11話
「ここは……?」
彼が目を覚ますと、周囲が真っ白の空間に立っていた。
彼は周りを見渡してみる。
果てしなく白で埋め尽くされているが、何かが視界をよぎる。
「なんだあれ?」
見つけたものは、黒い煙。大きさは約4メートル。
それはゆらゆら揺れている。そのままこちらに動いてくると、
『久しぶりだな、我が主よ』
その煙が声を発した。
「久しぶり……?」
彼は煙にそう言われても、何も心当たりはない。
『我を姿まで忘れている、か。まあ当然か』
その煙は一人で納得するように言う。
「それより、ここどこだよ。俺は早くあの有角人を……」
『また殴り飛ばされるつもりか?』
煙は言う。それに驚くが、怪しい、と思う方が先に来た。
「なんで知ってんだよ?」
『殴り飛ばされることは認めるのだな』
煙にそう言われる。
「……まあ、事実だし」
彼は、拗ねたように認める。
『力が欲しいのだろう? 有角人に勝てるように、強くなりたいのだろう?』
煙が、すべてを知っているように言ってくる。
『誰にも負けない、圧倒的な力が』
「……」
彼は何も言わない。それでも、彼の思いを完全に理解している、と言ってもいいほどの言葉。
『ならば、願う相手は神か?』
問われる。
神に願っても無駄なことは重々承知している。
『願うべき相手を間違えるな』
「いったい誰だよ、お前」
彼は聞いてみる。
『我のことは自分で思い出せ』
命令口調で言ってきた。
彼は少し不機嫌になり、浅く眉を上げる。
『力が欲しいのだろう? 今の我が主は、滲み出る我の力を下手に使っているだけだ』
「……?」
彼にはよくわからない。
「どういうことだよ」
『そういうことだよ』
答えにならない答えが返ってくる。
『このまま行かせてやってもいいが、どうせ勝てんよ。さっさと我の名を、姿を、能力を、思い出すんだな』
そう言い残し、煙は空に掻き消えて行った。
「って、おい! あいつらのとこに戻せよ!!」
彼は叫ぶが、返事はない。
「……」
仕方なく、その場に座り込み考えてみることにしてみた。
そんなにまでして力を欲すのは、なぜだろうか。
☆
「嘘でしょ……?」
廃工場の中、狼華は倒れて動かなくなった彼を見つめる。
「起きてよ……。ねえ……?」
呼びかける。しかし、起きる気配はない。
「無駄無駄。起きやしないよ」
笑いながら言ってくる。
狼華は有角人を睨む。
「あなたは私だけが必要じゃなかったの!? なんでこんなに巻き込むの!?」
叫ぶように言う。
「ん? そりゃあ仲間の仇、とか?」
「嘘でしょう? あなた、仲間を大事にするような人には見えないわよ」
狼華は断言する。
「あ、やっぱりそう見える? でも、今までずっと嘘ついてきた奴に嘘つき呼ばわりされたくないな」
所詮、捨て駒だよなぁ、と続ける。
「そうだなあ。巻き込むとか言われても、自覚ないんだよなあ」
思案するように、手を顎に当てる。
数秒すると「やっぱダメだわ」と言い、手をひらひらする。
「難しく考えれねえわ」
キャラじゃねえしと、また笑う。
「簡単に言おう。暇つぶし、だな」
悪びれもせず、実に簡単に言う。
「実際、暇つぶしにもなんなかったけどな」
「おいおい、そんなんで倒した気になってもらっちゃ困るよ」
入口から声がする。
声の方へ振り向けば、影が二つ。
「憑宮の鬼才を超える才能の持ち主が、この程度で負けるわけが無い」
「あっはっは、ベタ惚れだねえ月宮ちゃん」
人影は、入口から動く気配はない。
柱に寄りかかってこちらを見ているだけだ。
「……外の奴らは?」
「寝てるよ」
それを聞くと嬉しそうに笑う。
「そうかそうかよ! これでオレはまた強くなれたわけだ!」
有角人の高笑いが、工場全体に響く。が、
「それはないね」
ネロに言われ、笑いを止める。
「あんた、強くなってないわよ」
「あ?」
ジョンは真剣な表情になる。
「たぶん、私たちがあなたの仲間を全員再起不能になるまで闘えば、今頃あなたの力はコンクリートくらいなら砕けるんじゃない?」
そう言われ、近くの柱を殴ってみる。
跡はつくが、確かに砕けない。
「どういうことだ?」
疑問をそのままぶつける。
「国の代理校のKキングの能力ぐらい知ってる方が身のためよ」
海鯱はそう言い、銃をクルクル回して見せる。
「私の超能力スキル【平和主義】は、範囲での超能力封じ、相手に当てれば個人の能力封じ、だ。」
「不可能を可能に、それは全部超能力なんだよ。だから月宮ちゃんの超能力が効いたわけだ」
ネロが付け足すように言う。
それを聞き、少し驚く。しかし、すぐに思い直す。
「はっ、それがどうした?」
有角人が、吐き捨てるように言い、彼を指さす。
「こいつが起き上がらなくちゃ、俺の勝ちだ。それとも、お前らがオレの相手をするのか?」
ネロと海鯱が顔を見合わせる。
そして、二人して笑い出す。
「あっははは、冗談はやめなよ。シーちゃんが決めたことに、私は何も口出ししないよ」
「まあ、確かに栢野ちゃん倒れているけど、まだ死んでいないし。それに今、対話しているよ。すぐに起きてくれる」
それを聞いた狼華が、驚き、大声を上げる。
「何を言ってるんですか!? 早く助けてくれないと、ホントに死んじゃいますよ!?」
「その女の言うとおりだぜ? 頭殴りゃ、頭蓋骨が割れるだろうな。首でも逝っちゃうね」
有角人もそれに乗ってくる。
「あ、まさかお前らこいつが起きるまでの時間稼ぎ?」
有角人が彼に近づく。
「そっからじゃあ、お前らがここまで来る前に殺せるな」
そう言い、振りかぶる。
当たる瞬間、
「やめて!!」
狼華が、倒れている彼の前へ身を乗り出す。
これに驚き、狼華を殴る直前でギリギリ止める。
「……何のつもりだ?」
「彼は殺させない。あなた、私がいるんでしょう?」
チッ、と舌打ちをすると軽く叩く。
軽く叩かれただけなのに、数メートル飛ぶ。
「あーあー、そうだよ。お前を連れてこいって言われてるよ」
やれやれ、といった感じで言ってくる。
よーし、分かった、と有角人は頷く。
「おいお前、この女動かねえように捕まえてろ。」
「は、はい!」
部下が、いきなり呼ばれ、ビクつきながらもすぐに行動に移す。
「一人でいい! 残りはあいつらの相手してやれ!」
命令を飛ばす。
あ、それと、とそこで気づき、追加する。
「あの女が超能力使ったら、範囲に入らずに、入れられずに、外から眺めとけ」
「どうやら、馬鹿じゃないらしいね」
海鯱もそうされればどうしようもないことぐらい分かっている。
それでも、一応【平和主義】を使っておく。外の時と同じようにドーム状の光が、海鯱とネロを包んでいく。
そのギリギリのところで部下の残りも止まる。
「はあ、籠城戦かあ」
「たまにはいいんじゃない? 月宮ちゃん、超能力の割に突っ込んでいくから」
ネロが苦笑しながら言う。二人に緊張感は微塵もない。
「でもいいの? これで栢野ちゃんの中身スレイブが起きるとは限らないんでしょう?」
今度は真剣な声で聞く。
「仕方ないよ。シーちゃんの気持ち次第、だから。ダメならそれまでだよ」
海鯱は諦めているように言う。
「邪魔者はいなくなった。さあて、動かない奴で遊ぶのもつまらんが、暇つぶしにいろんなとこ殴っていこ」
その前に、と言うと携帯を取り出す。
そのまま、どこかへ電話をつなげると二、三言話すと携帯をしまう。
「殺さねえように、じっくりと殴っていこう」
倒れた彼に向かって、足を振り上げ、蹴りつける。
「やめて!!」
「舌かまれねえように注意しとけ。」
狼華が叫んだ瞬間に命令を飛ばす。
そのまま何度も蹴りつけ、殴り続ける。
「やっぱ反応ないとつまんないわー」
本当につまらなさそうに、それでも殴り続ける。
狼華はその光景をただ見ているだけしかできない。
(これじゃあ、あの時と何も変わらないじゃない!!)
狼華は、言葉に出さない。
名前を呼びたい、声をかけたい、起きて、と声を上げたい。
(でも、そんなことしたら封印が……!)
叫びたいのに、叫べない。
(また、迷惑をかけちゃう……)
昔の光景がフラッシュバックする。
紅蓮の炎がすべてを飲み込もうとする、昔の失敗。
(あの日から、もう会うことはないと思っていたのに……)
『叫べばいいじゃねえか』
心の中で突然中身が、ずっと眠り続けていた狼が、目を覚ます。
『テメエが何を思おうが、何をしようが、関係ねえ。全部過去のことだ』
(簡単に言わないでよ。私が、彼をどれだけ苦しめたと思ってるの!?)
『オレにはテメエの気持ちが伝わってくる。否定して欲しいんだろ? てめえの言葉を、行動を、すべての嘘を!』
その言葉に震えだす狼華。
(……そう、かなあ。でも、分かんないよ……)
目に涙を浮かべながら思う。
(本当に、それで正しいのかなあ……)
嘘をついて、人を騙し続けてきた。その経験が自分すら、見失わせる。
何もわからない。何を信じ、何をすればいいのか。すべてが幻想のように思えてくる。
(本当にそれで、彼が救われるのかなあ……)
『救われるかどうかはテメエが決めることじゃねえ。そいつ自身が決めることだ』
そう言われる。
中身のおかげで少しずつ、自分を掴めている気がする。
『てめえがどんな失敗をしようが、どんな嘘をつこうが、オレだけはてめえの味方だ』
その言葉に、安心し、後押しされる。かつて、呪ったはずの狼に。
(でも、ずっと私を無視してたでしょ?)
『それはテメエがオレごとあいつの中身を封印したからだろ』
(あはは、そうだね)
そうだったね、と声に出して言う。
もう、迷いも葛藤もない。たった一つの思いが溢れる。
味方がいる、たったそれだけのことで救われる。
「彼も、許してくれるかな」
声を出す。その声は小さくて、震えているが問題ない。大声で叫ぶだけだから。
『今までの思いを、叫べ。それで十分だ』
「わかってる」
そう返事をする。ありがとう、とお礼を言い。
前を、彼を見つめる。血まみれだ。どこも傷ついている。
その光景を見て、自分のせいだ、と思う。そう思えば、涙が止まらない。だからこそ、自分でどうにかするんだと、思える。
大きく息を吸う。叫ぶ準備はできた。
「いい加減起きてよ、シド!!」
その声に、廃工場にいる全員が狼華に注目する。
「いつまで寝てるつもり!? 私を助けに来たんでしょう!?」
叫ぶ、大声で。
周りは動けずに見つめている。
「さあ、あの時みたいに」
叫んでいると、落ち着いてきた。
震えていた声も、安定してきた。
「私を庇ってくれた時みたいに」
涙は、消えていた。
「私を連れだしてくれた時みたいに」
泣き顔は、笑顔に変わっていく。
「私を、救い出してよ……!!」
叫んだ。声が嗄れるくらいに、大声で。
廃工場を静寂が制する。
「……何を言うかと思えば」
その静寂を、有角人が口を開き、破る。
「とんだ茶番だな。下らん。そんな言葉で、奇跡が起こるとでも……」
思っているのか、と続けようとして、言えなかった。
有角人の視界に、動くものがあった。
彼が、ゆっくりと体を起こす。
「ああ、そうだな。これは奇跡じゃあ、ない」
振り絞ったような声を出す。
「悪い、寝すぎてた」
立ち上がりながら、彼の体が変化していく。
鋭い爪、凶悪な牙、風格のある髪。獅子を擬人化したような、威風堂々とした姿。
「名前思い出すのに、時間かけ過ぎた」
そう言い、ジョンを睨む。
その目にジョンは恐怖を覚える。肉食獣が、獲物を見つけた時の目に。
(ありえねえ……!こんなガキに、オレが恐怖するなんて!)
思うが、気持ちとは逆に冷や汗も出てきた。
「よく立ったね、シーちゃん」
「立たなきゃ、俺じゃないだろ?」
海鯱の言葉に、笑顔を見せて答える。そうだったね、と言い、海鯱も笑う。
「悪かったな、紅蓮。今まで、思い出せなくて」
『構わんよ、思い出せたならな』
彼の中身が返事をする。
「悪かったな、ロウに銀雅ギンガ。助けるのが遅れて」
「ちゃんと助けてくれるんでしょう?」
『オレは何もしてないさ』
狼華は声で言うが、狼華の中身である銀楼は頭の中に直接語りかけてくる。
「そして何より、悪かったな、俺」
彼は自然体に構える。憑宮流に縛られない動きをするためのもの。
ここまでは軽い調子で。
ここからは真剣に。
「名乗れよ、角有り」
有角人から目を離さず、話しかける。
その時には強敵と戦える嬉しさに変わり恐怖を勝り、笑みを浮かべ、名乗りを上げる。
「〈アキレマ〉陸戦特殊部隊総隊長! ジョン・ブレイク! まかり通る!!」
「裏家憑宮流殺人特級罪人! 百獣獅子怒モモノシシド! 推して参る!!」
そして、二人が同時に動き出す。
獅子怒は始めの一歩で、跳ぶようにジョンとの距離を一気に詰める。
あまりの速さに反応が少し遅れた。
獅子怒が思いっきり殴りつける。紙一重で防御に成功するジョン。
しかし、連撃が来た。連打される、休みない攻撃。
ジョンは完全に防戦一方だ。反撃に出る余地すらない。
獅子怒は攻撃を加え続け、時には後ろに回り、ジョンの防御を確実に崩していく。
それでもやはり訓練を積んだ軍人。急所は全て守りきる。
「なん…だ……? この力は!?」
防御しきれない、一撃一撃が非常に重い攻撃。
「獅子の擬獣化効果はなあ、ただの純粋な力だ」
たったそれだけ、と続ける。
翼が生えることもないし、爪や牙もほとんど見せかけ。獅子のようには使いこなせない。が、
「あらゆる不利を、物を、状況を、すべて力任せに打ち払うことができる!」
「チッ……!」
ジョンは舌打ちし、後ろへ跳んで後退する。
しかし、獅子怒はその動きについていく。
「ありえねえ……!?」
「簡単なことだ。ただ瞬発`力`と跳躍`力`でついていっているだけだ。」
そのまま蹴りつけ、床に叩きつける。
叩きつけられたジョンの形に、床にひびが入る。肺の空気が押し出されるが、それでも立とうとする。
「……クソが!!」
近くに転がっていた鉄パイプを獅子怒に投げつける。
その鉄パイプは、避けない獅子怒の足に命中する。
それを見て、ジョンは笑みを見せ、叫ぶ。
「はは!! 折れただろ!? もう動けねえな!!」
前に揺らぐ獅子怒。
しかし、獅子怒は少しふらついただけで、普通に立っている。
「な、んで倒れねえんだよ……?」
一瞬にして目が絶望色に変わる。
「簡単なこと。無理矢理、`力`任せに立っているだけだ」
それでも3分ほどで治るが、と続ける。
「そんな……」
ジョンは歯を食いしばり、フラフラと立ち上がる。
そして周りを見、部下を視界に収めると、
「お前ら、こっち来い!!」
部下に命令を飛ばす。
その命令におとなしく従う部下たち。
「な、なんでしょうか……?」
少し怯えているように言う。
「いや、使えねえ奴は使えるようにしようと思ってな」
「は?」
何を言われているのかわからないような、間抜けな返事をする。
ジョンが部下の一人を二度殴り飛ばす。
そのまま、残った四人も同じように殴られ、吹っ飛ばされる。
「あ…ぐ……?」
吹っ飛ばされても、状況がうまく飲み込めない五人。
「よし、また強くなれた」
そう言うジョン。
「……お前、仲間じゃねえのかよ?」
獅子怒が一応、といった感じで聞いてみる。
「はあ? 何言ってんの? 使えねえ奴を使ってやってるんだよ」
悪びれもせず、当然であるかのように言ってくる。だから、これ以上の問答はいらない。
そして獅子怒に近づいていく。
「さあ、もっと楽しもうぜ?」
さっきよりさらに高い威力で殴ってくる。
「ぐっ!」
「はは! 簡単なことだ! さっきの威力を五人に二度与えた、つまり簡単に言って、……さらに強くなったわけだ!!」
知能で劣る〈亜人種〉の大雑把な解説。
それには耳を貸さず、獅子怒も反撃をする。
しかし、拳同士がぶつかったとき、獅子怒の方が耐え切れずに後ろへ跳ぶ。
「どうした、さっきの威勢は!?」
「くっそ……」
何も言い返せない獅子怒。
この状態で自分より強い攻撃は初めて経験する。
『我が主よ、何をしている?』
紅蓮が語りかけてくる。
『超能力を使えば早いことだ』
「簡単に言ってくれるねえ……」
はは、と笑いながら構えなおす獅子怒。
『怖いのか? 制御できるか不安か?』
紅蓮に挑発されるように聞かれる。
「……ああ、怖い。あの時なんかみんな飲み込んだしな」
『心配するな。我が制御してやる』
紅蓮にそう言われ、少し考える。
「……乗っ取ったりしねえよな?」
『何を言う。あれは我が動かさなければ死んでいたからこそだぞ? 不可抗力だ』
安心しろ、とそう言われる。
「……、仕方ねえな」
ちゃんと返せよ、と釘をさす。
『ならば渡してもらおうか』
「ああ」
獅子怒はそのまま目を閉じる。
「なんだあ? 来ねえのかよ。こっちから行くぞ」
動かなくなった獅子怒に、苛立ち声をかける。
目を閉じ、数秒経つ。
ゆっくりと目を開く獅子怒。
その目は、いつの間にか爛々と真っ赤に、炎が燃えているような色をしている。
「ガルゥ……」
獣のような声が聞こえる。
「ゥゥゥアアアアア!!」
ビリビリと、周囲が震えるような低く、猛獣の啼き声。
誰もが怯むような、咆哮。
「な、んだ……?」
その豹変ぶりに驚くジョン。
「アアアアアアアアアア!!」
天に向かい啼き続け、さらには黒い霧のようなものが獅子怒を包んでいく。
「ねえ、あれって」
ネロが近くの海鯱に聞く。
「紅蓮に主導権を明け渡したな。それに、【闇喰】を発動してる。」
「やっぱりか……」
ネロはその事実に少し驚く。
「普通できないよね、中身に体を明け渡すなんて」
「そうだったとしても、シーちゃん何回か経験してるからな」
他人事のように言う。
「それに、超能力をきちんと制御したいなら一番手っ取り早い方法だよ。」
海鯱はそう言う。
獅子怒は黒い霧を左手に集める。
「喰ライ尽クセ!!」
そのまま、左手を後ろに引き、投げるように前へ振る。
黒い霧は左手から伸び、ジョンを包み込む。
「う、うおおおあああ!?」
ジョンの叫び声が黒い霧の中から聞こえる。
そして、数秒経てば黒い霧は虚空に消えた。
「はあっ、はっ……」
ジョンが荒く息をしている。
「は、はは。残念だったな、オレには何の変化もねえぞ?」
少し冷や汗をかいているが、見た目は何も変わっていない。
『ちゃんと喰らった。後は自分でしな、我が主よ』
「ああ、分かった」
獅子怒も目は普段の色に戻っている。
久しぶりの超能力行使で、息が少し上がっている。
「なんだ、ただのハッタリか。じゃあこいつで終わりだ!!」
ジョンは体に異常はないことを確認すると、獅子怒へと一直線に突っ走る。
獅子怒は迎え撃つように、足を左右に少し広げ、頭を後ろへ引く。
「あ、シド十八番の頭突きじゃん」
狼華はその姿を見れば、すぐにわかった。昔、よく決め技に獅子怒が使っていた技だ。主に教育者を黙らしていた。
「そんなんじゃあ、頭が吹っ飛ぶぜ!?」
ジョンは止まらず、そのまま走り続ける。
そして、拳を作り、腕を引き、振りかぶる。
「「うおおおおお!!」」
二人の声、咆哮が重なる。
頭と拳が、ぶつかり合う。
確かな感触に、ジョンが笑顔を作る。が、
「――!?」
それでも獅子怒の姿が、頭が目に映る。
「な……! ありえねえ!?」
ジョンは拳が獅子怒の頭に受け止められているのを、驚きと怯えの混ざった顔で見る。
「テメエの頭はコンクリ以上か!?」
「何言ってんだ? お前の力がなくなってんだよ」
正確には俺が喰ったんだが、と続け、笑っている。
「なんで、いつの間に……!!」
そこで一つ思い当たる。
先程の、黒い霧に包まれたとき。確かに何も起きていなかった、見た目だけは。
「【闇喰】は相手の超能力を喰らい、自分のものとして喰った分だけ使える」
獅子怒が説明を始める。
「俺が喰ったのは、お前が変な装置で上がった攻撃力だ」
大サービスのお土産だ、という。
「さあて、この威力でテメエを殴ったらどうなるだろうな」
獅子怒が笑う。
ジョンは両肩を掴まれる。それを必死に外そうとするが、全く外れない。
さらに、黒い霧までもが頭に巻きついていく。
「ちょ、待っ……!」
「誰が待つか」
強烈な一撃。額に生えた角の付け根にあたりに命中、角が飛んでいく。
頭突きにも関わらず、後ろへ吹っ飛んでいく。
少し赤くなった額を手で押さえながら、倒れたジョンに向かって歩いていく。
「一応感謝しておくぜ。お前のおかげで過去を思い出せた」
まだ薄らと意識があるジョンが、起き上がろうとしてみる。
それを制するように、ジョンの顔面際の地面を殴りつける。
「だがな、この町は俺の縄張りだ。好き勝手されちゃ困るんだよ」
獅子怒は、百獣の王の風格を見せる。
「今度、仲間プライドまで手ぇ出したら、てめえの国を喰らい尽くす」
冗談に聞こえない、本気の気迫。
言い終えると狼華の方へと去っていく。
「……ふん、そんなものでオレの国が諦めるとでも?」
聞こえるかどうかわからない言葉を最後に、ジョンは気を失った。
☆
「さて、ひと段落ついたところで悪いんだけど」
ネロが獅子怒の方へ向かって声をかける。
隣の海鯱は外の方を見ている。
「どうかしたんですか?」
狼華と烏之助の縄を解き……噛み千切りながら問い返す。
「あの有角人、お迎え呼んでたみたい」
しれっ、と軽く笑顔で言ってくる。
「へ? 数は?」
「ざっと見て、大型車が5台程度。後ろのコンテナに12人は入るかな」
外を見ている海鯱がそう答える。
「どうすんだよ。俺もう戦う気力ないよ?」
獅子怒は疲れた口調で言ってくる。無理もない。あれだけ有角人とやり合ったのだから、普通ならぶっ倒れている。
「でも、あれ突破しないと帰れないぜ」
ネロが冷静に言ってくる。
「そう。なら私がやるわ」
先に縄を解いた狼華が立ち上がりながら言う。
「大丈夫かよ?」
「心配ないわよ。私も超能力スキルを使ってみたいだけだもの」
狼華は笑いながら言う。そして入口の方へと歩いていく。
獅子怒も烏之助の縄を解くと、背負って狼華の後に続く。
「大丈夫なの? 最近超能力使ってないんでしょう?」
入口近くまで行くと海鯱がそう声をかけてきた。
「大丈夫ですよ。ギンにコントロールお願いするんで」
狼華は入口から出て、この廃工場に入るための道路へと向かう。
狼華が道路に立つと、走っていた大型車が一度止まり、運転席の窓から話しかける。
「すいません、どけてもらえますか?」
亜人種は、声を聞くだけには悪いようには思えない。
しかし、顔は笑っていてもその目は全く笑っていない。むしろ、犯罪者のような目をしている。
「この先はあなたたちが行くような場所は何もないはずですけど?」
狼華もまずは話してみる。
「いえいえ、その廃工場の撤去を言われてきたんですよ」
「そう、でも気を付けてね。この先、【落盤注意】だから」
「……何を言ってるんですか?」
それじゃ、と狼華は疑問に答えず去っていく。
亜人種は少し考えるようにしたが、気にしないことにした。
そして、大型車がまた動き出す。
しかし5台の車が一斉に動き出し、数メートル進むと車体が揺れた。
「……!?」
それに気づいた時には、すでに遅かった。
いきなり5台すべての車が横転すると道路が陥没し、狼華の言った通り【落盤】が起きた。
5台すべてが次々と落ちていき、轟音が鳴り響く。
その光景を見ていた狼華は「ほらね」と軽い調子で言って、獅子怒たちのいる方へ歩いていく。
「毎度のことながら酷いよな……」
久しぶりに見た狼華の能力を、獅子怒は顔を引きつらせながら見ていた。
「私の言葉を信じないからよ」
「そうかよ。……と」
狼華の言葉に返していると、突然獅子怒の足が崩れた。
見れば擬獣化がほとんど解けている。
「大丈夫? 手、貸そうか?」
狼華に聞かれる。
「あ、じゃあ頼むわ。会長、烏之助頼んでいいですか?」
了解、とネロが返事をするのを聞き、烏之助を預ける。
屈んできた狼華の肩に手を回そうとした時、いきなり視界が揺れた。
「あれ……?」
わけがわからず、そのままうつ伏せに倒れこんでしまう。
緊張の糸が切れ、今までの疲労と怪我の痛みが一気に押し寄せた。
狼華たちの心配そうな声が耳に届くが、すでに遠い。
(まあ、いっか……)
そう思う。
自分の記憶は取り戻せた。〈アキレマ〉の連中も追い払った。これ以上何を望むというのか。
この後には両親たちが自分の過去についてさらに詳しく教えてくれるようだが、それはまたでいいか、と思うほどに、眠い。
9年分の記憶を思い出し、狼華を思い出し、紅蓮を思い出し、そして何より自分自身を思い出した。収穫は大量だ。
しかし、今は満足感で己を満たしたいため、睡魔に抗わず、そのまま深い眠りへと誘われていった。