20話
「あれ、絶対反則だよ」
決闘大会が終わり、閉会式の後。獅子怒と狼華は教室へと戻っている時、狼華が決勝の結果について愚痴を零していた。
獅子怒も、まあねえ、と頷きながら話を聞く。
「私たちが勝つ運命を否定するとか、普通しないでしょ」
そう、ネロは最後の最後に運命を否定した。
「仕方ないよ。会長が次の否定を出すまでのインターバルに攻撃が間に合わなかったんだから」
「会長は獅子怒の役目だったよね?」
ジト目で言ってくる狼華に、笑ってごまかす獅子怒。
ネロが、獅子怒たちが勝つ運命を否定したために、獅子怒は刀が手からすっぽ抜け、狼華も撃ちこんだ弾がいきなり横へ逸れた。それでも狼華は【嘘遊び】で反撃しようとしたが、海鯱に【平和主義】をすでに使われており、発動できなかった。
運命のような、大規模な否定は後々にとんでもないリスクが伴うものだが、ネロ曰く「あれはどちらが勝っても、百獣ちゃんと大神ちゃんの運命を大きく変えるようなものでない」らしい。簡単に言えばどうなろうが結果は同じだと言われた。
「ま、観戦席には他国の人も他校の教員もそれなりにいたし、あそこで負けてたら会長たちが弱いと思われて攻め込まれる可能性もあったわけだから、結果オーライってことで」
獅子怒は自分なりに考えたことを狼華に伝えるが、それでも狼華は納得がいかないらしい。
「それにしても、テスト免除とか羨ましいなー」
優勝クラスへの褒美とは、毎回変わるらしいが、今回は定期テストの免除だった。
そして、優勝したクラスは1組。前半の部での勝ち点が多く、後半の部のクラス対抗決闘で負けても優勝は揺るがなかったらしい。
そのことにも狼華は納得いかないまま教室についてしまった。
「ま、過ぎたことを考えても仕方ないんだから、これからのことを考えようぜ」
む~、とまだ唸る狼華を見て苦笑しながら教室へ一緒に入る。
扉を開けて目に入ってきた光景に、二人とも固まる。
クラス全員が、扉の前に整列していた。
「……え、えー、っと? 東雲さん? に聞けばいいのかな?」
獅子怒が、完全に怯えきって背中に隠れた狼華に変わって聞く。
「これは、どういうことかな?」
戸惑いながらも、クラス委員であるアリスなら教えてくれるだろうと思い、一緒に並んでいるアリスに聞く。
「けじめです」
簡素に答え、全員で一斉に頭を下げてくる。
その動きに少し驚く。
「大神さん、今までごめんなさい。百獣君も、いろいろありがとう」
代表してアリスが言ってくる。
他の生徒も声には出さないが、反省していることはわかる。
「……だとよ、ロウ」
背後の狼華に向かって言い、前に出てくるように手を引く。
狼華は顔を赤くして俯いている。
はぁ、とため息を吐き、先に口を開く獅子怒。
「俺は別にお礼を言われるようなことをしていない。何か変われたと思うんなら、それはお前ら自身で変わったんだよ」
照れ隠しに上を向いて、髪をガリガリと掻きながら。
獅子怒は隣の狼華にも何か言うように促す。
「え、っと。謝るのも認めてくれるのも勝ったら、じゃなかったけ……?」
狼華は言うことが見つからず、そんな皮肉を言ってしまう。
それを聞き、クラスメイトは顔を上げる。
「そうだったよ。でも、あんな戦い見せられて、あたしたちの代表として戦ってくれて、認めないわけにはいかないでしょ」
猫深が、クラスの総意だというように言ってくる。
それを聞き、狼華はさらに赤くなる。
「そ、そんなこと言わないでよ……! 私はただ、シドについてっただけだし……!」
「ま、認めてもらおうと思ってたわけだし、目標達成で終わって良かったよ」
獅子怒がそう言った時、校舎に備え付けられているスピーカーから全校放送が流れる。
『学園長から全校生徒に伝えます。これから、任命式を執り行うため速やかに体育館に集合してください』
会長の声が、学園全体に響き渡る。
『あと、百獣獅子怒。絶対に逃げるなよ』
いきなり学園長の声が聞こえたかと思うと、ブツッ、と強引に切れた。
逃げの態勢に入っていた獅子怒は、走り出そうとした恰好で固まっている。
ポン、と狼華に肩を叩かれ、振り向けば「残念でしたね」と言いたげな笑顔をしている。
その行動を見ていたクラスメイトから、誰からともなく笑い声が起きる。その笑い声を聞き、獅子怒も狼華も笑い出す。
こんなことがずっと続けばいいのに、と獅子怒は思うが、いや違うか、と考え直す。
こんなことをずっと続くように、このクラスを引っ張っていこう、と勝手に思わせてもらうことにした。
これからどんなことがあろうと、この笑顔を守り、絶やさないように、と。
☆
学園長の強引な招集であったが、5分経つ前に全校生徒が体育館に集まった。
1年10組が体育館に入ると、1年だけでなく、2・3年からも称賛を浴びた。
10分後にはきちっと静かに整列し、学園長の登場を待つだけとなっていた。
整列が終わり、1分もしないうちに学園長が壇上に上がってきた。後からネロと海鯱もついて出てくる。
学園長が中心に立つと、会長がマイクを持つ。
「それではこれより、生徒会、および守護隊の全権代理の任命式を行います」
それを聞き、体育館全体がどよめいた。1・2年生は何のことかわからず疑問符を浮かべているようだが、3年生は違い、意味を理解しての動揺だろう。
「全権代理という言葉は、1・2年生には聞き慣れないことですので、軽く説明いたします」
咳払いを一つして、ネロは説明を始める。
「まず、生徒会における全権代理について。生徒会の五つの役職、生徒会長・副会長・書記・会計・庶務がありますが、これらすべての役職の代理をすることになります」
ネロが言った役職は、言った順に権力が強い。また、この華宮学園ではこの国の主導権を握っているため、他国との外交も行う。
生徒会長はその全権限の決定権があり、そして副会長はその補佐をし、書記はよく軍事について参謀役となり、会計は予算案や国の金融についての進言を、庶務は外交や国の指揮に忙しい生徒会長の代わりに学校の生徒をまとめる、いわば普通の学校の生徒会長。
そのすべての代理をすることになる、と言っている。
「もちろん、いつもというわけではありません。役職者が不在の時、または代わりを任された時にのみ、仕事となります」
説明を終え、海鯱にマイクを手渡す。
「次は守護隊の代理についてだな。皆も知っての通り、守護隊はトランプを模している。その役職は、総隊長、救護班長、遊撃隊長、諜報隊長だ」
海鯱が言った役職は、生徒会と違い、一つ一つの権力は同じ。そして、生徒会と同じく国の軍事についてすべてを請け負っている。
戦争が起こったとき、学校の総指揮を執るのが総隊長。救護班長は文化系の部活動者を率いて救護を行う班の指揮を執る。遊撃隊は体育系の部活動者を率いて最前線で戦う隊の指揮を執る。諜報隊長は体育系の部活動者の中から身軽で諜報に長けた者を集めて率い、敵の諜報を行う隊の指揮を執る。
「こちらも生徒会と同じように、役職者が不在の時、または代わりを任された時にのみ、指揮を執ってもらう。どのカードにもなる、いわば切り札だ」
説明を終え、マイクを学園長に渡す。
「3年は知っているだろが、2年前はこの生徒会長・霧崎ネロがこの役職についていた。だが、この全権代理は全てをこなせる化け物でないと務まらん。さらに言えば、化け物でないとお偉方がこの役職を絶対に認めん」
そして、一呼吸置く。
「だが、今回の決闘大会を一般公開し、決勝をお偉方が見、この役職に就くことを認めたため、今年はこの役職の任命を行う」
そう言い、全校生徒を見渡す。
全校生徒のほとんどがもうすでに気付いているだろう。
「人徳もあり、実力もあり、人を惹きつける魅力もあり、発言力もあり、医術の知識もあり、戦闘力もあり、口もうまく、抜かりなく、ずる賢く、仲間のために熱くなれる化け物など一人だろう?」
学園長が、褒めているのか貶しているのかわからないことを言う。
「さあ、そんな怯えずに出てこい。それとも名指しで呼ぼうか?」
そう聞かれる。だが、名指しで呼ばれようが、自分から出ようが、結局同じことだ。
獅子怒は大きくため息を吐く。
「1年10組、百獣獅子怒。前へ出てこい」
獅子怒は薄々感づいていたのだ。放送で逃げないように釘を刺された時から、面倒臭いことになるだろうと。
もう一つ、大きくため息を吐き、前へ出る。
壇上へ上がり、学園長の前へ立つ。左右からネロと海鯱に挟まれる。
最悪な状況だ、と思う。部活でさえ面倒臭いと言っていたのに、さらに厄介な役職を押し付けられるとは。
全校生徒の見られる中、獅子怒は任命書を受け取る。
「……礼なんかねえからな」
学園長を睨みながら言う獅子怒に、学園長は鼻で笑ってやる。
「次は全権代理および切り札……長いな。全権代理でいいか。」
ここで学園長の面倒臭がりがでて、役職名を統一された。
「次は全権代理による任命挨拶だ」
「はあ!?」
いきなり言われ、獅子怒は混乱する。聞いてねえよ、というが、左右から、まあいいじゃん、となだめられる。
それでも獅子怒は反抗しようとしたが、全校生徒の前だ。あまり悪い印象与えてもいいことはない、と思い、必死にあいさつを考える。
あまりありきたりすぎるあいさつも嫌だな、と余計なことを考えるからさらに思いつきにくくなった。
長く待たせるのも悪い思い、仕方なく今考え付く限りのことを言うことにした。
「あー、と。俺は正直こんな役職もらっても迷惑だ」
初っ端から不満をぶちまけた。
「全権代理ってなんだよ。どうせ面倒臭え仕事押し付けられるんだろ」
悪口になってしまって、全校生徒に悪印象を与えているのは間違いないのだが。
それでも、自分の気持ちをそのまま全校生徒に伝える。
「だが、なっちゃったものは仕方なし。できる限りの有効活用させてもらう」
そして、深呼吸をする。一度気持ちを整え、はっきりと宣言する。
「俺は、この世界を喰らい尽くす!!!!」
全校生徒の度肝を抜く。
いつの間にか、左目だけ赤く燃えている。
「俺が、この国も、神の国も、悪魔の国も、妖怪の国も、全て喰らい尽くしてやる!!」
そして、
「この世界を全て守れるような、そんな覇者に、王になる!!」
だから、
「俺はお前らに無茶を強いると思う。無駄に国を乱してしまうと思う」
それでも、
「俺はこの世界を全て統一してみせる!!」
そこまでを叫ぶように言い終えると、今度は必要最低限の声量で言う。
「その途中、俺は道を間違えるかも知れないし、お前らの期待を裏切るかもしれない」
そんなことになれば、
「お前らは俺を後ろから刺せばいい。踏み倒せばいい。喰い殺せばいい」
だから、
「もし、お前らの考える正義が俺のやっていることと同じならば、俺を手伝ってほしい」
これが、
「全権代理、および切り札の挨拶だ」
最後にもう一度。
声を張り上げて、
「俺はこの世界を、余す所なく喰らい尽くす!!!!」




