追憶3
道場に、血だまりがある。その中心には、人……影らしきものがある。
修行用の服を着ているが、その服は全身鮮血で濡れている。
血だまりの中心の影が少しだけ動く。血を吸ってかなり重たくなった服を、引きずるように、全身を引きずるように立とうとする。
口からも血が溢れ、口の端から垂れ続ける。
「もう終わりか?」
影の前に立ち、見下ろすように言う老人。必死に起きようとする影を、老人が蹴りつける。
容易く吹っ飛び、壁に衝突する。
「もう終わりか?」
もう一度聞く。それに応えるように影が立ち上がる。フラフラと足元がおぼつかないが、それでも立った。
老人は、強い笑みを浮かべる。
「上出来」
影に眼光が宿る。背丈は小学校低学年。憑宮で修行を始め、約2年。ここまで血だらけになり、蹴り飛ばされ起きたのは初めてだ。
だが、今のこの少年は何かが違う。
まず髪。逆立ち、量が増えている。さらに手と歯。凶悪な爪に伸び、犬歯が鋭く尖り、牙となっている。極めつけは眼光。普段は普通の目の色だが、今は爛々と真っ赤に光っている。
「出てきたか」
老人がつぶやく。この時を待っていたかのように。
少年の方から唸り声が聞こえ、やがてそれは咆哮へと変わる。
その圧に武者震いを起こす。強敵だ、とそう思う。裏家の当主が、だ。
少年は動く。野生の獅子へ変わり、獲物を狩るため、自身を守るため。
老人も負けられない。師が弟子に負けるなどもってのほか。あってはならない。ゆえに真剣勝負へと発展する。
その死闘を道場の隅で観戦する少女。
あの生意気な少年が、今は獣になり、祖父を襲っている。
祖父が負けるとは思わない。だが、少年が負けるとも思えない。
観戦しているうちに、目が離せなくなる。見惚れてしまう。少年の戦いに。
「……頑張れ」
いつしか無意識に応援してしまうほど、見入っていた。