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獅子が世界を喰らうまで  作者: 水無月ミナト
第一章 華宮学園
22/76

16話

 時刻は午後1時45分。獅子怒と狼華は控室に移動し、無言のまま座っていた。

「……」

「……」

 沈黙が支配する部屋の中で、二人とも固まっている。

 理由は簡単だった。

 30分前には2年のクラス対抗決闘(デュエル)が終了し、当然のごとく月宮海鯱が勝利した。超能力(スキル)を使わず勝利したが、元から戦闘用ではないし、それに獅子怒は海鯱の戦闘力も超能力もよく知っているので問題ない。

 だが、問題は15分前に終了した3年のクラス対抗決闘だ。こちらも勝利をしたのは霧崎ネロ。それはいい。予想できたことだ。しかし、超能力が凶悪過ぎた。史上最悪の意味が、ようやく理解できた。そして、天叢雲剣について話した後の「私が何とかするから」という言葉も納得できた。

 生徒会長・霧崎ネロの超能力、それは【否定論者(バッドアップル)】。あらゆる事象を否定し、不可能すら可能にする、自然の摂理すら無視するものだった。

 ネロが行った事象の否定を思い出す。

 まず、床から銃を創り出した。銃が効かなかったら剣に変えた。それに地形を変えた。

 ありえないことを否定し、平然となんでもやって見せた。それは見せつけてくるようなもので、獅子怒や狼華、それに海鯱への宣戦布告か、それとも勝利を目指す意志を砕こうとしたのか。

(でもそれは問題じゃねえ。どうやって倒すかだ)

 それでも諦めず、勝利への道を探す獅子怒。

(だが、「何とかする」と言ったからには傷すら治すのか……?)

 わからない、と、そう結論する。情報があまりにも無さすぎる、と。

「難しいこと考えるね……」

 そこで狼華が考えを読んだかのように言ってくる。

「そんなに強いの?」

「ああ。勝つ見当すらつかねえ」

 今の考えを隠さずに言う。

 隠したって無駄だと、分かっているから。

「あんた一人で戦うんじゃないんだよ。ちゃんと私もいる」

 優しく、勇気づけるように言ってくれる。

「わかってる。でも、正直言うとただ単に怖い、のかもな」

 はは、と力なく笑い、俯いたまま手で顔を覆う。だが、その手は震えている。

 その姿はいつもより弱々しく見える。

 たかが学校行事に何をそんなに、と思うかも知れない。別に死ぬわけじゃない、と。

 だが、獅子怒には勝たなければいけない理由がある。

 それが大神狼華、だ。

 この〈決闘大会〉で2・3年に勝てれば少なからず噂になる。それに今回は大勢の観戦者がいる。それも手伝って噂が広がれば、〈大神狼華は嘘つき〉という噂を〈大神狼華は強い〉というものに上書きできるかもしれない。

 そうすれば狼華を非難することは少なくなると考え、代表に自分が立候補し狼華を巻き込んだ。

 1年のクラス対抗決闘では、早く終わらせるために獅子怒が天叢雲剣を使い、決着をつけた。今思えば、それがいけなかった。ここできちんと狼華と一緒に戦い、強さを見せていれば、この決勝戦で絶対に勝たなければならないことにはならなかった。

 利を求めすぎた、獅子怒の失敗だった。

「くっそ……!」

 拳を作り、壁を殴り、俯く。ひどい自己嫌悪に陥る。自分の行いを後悔する。一人で勝手に考え、一人で勝手に実行してきた。それが仇となった。

「シド……」

 狼華が、そんな獅子怒を見ていられず、昔のあだ名で呼ぶ。

「そんなに自分を責めないで。私はシドの思いはよくわかってるから」

 優しい声で、

「シドが私のために頑張ってくれてることも知ってる」

 慰めるように、

「シドの事は私が一番知ってる」

 言われる。

「だからそんなに自分を責めないで」

 それでも獅子怒は俯いたまま顔を上げない。

 そのまま数分が過ぎる。

「……、やっぱだめだな。全然震えが止まらねえ……」

 またも弱々しく呟く。

 ようやくあげた顔も、全く力の感じられない笑みだった。

「そんな顔しないでよ。私まで怖くなっちゃうじゃい」

 狼華の顔は獅子怒とは少し違い、今にも泣きそうな顔だ。

「震えが止まらないのは勇気がないからだよ」

 だから、

「勇気をあげる」

 そう言われ、いきなり顔を近づけられ、唇を重ねられた。

「――!」

 獅子怒は一瞬の出来事に反応できない。

 口がついていたのは数瞬。すぐに離れた。

「どう、勇気出た?」

 赤くなっている狼華にそう聞かれ、獅子怒は返答に困る。

「……………………………………………………勇気づけにキスって」

「な、なによ!? じゃあ何がよかったっていうの!?」

 茶化すと、顔を真っ赤にしてキレられた。

「……気合の一発とか?」

「うわあ、あんたMかよ」

 例を言ってみると馬鹿にされた。

 そのまま言い争っていると、放送が流れた。

『午後2時より、各学年決闘の勝者による決勝戦を行います。1年生の百獣君、大神さん、2年生の月宮さん、3年生の霧崎君は入り口前に移動し、そこにいらっしゃる教師の案内に従ってください』

 放送を聞き、少しの間黙り合う二人。

 数秒後。

「で? 勝てそうなの?」

 狼華が聞いてきた。

「いや、勝てそうにない」

 力が籠った笑顔で言い返す。そして、

「でも、覚悟は決まった」

 真剣な表情にし、真剣な口調で言う。

「そ。なら私はシドに任せるわ」

「ああ、任せろ。絶対に損はさせねえよ、ロウ」

 獅子怒はまた笑顔で、そしてこちらも昔のあだ名で呼び返す。

「「じゃ、下剋上と行きますか」」

 二人で声を揃えて、強く笑って。

 勝ち目のない勝負へと身を投じる。



「しばらくお待ちください」

 入り口前に着くと、教師の後ろに並ぶように言われ、言われた通りに並び、数秒で言われた。

 1・2・3年と別々に入場するため、ネロや海鯱はいない。

 獅子怒は来る途中に大まかな作戦を狼華に教え、少しでも勝利への道を作ろうとした。

「いいか、最初の一手目で大体の勝敗が決まる。失敗しないようにな」

「わかってるわよ。私を心配するより自分の心配をしなさい」

 始まる前から集中し、決して失敗しないようにする。

 扉が開かれるが教師は入れとは言わない。3年の勝者から入場するようだ。

「来たぞ、史上最悪の超能力保持者(スキルホルダー)だ!」

 観戦席の誰かが叫ぶ。

「世界の命運すら掌握しているといわれるほど危険視される者!」

「その超能力(スキル)故、全種族の代表たちから超能力の使用を制限され、ロクデナシと言われ続ける孤高の若き天才・霧崎ネロ!」

 歓声が沸く。

 観戦席に手を振りながら入場してくるネロ。その顔はいつもの笑顔だ。

 そしてネロが決闘場の中心に移動し、白線が引かれている開始位置で止まる。

 次は2年代表の勝者。

「次は裏家最強と謳われている憑宮豹鬼の孫娘!」

 また叫ぶ。

「超能力名こそ【平和主義】というが、本人は好戦的すぎる戦乙女!」

「単純な接近戦で右に出る者はいないとまで言われる、今世紀最強の乙女・月宮海鯱!」

 一層、興奮する観戦席。

 海鯱は歩きながら愛銃・PM(ピースメーカー)で早撃ちを見せる。その速さは銃をいつ抜いたのか、いつ撃ったのか、いつしまったのか、すべてが視認不能なほどだ。

 撃ちだされた弾丸は全てがきれいに、手すりに吊るされた横断幕の紐を撃ち抜いて、横断幕を落とした。百発百中の腕前だ。

 そして、獅子怒と狼華の入場。

 ようやく教師が道を開け、決闘場に入っていく。

「最後は1年のダークホース、世界最強の息子に表家最大勢力大神家の娘だ!」

 叫ばれる。周りの紹介が、まさかこんなに恥ずかしいとは、獅子怒も狼華も思っていなかった。

「世界最強の息子がその内に秘める力は底知れず、憑宮家の現当主が唯一受け入れた門下生! 実力は月宮海鯱に引けず劣らずの新進気鋭!」

「大神家の座に居座り、大神家始まって以来の金の亡者とまで言われる親を持ち、嘘で塗り固めてきたからこそ非難された悲劇の令嬢!」

「百獣の王をその身に宿し、神の力をも喰らい尽くす超能力【闇喰(ダークイーター)】の保持者、絶対王者・百獣獅子怒!」

「嘘の象徴、悪者の定番、そんな狼を従えた少女は善か悪か、怜悧狡猾の孤独な姫・大神狼華!」

 さらに観戦席が沸き、気温が上昇しそうなほどの熱気を持ち出した。

 その紹介を聞きながら獅子怒は呟く。

「よくもまあ、あんな口から出任せが出るもんだぜ」

「ホントよね。誰が怜悧狡猾よ」

「それは言いえて妙だろ」

「シドの絶対王者には劣るけどね~」

 などとお互いに悪態を吐きながら所定の位置に着く。4人の距離間は約2m。

 そして獅子怒の前にいるネロが話しかけてくる。

「私の超能力を見て戦いに来る人なんて、月宮ちゃんだけだと思ってたよ」

「はは、できれば戦いたくないですけど、覚悟決めたんで」

 そう笑いながら言い、真剣な表情に変えると鋭い目つきで睨みながら言う。

「会長やミコ姉に悪いですけど、勝たせてもらいます」

 その言葉に、ネロも海鯱も身震いをする。それは恐怖からではなく、自分と同じかそれ以上の相手と戦えるという思いから来る、武者震いだ。

(へえ。やはり百獣(モモノ)ちゃん、君は面白い)

 声に出さず、思う。笑みを強くしながら。

「ふふ、シーちゃんの本気とやれるとはね。何年振りかな」

 海鯱もそう言ってくる。

「会長、シーちゃんが覚悟を決めた時は私以上の強さだ。気は抜けんぞ」

「そんなことは百も承知。私だって本気でいかせてもらうよ」

 海鯱の忠告を、本気で受け止めるネロ。

「戦うのは獅子怒だけじゃない、あたしもいることを忘れないでよね」

 狼華も流れに乗り、宣戦布告する。

 そして、4人の視線が交錯する。

 ピリピリと、観戦席まで感じられるものは集中力か、殺気か。

『それではこれより、決勝戦を開始する』

 そこまでずっと楽しむように見ていた学園長が、タイミングを見計らい、開始の宣言をする。

『それでは、始め!!』

 この国の、小さな町にあるいくつかの学校の一つ、その学校の一番を決めるだけの戦い。だが、確実に世界の頂上決戦と呼べるほどの戦いの火蓋が切って落とされた。

 勝者は一人か、二人か、それとも――。

 誰にも予測不能の戦いが始まった。

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