第15話 怖い顔の治癒士、冒険者に絡まれる
翌週も、俺とリエナは薬草採取に出かけた。
今日のリエナは朝から妙にそわそわしていた。
「……何かあるか」
「別に」
「……そわそわしている」
「してない」
「……している」
リエナがため息をついた。
「……実はメモ帳を持ってきた」
「……何のために」
「魔物の逃げ方を記録したい。先週は三種類の魔物が三種類の逃げ方をした。あれ、ちゃんと記録しておいたら面白いデータになると思って」
「……魔物の逃げ方のデータを集めてどうする」
「研究する。カルの顔がどの程度の威嚇効果を持つか。魔物の種類によって反応が違うのか。近距離と遠距離で差があるのか」
「……それは治癒とは関係がない」
「面白いじゃない」
「……面白いかどうかとは別の話だ」
「面白ければいい。行こう」
リエナが歩き始めた。俺は「……記録はするな」と言いながら後をついた。
「記録する」
「……するな」
「する」
「……どちらが年上だ」
「カルだけど、この件ではあたしが正しい」
「……それは理屈になっていない」
結局、リエナはメモ帳を持って南門を出た。俺は諦めた。
◆ ◆ ◆
草地を歩いて三十分ほどで、先週と同じラベンダーの群生地に着いた。
リエナが採取を始めた。俺が袋を持って横に立った。
先週より手際がいい。持ってくる袋の大きさも、採取の順番も、最初から計算されている。一週間で段取りを考えてきたらしい。
「今日はまずラベンダーとカモミールを確保して、それからアルニカの群生地に移動する。帰りにミントを採ってもいい。全部で一時間半くらい」
「……段取りがいいな」
「ばあさんに教わった。薬草採りは段取りが命、って」
「……ばあさんはどんな人だったか」
「前にも聞いた」
「……もう一度聞いてもいいか」
リエナが手を止めずに答えた。
「口が悪くて、せっかちで、でも薬草のことになると丁寧だった。あたしが葉の採り方を間違えたら、怒鳴るんじゃなくてちゃんと説明してくれた。それが好きだった」
「……いい師匠だな」
「うん。……カルって、師匠はいるの?」
「……グランさんが近いかもしれない」
「グランじいさん、師匠っぽくないけどね。ぶっきらぼうだし」
「……ぶっきらぼうでも、教えてくれることは本物だ」
リエナがちらりと俺を見た。それから「……そうだね」と言って採取に戻った。
袋が三分の一ほど埋まった頃、今日最初の魔物が出た。
先週と同じ、三つ目のトカゲ型だ。草むらから這い出てきて、俺を見て、Uターンした。
リエナがメモ帳を取り出した。
「……記録するな」
「もう書いた。『トカゲ型、目視から逃走まで一秒未満、先週と同様』」
「……やめてくれ」
「データが積み重なると面白くなるから」
俺は何も言えなかった。魔物の逃げ方を記録される治癒士は、世界に俺しかいないと思う。
◆ ◆ ◆
アルニカの群生地に移動した帰り道だった。
前から人の声が聞こえてきた。
四人組だ。全員武装している。帰り道らしく、疲れた様子で歩いていた。先頭は大柄な男で、後ろに細身で弓を背負った男、鎧を纏った女、杖持ちの男が続いている。冒険者のパーティーだろう。
距離が縮まった。大柄な男が前を見た。俺の顔が視界に入った。
「っ……!」
男が剣の柄に手をかけた。後ろの三人も警戒した。弓の男が矢に手を伸ばした。
「待て! 前方に敵! でかくて怖い!」
「……治癒士だ」
「嘘をつくな! その顔で治癒士がいるか!」
「本当です!!」
リエナが俺の前に出た。薬草の袋を両手で持ち上げた。
「この人はグランじいさんの治癒所で働いている治癒士です! 薬草採取の帰りです! 怖い顔ですけど人間です!!」
「……人間です、というのは自分で言いたかった」
「緊急だったから」
冒険者四人が顔を見合わせた。大柄な男が俺をじっと見た。顔を見て、袋を見て、リエナを見た。
「……治癒士、なのか」
「……そうだ」
「その顔で?」
「……この顔で治癒士だ」
男がしばらく俺を見た。それから、剣の柄から手を離した。後ろの三人も警戒を解いた。
「……わかった。通れ」
俺たちが横を通り過ぎようとした時、俺は気づいた。
弓を背負った男の左腕に、赤みがある。布で隠しているが、傷の形が滲んでいる。
「……腕を見せてくれ」
男が「え?」と固まった。
「……左腕だ。傷がある」
「なんで……見えたんだ?」
「……治癒士だ。傷は見える」
男たちがまた顔を見合わせた。大柄な男が「見せてみろ」と弓男に言った。弓男が渋々、布を解いた。
深い切り傷だった。魔物の爪か何かだろう。血は止まっているが、端が炎症を起こし始めている。放置すれば化膿する。
「……少し染みる。我慢できるか」
「わかった……ってあんた、許可を……!」
俺はすでに手を当てていた。光が流れた。傷が塞がり、炎症が引いていく。弓男が「あっ」と声を上げた。
「……痛みは?」
「……ない。完全に、ない……」
冒険者四人が静かになった。
大柄な男が俺を見た。最初の警戒とは全く違う目だった。
「……腕は本物だな」
「……そうだ」
◆ ◆ ◆
「名前を聞いていいか」
大柄な男が言った。
「……カルディン。治癒士だ」
「俺はヴェック。こっちはユーグ、サラ、テオだ」男が仲間を順番に指した。「俺たちはCランクのパーティーだ。この辺で依頼をこなしている」
「……そうか」
「お前さん、冒険者ギルドに顔は出しているか」
「……まだだ」
「ギルドに来い。治癒士の依頼は山積みだ。あんたの腕なら、ランクが付く」
俺は少し考えた。ギルドに行けば、様々な傷に向き合える。場数が増える。光が磨かれる。レンに届く日が近づく。
「……考える」
「ぜひ来てくれ。正直、この辺の治癒士は腕が悪いか、高くて頼めないかのどちらかだ。あんたみたいな腕の治癒士が来てくれれば、本当に助かる」
「……顔は怖いが」
ヴェックが「顔より腕だ」とはっきり言った。
「俺たちは治してくれる人間が来てくれればいい。顔は関係ない」
その言葉は、少し胸に刺さった。悪い意味ではなく、珍しいものを受け取った時のような感覚だった。
「……わかった。考える」
「カル、行こう」
リエナが俺の袖を引いた。
それから、ヴェックに向かって「来ます」と答えた。
「……おい」
「代理で返事した。いいでしょ」
「……勝手だ」
「カルが考えてる間に機会を逃すと思って」
ヴェックが笑った。豪快な笑い方だった。
「面白い二人組だな。ギルドで待っている」
弓男のユーグが最後に振り返って「ありがとうございました!」と大きな声で言った。俺は軽く頷いた。
四人が歩き去った。遠ざかりながら、ヴェックが仲間に「あの治癒士、顔はともかく腕は本物だ」と言っているのが聞こえた。
「顔はともかく」とリエナが繰り返した。「定番の言い方になってきたね」
「……そういう言われ方をするのが一番多い」
「でもその後に『腕は本物』が来るから、トータルで見れば悪くない」
「……そうだな」
俺は少し前を向いた。ヴェックたちの背中が、草地の向こうに小さくなっていく。
顔より腕だ、とヴェックは言った。
(……そういう人間もいる)
それが、今日一番よかったことだと思った。
◆ ◆ ◆
治癒所に戻って、グランに今日のことを話した。
冒険者に出会ったこと。腕を治したこと。ギルドに来いと言われたこと。リエナが勝手に「来ます」と返事したこと。
グランが一通り聞いて、「冒険者ギルドか」と静かに言った。
「……行くべきだと思いますか」
「行くべきだ。ここだけでは、お前さんの力は足りない」
「……足りない?」
「レンの子のことを考えろ。あの子に届くには、まだ力が必要だ。力は場数で磨かれる。ギルドの依頼は場数になる」
俺はグランの言葉を反芻した。
場数。そうだ。前の世界でも、システムは触り続けることで感覚が磨かれた。治癒も同じだろう。様々な傷、様々な病気、様々な体の状態に向き合うほど、光は細やかになる。
「……グランさんは、ここを一人で大丈夫ですか」
「リエナがいる。儂は五十年一人でやってきた。お前さんが来る前は毎日一人だった」
「……そうでした」
「ギルドに行け。ただし、ここの患者を優先することだけは忘れるな」
「……わかりました」
リエナが「じゃあ明後日、一緒にギルドに行こう。あたしも見てみたい」と言った。
「……お前は薬草の研究があるだろう」
「ギルドの受付の人がカルの顔を見てどんな反応をするか、記録したい」
「……記録するな」
「メモ帳は持っていかない。目に焼き付けるだけ」
「……大差ない」
グランが「うるさい二人だ」と言いながら、どこか嬉しそうな顔をした。
俺はグランのその顔を、少し大事にしまっておいた。
◆
夜、物置部屋でチャが来た。
今日は窓の外ではなく、なぜか扉の前に座っていた。
「……どこから入った」
「にゃ」
「……扉は閉まっていたはずだが」
「にゃ」
俺は扉を確認した。下の隙間が少し広かった。チャが入れる程度には。
「……塞ぐべきか」
チャが「にゃ」と言って、俺の足元に来た。
「……塞がない方がいいか」
「にゃ」
「……そうか。では塞がない」
チャが満足したように俺の隣で丸くなった。
今日のことを振り返った。魔物が一回逃げた。リエナがメモ帳に記録した。冒険者に出会い、腕を治した。ギルドに来いと言われた。リエナが勝手に「来ます」と答えた。
明後日、ギルドに行く。様々な傷に向き合う。光を磨く。レンに届く日のために。
チャがごろごろと鳴いていた。
(……悪くない一日だった)
目を閉じた。石の床に、今日はチャの温かさが加わっていた。
明日も治しに行く。
薬草採取に行きました。
魔物が一回来ました。リエナがメモに記録しました。『トカゲ型、目視から逃走まで一秒未満』と書いていました。やめてほしいです。
冒険者に絡まれました。腕を治したら「顔より腕だ」と言われました。今日一番よかった言葉です。
リエナが勝手に「来ます」と返事しました。まあ、行く気でしたので。
チャが部屋に入っていました。扉の隙間から来たようです。塞ぎません。




