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顔が怖すぎて患者が逃げる治癒士、それでも今日も癒しに行く  作者: おっさんず


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第14話 怖い顔の治癒士、薬草を探しに行く

 明後日と言っていたが、リエナが翌日の朝に来るなり「今日にしよう」と言った。


 「……明後日ではなかったか」


 「気が変わった。天気がいいし、薬草の鮮度は早いほどいい。午前の患者が終わったら出発しよう」


 「……お前は決断が早いな」


 「カルが遅いんだよ」


 グランが「リエナの言う通りだ。さっさと行ってこい」と言った。


 二対一だったので、今日行くことになった。


◆ ◆ ◆


 午前中、患者を六人診た。


 一人目は昨日も来た常連の女性で、今日は「心の準備をしてきました」と言いながら入ってきた。昨日より確かに落ち着いていた。準備の成果らしい。


 「……準備とは何をするんですか」


 「家の鏡の前で、先生の顔を想像して深呼吸を十回しました」


 「……そんな朝を過ごさせてしまって申し訳ない」


 「いえ! おかげで今日はそんなに怖くないです! 二十パーセントくらい怖いだけです!」


 「……二十パーセントか」


 「昨日が百パーセントでしたから、大進歩です」


 俺には進歩の実感が湧かなかったが、患者が来やすくなるなら、それでいい。


 三人目は初めて来た中年の男で、入口で俺の顔を見た瞬間に「うわっ」と言いながら一歩引いた。引いた先に段差があって、躓いた。


 「……大丈夫か」


 「い、痛い……足首を……」


 「……座ってくれ。診る」


 「は、はい……あの、足首を診てもらいに来たのに、あなたの顔を見て足首を怪我するとは思っていなかったです……」


 「……申し訳ない」


 「いえ、俺が悪いんですが……でもなんか……複雑な気持ちです……」


 複雑だったのは俺も同じだった。捻挫を治したら、入口の段差も直しておこうと思った。


 「……あとで段差を削る」


 「え?」


 「……入口の段差が危ない。直す」


 男がしばらく俺を見た。それから「……ありがとうございます」と言った。少し目が赤くなっていた。なぜ泣きそうなのかはわからなかったが、悪い意味ではないらしかった。


 六人全員を診終わって、昼飯を食べた。


 グランが今日は汁物を多めに作ってくれた。出かける前だからだろう。黙って気を使ってくれるのが、グランのやり方だ。


◆ ◆ ◆


 昼過ぎ、俺とリエナは治癒所を出た。


 リエナは大きな布袋を背負い、採取用の小刀と厚手の手袋を持っていた。どこからどう見ても、薬師の見習いだ。


 俺は上着を着て、何も持っていなかった。


 「カル、荷物は?」


 「……何を持てばいい」


 「袋とか。薬草が増えたら持ちきれないから」


 「……持てる分は持つ。あとは二往復する」


 「それより袋を持ってきた方が早くない?」


 「……そうだな」


 グランが中から「袋ならそこの棚にある」と声をかけた。俺は棚から麻袋を二枚取って、腰に挟んだ。


 「準備完了?」


 「……完了だ」


 「じゃあ行こう。カル、街の外に出たことある?」


 「……ない」


 「そっか。魔物が出ることがあるから気をつけて」


 「……魔物が出たら、顔を見せる」


 「あ、そうだった。魔物除け担当だった」


 「……その呼び方はやめてくれと言った」


 「ごめん。魔物顔面威嚇担当」


 「……悪化した」


 リエナが笑いながら歩き始めた。俺が後を追った。


◆ ◆ ◆


 王都の南門を抜けると、石畳が途絶えて土の道になった。


 左右に草地が広がり、その向こうに木立が見える。空が広い。前の世界では通勤電車の窓から空を見ていたが、車窓から見える空と、遮るものが何もない空では、全く別物だった。


 「……広いな」


 「そう? あたしは毎週ここに来てるから慣れた」


 「……一人で来ていたのか」


 「うん。ばあさんに教わった場所が全部このあたりにある。慣れたら怖くない」


 リエナが草地に踏み込んだ。俺も続いた。


 草の丈が膝くらいある。リエナは迷いなく歩いた。足元を見ながら、時々しゃがんで草の根を確認する。ここが生活の場なのだと、その背中から伝わってきた。


 「あそこ。ラベンダーの群生地」


 見ると、薄紫の花が一面に広がっていた。風に揺れている。


 「……綺麗だな」


 「カルがそういうこと言うの、珍しい」


 「……思ったことを言っただけだ」


 「いや、珍しい。素直に言うのが珍しいんじゃなくて、カルが感動してるのが珍しい」


 「……感動もする」


 「してるんだ。じゃあもっとしていい。ここ、本当に綺麗だから」


 リエナが袋を下ろして、採取を始めた。俺は袋を広げて横に立った。


 「この量なら一ヶ月分は確保できる。カル、袋を開けといて」


 「……わかった」


 リエナが素早い手つきで薬草を刈り取っていった。慣れた動作だ。ばあさんと何年もやってきた動作が、体に染み込んでいる。


 俺は袋を持って横に立ちながら、リエナの動きを見ていた。


 採取に集中し始めて三十分ほどが過ぎた頃だった。


 草むらがざわりと動いた。


◆ ◆ ◆


 リエナが「あ」と言って立ち止まった。


 草むらから、緑色の鱗を持つ生き物が這い出てきた。犬ほどの大きさで、細長い体をしている。トカゲに似ているが、目が三つある。魔物だ。


 三つの目が、まずリエナを見た。


 次に俺を見た。


 全部の目が、同時に見開かれた。


 そのまま、来た草むらに全速力で引き返していった。


 草が激しく揺れて、遠ざかる音がして、静寂が戻った。


 リエナが俺を見た。俺がリエナを見た。


 「……逃げた」


 「逃げたね」


 「……威嚇する前に逃げた」


 「顔を見ただけで逃げた」


 しばらく二人で、草が揺れた方向を見た。


 「……予想していたか?」


 「勘が当たった」とリエナが言った。「カルの顔、人間だけじゃなくて魔物にも効くんだ」


 「……効く、という言い方はどうかと思うが」


 「効く。明らかに効いてた。あの三つ目、全部見開いてたもん」


 「……申し訳ない気持ちになってきた」


 「魔物に?」


 「……魔物にも、驚かせるつもりはない」


 リエナが「カルはやさしいな」と言った。俺は「……やさしくはない。ただ、申し訳ない」と答えた。


 採取を続けた。


◆ ◆ ◆


 二回目は、森の入口近くだった。


 熊に似た体格の魔物だった。体毛が青く、爪が長い。リエナが「あれは少し危ない種類」と小声で言った。


 「……どう対処する」


 「本来なら静かに後退するか、大きな音で脅かすか。でも……カルがいるから」


 「……顔を見せればいいか」


 「試してみよう。あたしが後ろに下がるから、カルが前に出て」


 俺は一歩前に出た。


 熊型の魔物と、目が合った。


 魔物が動きを止めた。


 じっと俺を見た。三秒ほど、本当にじっと見た。


 それから、後ろ足で立ち上がって、体ごと方向転換して、全力で走り去った。


 遠ざかる足音が、どんどん小さくなった。


 「……逃げた」


 「逃げた。しかも後ろ足で立ち上がってから逃げた。よほど怖かったんだ」


 「……後ろ足で立ち上がる意味は?」


 「わからない。魔物なりに、びっくりしたんじゃないかな」


 俺は魔物が走り去った方向を見た。木立の向こうに、まだ足音が続いていた。


 「……本当に申し訳ない」


 「謝らなくていいよ。助かったんだから」


 リエナが「カモミールはもう少し奥にある」と歩き始めた。俺が後をついていった。


 三回目は帰り道だった。


 細長い体の、蛇に翼が生えたような魔物が、木の枝から降りてきた。


 俺の顔を見て、空中で方向転換して、そのまま飛んで逃げた。


 着地すらしなかった。


 「……着地しなかったな」


 「着地する前に判断した。賢い魔物だ」


 「……褒めているのか?」


 「魔物を。判断が早かったから」


 俺は空を見た。翼のある魔物が、もうずっと遠くまで飛んでいた。


 「……三回とも逃げた」


 「三回とも逃げた。カルの顔、完全に魔物除けになってる」


 「……もう少しましな言い方はないか」


 「魔物撃退率百パーセントの治癒士」


 「……戦っていない」


 「顔で戦ってる」


 「……顔は武器じゃない」


 リエナが「でも結果は出てる」と笑った。俺は何も言えなかった。


◆ ◆ ◆


 袋が二つとも重くなった頃、帰り道に就いた。


 「これだけあれば二ヶ月は大丈夫。神殿がどうこう言っても、直接採りに来ればいい」


 「……来るたびに魔物に遭遇するかもしれない」


 「カルが一緒なら、全部逃げるんじゃない?」


 「……保証はできない」


 「今日は三回とも逃げた」


 「……たまたまかもしれない」


 「たまたまでも、結果は結果だよ」


 リエナが袋を持ち直しながら、歩調を緩めた。


 「カル、今日来てよかった。一人だったら、二回目の熊型のところで引き返してた」


 「……そうか」


 「薬草もたくさん採れたし。神殿に負けた気がしない」


 俺は前を向いたまま、一言だけ言った。


 「……負けていない」


 リエナが「うん」と短く答えた。


 王都の南門が見えてきた。夕日が門を赤く染めていた。


 門をくぐる直前、門番の騎士が俺の顔を見た。


 「ま、魔物!!」


 剣を抜こうとした。


 リエナが「治癒士です!!」と叫んだ。


 「な、なんで治癒士がそんな……!」


 「……生まれつきだ」


 騎士が壁際に張り付いて、俺たちを通した。通りながら「すみません……」と言った。俺は「……いつものことだ」と答えた。


 「毎回これか」リエナが呆れた声で言った。


 「……慣れている」


 「門番が慣れてないじゃん」


 「……門番は毎日違う人間だから仕方ない」


 「じゃあ門に顔を描いた看板でも立てておこうか。『この治癒士は人間です』って」


 「……立てるな」


 「『怖い顔ですが魔物ではありません』」


 「……絶対に立てるな」


 リエナが「将来的に検討しよう」と言った。俺は「……検討しなくていい」と答えた。


◆ ◆ ◆


 治癒所に薬草を届けると、グランが袋の中を確認した。


 一つ一つ取り出して、においを嗅いで、葉の状態を見て、頷いた。


 「……品質はどうですか」


 「申し分ない。今日採ったものだな」


 「うん。鮮度は一番いい状態」リエナが言った。「神殿の管理ルートを通ったら、仕入れから届くまでに日数がかかる。直接採りに来た方が品質もいい」


 グランが「……エルダの文書は、意味をなさなくなったな」と静かに言った。


 俺は「……そうです」と答えた。


 グランが珍しく、声を出して笑った。短く、でもはっきりと。五十年のベテランが笑うのを、俺は初めて聞いた気がした。


 「お前さんらしい解決だ」


 「……リエナが場所を知っていたおかげです」


 「あたしがいなくても、カルは別の方法を考えたと思う」リエナが言った。


 「……考えたかもしれない。でも、この薬草の品質は出せなかった」


 リエナがしばらく俺を見た。それから「……カルって、ちゃんと人の分を認めるよね」と言った。


 「……事実だから」


 「事実でも言わない人は多い」


 グランが「お前さんが言わなかったことがあるか」と言った。


 俺は考えた。


 「……あまりない」


 「だろうな」グランが「それがお前さんだ」と言って、棚に薬草を並べ始めた。



 夜、物置部屋に戻る前に、治癒所の入口の段差を削った。


 グランに道具を借りて、石の角を丸くした。大した作業ではなかったが、今日躓いた男のことを思い出すと、やっておきたかった。


 チャが来た。俺が作業しているのを、少し離れたところから見ていた。


 「……邪魔か」


 「にゃ」


 「……邪魔ではないか。そうか」


 作業が終わった。段差がなくなった。明日また誰かが入口で躓くことはない。


 今日のことを振り返った。


 薬草を採りに行った。魔物が三回来て、三回とも俺の顔を見て逃げた。門番に魔物と間違われた。リエナが「将来的に看板を検討しよう」と言った。却下した。


 薬草は二ヶ月分確保できた。エルダの文書は意味をなさなくなった。


 (……一つ解決した)


 次の手が来るまで、また一つずつだ。


 チャが足元に来て「にゃ」と言った。


 「……今日は魔物が逃げた」


 「にゃ」


 「……お前は逃げないな」


 「にゃ」


 「……それが助かる」


 チャの頭を撫でた。チャがごろごろと鳴き始めた。


 魔物が逃げる顔で、猫に懐かれている。


 不思議な話だが、今日も悪くなかった。


薬草を採りに行きました。

魔物が三回来て、三回とも俺の顔を見て逃げました。一回目は全速力で。二回目は後ろ足で立ち上がってから。三回目は着地すらせずに飛んで逃げました。

リエナに「魔物顔面威嚇担当」と呼ばれました。却下しましたが、定着しそうです。

門に看板は立てません。

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