつらせながら頭を掴み、手に力を込める。

「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」」

 声を震わせながらも、楽しんでいるかのように笑顔だ。

「お兄、くくってー」

「それぐらい自分でできるようにしろ。マホ」

「「くくってー」」

「お前ら……」

 妹全員に頼まれ、仕方なく腰を下ろし、鞄も一旦置く。

「どの結びだ?」

「「いつもの」」

「リン、ポニテぐらい自分でしろ。レン、お前は時間がかかるのをやらすな」

 そういいながらも火燐の髪を数秒でくくり、水蓮の三つ編みも手馴れた様子で作り上げる。

「マホは?」

「お団子」

「……面倒臭え」

 それでも十数秒で作り上げる。

「オラ、行って来い」

「「「行ってきまーす」」」 

 全員の髪形を作り上げると、一度ずつ頭を軽くたたいて送り出す。

 家の住民が一人になったところで、獅子怒も立ち上がる。

「いつまでに登校?」

「そうね。確か8時半ね」

「んー。送って行ってもらうっつってもちょっと遅いか?」

「ま、幸いにもここからだと大体1時間で着くわよ」

「じゃ、そろそろ行くかな」

 そういって鞄をもう一度背負うように持つ。

「髪、どうすっかな」

「ほっとけばいいじゃない。帝都だからきっと〈生物型(タイプ・クリーチャー)〉はいるわよ」

「それはそうだけど」

 獅子怒が心配しているのは髪の色。いくら〈生物型〉がいるといっても、不自然にしか見えないだろう。ちなみに狼華はすでに、光が当たると輝く銀色から普通の人と同じ黒色に超能力(スキル)を使って変えているらしい。

 はあ、と一度ため息を吐き、玄関へ移動する。

「それにしても意外よね。マリーが学校なんて。見つけたら理由を聞きたいわ」

「俺はお前がどうやって家に入ったかを聞きたい」

 そこでようやく、勝手に侵入したとしか思えない狼華に注意を向ける。

 振り向くと、こちらも華宮学園の制服ではなく、これから行く学校の制服であるセーラー服を着ている。

 疑問をそのまま尋ねると、何をいまさら、と言いたげな笑顔をしている。

 殴りたい、この笑顔。

「わかってるくせに。【鍵】はちゃんと【かかってた】わよ?」

「不法侵入です。お巡りさんを呼ぼう」

 そういって取り出した携帯電話で電話をかける。

「え!? ちょ、ごめんってば! 悪かった! 謝るから警察はやめて!」

「……なぜそこまで必死になるかとてつもなく怪しいのだが……」

 右手に持った携帯電話を必死に奪おうとする狼華を左手で制し、相手が出るのを待つ。

 やがて相手からの声が聞こえてくる。

「あ、警察ですか?」

「ちょ、シド! シャレになんないわよ?!」

「え、違う? あ、じゃあこれからそっち行くから車よろしく」

 通話を終了させる獅子怒。狼華に振り向き舌を出す。

 その顔を見て、今にも泣きそうな形相で顔面を狙った拳が突き出される。

 それをひょいひょい躱して外へ出ていく獅子怒。

「避けんな! 当たれ!!」

「誰が当たるか。そんなへなちょこパンチ」

 狼華の攻撃をよけながら、器用に家の鍵をかけ、そのまま家の前まで移動する。

 携帯電話で時刻を確認すると、現在時刻7:25と表示される。

「あちゃ。ちょっと遅かったかな」

 まあいいか、と適当に流し、早足で歩きだす。

「待ち合わせの場所まで大体10分。走るぞ、ロウ」

 いまだ攻撃を続ける狼華を無視して走り出す。それについて狼華も走り出す。

「待ちなさい! 逃げんな!!」

「遅れるだろ! 初日から遅刻なんかさせるな!」

 近所迷惑を考えず叫ぶ二人は、周りの人から注目の的となっていった。

「まさかババアがここまでするとはね」

 待ち合わせ場所である月宮家に着くと、派手な赤色の車が一台止まっていた。

「帝都に入るのには厄介だからな。保護者同伴で送ってやらなきゃ入れないよ」

 帝都はその名の通りこの国のトップである帝や国家首脳が住む、半径約30㎞の都市だ。

 場所は国のど真ん中に位置し、誰でも検閲を抜ければ入れるが、その検閲がとても厳しい。帝都に住むのはこの国の要人ばかりで、その中の学校もまたそういった人々の子息しかいない。

「ま、あんたらなら一度は行ってると思うが?」

「そうね。前に父様に連れていかれたわ。でも、中の人たちってこの上なく気持ち悪いのよねえ。私の時は大神家の財力狙ってしか近づいてこなかったもの」

 過去を思い出すようにしていた狼華が、いきなり自分を抱くようにして身震いをした。

「そりゃそうだ。中の奴らは、権力しか考えてない。気をつけろ」

「んなこと言われても困る。それに、本当にそう思うなら任務を取り消してくれ」

「それは無理だ」

 でしょうねー、とそっぽを向いてつぶやく。

「お、揃っとるな」

 すると、月宮家の玄関から声が聞こえる。

 出てきたのは和服の老人。大罪家の一角、憑宮の現当主である月宮豹鬼。

「いきなり呼び出してなんなんだ、ジジイ。さっさと行かないと、こいつらが遅刻するんだぞ」

「お前の暴走運転と強引な検閲抜けがありゃ、こっから30分程度だろ」

 豹鬼の言葉に、冷や汗が出る二人。

「ねえちょっと。こっから帝都まで大体60㎞よ? どんな運転するのよ」

「知らねえよ。俺だってババアの車は初めてだ」

 小声で会話をする二人。

 豹鬼と学園長はそんな二人を放って話を進めていく。

 会話がひと段落したのか、豹鬼が狼華に向かって何かを差し出す。

「ほら。これが通行証。こっちはクレジットカードだ」

「クレジットカード?」

「ああ。向こうの品物は現金で買えるモンが少ない。何か買うときはこれ使え。上限は特にないから好きなだけな」

「ええ!?」

 黒色のクレジットカードを何も考えず受け取った狼華が狼狽する。

「そんな、悪いですよ!」

「良いからもらっとけって。月宮は七神柱抜けばトップの会社なんだから。ほら、俺も持ってる」

 獅子怒がそういいながら自分の財布から同じ黒いカードを取り出す。

「それでも私は大神家の子供ですから、一応持ってますし」

「お前のは上限あるだろ。それだと一個買い物するともう使えねえの知ってるだろ」

「う。そ、そうだけど……」

 それでも受け取ろうとしない狼華に、豹鬼が無理矢理カードを持たせる。

「ならばこうしよう。使った分は後で返してもらう。向こうで何も買えないのは厳しいだろ?」

「そうですけど……。……わかりました。お金は後で絶対に返します」

「おう」

 狼華の返事を快活に笑う。

「さて。クソガキ。お前は通行証も持ってるな。さっさと乗れ。もう行くぞ」

「あいよ」

「わかりました」

 学園長が運転席に乗り込む。

 それに続いて獅子怒は車の助手席に乗り、狼華は後部座席へ乗り込む。

「気をつけろよ。中は中で危険だからな」

 豹鬼の忠告に頷きを返す二人。

「しっかり掴まってろ」

 学園長がそう注意すると同時に、車が急発進。いきなりアクセル全開で走り去っていく。

 二人の悲鳴が木霊するのを聞き、豹鬼は苦笑する。

「しっかりやって来い。中は、悪しか存在しないぞ」

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