19話
観戦席のボルテージは上がり続けている。一度は冷めた興奮も、王の戦いに魅せられ、一気に最高点に達した。
生徒のほとんどが立ち上がり、声援を送っている。
「仕方ないわねえ」
苦笑しながら狼華も決闘場へ降りていく。
4人での戦闘が再開され、さらに会場が沸く。
「……」
アリスはその観戦席も含め、全体を見渡す。声援を送らず、冷え切っているのは1年10組だけだ。一般席ですら、よく知らない1年の代表を応援している者もいる。
その事実に、違和感を覚えずにはいられない。
「ねえ、応援しようよ」
クラスに問うてみる。だが、反応も返事もない。否、少し気まずい雰囲気が流れたかもしれない。
「こんなのおかしいよ。他のクラスの人や、会長、総隊長のクラスですら、私たちのクラスの代表を応援してくれてるのに、なんで同じクラスの私たちが応援しないの?」
返事はない。クラスメイトを見渡してみるが全員、目を合わそうとしない。
「……応援なんか、できるわけないだろ」
返したのは猫深だ。
「あたしたちは大神を、強硬手段で排除したんだぞ。そんな奴らが、手のひら返したように応援なんかできるわけが無いだろ」
呟くように言う。他のクラスメイトもほぼ同じような意見だろう。
「ここであたしたちが応援すれば、大神を認めないといけない」
ここで認めたら、今までしてきたことが全て正しくなくなる。
「でも、2年性や3年生にも大神さんを目の仇にしてた人もいるよね? その人たちもきっと応援してるよ?」
「他人は他人、だよ。あたしには関係ない。だから、どうしようもない」
「……」
アリスは黙ってしまう。何を言おうが、無駄に思えてしまうから。
それでも、必死に言葉を探す。この際、綺麗事だろうが何だろうが何か言葉を探した。
「……確かにそうかもしれない」
アリスは何とか探し当てる。
「でも、大神さんはそんなこと気にしないんじゃないかな?」
「大神がどうとかの事情じゃない、あたしの思いなんだよ」
「私が大神さんの居場所を無くした。それは事実だよ。たとえ、天津さんの命令だったとしても。私はそのことを許してもらおうとは思わない。罪を背負うとか、そんなたいそうなことはできないけど」
言葉を選びながら、ゆっくりと話す。
「私は大神さんに、私が認めてもらおうと思うよ」
強い意志を持って。宣言するように。
「……」
猫深は黙る。そんな強い思いを言われても、返答できない。
「何よ、そんなに揃いも揃って私に許して欲しいわけ?」
いつの間にか、狼華がすぐ下にいた。
「お、大神さん!?」
アリスも猫深も、クラスメイト全員が驚く。狼華はその顔を見て笑っている。
「辛気臭いわねえ。別にあたしはあんた達を許すとか、認めるとか、そんなこと絶対にありえないから」
アリスが決心したことを、バッサリ切り捨てるように言う。
その言葉に表情が固まる。
「私、別に過去のことをどうこう言うつもりはないわ。応援したいなら勝手にしなさい」
そう言い、獅子怒たちの方へ振り向く。クラスの全員はそれでも迷っているようだ。
その中で猫深は歯ぎしりをして、
「応援してやるよ! だから、勝ってこい! 全部私が悪かったって、認めてやる! 謝ってやる!」
叫ぶ。手すりを握りしめ、腹の底から声を出す。
「だから、勝ってこい!!」
言い切る。後ろ姿の狼華に向かって。
それを皮切りに、クラス全員が応援を送る。
「……うれしい」
笑みをこぼし、小さく呟く。初めての応援。背中を力強く押してくれる。
「負ける気がしないね!」
そう叫び、獅子怒たちの戦闘に突っ込んでいく。
その姿にさらに応援を送ってくれる。
〈勝て〉と願うクラスメイトに、〈勝つ〉と覚悟を決めた二人。
ようやく1年10組が〈勝利〉を望み、一つになった。
☆
獅子怒は狼華が帰ってくるのを確認すると、一度ネロたちから離れ、狼華と並ぶ。
「認めてもらえた?」
「ええ、勝てばね」
笑いかけながら聞く獅子怒に、笑顔で返す狼華。
獅子怒はその内に天叢雲剣を拾い、腰に差す。
「流石だね、百獣ちゃんに大神ちゃん。本当に強い。ここのほとんどの人が君たちを応援してるよ。嫉妬してしまいそうだ。私の〈支配〉を受けない相手なんて、本当に珍しい」
ネロは感心するように言う。自分のクラスも二人を応援していることに気付いているのだろう。それでも嫌味ではなく、心の底からそう思っているのがわかる。
「流石の人徳だ。誰もが君たちに惹き付けられている」
「悪いけど、俺が欲しいのはより多くの声援じゃない。その真逆、たった1クラス分で十分だ」
笑顔で獅子怒は言うが、ネロはその言葉の意味がよくわからないように首をかしげている。
海鯱はその獅子怒の表情を見ると、少し笑い、ネロに彼らの後ろを見るように示す。
それでようやく気付くネロ。
「なるほど。ははは、流石王様だ。一番身近な人たちからまとめにかかったのか」
ネロはさらに、先程よりも感心するように言う。
そして見る。彼らの後ろの観戦席を。クラス全員が立ち上がり、手を口に当て、声の限りで応援を送っている。一番冷めていた場所が、今では一番沸いている。
「俺は、俺達はこれだけで十分。これだけで十分戦える」
「絶対勝たなきゃ、って思える」
獅子怒と狼華が言う。そして構える。
「さあ、この決闘を終わらそう」
「私たちの勝利で!」
1年代表が宣言する。
「悪いけど、上級生としてそれは認められない」
「私たちのプライドを懸けて、勝たせてもらう!」
2・3年代表が宣言する。
そして、最後の交錯へ。
譲れない信念を持って、貫き通すために。
☆
同時に動き、同時にぶつかり、同時に攻撃する。
獅子怒と狼華は先程の戦いと同様に、敵の間に入り、入れ替わりながら戦う。
ネロと海鯱は間に敵を置き、両方向から休みない攻撃を加え続ける。
獅子怒は拳を、狼華はDEを、ネロは鉄扇を、海鯱はPMを。
それぞれがそれぞれの一番使いやすい武器を使い、出し惜しみなく、全力で戦う。
そのまま戦い続ける。実際には数十秒ほどの激闘だろうが、体感では何時間にも及ぶ死闘だ。それでも戦い続ける。
そして、何度目かの入れ替わり。
「決めるぞ、ロウ!」
「任せなさい、シド!」
お互いを呼び合い、息を合わせて替わると、獅子怒が足を振り上げる。
「震脚か!」
海鯱はそう判断すると振動に耐えるように足を踏ん張る。
「揺れろ!」
ダンッ!! と勢いよく踏みつけ、揺れが生じる。床に足形を残し、初めの震脚の様に決闘場全体が揺れる。
揺れる中を、ものともせず襲い掛かる。
「【揺れ】を【否――」
だが、何かおかしい。この激しい揺れを起こすのも、その中を普通に走ることも、そして何より、何故か獅子怒が銃を撃つ構えを、狼華が抜刀の構えをしている。
(……?)
ネロはそれらを確認すると、瞬時に考える。そして答えを導く。
その様子に気づいた狼華はネロに聞く。
「どうします? 会長!」
にぃ、と笑い、獅子怒の声で。
「そういうことか……!」
疑惑は確信に変わる。
おそらく今、獅子怒と狼華の姿は【嘘遊び】により入れ替わっているのだろう。それを気付かせないための入れ替わりながら戦っていたのかもしれない。そして、この揺れも、おそらく【嘘遊び】によるもの。ならば揺れを否定しても意味がない。嘘でできた、偽りの揺れだから。
きっと獅子怒はこの結末だけを見据えていたのだろう。そのために、この戦いの初めに震脚をやって見せた。そうすることで嘘の揺れも、実際に獅子怒の震脚によるものだと錯覚させられる。この揺れの中、体制を保つのは難しい。そこを狙い、とどめの一撃にしようとした。
そして今二人ともが揺れをものともしないのは嘘だと分かっているから。
そこまでを一瞬で考え、結論を出す。
「ならば、大神ちゃんの【嘘】を【否定】する!」
言った瞬間、否定されたものは、獅子怒と狼華の姿。揺れは、収まらない。
「なに……!?」
その事実に驚愕するネロ。
そして、狼華の姿から獅子怒に戻った本人は、勝利を見据えた笑みで言う。
「気付いてくれると信じてたぜ、会長!」
つまりはこうだ。獅子怒と狼華の姿が入れ替わったのは、先程の呼び合った時。
震脚をする時、獅子怒が足を振り下ろすと同時に、狼華も足を振り下ろしていた。タイミングをピッタリと合わせ、あたかも獅子怒がしているように見せかけた。その時、一番初めに獅子怒本人が残した震脚の足形に、獅子怒の足がちょうど踏まれるようにもした。
そして揺れの中をものともせず走れるのは、どちらもが獅子怒が観戦席に跳んだ時のように足だけ部分擬獣化したからだ。脚力を強くし、獅子怒は力づくに揺れる床を走り、狼華は元からバランス感覚が良いので、駆け抜けことに集中し。
この作戦は、ネロが何も気づかず揺れを否定していれば失敗だった。揺れは収まり、獅子怒と狼華の姿も入れ替わらなかった。しかし、ネロは深読みしすぎた。
「そして会長の【否定論者】は連続して使えない! 暗器を否定できなかったように!」
獅子怒は刀を抜き放つ。狼華も銃の引き金を引く。
獅子怒の刀はネロの頸動脈を的確に捉える軌道、狼華の弾は海鯱の頭を撃ち抜く弾道だ。
防御は間に合わない。避けることももう遅い。が、ネロも海鯱も武器を構える。
「俺達の勝ちだ!!」
獅子怒が勝利を確信し、叫ぶ。
それを聞き、ネロが初めて笑顔を無くした。
細い目に、かすかに光が宿る
「悪いけど、それは認められない」
低い声で、聞こえるか聞こえないかの声量で呟く。
「【 】を【否定】する」
瞬間、二つのブザーが鳴り響く。
機械の音が、決闘の終了を告げるため、響き渡る。
そして、勝者は――。




