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獅子が世界を喰らうまで  作者: 水無月ミナト
第二章 帝都・鷹藤
29/76

2話

 4人は歩調を合わせて談笑しながら歩いていく。

 グループ名や大輪祭、目に留まった商店街の店など話題は尽きない。

(……それにしても、人が増えてきたな。視線が結構向けられてんのは学生だからか?)

 顔は動かさず、気配だけで周りを確認する。情報共有ということで、一応全員にアイコンタクトしておく。

 5時を回ったあたりから人が増えだし、そこから本格的に警備が始まった。

 現在は6時を少し回ったあたりで、商店街をすでに往復3回はした。

 警備の途中、何度目かになる大輪祭の準備をしている区画に差し掛かった時、突然何かを叩き割るような音が聞こえ、次に機械がショートする電気音が響いた。

 その直後、一軒の店から黒色で統一された服装の人物が飛び出した。

「待て! クソ野郎!!」

 店主の怒号も聞こえ、獅子怒が真っ先に走り出す。

「東雲さんはあの店で事情を聴いて。ロウと天津さんは路地裏の方から先回りして」

「ちょっと待て。なんであたしが路地裏に行くんだ? 大神と一緒に」

 獅子怒に続いて走り出した猫深は問い返す。

「だって天津さん、路地裏に詳しいんじゃねえの? それに、ロウは結構速いし、捉えた相手は見逃さない。逃げる相手は逃げやすい道を好むし、まだ説明がいるか?」

「もういいけど……なんでお前がそれを知ってる?」

「天津さんのことなら、猫は路地裏を好むだろ」

 獅子怒の返答に少しふてたような表情になる。

「全員ケータイはトランシーバー型にしといて。いちいち電話も面倒だし、一気に話ができた方がいい」

 そう支持を出す。それには全員が素直に応じる。

「さて。じゃ、本格的な任務の開始だな」

 獅子怒は商店街を突っ走る。ただ、人が多いため全速力が出せない。

 しかし、その条件は相手も同じはずだが一向に差が縮まらない。開くこともないが、これでは追い付けない。

 脚力に自信がないわけではないのだが、如何せん人が多い。

「チッ、面倒臭え。紅蓮、足に70%」

『承知』

 紅蓮の返答を聞いた瞬間、少し屈み、跳ぶ。

 店の屋根の上に着地し、そのまま追いかける。

 部分擬獣化(パーツチェンジ)をしたため、見る間に差が縮まる。

 屋根の上で相手と横に並ぶと、屋根を強く蹴って歩道に降りる。

「!?」

 相手は驚き、方向を路地裏へ変えて逃げる。

 獅子怒も反応するが、スピードが出ているため急ブレーキをかけても止まるころには相手を見失ってしまった。

「ロウ、天津さん。そっち行ったよ」

 携帯電話に話しかけ、情報を伝えて役を渡す。

「お、来た来た。シドの考えってよく当たるのよね~」

 路地裏を駆けていた狼華と猫深は、黒色の人影を見るとさらに加速する。

「的確すぎて気持ち悪いよ」

「ま、とりあえず捕まえようか」

 二人が追いかけていると、猫深が空き缶を蹴り飛ばした。

 その音に振り向く相手。すぐに前に向くと、相手がさらに加速する。

「何あいつ!? まだ速くなんの!?」

 全速力でも差が開いてしまうほどに相手は速い。

 身体的差があるのかもしれないが、〈生物型(タイプ・クリーチャー)〉の能力者から逃げるのは難しいはずだ。それを簡単にやってのける。

 だんだん息が上がっていき、相手がかなり小さくなってしまった。

 すると、黒かった相手の服装がいきなり明るい色に変わる。

「服を変えた?」

「というよりも上着を脱いだって感じね」

 相手はそのまま角を曲がると商店街に戻っていった。

「くそ、逃げられた!」

「百獣、そっち行った。次は捕まえろ」

 狼華と猫深の連絡を受け、そのまま走っていた獅子怒は、しかし相手がわからない。

 服装を変え、距離も離れて見えていなかったので、ますますわからない。

「くっそ、どいつだ?」

 あたりを見回して探すが、やはり見つからない。

 相手が走っていれば見つけやすいのだが、そのような人物は小学生くらいの子供しかいない。

「百獣君、捕まえた?」

「いや、まだ。今見失っちまって……」

 電話越しに話しかけて来たアリスに、申し訳なさそうに返す。

「えっと、店主が言うにはその人は男性でサングラスにマスク。いかにも不審者だよ」

「その情報はあてになんないよ。そいつ、黒いコート脱ぎ捨てた時にその二つも一緒に捨ててるから」

 猫深が会話に入ってくる。

「コートの下の服装は?」

「白のパーカー。赤と白の帽子もかぶっていった」

「了解。たぶん見つけられる」

 そういってまた走り出す。

 周りを注意深く見回しながら進んでいると、白のパーカーを着た男性を見つける。帽子はつけていないが、脱ぎ捨てたのだろうと思う。

 近づいてみるが、追いかけていた相手の背丈も似ている。

「ちょっとすいません」

 獅子怒は肩をつかんで話しかける。

 振り向いた相手は、獅子怒の顔を見ると少し表情を硬くした。

「なんですか?」

「いや、あなたによく似た人を追いかけてまして」

「はあ。どのような人でしょう?」

「ああ。さっきあなたに似た人といったのに、その質問はおかしくないですか? それに、一瞬顔を硬くしましたよね?」

 なぜですか? と問い詰めるように聴く。

 その質問に冷や汗を掻き始めた男性。

 逃げようにも、獅子怒が肩を強く握って離さない。

「さあ。質問に答えてください」

 もう一度問う。

 相手は顔をゆがめると、手を振り切って逃げだす。

「ありゃ。力が足んなかったか」

 残念そうにつぶやくと、獅子怒も追いかけて走り出す。

 一歩で初速をつけ、二歩で加速する。三歩目ですでに最高速度に達する。

 あまり離れていなかったこと、人混みが少し開いていたこと、などからすぐに追いつく。

「くっそ……!」

 相手は悔しがるように吐き捨てる。

「こんなもんかよ?」

 獅子怒が横に並びながら問いかける。

 すると、相手が少し笑った。

 その表情に疑問を感じた時、さらに相手が加速した。

 驚いた獅子怒が慌てて手を伸ばす。手が相手の体に触れる瞬間、バチッ、と静電気が起きた時のように反射的に手を引っ込めてしまう。

(なんだ今のは?)

 思っているうちに差が開く。人が密集し始めているために、今度は追いつけない。

「手間ァかけさせんな!」

 叫ぶと同時に斜めに跳躍。左の店の壁に移動し、足が着くともう一度跳ぶ。三角形のように跳躍し、相手の前へ立ちふさがる。

 相手は方向を変えようと足を踏ん張り急停止しようとする。

「面倒臭えんだよ!」

 拳を作り、腹へ一発当てる。相手が飛ばないように少し斜め下へ向けて。

「ごはっ!」

 歩道へ叩きつける。

「やべ、強すぎた」

 相手は叩きつけられると同時に気を失ってしまった。

「ま、これで逃げねえし結果オーライってことで」

「なんないわよ」

 携帯電話越しに狼華に言われる。

「いいじゃん別に」

 拗ねたように返し、携帯電話の相手からの音量を0にする。これでこちらの声は相手に聞こえるが、相手からの声は聞こえない。

「それにしても、さっきのは何なんだ?」

 静電気が起こった時のような刺激を思い出し、寝ている相手を触れてみる。

 すると、やはり先ほどと同じように電気が走る。

「……こいつか」

 獅子怒は相手の全身を見、腰につけてあった機械を目に留めると取り外す。

「これは、体外用増幅器(スキルアッパー)……?」

 体外用増幅器とは、自分の超能力をこの機械によって強くするもの。完成度が低く、実用化はされていないもののはず。

「電気使いか。生体電気で体を強化してたんだろうけど、こんなん使う奴って……」

「オレらしかいねえわな」

 後ろからいきなり声がした。後頭部に何かを押しつけられている感触もある。

「振り向くな。一瞬で頭が飛ぶぜ?」

「なるほど。こいつは囮か」

「理解が早いな。さすが害獣(ビースト)の男だな」

「知っての犯行、さすがだよ不適合集団(アウトサイド)

 ククッ、と二人同時に低く笑う。

 害獣とは〈生物型〉の能力者(スキルホルダー)の蔑称。特に男子に言われる。〈自然型(タイプ・ナチュル)〉の能力者にも言われることはあるが、ほとんどが超能力(スキル)に適合できなかった人々が使う。

 不適合集団とは、その名の通り超能力に適合できず、社会にも適合できなかった、いわばゴロツキ。中には能力者もいるが、力が極めて微弱なものしかいない。倒れている相手は後者の方だろう。

「俺に鉄パイプが効くと思ってんのか?」

「バカか。パイプなら肩に置くだろ。頭に突きつけるのは銃しかねえだろ」

「〈アキレマ〉からの流れ物の粗悪品を使うなよ。手が吹っ飛ぶぜ?」

「そんくらい覚悟の内だ」

「ま、大神にケンカ売るほど馬鹿じゃねえとは思うから、〈生物型〉を狙っての犯行だな」

「ああ。この時期になると、絶対に来るからな。初任務の初々しいお子様が」

 ククッ、とまた二人で笑う。

 気配は4人。残りの3人は銃を持っている奴を人目から隠しているのだろう。

「まさか巡回中から目をつけられるとは思わなかったぜ。あの視線、全部お前らのだろ?」

「害獣は見分けやすいからな。色彩豊かだよなぁ、髪の色」

「なるほど。で、こいつが逃げてたのは俺らを分断するため。警備なら何か起こしゃ追いかけるからな。こいつが引き返して逃げたのはお前らがこっちにいるから」

「そうそう。あのたこ焼き屋の近くだぜ」

「そうか。なら」

 そこで獅子怒が立ち上がり、口角をつり上げて笑う。

「顔を見られないように後ろを向かせないのはうまいが、喋り過ぎだぜお前ら」

「あ?」

 瞬間、獅子怒に銃を突きつけている一人の頭の方から何かが当たる音が響く。

「「「!?」」」

 人目から隠していた他の3人が驚く。

 3人が視線を向けた先には小柄な少女が槍を振り切っていた。

 しかし、3人ともがすぐに正気に戻ると、腰に手を当てる。

「遅え!」

 獅子怒が振り向き様に右にいた一人の顔面に拳を入れる。

 殴られた衝撃で後ろに倒れこむのを視界の端で確認しながら体を回転させ、背中に手を突っ込む。

 背中にいれた手を振り抜きながら掴んだ天叢雲剣を納刀したままぶん投げる。

 鞘の石突きが一人の顔面に当たる。同時にアリスが槍の石突きで残った一人の腹を突く。

 前屈みになった一人を獅子怒が腕を締め上げる。

「いてえええ!」

 悲鳴を上げる相手に、容赦なくさらに力をこめる。

「さて。少し静かにしとけ。すぐ警察呼ぶから」

 刀が当たり倒れた者はアリスが、リーダー格ともう一人は駆けつけた狼華と猫深に押さえつけられている。

「てめえ……!!」

「ま、囮はお前らだけが使えるもんじゃあねえわな。それに、囮になるのは一番強え奴がやるもんだ」

 リーダー格の相手へ向かって話しかける。

「喋り過ぎっつたろ。大体の場所の位置、武器、人数、どんな奴かがわかれば見つけることはできる。それに、色彩豊かだろ?」

 獅子怒は髪を持ち上げながら言う。

 獅子怒は携帯電話の通話を切ったわけではない。相手からの音量を0にしただけであり、獅子怒からの声は聞こえ、3人で会話もできた。だから3人がすぐに駆けつけられた。

「おとなしくしときな。抜けられるとは思わねえが、次はどっかケガするかもな」

 不敵に笑って、人をかき分けてくる警察に手を振った。

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