14話
体育館に併設されている闘技場に全校生徒が集まり、開会式が行われた。
観戦席もあるが、一般に開放しているため生徒の座る場所以外はほとんど埋め尽くされている。
華宮学園の決闘大会は、強者ばかりの闘いなので、どこより何倍も激しく、そしてレベルの高い闘いになるため、毎年のように満席になる。中にはこの国の重要人物や他国から来る者も少なくない。
開会式の内容は体育祭や文化祭と同じような、学園長や生徒会長による堅い挨拶が続く。それを延々と聞かされるのだが、Kの挨拶だけは別だ。Kの挨拶で開会宣言され、開会式は終わる。しかし、いつも開会宣言をするときは恒例の様に派手な演出をしてくれる。
それを知らない1年生全員が疲れきった顔をしてくる中、2・3年生はKの挨拶の仕方を知っているため、逆にテンションが上がってきている。
放送席の生徒がK・月宮海鯱の紹介をする。しかし、海鯱の姿が現れない。
すると、いきなり闘技場全体の電気が消え、窓にも暗幕が敷かれ、真っ暗になる。それに戸惑う生徒たち。
数秒後、パーンという店でも売っているような打ち上げ花火の音が、前面にあるステージから聞こえてきた。その微かな光を頼りに一斉に全校生徒の視線がステージへと注がれる。
パッ、と点いたステージ上の淡い光が、二人の影を映し出す。
一人は制服を無理矢理に巫女服に改造したK・月宮海鯱。もう一人は制服を着ているが、ひび割れたピエロの仮面を、テープで無理矢理くっつけた物をつけており、顔はわからない。が、その仮面は〈悪正義者〉の物。
それを確認した人たちがざわつき始める。
「ほう、今回は単純な戦闘で始めるのか」
学園長は正体を知っているため、騒がずに小さくそう漏らす。
二人は向かい合っており、どちらも二丁の銃を持っている。一触即発の雰囲気が漂う。
それを感じ取っているのか、生徒たちもしだいに静かになり、ステージ上を見つめている。
ステージ上の二人が動き、中心で向かい合う。そのまま同時に後ろを向き、離れていくように歩き出す。どちらもが、同じタイミングで一歩を踏み、10歩目で互いに振り向き、銃を向け、撃ち合う。
銃から放たれるのは、初めに撃たれたものと同じ花火。だが、それは改造されており、実弾もきちんと込められている。その証に海鯱の放った一発目が仮面をかすり、その部分が砕ける。
そして激しい銃撃戦に発展し、何度もリロードを繰り返す。
戦闘が激しくなるにつれ、生徒たちもヒートアップしていく。ステージ上の二人も、本物の殺し合いをするように、激しく撃ち合う。
バク転で躱したり、弾丸を弾丸で撃ち落としたり、回転しながら撃ったりと、パフォーマンスも見せる。その度に生徒から歓声を受ける。
数十秒か経過し、〈悪正義者〉が海鯱の背後を取ると頭に銃口を当てる。
それに対し海鯱は少し停止する。生徒たちからも驚きの声が上がる。それも当然、Kとは学園で一番強い者に任命される。その学園最強が、背後を取られたのだから。
生徒が戸惑う中、海鯱が小さく笑う。すると後ろ手に容赦なく顔を撃ち抜く射線で連射する。これに驚いた〈悪正義者〉は、仮面を壊されながら海鯱から一気に離れ、ステージを降り、顔を隠しながら生徒たちの中を掻き分けていく。全速力で後面にある開けられた窓に移動し、飛び出していく。
そして、戦闘が終わる。全校生徒や観戦席から割れんばかりの拍手と歓声が送られる。
海鯱はそれに満足し、ふぅ、と一息ついてからマイクを持つ。
「さあ、余興は終わりだ! これからはお前たちがこの会場を沸かしてくれ! そして、本年最初の〈決闘大会〉の開催を、ここに宣言する!!」
興奮冷めぬまま、凛とした声で開会宣言をし、生徒や観戦席の人からさらに歓声が沸きあがる。
☆
「ホントあんたって馬鹿よね」
観戦席にて、外から帰り、隣に座る狼華からいきなり言われた。
「なんで初っ端から総隊長の相手をするかな」
開会式の出来事を振り返って言う。
獅子怒は行われている決闘を見ながら答える。
「いやお前な、ミコ姉に逆らったらどれだけ怖いか知らねえだろ」
「それでもあんたはクラスの代表選手なのよ。怪我でもしたらどうすんのよ」
「心配してくれてんのか?」
「勝負のね」
無関心に言う獅子怒に、呆れたように言う狼華。
「大丈夫だよ。ミコ姉も代表選手だし、この位の体力消耗なら本番前は全回復だって」
笑っている獅子怒に、まったく、と尚も呆れる狼華。
〈決闘大会デュエルフェスティバル〉は前半の部と後半の部に分かれており、クラス代表が戦うのは後半の部だ。
前半の部では、代表者以外の生徒が学年別にランダムに組み分けられ、それぞれ1対1で戦う。これは代表者以外の生徒のデータを取り、ランク付けするためである。
ランク付けには、国から審査員が派遣される。〈決闘大会〉は全国の学校で義務付けられており、開催日はいつでもいいが、必ず年内に一回はしなければならない。
前半の部は大体昼前に終わり、そのすぐ後に1年生から順にクラス対抗の決闘デュエルが始まる。1年生の決闘が済めば昼食を挟み、2・3年生と続き、今回は1~3年のそれぞれの勝者が最後に決闘をする。
出場選手は、全員すぐに始められるように場フィールドのすぐ横に待機しているため、観戦席にはクラスの代表しかいない。
「しっかし、なんで2・3年と戦わなきゃいけないんだろ。こんなの、今回が初めてだよな?」
「そのはずよ。原因は十中八九あんたでしょ」
「やっぱりねえ。そんなに俺の何が見たいのやら」
さあね、と簡単に返す狼華。
「そりゃあ百獣ちゃんの戦闘力でしょ」
いきなり背後から声が聞こえた。振り向くと笑顔の生徒会長・霧崎ネロが立っていた。
「会長も代表者ですか?」
「まあね。なんか今年の決勝はすごいことになりそうだね」
疑問符を浮かべる二人に対し、また違う声が聞こえる。
「世界最強・百獣轟鬼の息子に表七家の一角・大神家の娘、それに裏七家の傲慢・憑宮家の娘、そして〈支配者ドミネーター〉なんて呼ばれてる世界一の天才が出るものね」
凛とした声が響く。|K〈キング〉・月宮海鯱が歩いて来ていた。
「あっ、ミコ姉。それに、世界一の天才?」
初めて知った事に疑問を覚える。
「あら、知らないの?会長はなんと15歳にして世界一難しいと言われている大学を卒業してるのよ」
「「マジで!?」」
何も知らない獅子怒と狼華が驚く。
二人同時にネロへ振り返る。
「おいおい月宮ちゃん、そのことはあんまり言わないで、って言ったじゃない。学園長にも口止めしておいたのに」
当の本人は困り笑いをしている。
「え、じゃあなんでこの学校にいるんですか?」
当然の質問を投げかける狼華。
「身の上話はあんまり好きじゃないからさ。言うとしたら、私にも私の目的があってね」
と適当にはぐらかしてくる。
獅子怒も狼華も、自分の事はあまり話したい人ではないため、追及はしない。自分がしてほしくないことはしないようにしているのだろう。
「ま、頭の良さと戦闘力は別物だからね。そんなに気張らなくて大丈夫だよ」
安心させるように言うネロ。
ネロと海鯱は獅子怒たちの隣に座り、この〈決闘大会〉についての説明をする。
「この〈決闘大会〉は単なる力の誇示だよ。ウチの学園は国の代表に選ばれちゃってるから、一般にも開放して力を見せつけているのさ」
「もっとも、大事な戦術や超能力スキル、それに戦い方まで惜しみなく全力で出し切っちゃう馬鹿もいるから一般に開放してるのはここだけだ」
「ま、他にも戦闘力、超能力の効果、戦略などの観点からランク付けもされるんだけど」
ネロと海鯱が交互に説明を続けてくれる中、獅子怒は疑問を漏らす。
「それにしてもこの学園の奴、誰も擬獣化チェンジ使わねえな」
1年の決闘を見ながら呟く。
「そりゃあ、誰も彼も擬獣化できるわけじゃないからだよ。対話すらできずに超能力を失う人だっているんだから。それに、擬獣化はまだ他国に広く知れ渡っていないし、ほとんどの人が切り札として使うからね。あんまり見られることじゃない」
そうなんだ、と納得する獅子怒。
確かに擬獣化は使えば中身の力を借りることができるが、その分互いに信頼していないとできない。自分の精神を乗っ取られることがあるからだ。
獅子怒はその経験を何度かしているためよくわかる。
「ついでに言えば、百獣ちゃん。昨日ぶっ倒れたの、覚えてるよね? あれは体が擬獣化に耐えられず、体の各部が破裂クラッシュしてしまったためだよ。もっと体を大切にね」
「あ~、そうだったんですか。これからは気をつけます」
昨日を思い出し、破裂という恐ろしい言葉を聞き、背筋に冷たいものを感じる。
「とはいえ、憑宮で鍛えた体だ。すでに順応し、破裂はもうないだろう」
海鯱が安心させるように言ってくれる。
ネロもそう思うのだろう。それの言葉については、特に口出しはしなかった。
「さて、前半の部もいよいよ大詰め。私はそろそろ自分のクラスの席に戻るよ」
一通りの説明が終わり、前半の部の決闘もあと3・4組になったためネロが席を立ち、戻り始める。
なら私も、と言い、海鯱も席を離れていこうとする。
「あ、そうだ」
そこで何かを思い出したように海鯱が獅子怒に耳打ちをする。
「会長の戦いは見といたほうがいい。特に超能力は史上最悪なんて言われてるからね。使わないとは思うが」
「?」
獅子怒は言っている意味があまり理解できなかったが、聞き返す前に海鯱は去っていく。
「ま、いっか」
と、とりあえずその疑問は後回しにすることにした。どうせ会長の戦いを見ればいいんだし、と思い、目を決闘へと向ける。
数分後には1年各クラスの代表者が招集されたため、出場者控室に狼華と移動を開始した。
☆
控室に集められた代表者たちはそれぞれで談笑している。教師からの注意事項などの説明が済み、腕時計をつけるように言われ、あとは今行われている最終組の決闘が終わるのを待つだけである。
獅子怒や狼華は部屋の隅に座っている。当然、狼華がいるため他クラスから好奇な視線を浴びても話しかけてくる人はいない。
「ここまで露骨に避けられるのか。ある意味すげえよ」
「元からだし、何を今更って感じね。それに友達なんていなくても寂しくないし」
はいはいそーですね、と軽く受け流す獅子怒。
「シーちゃんじゃない。シーちゃんも代表?」
と、声が聞こえ、そちらに顔を向ければ、榊原烏之助サカキバラウノスケが近づいてきながら聞いてきた。
「ああ、烏之助か。そうだよ。お前も代表か」
「うんうん、そうだよ。いやあ、嬉しいな。いきなりシーちゃんとやれるなんて。前とは違うことを見せてあげるよ」
「はは、そりゃ楽しみだな。俺も遠慮なくいかせてもらうよ」
お互い頑張ろう、と言い、拳を当てあい去っていく烏之助。
烏之助が来てからは獅子怒にだけ挨拶に来る生徒が少しだけいた。
「……人気ね」
「お前よりはな」
「うらやましいわ。あたしも一度でいいからみんなから話しかけてもらいたいわね」
「それも嘘かよ。何を望んでんのか全くわかんねえな」
苦笑しながら言う獅子怒。狼華はそう言われ、自分でもわかんないよ、と返す。
それから数分経つと、教師が入って来る。
「それでは、これから決闘場の方へ移動します。整列してついて来てください」
そして振り返り、出入り口へと向かう代表者たち。
クラス対抗決闘デュエルは時間短縮などの目的で10クラス一斉に闘う。
ばらばらになっていた生徒も、その教師について行きながら整列する。
少し歩けばすぐ決闘場。その中心へと移動していく。
放送席から、今年の1年生についての軽い説明が終わり、教師たちが決闘場を四角く囲む。
【生死制限】を広範囲に行うためだ。
そして、【生死制限】がかけ終わると、所定の位置につくように言われる。
各クラスの代表者は言われた通り、それぞれ場フィールドの隅に移動する。
決闘では武器の使用を認めているため、それぞれが武器を持っている。やはり武器として多いのは両刃剣だ。日本刀を使うのは獅子怒だけのようで、あとはほとんどが西洋の剣。狼華は海鯱と同じ武器、銃のDEデザートイーグルを帯銃している。
そして、【生死制限】によって戦闘不能と判断された者は、控室で渡された腕時計からブザーが鳴るようになっている。
『それではこれより、第一学年によるクラス対抗決闘を行う』
学園長がマイクで宣言する。生徒たちが武器を構える。
『それでは、始め!!』
スタートの合図がかかり、観戦席から歓声が上がる。
代表者たちも一斉に動き出す。だが、獅子怒たちは動かない。
「本当に動かなくていいの?」
狼華は控室で獅子怒に言われた通り獅子怒の隣で動かない。が、それでも疑問に思う。何故動かないのか。
「当たり前じゃん。ここで動くのは血の気が多い奴らだよ。動かずに待っていれば勝手に潰し合ってくれるし、こっちの存在に気付かれてもこの少しの距離を移動するだけでも隙ができる」
そう説明され、一応納得する狼華。
「でも、それで気づかれずに疲れた最後の一つを倒したら非難されるよね?」
「ああ。でもほら。1組の代表者がこっちに気付いて走ってきてる。それにつられて他のクラスの奴も来てるだろ?」
そう言われて場を見れば確かに4人ほどがこっちに向かってきている。
先頭に立って走ってきているのは烏之助だ。
「で、そこを狙う」
そう言い、鞘に入れたままの日本刀を構える。
「なんで抜かないのよ」
「いやいや、この刀抜けないのよ。中で錆びてんのか、術がかけられてんのか。お前も知ってるだろ?」
柄と鞘を掲げて刀を抜くようにして見せるが、ぐっ、と力を込めても刃は抜けない。
「そんなもので戦おうとしないでよ!?」
などと言い合っているうちに他クラスの代表者が迫ってきている。
「ま、それは冗談で。ただ抜くのにも結構超能力スキル使うんだよ」
そう言い、日本刀を腰に差し、左手を柄に、右手を鞘に置き、抜刀の構えを取る。
「危ないから俺の後ろにいてね」
言われた通り狼華は獅子怒の後ろに回る。
獅子怒はそれを確認して、【闇喰】を発動する。
すると、黒い煙のようなものが日本刀を漂い始め、全体に纏まとわりつく。
「――」
そのまま集中を続けるうちに、今度は日本刀の鞘から青白い光が溢れだす。
「――!?」
その光景を見た烏之助は咄嗟とっさに回避しようとした。が、間に合わない。
キンッ、と目に見えぬほどの速さで一閃する。
ちょうど、迫ってきている代表者と他クラスが中心でやり合っている場所を斬るように。
抜くまで一瞬。納めるのもまた刹那。
一斉に17個のブザーが鳴り響き、代表者たち全員が崩れる。
「!?」
会場中がどよめく。獅子怒のたった一閃で、代表者たちのほとんどが倒れたのだから無理もない。
「まさか、あれは……!?」
学園長もこの光景に驚き、思わず席から立ち上がる。
「あれって……」
「へえ」
ネロは口角を吊りあげて笑い、海鯱は目を丸くして驚く。
そして、3人とも別々の場所にいるはずなのに、声が揃う。
「「「天叢雲剣……!」」」