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neo world

作者: hisa

この話はNEW WORLDと繋がっています。どちらから読んで頂いても話は分かるようになっています。

 世界が動き出した様な気がした。

 いや、気じゃなく実際にあの日から僕の人生は確かに変わったのだ。

 突然降り出した霧雨の中いつまでも佇む彼女を見つけた。僕はマンションの高層階の自室の窓を開け広げ、眼下に広がる闇に包まれた街並みを何となく眺めていた。闇夜の魔力を押し退ける様な町中のネオンは至る所で煌めき、人々を不眠に変えてしまう様な錯覚に捕らわれる中、彼女だけがその場に不釣り合いな様に思えた。 初めは誰かと待ち合わせをしているのだろうかと、その程度にしか思わなく視界の隅に何となく措いていた。

 人差し指程度の大きさの人々が忙しなく行き交う中、いつまで経っても彼女はそこを動く気配を見せなかった。距離があるので容姿や年齢などは見て取ることは出来なかったが、なぜか小さい肩が不安気に見えてしまった。

 気が付けば、街並みを見下ろしていただけの筈の僕は、視界の隅に措いていた彼女に視線を奪われていた。

 こんな遠目で姿形のはっきりしない人なのに――なぜか、その後ろ姿に胸を締め付けられる想いがした。

 居ても経ってもいられずに、気が付けば部屋を飛び出していた。

 こんな勢いで走るのは久方ぶりで、エレベーターが到着するのが待ち切れず、非常階段を疾走した僕は階下に着く頃には息が上がっていた。

 そして、あの場所で彼女を見付けた。

 霧雨の降る中、ぼんやりと自分の手を見つめ何かを振り払うように彼女は挙げていた手を下ろした。

 その動作が想像以上に優雅でいてまた、儚くて、僕は何も考えられなくなった。霧雨に濡れた前髪が額に張り付いている様が儚さの中に妖艶ささえ漂わせて、僕の視線を捉えて離さなかった。

 強力な引力で引き込まれる僕には抗う術など持ち合わせていなかったのだ。 言葉は陳腐だかあまりの美しさとその雰囲気に中てられてしまった。 高層マンションから視線を奪った彼女は、出逢うべくして出逢ったのかもしれない。

 その時は、締め付けられる様な胸で何かを考える余裕なんてなかったけれども。

 この出逢いを逃すものかと思ったかどうか。僕は自然と彼女の前に歩を進めていた。緊張のあまりにどんな顔をして話し掛けたのかはもう覚えていないけれど、格好良く決まっていないのは分かり切っている。



 過去の未だに薄れることのない情景に心を馳せていた僕は、仕事場のデスクの前に座り、パソコンの画面がスクリーンセイバーになっていて我に返ったのだった。

 職場を見渡せば窓の外はとっぷりと日が暮れて社内に残っている人も少なくなっていた。

 今日も彼女はあのマンションの一室で僕の帰りを待っててくれているだろうか。

 必ず帰宅前に細波の様に押し寄せる不安。あの日から居座っている彼女だが、僕たちの間には何の約束もなく、彼女を束縛して繋ぎとめるしがらみもない。だからこそ、毎日一度は不安に駆られる。

 こんなに相手の事を思ったことはかつて一度もなかった。だからこそ、一緒にいられる今が幸せで、そして震える程に不安を駆り立てる。


 「わたしの名前は…あなたが決めて」

 とんでもない事を彼女は言ってのけたものだ。

 余りの突拍子のない発言に、僕の思考は一瞬フリーズした。後々なぜ彼女がそんな事を言ったのか理解はしたが、その時は彼女なりの僕への拒否かと思ったものだ。

 彼女はすべての記憶をなくしていた。なぜ記憶をなくしたのか、なにも分からないと言った。そんな彼女に惹かれたのは偶然か、必然か、はたまた奇跡か――

 そして僕は真剣に彼女の名前を考えた。彼女にぴたりと嵌まる彼女の為の名前。僕だけが語り掛ける事を許してもらう為。

 「七輝…なんてどうかな?」

 少し照れくさかった。けど、彼女は嬉しそうにはにかんだ。そんな様子にもう一度彼女に惹き込まれてしまったのは言うまでもない。

 彼女の自ら知らずに溢れているであろう輝き。そんな響きがぴったりだと我ながら思った。


 あれから、かれこれ一年と一ヵ月と八日経つ。

 未だに彼女への想いは途絶えることなく溢れて、愛しくて愛しくて堪らない。だから、不安と背中合わせの日々を多くの幸せと、多くの不安を抱いて過ごしている。きっと彼女はこんなに思っている事なんて微塵も気が付いていないのだろう。

 何度想いを伝えようと思っただろう――

 何度彼女を抱きしめようとしただろう――

 何度彼女を――

 だけど、いつも寸でのところで自分を抑えてしまう。彼女の気持ちを知るのが怖い。彼女を失うことを考えるとそれは多大なる恐怖を僕の許へ運んで来るのだ。愛しすぎて、もう手離す事なんか考えられない…

 彼女はいつも物憂げに、小さく微笑む。

 彼女はいつも大きな瞳で、懸命に語り掛ける。

 彼女はいつも――


 僕は思う。傍にいてくれるだけで、こんな幸せはないのだと。

 この目で見詰め、この目に触れさせて、この目で愛させて。ひっそりと想う事をどうか許して下さい。

 まだ、想いを告げる勇気は、彼女を失う恐怖に打ち勝つことは出来ないけれど、いつか彼女の幸せだけを想える様になったら伝えよう。この焦がれる様な迸る七輝への気持ちを――

 

 暗くなった夜空の下、いつもの帰り道。

 想うのはいつも変わらず、愛しい彼女の事。

 そして夜空の瞬く星に願うは彼女との幸せな日々。

 永遠なんて言葉は実在しないのは分かっているから、せめてもう少し一緒にいる時間を下さい。僕は祈りに似た想いを苦しい胸に抱き、彼女の許へ帰る――


 

NEW WORLDを譲る視点から書きました。

お互いの想いの擦れ違いと、お互いへの同じ想いを両サイドから見てもらえたらと思います。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

感想や評価ありましたら宜しくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 愛しい気持ちが繊細に表現されてて、俺も今付き合ってる彼女がとても愛しくなりました。
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