12話
獅子怒たちが去っていく、廃工場。
その屋根に、一人の男が佇んでいた。
豪奢な服装。足元には黒猫が眠っている。
死霊使い、だ。
「かくして、物語の中心人物の記憶が蘇り、頼もしい味方と共に物語を動かす主人公になった、と」
独り言のように呟く。もっとも、今は完全に死霊使いしかいないのだが。
死霊使いは獅子怒たちが見えなくなると、黒猫を抱き上げ、下へ降りる。
そこで一度辺りに誰もいないことを確認してから、廃工場の中へと入っていく。
中には、ジョンとその部下がまだ倒れていた。角が取れているので、有角ではないのだが。
「随分と派手にやられましたね」
死霊使いは、倒れているジョンに声をかける。
「あなたは依頼を全うしました。彼に負けること、超能力に慣れさせること、彼の記憶を甦らすということまで、完璧に」
静かに語りかける。
「これで満足ですか?〈アキレマ〉の元総司令官さん」
ジョンが、薄らと目を開く。
何とか口を開くようにして言う。
「はっ、何が満足だ。いいようにやられただけじゃねえか」
腹が立つ、と吐き捨てる。
「でも、たったそれだけで〈悪魔の国〉という監獄から抜けることができた」
死霊使いは言う。全てを知った上で話を続ける。
ジョンは、フン、とそっぽを向く。
「今、どんな気分ですか?これまで何人もの兵隊を指揮し、何人もの人を殺してきたあなたは」
ジョンは黙り込む。
しかし、少し待つと声が返ってきた。
「そんなことから逃げ出したくてやった、最後の戦闘だ。ただ負けるだけ。オレのプライドが許さないと思っていた」
憎しみが湧くと思っていた。
そこで一度、大きく息を吸い、吐く。
「でも、何故か憎しみが湧いてこない。それどころか、心の黒い部分を全部喰われた感じだ」
そう言う。
そして少し考え、結論を出す。
「胸くそ悪い……」
しかし、その顔はどこか清々しく見える。
「オレの背負うべき罪まで喰われたんだ。オレは何を支えで生きていけばいい……?」
弱々しい口調で言う。
それを聞き、死霊使いは微笑を浮かべ、
「簡単ですよ」
と、その問いに答える。
「あなたの罪は全て喰われ、いつか消化されてしまう。なら、その罪はなかったことになる。これからは新しい道と考えて生きて行けばいいんですよ」
軽い調子で、難しいことを言う。
一度背負った罪を一切忘れろと、そう言っているのだから。
「ま、晴れて自由の身。これからは好きに生きて行けばいいさ。ただしこの町、この国からは出た方がいいでしょうね。彼に見つかれば、どうなるかわかったもんじゃありませんから」
死霊使いは明るく口調で言う。
煽られているように思えるが、体は全く動かない。
「では私はこれで。報告書は書かせてもらいますし、警察も何とかしておきます。起き上がれるようになりましたら、外の車で勝手に出て行ってくださいね」
死霊使いは廃工場を出ていく。ジョンたちは置き去りだ。それでいい。彼らが望んだ結果なのだから。
日はもう暮れている。宵闇が町を満たしていく中を、明るい市街の方へと歩いて行く死霊使い。
「さて、私の立場は中立でしたかね」
できますかねえ、と呟きながら猫を撫でる。獅子怒たちが向かう、話し合いの場へ。開かれるかは分からないが、轟鬼と夢叶がいるならついておかなければならない。
去っていく死霊使いの姿は、いつの間にか消えるように見えなくなってしまった。
「これからは過去ではなく、未来を見据えていくことになる、か」
死霊使いの声が、夜の闇に吸い込まれていった。