表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獅子が世界を喰らうまで  作者: 水無月ミナト
第一章 華宮学園
24/76

18話

 仕切り直した戦いで、初めに仕掛けたのは獅子怒。

 足を強く踏み込む。

 ダン!! と渾身の力で。

 瞬間、床が揺れ始める。否、闘技場自体が激しく揺れる。

「これは、震脚か!」

 立つのもままならないほどの揺れ。片膝をついて耐える海鯱とは対照的に、ネロは立ったままだ。

 獅子怒と狼華は揺れをものともせず走ってくる。

「【揺れ】を【否定】する」

 ネロが呟くと、揺れが一瞬で収まる。が、ネロは疑問する。

(どこにこれほどの力が……?)

 しかし、収まるころには獅子怒たちは射程圏に十分近づいていた。

 獅子怒はすでに刀を抜いており、そのまま切っ先で突いてくる。

 何度も突き続ける。が、ネロにはかすりもしない。すべて、避けている。

「全部避けるかよ……!」

 突き続けながら、ありえないとでも言うように。

「いやいや、こんなもので驚いていちゃ困るよ」

 ネロは涼しい顔で言ってくる。

「こんなもの、経験則でわかるさ」

 全ての突きを躱しながら、そう言う。

 ネロは戦闘経験が無いわけではない。むしろ多い方なのだ。生徒会長、国の代表となってから誰からも狙われないことなどなかったし、数年前までいた国でも、いつものように戦闘訓練をさせられた。さらにネロは頭の回転も速く、勘も鋭い。

 経験則と相手の身体の機微から動きを100通り以上先読みし、その中から一番有効な手を勘で当て、その攻撃の軌道を避ける。常人にはできないことだ。それを軽くやってのける。

「そろそろ慣れてきたぞ」

 そう言った瞬間、引いた刀の持ち手を掴まれる。

「――!」

 獅子怒はそれに驚くが、一瞬で状況を判断し、掴まれた手に力を籠め、先程ネロにやられたように振り回す。

 それでもネロは完全に獅子怒の動きに合わせてくるので、離れない。

 そのまま一回転するとネロが足を踏ん張り、急停止を仕掛ける。それに対応できなかった獅子怒が今度は振り回され、投げられる。

「月宮ちゃん、いったよー」

 ネロが海鯱に声をかけると、仕切り直し前の様に狼華と撃ち合っていた海鯱は、飛ばされた獅子怒と同じ高さまで跳躍し、踵で叩き落とす。

「かッは!」

 勢いよく背中から叩きつけられた獅子怒は、肺の空気を一気に吐き出される。

「ちょっと、何負けてんのよ」

 狼華に言われ、はは、と力なく笑う。

「あー、本格的なガス欠、みたい」

 クラス対抗決闘で空間切断、さらに決勝では事象割断にもう一度空間切断を使った。スタミナ切れも仕方ないことだ。

 はぁ~、とため息をついて狼華は獅子怒に手を差し出す。

「あんたねえ、あの子たちも見てるのよ」

 そう言われるが何のことかわかっていない獅子怒。

 狼華は視線で一般の観戦席の方を示す。

「……?」

 狼華の手を掴み、起き上がりながら示された方へ視線を向ける。

 そこにいるのは。

「「兄貴ー、頑張れー!!」」

 力強く応援してくれる火燐に水蓮。

 見られていることに気付いた真帆も、控えめにだが手を振ってくれる。

 他にも轟鬼、夢叶、死霊使い(ネクロマンサー)までいる。

「おいおい、なんでいるんだよ。あいつら学校だろ」

 立ち上がり、苦笑をを零しながら言う。

「何、ちょっとばあさんに呼ばれただけだ。てめえの醜態が見れたからそろそろ帰ろうかと思ってたがな」

 轟鬼が皮肉と一緒に疑問に答える。

「リンとレンとマホは午前で学校終わったからついてきたのよ」

 夢叶も答える。

「で? シドはまだ醜態をさらす気?」

 狼華にそう言われ、強く笑って返す。

「いいや、もうそんなことはしねえよ」

「そ、よかった」

 狼華は安心するように言う。いい機会だから言っておくけど、と続け、

「いつ戦い方変えたの?」

 そう聞かれる。だが、これにも獅子怒は何のことかわからず、首をかしげる。

「いや、前まではなんていうか、もっと独特な、面白い戦い方だったと思うんだけど……?」

 うまく言葉にできない、と言うように狼華がたどたどしく教えてくれる。

 そこで獅子怒は少し考え、何かに思い当たったように妹たちの方へ向く。

「こう、もっと流れるような、揺らめくように戦ってたと思うんだけど」

「……、成程」

 それを聞き、ようやく思い出したかのように納得する。

 腕を揺らしたり、飛び跳ねたりしながら体を確かめる。

「よし。たぶんもう大丈夫」

 そう言い、ネロたちの方へ向く。

「待たせてしまってすみません」

 これまで攻撃をせずに待っていてくれたネロと海鯱にお礼を込めて謝る。

「いやいや、私たちも百獣ちゃんの100%が見たいからね」

 変わらない笑顔で言ってくれる。

「よっし。ロウ、行くぜ」

「ええ」

 二人で息を合わせて、お互いを確かめるように言い、前へ出る。



 観戦席に来ていた轟鬼たちは、学園長に呼び出されていた。その時にはすでに〈終焉の館ゴーストハウス〉に帰る途中だったので、死霊使いネクロマンサー同行した。

 学園長は観戦席に上がり、彼らの隣に立つ。

「轟鬼、お前あいつがあの刀、天叢雲剣を持っていたこと知ってたのか?」

 最初から本題へ入る。

 轟鬼は獅子怒たちの戦いを見ながら、ああ、と頷く。

「俺はあいつの親だぜ。子供部屋漁りなんか一日一回してたぜ」

「……」

 自慢するように言ってくるが、言い張れるようなことではない。学園長の目も変態を見る目である。

 そして、そのことを聞いた3娘からは容赦ない攻撃が。

「あいつのことも知ってるとはね。娘のことしか考えない馬鹿だと思っていたが?」

 学園長にそう聞かれる。

「はっ、何言ってる。あいつは俺の愛すべき一人の息子だぜ。こいつらと同じぐらいな」

 言いながら攻撃してくる3娘の頭をなでる。

その言葉に露骨に驚く学園長、夢叶、死霊使い。

「……なんで驚く?」

 ため息を吐き、真剣な表情にする。

「あいつがあの刀を持って帰ってきた時は流石に驚いた。なんせ神代の神器を持ってたんだからな」

 昔を思い出すように言う。

「神器の使い方は裏家が一番詳しいだろ? だからじいさんのとこに預けたんだよ」

「なら何故私たちに教えなかった?」

「あいつが持ってんだからその内気付くだろ、って思って面倒臭かったから教えなかった」

 それを聞き、大きくため息を吐く学園長。気付くかどうかよりも後者の方が真意だろう。

「いくら面倒臭いと言っても、これは重要事項だろ。ちゃんと伝えろ。悪い癖が息子にも出てるぞ」

「そいつは悪かったな」

 轟鬼は反省の色を見せない。

「やっぱりじいさんに預けて正解だったな。ばあさんだとここまで成長しなかっただろうし」

 裏家の当主をじいさんやばあさんと呼べるのは百獣家の者だけだろう。それ以外が言えば、跡形もなく消し飛ばされる。

「……確かに私のとこじゃ、持て余すほどの実力だ。その辺は正しい判断だな」

「あら、ならシーちゃんは私以上の逸材かぁ」

 夢叶がそれを聞き、嬉しそうに両手を頬にあてて言う。

 下を見れば、すでに戦いは再開されていた。

「詳しいことはまた今度だ。私は本部の方へ戻るよ。どうせあいつの戦い、最後まで見るんだろ。下で見ても構わんが?」

 そう言うが、全員口を揃えて、ここでいい、と言うので、学園長はまたため息を吐き、一人下へ降りていく。



 獅子怒たちはネロと海鯱の間に割って入るようにし、先程と同じように、獅子怒はネロと、狼華は海鯱と相対するようにポジションを取る。

 獅子怒は先程とは違い、突きを繰り出さない。普通に縦横へ斬っていく。だが、動きが変則的すぎる。袈裟斬りに振り下ろし、避けられた刀をそのまま脇下へ入れ、勢いを残したまま手放し、自分の後ろを回ってきた刀を掴み、斬りつける。

「――!」

 その連撃を寸でのところで躱すネロ。

 縦斬りの軌道を無理矢理殴りつけて途中で横斬りに変えたり、左側へ回れば持ち手を変え斬りつけてくる。あまりにも、変則的に。

 こんな攻撃をされた経験が無いネロには、勘だけで避けているようなものだ。

「くッ……!」

 そして鉄扇を取り出し、横からの斬撃を防ぎ、弾き返すと同時に攻撃に転ずる。

 が、獅子怒は弾き返された刀を体ごとそのまま回転させ、後ろを向き、狼華と入れ替わるようにして海鯱へと突きを加える。

 狼華もそれに完璧に反応し、獅子怒と入れ替わると同時にネロへ発砲する。

「「――!」」

 ネロも海鯱もその入れ替わりに驚き、一瞬対応が遅れる。それでも何とか、ネロは鉄扇で弾き、海鯱も顔面を掠めながら何とか躱す。

 そんな攻防が数分続けられる。獅子怒と狼華はその間にも何度も入れ替わっている。

 ネロは何度も鉄扇で攻撃を繰り返したが、狼華に攻撃しようとすれば入れ替わられ、獅子怒は揺らめく炎の様に全て躱し続けた。

 獅子怒の攻撃や動作は、全て水の流れの様に途絶えることが無く、隙が見つからない。

 獅子怒の戦い方は全て、妹との喧嘩の中で磨かれていったため、妹の性質が自然と身についてしまったのだ。

「……調子に乗るな!」

 大人気なくブチ切れたネロが笑顔を歪めて、懐からありったけの暗器を取り出し、すべてを投げつける。

「【触れるもの】を【否定】しろ!」

 それでも獅子怒は躱す。が、獅子怒が少し跳んでいたため、軌道が上を向いている。それがまずかった。

 避けた先、暗器が飛んで行く方向には、1年10組の観戦席があった。

「「「!?」」」

 決闘場全体が驚愕する。【生死制限(ダメージカット)】がかかっているのは決闘場のみ。普段は中からの攻撃が外に出ないようにされてはいるが、【否定論者(バッドアップル)】を使われているため、その効果を否定し、突き破る。【生死制限】は観戦席にはかかっていないため、傷を負う。それも生身に。頭に当たれば即死、体に当たっても致命傷になることも。

 決闘場全体が悲鳴を上げているが、一番驚いているのはネロだ。完全に固まっている。

 獅子怒はネロが否定すれば一番早い、とそう思うが、歯を食いしばり、動きそうにない。

「くっそ!」

 そう吠えた瞬間、紅蓮に指示を出す。

「足に60%!!」

『承知』

 言った瞬間、グッと足に力を籠め、跳躍する。

 ありえないほどの速さに力。床がめくれてしまっている。

「シド、気を付けて! その暗器、全部シドを【狙ってる】!」

 狼華も動くが、獅子怒の方が速い。【嘘遊び(ライアーゲーム)】を使い、サポートに回る。

 刀を抜く暇はない。体を張った方が速い。一瞬で判断し、刀を放る。

 ダンッ、と観戦席の手すりに飛び乗り、手を胸の前で交差させる。

 暗器は全て獅子怒に吸い込まれるように飛び、全身に突き刺さる。

 肉を刺す音が連続し、赤い血が舞う。頭も心臓も守ったが、そこ以外の体中に暗器が突き刺さる。

「……!」

 獅子怒は目を固く閉じ、痛みに耐える。

 数瞬動きが止まり、獅子怒は血を吐きながらそのまま後ろ、観戦席へ倒れこむ。

「シド!」

「百獣君!?」

 狼華もすぐに駆けつける。10組の生徒が彼を囲む。

 アリスに抱き起こされる。血が制服を汚すが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 獅子怒は少し目を開ける。拳を握りしめ、手が動くことを確認する。

「……よし、動ける」

 そう言い、口から血を吐きながらも立とうとする。が、傷からは絶えることなく血が溢れだしている。

「ちょっと! その傷じゃ無理だよ!」

 アリスに言われるが、構わず立つ。

 息切れをしているし、手も弱々しく動くだけだ。

「悪いけど、この戦いは最後までやる」

 息も絶え絶えに言い切り、決闘場に降りようとする。が、すぐに足が崩れてしまう。

「シド、無理しないで」

 狼華に倒れこむが、それでも前へ行こうとする。

「……、学園長。私は失格ですね。完全に私の過失です」

 下ではネロがそう学園長に伝える。学園長も仕方ない、といった表情をしている。

「月宮ちゃんも悪いね。私と組んでしまったことで負けるなんて」

「別に構わん。私だって動けなかったのだ。仕方ないよ」

 海鯱も失格に異論はないようだ。

 だが、

「勝手に、終わらせんな……! 俺はまだ戦えるし、攻撃を避けた俺も悪い……!」

 必死に言う。だが、誰が見ても戦えるような体ではない。

「その傷で戦えるとは思えないよ。おとなしくしといて。私たちの負けだから」

「テメエらが負けを認めても、俺が、俺達が勝ったことにはなんねえんだよ……!」

 ふらふらと、手すりに手を置きながら、

「傷でダメだって言うなら治すしかねえよな」

 獅子怒の身体が少しずつ変化していく。

 そのおかげで傷口も少しだけ閉じるが、血が止まることはない。

「擬獣化すりゃこんな傷、なんともない」

 言うと同時に百獣の王の風格が漂う。

 決闘場全体に、王を目の前にしたかのような緊張が走る。

「ババア、止めんなよ。止めたら八つ裂きにしてやる」

 そう言い、手すりに足をかけ、跳躍する。

「さあ、再開だ!!」

 ダンッ! と勢いよく着地し、二人に襲いかかる。

「シーちゃん、やめな! せめて回復するまで待ちな!」

「待てるかァ!!」

 獅子怒は叫び、赤い液体を撒き散らしながら容赦なく飛び掛かる。速すぎる動きに海鯱の対応が遅れる。

 そのまま渾身の力で振るわれる。爪を立てた手が、無防備の海鯱に襲い掛かる。

「――!」

 音を立てて勢いよく振るわれた手が、何かに阻まれる。

「月宮さん、仕方がない。私が言える立場じゃあないけど、納得してくれるまで戦うよ」

 ネロが獅子怒の攻撃を防ぎ、そう伝えてくる。

「……、分かった」

 複雑な顔で言い、海鯱も銃を構える。

 学園長の方も、勝手にしろ、と言った表情に変わっている。

 誰にも止めることなど、初めから無理だったのだ。

 覚悟を決めた獅子怒は、何があろうと決めたことを達するまで、もしくは納得するまで止まらないし、止められない。

 王の我が儘は、絶対だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ