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顔が怖すぎて患者が逃げる治癒士、それでも今日も癒しに行く  作者: おっさんず


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第13話 怖い顔の治癒士、神殿の圧力を受ける

 朝、治癒所に着くと、グランが入口の前に立っていた。


 いつもなら中で湯を沸かしているか、薬草の在庫を確認しているかのどちらかだ。外で腕を組んで待っているのは、珍しい。


 「カル、今日の薬草が来ていない」


 「……納品の日では?」


 「そうだ。リエナが届けに来るはずが、来ない。代わりにこれが届いた」


 グランが一枚の紙を差し出した。厚手の上質紙。神殿の紋章が蝋で押されている。公文書だ。


 俺は受け取って読んだ。


 内容は長くなかった。要するに、この治癒所への薬草供給は今後、神殿の管理ルートを通すこととなる。神殿の許可なく独自の仕入れを行うことを禁ずる。違反した場合は登録の取り消しもありうる。以上。


 読み終わって、グランを見た。


 グランの顔に珍しく、怒りの色があった。五十年で積み重なった怒りが、ようやく表に出てきた、という顔だった。


 「……エルダ神官長か」


 「そうだ。断られた腹いせに、直接ではなく迂回して締め上げてきた。あの老婆らしいやり方だ」


 グランが紙を手のひらで押し返してきた。受け取れ、という仕草だ。


 俺は紙を折って、上着のポケットに入れた。


 「捨てないのか」


 「……証拠として取っておく」


 グランが少し目を細めた。それから、何も言わずに治癒所の中に入った。俺も続いた。


 扉を開けて二歩入ったところで、掃除に来ていた近所の少年と目が合った。


 少年が箒を取り落とした。


 「おはよう」と俺は言った。


 少年が箒を拾わずに裏口から走り去った。


 グランが「今日も絶好調だな」と言った。


 「……おはようと言っただけだ」


 「そのおはようが問題なんだ」


 俺は何も言えなかった。


◆ ◆ ◆


 「神殿経由で薬草を仕入れたら、いくらかかりますか」


 朝のハーブ茶を飲みながら、俺はグランに聞いた。


 「倍以上だ。それどころか、神殿が質を管理するとなれば、種類も制限される。儂が今まで使ってきた特殊な薬草は、神殿の承認リストに入っていない。結果、診れる患者が半分以下に減る」


 「……なるほど」


 「お前さんの光と、リエナの薬草研究も止まる。あの二つを組み合わせた治療は、神殿のリストには存在しない治療法だからな」


 俺はハーブ茶のカップを両手で包んだ。温かかった。


 よく考えてある、と思った。


 エルダは俺を神殿に引き込もうとした。断られた。次の手は、俺の居場所を少しずつ削ることだ。患者を減らし、研究を止め、グランの治癒所を立ち行かなくする。そうすれば俺は神殿に頼るしかなくなる。あるいは、自分から出て行くか。


 シンプルで、効果的だ。


 「グランさん。俺が神殿に行けば、この問題は解決しますか」


 グランが俺を見た。


 「解決する。エルダはお前さんが欲しいんだ。お前さえ来れば、この治癒所への圧力は止まる」


 「……では、行かない理由を教えてください」


 「何?」


 「……行かない方がいい理由を。俺が行けばグランさんへの圧力が止まる。それなのに行かない理由を、もう一度整理したい」


 グランがしばらく俺を見た。それから、ゆっくりと口を開いた。


 「……お前さんが神殿に行けば、ここに来る患者を診れなくなる。神殿は金のある患者しか診ない。レンの子も、診てもらえなくなる。毎週来る荷下ろしの男も。孤児院の子供たちも」


 「……それだけですか」


 「それだけで十分じゃないか」


 俺は少し考えた。


 「……そうですね」


 「何だ、確認したかっただけか」


 「……たまに確認しないと、揺らぐかもしれないので」


 グランが「お前さんは正直だな」と言った。褒めているのか呆れているのかわからない声だった。でも、どちらでもよかった。


◆ ◆ ◆


 午前中、患者を診ながら俺はリエナのことを考えていた。


 薬草の納品が止まった。それはリエナの収入にも影響する。孤児院出身で、薬草の販売が主な収入源のはずだ。神殿から締め上げられれば、リエナの生活にも響く。


 三人目の患者が背中の打撲を訴えて入ってきた。荷下ろしの仕事中に転んだらしい。


 常連の男だ。週に一度は顔を出す。最初の頃は俺の顔を見るたびに椅子ごと後退りしていたが、最近はそれが椅子の一本足だけになった。少しずつ慣れている。


 「先生、今日もよろしくお願いします」


 「……先生ではないが、座ってくれ」


 「でも先生って呼びたいんですよ、俺は。神殿の治癒士よりずっと丁寧に診てくれるから」


 男が椅子に座った。俺が背中に手を当てた。筋肉の深い部分に炎症がある。同じ動作を繰り返しすぎた結果だ。


 「……週に何日働いている?」


 「六日です。休むと食えないので」


 「……月に一度でいいから、丸一日休んでくれ。筋肉が回復する時間がないと、いずれ本格的に壊す」


 「わかりました。先生がそう言うなら」


 「……先生ではない」


 「先生って呼んでいいですか」


 「……好きにしてくれ」


 「ありがとうございます、先生!」


 男が帰った後、入れ替わりで新しい患者が入ってきた。


 二十代くらいの若い女性だ。初めて来た顔だ。入口で俺を見た瞬間に、持っていた荷物を抱きしめた。


 「あ、あの……こちら、治癒所でよろしいですか……?」


 「……そうだ」


 「あ、あのっ、この、怖い方が……治癒士の方……?」


 「……そうだ」


 「……はぁぁ……そ、そうなんですね……は、はぁ……」


 女性が何度か大きく深呼吸をした。自分を落ち着かせようとしている。


 「……座ってくれ。急がない」


 「はい……はい……。あの、今日はじめて来たんですけど、足首が痛くて……でもその……そんな顔の方がいらっしゃるとは聞いていなくて……」


 「……噂には書いてなかったか」


 「怖い顔とは聞いていましたが……実物は……その……想像の……」


 「……倍くらいか」


 「……五倍くらいです……ごめんなさい……」


 「……謝らなくていい。事実だ。足首を見せてくれ」


 女性がそろそろと足首を出した。軽い捻挫だ。俺が手を当てると、女性が「ひっ」と声を上げた。


 「……痛いか」


 「ち、違います! 手が当たった瞬間、反射的に……!」


 「……わかった。このまま続ける」


 「はい……はい……あ、痛みが……引いてきました……」


 治療が終わった。女性がそっと俺の顔を見た。まだ怖そうだったが、さっきよりは顔色がよかった。


 「……ありがとうございました。怖かったですけど、腕は……確かです」


 「……また来てくれ」


 「……来ます。次は心の準備をしてから来ます」


 「……それでいい」


 女性が帰った後、グランが「心の準備をして来る患者が増えてきたな」と言った。


 「……進歩だ」と俺は答えた。


 グランが「進歩の方向が独特だ」と言った。


◆ ◆ ◆


 昼を過ぎた頃、リエナが来た。


 いつもは薬草の束を抱えているが、今日は手ぶらだった。顔色は悪くない。でも、どこかいつもと違う目をしていた。


 「……来たか」


 「来た。神殿の話、グランじいさんから聞いた?」


 「……聞いた。お前の方は?」


 リエナが作業台の椅子に座った。グランが黙ってハーブ茶を一杯持ってきて、リエナの前に置いた。


 「神殿の人が孤児院に来た。朝早く」


 「……何を言われた」


 「あたしへの薬草採取と販売を制限する、って。神殿に登録して、神殿経由で売れ、って。そうしないと、孤児院への支援を止めるかもしれないって」


 俺は少し止まった。


 「……孤児院への支援?」


 「神殿は孤児院にも食料を融通している。あたしが言うことを聞かなければ、その支援を止める、って言われた」


 グランが「汚い手だ」と低い声で言った。


 そうだ。俺への直接攻撃ではなく、俺の周囲を巻き込む。リエナを通じて、孤児院の子供たちまで人質にする。エルダは本当によく考えている。


 「……断ったのか」


 リエナがカップを両手で包んで、少し間を置いた。


 「断った」


 「……なぜ」


 「あたし、ばあさんから薬草を教えてもらった。ばあさんはずっと、神殿に頭を下げずに自分のやり方でやってきた人だった。神殿の管理に入ることを、一度も良しとしなかった。そのばあさんに教わったあたしが、今さら神殿の言いなりになるのは……なんか、ばあさんに申し訳ない気がして」


 リエナが少し俯いた。


 「……孤児院のみんなに迷惑がかかるかもしれないのに、自分の意地を優先した。それでよかったのかどうか、わからない。でも、そうした」


 俺はリエナを見た。十二、三歳の少女が、神殿の圧力に一人で向き合って、それでも自分のやり方を選んだ。


 「……正しい」


 リエナが顔を上げた。


 「……カルは、あたしが正しいと思う?」


 「……思う。孤児院のことは、俺が何とかする。だからお前はお前のやり方を変えなくていい」


 「……カルが何とかできるの?」


 「……できるかどうかはわからない。でも、諦めるつもりもない」


 リエナがしばらく俺を見た。俺の顔を、いつもより長く。


 「……カルって、怖い顔してそういうこと言うから、なんか妙に説得力あるよね」


 「……顔は関係ない」


 「関係ある。怖い顔で静かに『諦めるつもりはない』って言われると、なんか本当にそうなりそうな気がする」


 グランが「事実そうなるんだろう」と口を挟んだ。


 俺は何も言わなかった。なるかどうかは、やってみなければわからない。でも、やると決めた。


◆ ◆ ◆


 午後、患者が途切れた時間に、三人でテーブルを囲んだ。


 「問題を整理する」俺は言った。「神殿の管理ルートを通さない薬草の入手方法が必要だ。リエナ、採取場所は街の外にあるか」


 「ある。あたしが毎週行ってた場所がある。神殿の管理なんて届かない」


 「……そこに直接採りに行けばいい。神殿の文書は管理ルートを通せと言っている。逆に言えば、管理ルートの外から来た薬草には、文書の効力が及ばない」


 グランが「お前さん、そういう読み方をするのか」と言った。


 「……前の仕事で、規則の文書を読む機会が多かった。抜け穴を探すのは、癖になっている」


 「ただし問題がある」リエナが言った。「あたし一人で採りに行けば、魔物に遭遇することがある。今まではばあさんが一緒だったから大丈夫だったけど、一人だと引き返すこともあった」


 「……一緒に行く」


 「カルが?」


 「……問題があるか」


 「治癒士が薬草採りに行くのは問題ないけど……カルって、戦えるの?」


 「……戦えない。治癒士だ」


 「じゃあ魔物が来たら?」


 俺は少し考えた。


 「……顔を見せる」


 リエナが止まった。


 「……え?」


 「……魔物も生き物だ。怖い顔を見れば、逃げるかもしれない」


 「それ、作戦と呼んでいいの?」


 「……呼んでいいかはわからない。でも、試す価値はある」


 グランが「……なんとも言えない作戦だな」と言いながらも止めなかった。止めないということは、認めているということだ。


 「明後日の午後に行こう」リエナが言った。「午前に患者を診て、昼飯を食べてから。採取は二時間もあれば十分」


 「……わかった」


 「魔物に顔を見せる担当、初めて聞いた職種だ」


 「……命名するな」


 「魔物除け担当」


 「……やめてくれ」


 グランが「顔除けとも言えるな」と追い打ちをかけた。


 治癒所で、珍しく三人の笑い声がした。俺は笑わなかったが、それが気にならなかった。


◆ ◆ ◆


 夕方、最後の患者が帰る時に、小さな事件があった。


 帰りがけの患者と、入口で新しく来た患者がばったり鉢合わせした。両方が俺の方を振り返って、両方が同時に「うわっ」と声を上げた。


 その声に驚いて、通りかかった荷馬車の馬がいなないた。


 馬の声に驚いた野良猫が路地から飛び出した。


 飛び出した猫に驚いた子供が転んで泣き始めた。


 全部、俺が「うわっ」と言われたせいだ。


 「……俺のせいか」


 「連鎖した」グランが言った。


 「……複雑だ」


 「生きていればそういうこともある」


 俺は転んだ子供の元に行き、膝の擦り傷に光を当てた。子供が俺の顔を見て泣き止んだ。怖くて泣き止んだのか、治ったから泣き止んだのかは、わからなかった。



 夜、物置部屋でチャが来た。


 窓の外から「にゃ」と鳴いた。今夜は珍しく、窓から顔を出して中を覗いていた。


 「……入るか」


 「にゃ」


 「……入れない。窓が狭い」


 チャが「にゃ」と言って、窓の外で丸くなった。それはそれで構わないらしい。


 俺は横になって、天井を見た。


 今日のことを整理した。エルダが動いた。薬草の供給を止めた。孤児院を人質にした。リエナが断った。俺は「何とかする」と言った。


 何とかできるかどうかは、まだわからない。でも、諦める気もない。


 明後日、薬草を採りに行く。魔物除け担当として。


 ……いや、その呼び方は気に入らない。


 「にゃ」


 チャがもう一度鳴いた。


 「……そうだ」と俺は答えた。「明後日、出かける。その間、グランさんを頼む」


 チャが「にゃ」と言って、窓の外で静かになった。


 目を閉じた。石の床は今日も硬かった。でも、それが気にならなくなって久しい。


 明日も治しに行く。

神殿が動きました。

朝のおはようで掃除の少年が逃げました。新しい患者には「想像の五倍怖かった」と言われました。馬が鳴いて猫が飛び出して子供が転びました。全部俺のせいです。

明後日、薬草を採りに行きます。魔物除け担当として。……気に入らない呼び方ですが。

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