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獅子が世界を喰らうまで  作者: 水無月ミナト
第二章 帝都・鷹藤
31/76

4話

 守護隊室に、今9人の人物がいる。部屋に足りなかった椅子は隣の教室からパイプ椅子を運んできた。

「シドー。指の震えが止まらないよー。どうしよー」

 学園長の後ろには、獅子怒のチームメンバーの3人も一緒にいた。

 その中の狼華が獅子怒へ銃を突きつけ、棒読みのように尋ねてくる。

「そうだな。ますは銃を下せばいんじゃない?」

「あ、それは無理な話」

「じゃあどうにもできねえよ! ちょ、グリグリすんな! 痛え!」

 隣同士に座っている二人のくだらないやり取りを完全無視し、残りの者たちで話を進めていく。

 ただ、海鯱だけは椅子の上に体育座りで俯いて何事かを念仏のように呟いている。

「……見られた見られた見られた見られた見られた……」

「おい月宮。その辺にして、さっさと帰ってこい」

 学園長が呼びかけるが、耳に入っていないのか顔を上げない。

「ったく……。で、城嶋。お前はまた期間を守らなかったのか」

「当然だ。俺にとって時間はごく限られたもの。有効に使うために、あんなクソ任務に一か月以上使えるわけがない」

「この【時間破り(タイムキラー)】が……」

 そういってため息を吐く学園長。

「【時間破り】、ですか?」

 チームリーダーの東雲アリスが、疑問符を浮かべながら聞く。

「そ。【時間破り】。J(ジャック)の星ちゃんはね、時間を守らないのよ。それが任務であっても、友達との約束であっても」

 その疑問に叶女が答える。

 星犀の通り名、といったところか。星犀は長期任務だろうが短期任務だろうが、自分の得がないと判断すると、一か月の長期任務を最速で一週間で終わらせたこともある。逆に自分に得がある場合、何か月でも続けることがある。

「お前のその我が儘で、どれだけの人が困ってると思う?」

「0人」

「もっと考えろ!」

 即答した星犀を叱る学園長。

「あと西志村。廊下の傷、お前の仕業だろ」

「え? あれはシーちゃんが避けるからいけないんだよ?」

「任務の成功報酬から差し引いておく」

「うわ。この鬼ー!」

 陽鹿の抗議を無視し、二枚の紙を取り出す。

「守護隊の任務(クエスト)だ。こっちは東雲のチームに直々に」

 そういって任務表を机に広げる。

「守護隊に? 珍しいですね」

 機能停止の海鯱に変わり、Q(クイーン)の叶女が対応する。

「まあな。といっても国からだ。そう難しくない。ただの定期国境警備だ」

「ちょっと待て。俺らに?」

 狼華に銃を何とかおろしてもらい、獅子怒が話に加わる。

「ああ。お前らに、直接、この任務を」

 言い聞かせるように学園長がゆっくりと言いながら、任務表を渡してくる。

「いらん。却下だ。破り捨てろ」

「あん? そりゃどういうことだよ」

 猫深が、即否定した獅子怒へ理由を尋ねる。

「当たり前だろ。俺らチームができたのは昨日。やった任務は警備だけ。それでなんで直接俺らのチームに依頼が来るか?」

「そりゃまあ確かに……」

「昨日の成果は不適合集団(アウトサイド)を捕まえた。仮にそれが評価されたとしても、昨日の任務は周辺の学校に配られていて同じ任務はありえない」

 先ほど、生徒会室で教えてもらった情報を加えて説明する。

「で、残された可能性は――」

 そこで説明に詰まる獅子怒。これを言おうかどうか悩んでしまう。

 狼華の方へ目を向けると、小首を傾げられた。海鯱の方に向くと、まだ俯いている。

「……残された可能性は、俺とロウだ」

「「「?」」」

 学園長と獅子怒が目を向けた相手以外、守護隊室の全員が疑問符を浮かべる。

「はは。やはりそこまで見抜くか」

 唐突に学園長が声を出して笑い出した。

「いや全く。お前の言うとおりだよ。正確には大神とクソガキ宛てだよ」

 そういってもう一枚紙を取り出す。

「お前ら宛てに来た任務の原文だ。ただ、1年生の間は単独任務は禁止。必ずチームでの任務となるから改編して持ってきた」

 そこで学園長が不敵な笑みを見せた。

「だが、クソガキ。その考えを見抜けないと思ったか?」

「クソババアが。だから東雲さんたちがいるのな」

「ああ。お前がリーダーにならなかったおかげでな。チームの意見はリーダーが決める。東雲からはすでに承認済みだ」

 獅子怒は大きくため息を吐く。

「え、ええと。ごめんね? 百獣君……?」

「ああ。いいよ。東雲さんは悪くない。ババアが元凶だ」

「大元はお前だよ、クソガキ。ってことで頑張って来い」

 そういって任務表を原文の手紙と一緒に渡してくる。

「任務内容は護衛。国内だが、一応境を越える。気をつけろ。あと、依頼主だが――」

「うえええええええええ!?」

「はあああああああああ!?」

 獅子怒と狼華が一斉に悲鳴を上げた。

「え、マジでこいつ?! なんでこっちにいんの!?」

「嘘でしょ!? こいつに護衛とか、マジないわー!」

「「いやあああああああああ!!」」

「……落ち着けお前ら」 

 叫び続ける二人に、呆れながら制止する学園長。

 それでもまだ挙動不審な二人。全身が細かく痙攣している。

「大丈夫か……?」

 猫深が心配そうな声で呼びかける。

「誰なの? 依頼主」

 獅子怒のチームメンバーは全員わかっているので、興味本位で叶女が聞く。

「ああ。依頼主はマリー・スチュアート。〈アイラギ〉の四大貴族の一角であるスチュアート家の一人娘だ」

 〈アイラギ〉は頂点を神とし、その下に国民をピラミッド型に分けることができる。その№2には、宰相を古くから務める四大貴族、同列に門外顧問としての四大天使が位置する。

 その下は特に区別はついておらず、庶民も大富豪も商人も同じ位置づけである。

「その四大貴族様の一人娘と、なんでお前らが知り合いなんだ?」

 猫深が疑問をぶつけてくる。

 獅子怒は少し口ごもる。説明すべきなのはわかる。同じチームで、これから任務をするのだから。だが、やはり過去を話すのには抵抗がある。

「昔、私たちが育った施設にいたのよ」

 話そうとしない獅子怒に代わり、狼華が説明する。

「そこである程度の教育も受けたんだけど、私とシドは成績よくってハブられて。で、同じ境遇にいたのよ。マリーも」

「ハブられた者同士の傷の舐め合いかよ」

 はん、と吐き捨てるようにいう猫深。

「ま、ほかにも4,5人いてな。そいつら全員まとめて【失格勝者(ロストルーザーズ)】。よく暴れたよ」

「シドが先頭立ってね」

「ロウが火を点けるから」

 互いに指をさし合って罪のなすりつけあい。どちらも悪いのだが。

「その中でも一際性格の悪い女よ。会いたくないわ~……」

「同感。けど、もう受けちゃったしなぁ」

 ハァ~、と二人して大きなため息を吐く。

「大体、マリーの戦闘力はかなり高いし、護衛がいるとも思えねえよ」

 学園長へそういう。

「だが、実際手紙が来て依頼された。無視するわけにもいかんだろ」

「どうだか。精査せずに報酬金だけで決めたんだろ? 依頼先が俺たちだし」

「ああ、そうだ」

 悪びれもせず、堂々と言い張る態度に嫌気が差す。昔から変わらねえな、と思いながら。

 だが、昔から変わらないのは昔と同じということ。この程度、獅子怒には予想できていただろう。

「カッ! わかったよ。やればいんだろ。で、いつからだ?」

「どちらも1週間後。必要なものはこっちで用意する。それまでに任務表を詳しく見ておけ」

 守護隊室での任務の詳細を聞き終え、獅子怒たちはいったん1-10の教室へ戻ってきていた。

 そこで先ほどの説明を踏まえて打ち合わせをする。

「ま、護衛と言ってもマリーの現在の写真がなく、書かれていたのは依頼主がいる学校だけ。簡単に言や潜入任務。1年がやる内容じゃねえとは思うが」

「確かにな。潜入任務なんか3年でやるもんだ。もう少し注意するべきだったな」

「ご、ごめんね。みんなに迷惑かけて」

「もういいよって。それに乗り込むのは私とシドだけだから、天津さんと東雲さんは外からバックアップお願い」

 全員で意見を出し合った結果、実際に任務を遂行する役は獅子怒と狼華。猫深とアリスは学校には入らず、必要な情報などを集める役に分けた。

「これが妥当だな。一応護衛だから、戦闘力が高い俺とロウが行くのがいいだろう。小さかったとはいえ、面影はあるかもだし、マリーを見つけやすい」

 その考えに全員が頷く。

「必要なものはこっちで逐一報告するから、それを調達してね」

「うん。わかった。……あ、ねえ」

 そこでアリスが何かを思い出したかのように声を出す。

「チーム名決めとかない? それにせっかく同じチームなのに苗字じゃよそよそしくない?」

 その言葉に、一斉に俯く3人。

「あ、あれ……?」

 その反応に動揺するアリス。

「い、嫌かな?」

「あ、いや! 俺はいいよ! 全然構わねえよ!?」

 獅子怒が勢いよく顔を上げ、必死に弁解する。

「俺はいいいけど……」

 そういって猫深と狼華に視線を向ける。

 二人は互いに睨み合っている。

「よろしくねー。ね、猫深……み!」

「あたしはつけ耳じゃないよ狼……ば!」

 どんどん険悪なムードになっていく。

「はあ!? 学生に老婆は言いすぎでしょ!」

「先にやったのはお前だろ!」

「私はそこまでひどくないじゃない!」

「人間じゃなくなってんだよ!」

 二人が取っ組み合いになりそうなほど近づいている。

「ハイハイ。喧嘩両成敗。仲良くしろ」

 呆れながら見ていた獅子怒が二人の間に入り、引っ付きそうなほどの距離だった顔を押さえつける。

「お前らのことだからそうなるだろうとは思ったが……。とりあえずお前らの問題だ。仲良く解決しろ」

「何言ってんのよ、シド! 仲良くできるわけがないじゃない!」

「そうだぞ、百獣! これまでのことを考えろ!」

 反論してくる二人に、大きくため息を吐く。

「分かった。じゃあ選べ。仲良くするか、解散か」

 獅子怒の言葉に、全員が耳を疑う。

「か、解散? そんなのできるわけないでしょ?」

「学園長に言えばいいだろ? なんで俺たちのチームだけランクAやBが揃ってんだ、って。最初に言ったようにこれは学園長が仕組んだモンだ。任務だって成績に入る。その任務は、1年の間だけとはいえチームで遂行する。これは完全にバランスがおかしい。これを生徒間に広めるだけでも効果は十分だ」

「確かにそうだけど、それって脅しでしょ? 学園長に効くの?」

「効かせる」

 断言する。それを聞き、少し考え込む二人。

 アリスは完全に驚き戸惑っている。

 実際、学園長にこのような手は効かないだろう。獅子怒にだってそれぐらいわかっている。学園長との関係が学園だけではないからだ。昔から知っているために性格も考えもよく読める。

「で? どうする?」

 これが効かなかったらどうしようか思案するが、二人の表情をもう一度見、必要ないなと思い直す。

「……わかったよ。仲良くすればいいんだろ、仲良くすれば」

「そうだよ、猫深さん」

「……気持ち悪い。慣れるまで大変そうだな、獅子怒」

「シドと別々は動きにくそうだし、仕方なしよ。猫深」

「お互い様だ。狼華」

 二人の仲直りを苦笑で眺める獅子怒。

「じゃ、一段落ってことで。次はチーム名かな、アリスさん」

「え、あ! うん、そうだよ獅子怒君」

 ホッと一息ついていたアリスに声をかける。すると、顔を少し赤くしながら振り向くアリスに、猫深と狼華がニヤニヤする。

「な、何よ! しょうがないじゃん! 男子に下の名前で呼ばれるの初めてなんだから!」

「うんうん。そうだよね」

「そういうことにしといてやるよ」

 奇声を上げながら二人に突っかかるアリス。

 それをひょいひょい避ける二人を追って教室を走り回る三人。

 すでに日が傾き始めているため、獅子怒が三人を無理矢理にも席へ座らせる。

「次はチーム名だろ。さっさと決めて帰るぞ。遅くなったら妹がうるさいんだ」

「なに? 獅子怒ってシスコン?」

「違う。全くの誤解だ」

 あらぬ誤解をかけられぬように即否定する。

「即否定あたりが怪しいよ、シド?」

「うるさい黙れ殺すぞ。そんなことよりも名前だ」

「そこまで怒らなくても……」

 一気に不機嫌そうになった獅子怒に、畏縮しながらなだめるアリス。

「とりあえず適当に案を出していこう。順番は獅子怒君、猫深さん、狼華さん、ね」

「暁」

「朧月」

「十六夜」

「却下」

 笑顔で否定された。

「椿」

「葉桜」

「山茶花」

「却下」

 同じく。

「☯☸ДЮ£」

「櫲涊㿗晥刃炉烏」

「World is mine」

「待って! なんて?! 今なんて言った!?」

「?」

「よにんでがんばろう」

「ワールドイズマイン!」

「獅子怒君はやっぱりわかってなかったのね! 猫深さんは無理に難しい漢字を使わないで! 狼華さんはただの願望になってる!」

 荒い息を深呼吸しながら整えるアリス。

 少し落ち着いたところで、

「これ、私たちのチームの名前なんだよ!? 滅茶苦茶言わないでよ! もっと私たちの共通点を入れて考えてよ!」

「そういうお前はどうなんだよ?」

 猫深に問われ、少し思案する。そして思いついた表情に変わると、

「えっと、じゃあ――」

「「「却下」」」

「早ッ! まだ何にも言ってないよ!」

「でも、どうせこの流れだと却下よね?」

「そうかもしれないけど……」

 狼華に言われ、勢いを失うアリス。

「落ち着け、アリス。お前が悪いんじゃない。この流れを作った奴が悪いんだ」

「それって遠まわしに私が悪いって言ってない?」

 ジト目で睨みつけられるが、笑って受け流す猫深。

「しょうがない。じゃあ真面目に【捕食直前】でどうよ?」

 猫深の提案に全員が疑問符を浮かべる。

「ほら。あたしたちのチームって中身(スレイブ)に肉食多いじゃん? でもアリスだけ草食だから、捕食直前」

「やめて! この上なく物騒で私が仲間はずれみたいじゃん!」

 えー、と不満気に膨れる猫深。

「……【赤信号レッドサイン】」

「「「は?」」」

 ポツリとつぶやいた獅子怒の言葉に全員が首を傾げる。

「いや、一応全員の名前をローマ字に解体して作ったんだけど」

「獅子怒、それはなー」

「うん。あれだよね、シド」

「獅子怒君。それはちょっと……」

 全員から白い目で見られる。

「ちょ、そんな目で見んなよ! 俺は中二病じゃねえぞ!?」

 あからさまな弁解に全員の視線がだんだん冷たくなっていく。

 その視線に怖気づき、後退を始める獅子怒。やがて全員からの視線を遮るように教室の隅に体育座りで顔を俯かせた。

 その姿を数分見続け、気弱な獅子怒を堪能したのか三人で話を再開した。

「まぁ、ああは言ったが、実際はほかのチームの奴らの名前も似たり寄ったりだったしなあ」

「そうよねえ。それにシドがいれば確かに危険だし」

「じゃあ、この名前で決定する?」

 そうだな、と二人が頷くのを確認する。

「とりあえず、明日私が提出しとくね。獅子怒君や狼華さんはいないし」

 そういって話し合いは終了、ということとなり、荷物を持ち出す三人。

 狼華が獅子怒に近づき、手を肩に置いて軽くゆする。

「シドー? 帰るよー?」

「……俺の案が通ったのに、この仕打ちですかー」

 遠い目をしてつぶやく獅子怒に、慌てて苦笑しながら謝る狼華。

「それはごめんってば。悪かった。ほら。妹たちが待ってるんでしょ?」

「もう十分遅えよ」

 それでもゆっくりと立ち上がって自分の荷物を持つ獅子怒。

 先ほどの話題で猫深が獅子怒をからかいながら、四人で校舎を出る。

 日はすでに暮れており、闇に呑まれた街へと帰っていく四人の影。

 その影を、校舎の屋上から見下ろす、また一つの影。

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