追憶5
少年は小学校を卒業し、中学に入学していた。
受験も何もなく、地域に一校しかないため、近くの小学校の生徒も同じ中学へと通う。
そして、入学式が済み、数か月経ったある秋の月。
(ふむ、この体も馴染んできたものだ)
鋭い目つきに、風格のある髪。牙や爪はないが、獅子を前にしたような威圧感さえ感じる。
今、学校は授業中だ。それにも拘わらず、廊下を平然と歩いている。
すれ違う人はいない。教師も、授業をしているため、滅多に見当たらない。もし見つかったとしても、少年を教育しようと思う教師はいないだろう。現に、初めてサボった時に、ひと声反論すればみっともなく逃げ出したくらいだ。
(学校とは、実に面倒くさいな。無意味な知識に、なぜ時間を割くのだろうな)
今の少年の人格は、そう思っている。
それは元からなのか、――常識が違うのか。
(面白いことと言えば、夕方の修行ぐらいであるな)
憑宮での修行が、少年には唯一本気を出せる場なのだ。一般人と闘っても、〈生物型〉が負けるわけがない。
少年はそのまま、興味を惹かれるものを探し、彷徨う。
すでに何度も往復した校舎だが、どこに何があるかわからない。それを見逃さないように目を光らせる。
すると、遠くの方から話し声が聞こえる。一つは罵声のようだが、もう一つは小さくて聞き取れない。
(ちょうどいい。見物でもさせてもらうか)
足を声が聞こえた方へ向け、歩き出す。
着いた場所は、体育館裏。いじめや暴力といったものの定番の場所だ。
体育館脇から顔を覗かせて見る。
目がチカチカするような髪の、いかにも不良な生徒が数人で、漆黒の髪の少年一人を囲っていた。
(いじめ現場か。なかなか面白そうであるな)
他人事のように思い、そのまま時間潰し程度ととして、傍観する。
「ウノスケ、お前今なんつった?」
「お……お前らなんか怖くねえ! 俺は超能力保持者だぞ!」
漆黒の髪の少年がそう叫ぶように言うと、不良たちは大声で笑う。
「ウノスケ、お前が超能力使えたことが一回でもあるか? お前は、失敗作の方なんだよ」
リーダー格の不良が、笑いながら問う。
漆黒の髪の少年は、何も言い返せず、俯く。
「わかるだろ? お前も俺たちの側なんだよ。おとなしくこっちにつきゃいんだよ」
顔を近づけ、頭を掴みながら言う不良。
少年はため息を吐く。
(こいつら、相当のバカだな)
そこで少し思い出す。この中学校には、二つのグループができていたことに。頭数合わせに誘っているのだろうか。
少年も一度誘われたが、拒否し、向かってきた不良を返り討ちにすると、敵対とみなされている。
少年はもう一度だけ、ため息を吐く。
「いいか? お前が活躍できるのは、俺たちの中だけださっさと――」
何かを言いかけた瞬間、不良が吹っ飛んだ。
少年が強烈な蹴りを食らわしていた。
少年の登場に、周りの不良は少し驚くが、すぐに吠えながら襲ってくる。
気だるげに周りを一瞥し、声を出す。
「我に刃向うのはいい度胸。だが、実力がなければただのゴミだ」
不良を一蹴する。すべてが最初に吹っ飛ばした不良の上へ重なっていく。
カエルを潰したような悲鳴が響き、動かなくなる不良たち。
「貴様も何をしている。あんな奴ら、軽く打ち倒せ。我はもう助けんぞ」
吐き捨てるようにいい、去っていく少年。
漆黒の髪の少年は、呆然としたまま、動けなかった。
放課後、少年は大人数に囲まれていた。
「我はさっさと帰りたいのだが? 今なら許してやる。消えろ」
臆することなく、囲む不良に言う。
だが、そんなものを聞くような相手ではないのはよくわかっている。修行前の準備運動にしようかと思い、首を鳴らす。
「ハッ、やられたままにしておくかよ。それに、さっきのは不意を衝かれただけだ」
体育館裏で吹っ飛ばした一人が言う。
少年は大きく吐息する。
「ならばさっさと終わらせろ。我はここよりも楽しめる場所がある」
「つれないこと言うなよ。それに、テメエは俺たちに手出しできねえ」
そう言い、後ろに指示を出すと、漆黒の髪の少年を突き出してきた。
その少年の体は傷だらけで、すでに殴られた後だ。
「こいつを返して欲しけりゃ、大人しくしときな!」
吠えるなり、金属バットを振りかざす。
当たる寸前、少年が鳩尾へ渾身の一撃を与える。
殴られた不良は、真後ろへ吹っ飛ぶ。
「お……お前、こいつがどうなってもいいのか!?」
「勝手にしろ。助ける義理もない」
その言葉を聞いた漆黒の髪の少年は、顔を絶望色に染める。
「だが、我も少々虫の居所が悪い。貴様らが殴るよりも早く、そのガキを連れ出せば何ともない」
正論であり暴論。それを難なくやって見せる少年。
自分に向かうものは当然、漆黒の髪の少年を狙う相手さえも、すべてを殴り飛ばす。
少年の顔は凶悪に染まり、人の顔とは思えない。
目を爛々と光らせ、鋭い牙を剥き、尖った爪を突き立てる。
一息吐いた時には、不良は全員倒れていた。
「準備運動にもならんな」
吐き捨て、手を叩いて帰ろうとする。
「待って!」
後ろから呼び止められる。が、構わず歩く。
「お前は一体、なんなんだ……?」
問われ、少し足を止める。
「ふむ。何者、ではなく何か、か。聞き方がおかしい……否、正しい、か。」
一人、納得するように喉の奥で笑う。
「我はただの罪人だ」
「お前は……栢野か?」
「ククッ、少々暴れすぎたな。ご名答だ、榊原烏之助」
1000人以上いる学年で、名前が広まっていることを自嘲するように笑い、返すところは返し、去っていく。
校舎を出、しばらく歩いたところで思い出したかのようにつぶやく。
「我が主は名が知れることをよく思っていなかったが、まあいいか」
簡単に流し、月宮家へと帰っていく少年。