13話
獅子怒は眠ったまま運ばれ、起きることはなく、そのまま日を跨いだ。
現在時刻六時三十分。獅子怒はいつもより早く目を覚ました。
「……」
獅子怒は体を起こし、少し固まる。過去を思い出してみる。今まで忘れ去っていた、封印されていた記憶。それが昨日いきなり蘇った。整理するように、飲み込んでいくようにゆっくりと思い返す。
『どうした我が主。起きぬのか?』
「ああ、いや。すぐ起きるけど」
中身の紅蓮ともちゃんと会話できる。目醒めている証拠だ。
「波乱万丈な幼少期だったなあ、と」
簡単な感想を言う。
それに紅蓮は頷くようにいう。
『幼少期から人殺しなんぞ、普通できぬからな』
その返事に、はは、と少し笑う。
「さて、早く起きちゃったし、リンレン起こすか」
そう言い、ベッドから出る。ドアノブを回そうと手を伸ばした瞬間。
「「兄貴――!あっさだぜ――!」」
妹達が蹴破って入ってきた。しかも、ドロップキックで。
獅子怒は危険を一瞬で察知し、横に躱す。
妹達はそのまま部屋の中へと突っ込んでいく。
「よう、リンレン。起こす必要はないって言ったよな?」
笑顔で言ってみる。
「お、おおう。お早いお目覚めで……」
「兄貴、目が怖いですぞ……?」
妹達は恐怖で固まる。が、獅子怒はため息ひとつ吐く。
とりあえず一発ずつ頭を軽く叩いて部屋を出て、一階に下りていく。
「「……?」」
もっと強く殴れるかと身構えていた二人は少し驚き、互いに顔を見合わせる。しばらくしてから兄を追うように駆けていく。
「「置いてくなー!」」
階段を下りながら、獅子怒は思う。
過去を思い出したって、今が変わるわけが無い。昔からの知り合いと気まずくなるかもしれない。習慣が変わるかもしれない。生き方が変わるかも知れない。
でもそれは、すべて未来だ。今は、変わらない。
勝手にそう思う。
「それで誰かに迷惑がかかるわけではない、と」
『面白い発想は変わらんな』
紅蓮にそう言われる。でも気にしない。
「これが〈俺〉だからな」
消えかけていた自分を取り戻し、確かめるように言う。
獅子怒は笑い、朝食をとるためにリビングに入る。まだ轟鬼も夢叶も死霊使いもいる。今日また〈終焉の館〉に帰るらしいが、朝まではいるようだ。
「おはようございます。シー君は朝早いですね」
「今日はたまたまですよ。それに起きないと妹が気付けの一発と起こしに来ますから」
「なに!? てめえリンとレンに起こしてもらってんのか!? ずりぃぞ!!」
「轟鬼は私が起こしてあげてるでしょ。必殺の一撃と一緒に」
最後の言葉に2人が少し引く。しかし轟鬼はそんなものを受けた様子は全く見られない。流石は世界最強の男。耐久力も桁違いだ。
両親も何も変わらない。いつも通りだと、昔の記憶からもわかる。何かが変わった印象はない。
そうしているうちに火燐、水蓮、それに真帆も下りてきた。
百獣家+1が全員そろったところで朝食を一斉に食べ始める。今日は獅子怒が朝食の当番だったが、夢叶がいるときはいつも作ってもらっている。
いつもと少しだけ違う、しかし普通の家庭ならいつもの朝食だ。
☆
「「「いってきまーす」」」
この家から4人の学生が一斉に家を出るのは珍しい。それに見送りまでいるのだからまた珍しい。そして長男は何故か日本刀を帯刀して、ヘアピンで前髪を上げているので珍しい。というより、もう奇妙過ぎる。ご近所の方から注目と話題の的だ。
獅子怒は普段から前髪が少し長い。その左側を上にあげているため、普段は見えない額と、額についた古い切り傷が少し見えている。
「兄貴よ、何故いきなり帯刀しているの?」
「昨日まではヘアピンもなかったよ?」
火燐と水蓮が聞いてくる。
「ん? いや、昔思い出したらしてみたくなっただけだよ。それに華宮学園は武器の携帯を許してるし、こっちの方が格好いいじゃん」
「「厨二病患者か……」」
「はっはっは」
笑いながら獅子怒は鞘に入れたままの刀で妹を突く。
「恰好いいよ、お兄ちゃん!」
真帆は純粋だ。というより厨二病という言葉を知らないだけか。
「ありがと、マホ」
頭を撫でてやる獅子怒。
(それに……)
獅子怒は少し考える。
流すように聞いていただけなので詳しくは知らないのだが、今日は4月30日。記憶が正しければ、学園全体での戦闘系のイベントがあった気がする。だから一応持ってきた、許可されてるし、といった感じだ。
「じゃあな。気を付けて行けよ」
「「兄貴もなー」」
華宮学園への曲がり角で別れる4人。真帆は小さく手を振ってくれた。
☆
別れてから少し歩いたところで、銀色の長髪の後ろ姿が見えた。あの後ろ姿はそうそういない。周りに少し華宮学園の制服を着た生徒がいるが、狼華に近づこうとする者は誰もいない。
「よう、狼華。今日は早いな」
周りを気にせず後ろから声をかける。
狼華は後ろを少し振り向き、鋭い目つきで一瞥すると無視するように前を向く。
「……成程ねえ」
周りを見て、すぐに狼華の考えを理解する。が、気にしない。
獅子怒は後ろから近付くと、少し強く頭を引っ叩く。
「無視すんな、コラ」
後頭部を押さえながら少し涙目で振り向く狼華。少し強かったようだ。
「あんた、誰のために無視してやったと思ってんの……!?」
「俺のため? なら余計なお世話だ。俺はもういろいろとやらかしてるからな」
カラカラと笑いながら言う獅子怒。
「それにお前、後ろから見てるだけで寂しいオーラが分かるぜ?」
まだ怒っているが、獅子怒は気にしない。むしろ可愛らしいと思う。これまで怒った表情をあまり見なかったからだろう。
周りからヒソヒソ声が聞こえる。友達同士で彼らのことを話しているのだろう。
「おお、一気に有名人だな」
やはり気にしない。周りの反応を見て笑っている。
「なんで笑っていられるのよ?」
狼華が静かに聞いてくる。
「普通なら精神的に耐えられないわよ。これまでのあたしの友達もそれでいなくなっちゃったのに」
「なら俺は普通じゃないんだろう。それに、お前に友達は嘘だろう?」
「……」
後者の方が図星だったようで、黙り込んでしまう。
「早く行こうぜ、学校遅れねえように」
笑顔で言い、先を歩いて行く。
「やっぱ、敵わないよね……」
そっと言って、後ろについていく。
学校までの道のり、周りから話し声が聞こえ続けたが気にしないように、気にしないまま二人は進んでいく。
「そのヘアピン、まだ持ってたんだ」
「探したらあったからつけてきた。お前がこうしろって言ったんだろ」
「何年前の話よ。それに、何年も前の物持ってるなんて未練しかない奴みたいよ。傷も丸見えだし」
はは、と苦笑する獅子怒。
何年も前に、獅子怒は狼華に前髪が長すぎて気持ち悪い、と言われたことがある。前髪を伸ばしていたのには、色々と理由があるのだが。
「それに、その刀も」
「ま、これはな。形見だし。使えないけど」
獅子怒の顔が少し曇る。
狼華はそんな獅子怒を見ていられず、大きくため息をつき、背中を強く叩く。
「辛気臭い顔しないで。それより、帯刀は目立つからやめて」
「そう? この方が楽なんだけど」
そう言いながらも、刀を背中に入れる。
「そう、それでいい」
ただ、狼華の目が慣れてはいるものの、どうやって入れているんだと言いたそうに見える。
その後も昔話に花が咲いた。他愛ない話。それでも大切な過去の話。
そうしているうちに学校へ近づいた。もう100mあたりでいきなり狼華が獅子怒の前に出る。
「それじゃ、この辺で」
そのまま駆けて行こうとする狼華の手を掴む獅子怒。
「おい、どこに行く気だ?」
「どこって、学校よ?」
「教室か? 図書館か?」
真剣な表情で獅子怒が聞いてくる。その問いに少し黙る狼華。
「逃げるなよ。今日は教室に来い」
そう言い、手を掴んだまま歩き出す獅子怒。
掴まれたままついていくしかできない狼華。
「ちょっと、分かったから手を放してよ」
「嘘つかれても嫌だからな。このまま教室に行く」
その言葉に少し赤くなる狼華。
「ちょっ、手繋いだまま学校に行くの?」
「放したら逃げるだろ」
素っ気なく答える獅子怒に戸惑いながらも引っ張られていく狼華。
周りの生徒からいろんな意味の視線で見られるが、獅子怒は気にしない。狼華は破裂しそうなほど赤くなっている。
チャイムが鳴り始め、校舎に入っていない生徒が駆け始める。
狼華と獅子怒は1‐10のプレートがかかった教室の前で立っていた。狼華が入るのを躊躇しているようだ。
「入るぞ」
「ま、待って。あと少しだけ……」
何度も深呼吸をする狼華。獅子怒も、昨日クラスメイトを蹴ったりしているので狼華と同じくらい緊張している。が、そんなことを表に出すような奴ではなかった。
数秒後、もう一度同じ質問をする。何とか落ち着いた狼華は頷く。
「で、でも私の席はないんじゃ……!」
逃げ道を見つけた、と言わんばかりに明るく言ってくる、が。
「知らん。入る」
お構いなしに、勢いよく横開きのドアを開ける獅子怒。
クラス中が注目してくる。
少しの間固まる二人。クラスメイトは全員揃っているようだが、話しかけてくる人などいない。東雲アリスも、獅子怒の隣の席についているが他の人たちと同じような反応をしている。
「……」
意を決し、歩き出す獅子怒。手を掴まれている狼華も引っ張られるようにして教室に入っていく。
獅子怒は自分の席まで移動し、狼華にその席へ座らせる。
「いいか、ここがお前の座る場所だ」
「え、でもここってシドの席じゃ……?」
「いいから。俺は別に立ってでも授業を受けられる。それに、高校で習うようなことは大体叩きこまれてる」
そう言って無理矢理に座らせる。
その間もずっとクラス中に見られている。獅子怒はだんだんとそれに耐えられなくなる。
獅子怒は頭をガリガリと掻いて、教室の前へ移動する。そしてチョークで黒板に大きく〈百獣獅子怒〉と書き殴る。
「俺の名前は! 百獣獅子怒だ!!」
黒板を強く叩き、大声で、現状を打破するために精一杯虚勢を張る。クラスの全員が振り向く。人に見られることを嫌う獅子怒だが、この時だけは強引に視線を集めた。
今まで強張っていた表情を少し柔らかくし、ぎこちない笑顔でクラスの全員に言う。
「名前がちゃんとわかったところで、もう一回自己紹介をするよ」
まだ全員が獅子怒を見ている。
「誕生日は8月14日中身スレイブはライオン超能力スキルは【闇喰】裏家〈憑宮〉の門下生妹は3人両親は〈終焉の館〉に投獄中好きなものは肉武器は刀得意科目は数学苦手科目は外国語。他に知りたいことはなんだ? なんでも答えてやる」
マシンガンの様に一気に話し尽くす。クラスメイトは互いに顔を見合わせている。始業時間まであと少し。
そこで一人がおずおずと声を出す。
「大神さんとの関係は?」
クラス全員の疑問を、代表して言ってきているようだ。
「別に。ただの幼馴染。小学校まで同じだった」
何でもないように、こちらも当然のように答える。
その答えに納得しきれないようだが、それでも引き下がってくれる。
「大神は改心したのかよ」
少し大きめの声で、自分の席に態度悪く座る猫深に聞かれる。
「いや、してねえだろうな」
「あんたは改心させるって言い切ったよね? それなのにしてないの?」
さっきの女子とは違い、不機嫌そうに聞いてくる。
「狼華がテメエらの言うように、手の付けられねえほどにねじ曲がってたら殴ってやるつもりだったよ。でも、それほどまでにはなってねえ。少なくとも俺にはあいつの嘘が分かる」
「あんただけわかってても意味はないのよ。私たちのクラスが、大神のせいで評判が悪いのよ」
「人の評価を気にしてるようじゃ、まだまだだな」
獅子怒は笑う。
「それに、そんな評判すぐになくしてやるよ」
「……どういう意味よ?」
そこで始業のチャイムが鳴る。
獅子怒は黒板をきれいに消し、自分の席、狼華の座る席の後ろに立つ。
「は~い、それじゃ今日は朝のHRがありますよ~」
そこで担任の篠崎先生が入ってくる。
「みんな揃ってますか~? って、大神さん!? それに百獣君もなんで立ってるんですか?」
出席確認のためクラスを見渡した先生が、獅子怒の席に座る狼華に驚く。
獅子怒の名前は学園長から聞いているのだろう。
「気にしないで下さい。こいつの席が無いので座らせてるだけです」
「椅子を持ってきましょうか?」
「いえ、立ったままで大丈夫です」
強めに言うと、そう言うなら、と諦めてくれる先生。
そこで一枚の紙を取り出す。そこには今日の日程がかかれているのだろう。先生はまずその紙を一度流し読みし、クラスに伝える。
「えっと、今日は不定期に行われる〈決闘大会デュエルフェスティバル〉があります。今年は全学年が参加し、決勝では2・3年生と戦います。そのため、1年生にはハンデとしてタッグでの戦いになります」
そこまでを話したところで、クラスの反応を見る。
2・3年生と戦うということに全員が驚いているようで、少し教室がざわつく。
「それで、この大会に出てくれる人はいませんか……?」
先生が気弱く参加を募る。が、当然2・3年となんか戦いたい奴はいないようで、誰も手を挙げない。もっとも、2・3年と戦うには1年のトーナメントを勝ち抜かなければいけないのだが。
「もちろん、出ない人も他クラスの人たちと戦うことになりますが……。やっぱり、誰もいない?」
もう一度聞いてくる。
「なら俺が出ます」
そこで獅子怒が名乗りを上げる。
クラス中に見られる。
「タッグですよね。だったら大神と出れば解決です」
にこやかに狼華を巻き込む。
狼華が反対の目で見てくるが受け流す。
「それに勝利を狙うならたぶん確率は一番高いですよ。Kキングと毎日のように戦ってましたし」
普通なら総隊長と毎日戦うなどありえない。常人ならば圧倒的力量の差に抗う気力すら失う。それを毎日のようにしているというのだ。もちろん嘘ではないのだが、すぐに信じられるようなことではない。
「時間もないですし、誰も出ないなら決定でいいじゃないですか」
獅子怒は押し通すように言う。
先生も、もう一度教室を見まわし、他に立候補がないのを確認する。
「そうね。他にいなかったら百獣君と大神さんで決定でいいですか?」
先生がクラスの同意を求める。狼華が「私了解してないよ!?」というが、とりなさない。
クラスの誰も反応できない。出たくないが出したくもない、といった感じである。
「え~っと、他に出たい人もいそうにないので頼んでいいですか?」
「了解です。大神もいいよな?」
う……、と言葉に詰まるが、仕方なく了承する狼華。
「さ、それじゃ代表も決まったし、闘技場の方へ移動しますよ~」
そう言うとクラス全体が移動し始める。
獅子怒も移動を開始しようと廊下に出ようとドアに向かう。と、後ろから狼華に思いっきり蹴られた。
「いてっ!」
少しよろける獅子怒。
「何私まで巻き込んでんのよ?」
「いやいや、お前このままだと完全に独りだろ? だから俺の親切だよ。戦いが苦手な訳じゃねえだろ?」
「別にあたし独りじゃないし。それに戦い苦手だし」
嘘つくなって、と立ち上がりながら言い受け流す。
立ち上がり移動を再開し、アリスの席の後ろを通った時。
「ねえ、なんで百獣君はそこまで大神さんに構うの?」
今までずっと黙っていたアリスが、俯き気味に話しかけてくる。
「クラスや学校全体敵にしちゃうかも知れないんだよ? それなのにどうしてそこまで構うの?」
そう問われ、特に考える様子もなく答える。
「どうしても何も、放っとけないからだよ。別にこいつが強くて、誰にも、何にも負けないってなら放っとくさ」
移動する足を止めずに答える。
その答えを聞き、獅子怒の方へ顔を向ける。
「でも、俺はこいつの弱さを、誰にだって負けることを知ってる。だから放っとけない」
出口で一度振り返り、笑顔で言い放つ。
「ただ、東雲さんやこのクラス全員も放っとけないんだけどね」
そう言い、廊下の先へと消えていく。
アリスはそのまましばらく動けなかった。
「あれが本来の百獣獅子怒よ」
後ろから狼華が声をかける。
「どこまでも甘く、誰よりも心配性で、何もかも一人で背負い込もうとする」
狼華が少し嬉しそうに続ける。
「そんなあいつを、私は支えてやりたいと思ったの」
「大神……さん」
「別にあんたを許したわけじゃない。席を無くしたのはあんただし、あんなことを言いなりに初めにやったのもあんただから。あんたがあの時、拒否してくれたら何か変わってたのかもね」
意地悪に、相手の心を抉るようなことを言う。
「でも、あいつがいるから別に私はこれで構わない。もっといじめてくれた方があいつが守ってくれるし」
フフッ、と笑い、闘技場への移動を開始する狼華。
アリスは教室に一人になるまで残り、誰もいなくなった教室で。
「強すぎるよ、大神さん……」
いろんな意味を込めて、小さく呟く。