追憶6
少年は一人、屋上から空を見上げてた。
普段は鍵が掛けられ、立ち入り禁止の屋上。校舎の壁をよじ登ってきた少年には関係ないことだ。
4階の屋上では、風が少し強く吹いている。フェンスに肘をかけ、今度は下を見る。
現在、校庭では中学最後の球技会の真っ最中。種目は男子はサッカー、女子はバスケ。体育館からはボールを打つ音と、靴が滑る音が聞こえる。
校庭からも歓声やブーイングが聞こえる。
「球を追うのが、そんなに楽しいかねぇ」
少年は小さく呟く。声は風に乗って、すぐにどこかへ行ってしまう。
「……そろそろ、我が主が起きる頃、か」
不貞腐れたように聞こえる声は、残念な気持ちや嬉しい気持ちが混じりあっているように聞こえる。「バカ、そこは右だよ」
校庭のサッカーの試合を見ているうちに、自然と声が漏れた。
「これだから使えん」
「なら参加すればいいじゃない」
声が聞こえたが、気配は感じていたので振り返りはしない。
「シーちゃんのクラス、負けてるんでしょ?」
「ああ、そうだな。数も技術も段違いだな」
ククッ、と小さく笑う。何がおかしいのかわからないが、確かに笑った。
今、獅子怒のクラスは決勝まで残っているが、押され気味だ。2対3と、まだ勝てる試合ではあるが。
「ここで勝ったところで、女子が負けていれば意味なし」
「そうかもだけど、最後まで頑張るもんでしょ、こういうの」
「ハッ。頑張る、頑張るねえ。それで何が貰える?」
「優勝だろ。それかクラスの絆」
「笑わせる。あの動かない奴も含め、勝利すれば絆が持てるのか? 答えは否だ」
嘲笑し、自嘲する。参加もしていない自分には、絶対に絆などないから。
今までクラスメイトとともに成し遂げたことがない少年にとって、すでに絆ができる余地すらない。
「それでも、ここでシーちゃんが行って、そのおかげで勝てればヒーローだぜ?」
「それこそ笑わせる。我が行き、勝利して得るものは非難だ。貴様などいなくても勝てた、ってな」
低く笑う。そこにどんな感情があるのかは全くわからない。
漆黒の髪の少年は、それを見て、こちらも小さく笑う。
「そんなに馴れ合いが嫌い? シーちゃんならそういう非難すら打ち砕きそうじゃない」
「我の問題ではない。我が主の問題だ。起きた時に取り返しがつかないような状況にはできんよ」
「大丈夫だよ。取り返しがつかなくなってても、俺だけはちゃんと味方だからさ」
そう言って笑顔を向けてくるのに対し、少年は無表情で見返すと、突然うずくまった。
「……恥ずかしくないか?」
「めっちゃ恥ずかしい」
少年はため息を吐きながら、髪を無造作に掻き上げる。
「仕方ない。貴様がそこまで言うなら、我も参加しよう」
少し笑い、フェンスに足をかける。
漆黒の髪の少年はその行動を見て、明るく笑う。
「シーちゃんはやっぱ、動いてる方が似合ってるよ」
「ハッ」
フェンスから飛び降り、校庭に砂塵を巻きながら着地する。
それを校庭の全員が驚いたように見ている。
少年はそれらを一瞥し、コートへ走り出す。
「テメエらが情けないから参加してやる。我の前で敗北は許さん!」
大声で言うと、自チームのゴール前にいた生徒からボールを奪う。そこから一気にボールを蹴りつけ、一点返す。
それを見た生徒が一斉に動き出す。中断したゲームが再開される。
少年はただ強引にボールを奪い、奪った場所からゴールを狙う。
クラスメイトにもパスは出すが、パスが出されることはない。
それでいいと思う。別に馴れ合いに来たわけではないのだ、と。
「我が参加し、勝てればいい、過程よりも結果、か」
何度も自分に言い聞かせるように呟いていた言葉を、今度は自分に言ってみる。
ゲームはまだ始まったばかりだ。




