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顔が怖すぎて患者が逃げる治癒士、それでも今日も癒しに行く  作者: おっさんず


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第11話 怖い顔の治癒士、限界を超えかける

 「噂で聞いてましたが、想像の三倍怖かったです」


 その日の朝一番の患者は、開口一番そう言った。


 三十代くらいの男だ。右腕に包帯を巻いている。入口で俺の顔を見た瞬間、明らかに一歩引いたが、踏みとどまった。意志の強い男だ。


 「……三倍」


 「はい。聞いてた話では『怖い顔の治癒士』だったんですが、実物は『怖すぎて言葉が出ない顔の治癒士』でした」


 「……そうか」


 「でも来ました。腕が治らないと仕事にならないので」


 「……よく来てくれた。座ってくれ」


 男が椅子に座った。包帯を外した。深い切り傷だ。仕事中の事故らしく、縫合が必要なレベルだったが、金がなくて放置していたという。


 「痛かっただろう」


 「痛かったですけど、神殿は敷居が高くて。ここに来れてよかったです……あの、治療中は目をつぶっていていいですか」


 「……どうぞ」


 男が目をつぶった。俺が光を当てた。傷が塞がっていく。


 「怖い怖い怖い怖い」


 「……目をつぶっているだろう」


 「つぶってますけど気配が怖いです怖い怖い怖い」


 「……もうすぐ終わる」


 「怖い怖い……あ、痛みが消えた」


 男がそっと目を開けた。腕を確認した。綺麗に治っている。男が安堵の息をついて、それから俺の顔を正面から見て、また少しのけぞった。


 「……ありがとうございました。本当に治った。想像の三倍怖かったけど、腕は想像の三倍きれいに治りました」


 「……三倍でよかった」


 男が代金を置いて、足早に出ていった。


 リエナが作業台から「三倍怖くて三倍きれいに治るって、ある意味最高の治癒士じゃない」と言った。

 「……そういう見方もあるか」


 「ある」


 グランが「早く次の患者を呼べ」と言った。俺は次の患者を呼んだ。



◆ ◆ ◆


 午前中は七人を診た。


 最近、患者の反応に変化が出てきた。初めて来る患者は相変わらず怖がるが、二度目三度目の患者は明らかに態度が違う。顔を見てもさほど動じない。「また来ました」と普通に言う。中には「先生、今日は肩も見てもらえますか」と追加で頼んでくる者まで出てきた。


 先生、と呼ばれた時は少し止まった。


 「……先生ではない。治癒士だ」


 「同じじゃないですか。治してくれる人が先生でしょう」


 「……そうか」


 グランが「お前さんが先生と呼ばれる日が来るとは」と珍しくしみじみと言った。


 「……グランさんの方が先生にふさわしい」


 「儂はじいさんと呼ばれている。五十年やってじいさんだ。お前さんは十日足らずで先生だ。それでいい」


 「……理不尽では」


 「顔の問題だ」


 俺は何も言えなかった。グランが正しかった。怖い顔は権威があるように見えるらしく、初対面の患者が「先生」と呼ぶ頻度が妙に高い。本人はそんなつもりは一切ないが、どうにもならない。


 リエナが「じゃあカルは先生で、グランはじいさんで、あたしは研究員」とまとめた。


 「……そういうことになるか」


 「なる。あと、先生って呼ばれると思って患者が来るのに、実物を見てびびるの、毎回面白いよね」


 「……面白くない。申し訳ない」


 「でも結局みんな治してもらって帰るじゃない。そのギャップが一番の口コミになってると思う。『顔は怖いけど腕は本物』って」


 リエナの言葉を、俺はしばらく考えた。


 (……口コミ)


 前の世界でも、そういう概念はあった。評判が評判を呼ぶ。ただ俺の場合、前の世界では顔のせいで評判が広まったことはなかった。ここでは逆説的に、怖い顔が話題になって患者が増えている。


 妙な話だ。でも、悪くない結果だった。



◆ ◆ ◆


 午後、レンが母親と一緒にやってきた。


 前回から三週間が経っていた。


 俺はレンの顔を見た瞬間、胸の中で何かが引き締まる感覚があった。顔色は前より悪い。目の下の隈が濃くなっている。足の引きずり方も、前回より大きい気がした。


 「……来てくれたか」


 「うん。また来るって言ったから」


 レンが静かに答えた。十歳の子供なのに、疲れた目だ。でも俺を見て、わずかに表情が柔らかくなった。


 「強くなった?」


 「……試してみる」


 母親が「お願いします」と深く頭を下げた。その目に涙が滲んでいるのを、俺は見ないふりをした。見てしまうと、気持ちが揺れる。揺れたままでは、光を正確に扱えない。


 俺はレンの前にしゃがんだ。両手をレンの体に当てた。


 光を流した。


 ——前回より、少し深く入った。


 確かな手応えがあった。体の奥にある「何か」に、今日は少しだけ近づける感じがする。ラベンダーの効果を思い出した。リエナに教えてもらった光の広げ方を意識した。薬草の補助なしでも、その感覚を体で再現しようとした。


 「……っ」


 レンが小さく声を上げた。


 「痛いか?」


 「……ちょっとだけ。でも続けて」


 俺は光を絞った。広げるのではなく、細く、深く。一点に集中させる。前回は表面しか撫でられなかった場所に、今日は指先が届く感覚がある。


 (……もう少し)


 全力で集中した。周囲の音が遠くなった。リエナの気配も、グランの気配も、母親の息をのむ音も、全部遠くなった。


 そして——届いた。


 完全ではない。でも、確かに届いた。体の奥の「何か」に、光の指先が触れた。


 「……あ」


 レンが目を見開いた。


 「足が……温かい。いつもと違う温かさ」


 俺はゆっくりと光を引いた。全力を出した後の疲れが、じわりと手のひらに来た。


 「……今日は、ここまでだ」


 「届いた?」レンが聞いた。


 「……少し。まだ完全ではない。でも前回より近づいた」


 レンがゆっくりと頷いた。


 「……また来る」


 「……ああ。俺も、もっと強くなる」


 「約束ね」


 「……約束だ」


 母親が声を殺して泣いていた。俺はその方を見ずに、レンの足に軽くもう一度手を当てた。痛みを和らげる程度の、穏やかな光を流した。


 「……今日は安静にしてくれ」


 「わかった」


 レンが母親の手を取って、ゆっくりと立ち上がった。


 出口で振り返った。


 「おにいちゃん、やっぱり真剣な顔してる」


 「……そうか」


 「それがいい」


 レンが小さく笑って、出ていった。



◆ ◆ ◆


 レンが帰った後、しばらく誰も何も言わなかった。


 最初に口を開いたのはグランだった。


 「今、何かが動いた」


 「……わかりましたか」


 「わかる。儂にはお前さんの光が見える。今日、色が変わった。白から、少し金に近づいた」


 「……金?」


 「儂が五十年で三人しか見たことがない光の色だ」グランが静かに言った。「お前さんの種が、少し芽吹き始めた」


 リエナが手元のメモを猛烈な速度で書き足した。「金色! 記録した! カル、さっき何を意識した?」


 「……光を広げるのではなく、細く深く集中させた。ラベンダーの時に感じた感覚を、薬草なしで再現しようとした」


 「それだ!」リエナが立ち上がった。「薬草の効果を体で学習して、薬草なしで再現した。それって、カルの魔力の制御精度が上がったってことじゃない?」


 「……そう解釈できるか」


 「できる! グランじいさん、これって成長の兆候ですよね?」


 「そうだ」グランが短く答えた。「お前さんは気づいていないだろうが、この十日で光の密度が上がっている。毎日患者を診て、リエナと研究して、それが積み重なっている」


 俺は自分の手を見た。


 (……積み重なっている)


 前の世界でも、残業が積み重なった。疲労が積み重なった。でも、何かが積み重なったという感覚は、ほとんどなかった。


 ここでは、積み重なっている。少しずつ、確かに。


 「……もっと強くなれますか」


 グランが珍しく、はっきりと答えた。


 「なれる」


 その一言で十分だった。



 気持ちが少し高揚したまま、夕方の片付けをしていると、扉が開いて見知らぬ男が入ってきた。


 行商人風の中年男だ。荷物を背負っている。明らかに道を間違えて迷い込んだ様子だった。


 「すみません、ここは——」


 男が俺の顔を見た。


 「——ひっ」


 男が荷物を抱えたまま、来た道を全力で走って逃げた。


 扉が勢いよく閉まった。


 俺は閉まった扉を見た。


 「……治癒所です、と言う前に逃げた」


 リエナが「ドンマイ」と言った。


 グランが「まあそんなものだ」と言った。


 俺は「……そうですね」と言った。


 少し高揚していた気持ちが、ちょうどいい具合に落ち着いた。


 これでいい。成長しても、逃げられる。それが俺の日常だ。




 帰り道、神殿への石畳を歩いていると、前から修道女が二人やってきた。


 俺を見た瞬間、一人が「聖なる光よ……!」と呟きながら胸の前で祈りの手を組んだ。もう一人が「悪魔よ去れ!」と叫びながら聖水の小瓶を取り出してかけてきた。


 聖水が俺の頬にかかった。


 「……俺は治癒士だ」


 「嘘をつくな、その目は悪魔の目だ!」


 「……神殿に登録されている」


 「そ、それは神殿が騙されているのだ……!」


 「……そうか」


 俺は会話を打ち切って歩き続けた。背後で「逃げろ!」という声と走る音がした。


 チャが路地から顔を出した。俺を見て「にゃ」と言った。


 「……今日も色々あった」


 チャがもう一度「にゃ」と言って、俺の足元をくるりと回ってから路地に消えた。


 悪魔扱いされた直後に猫に挨拶される。これが俺の日常だ。慣れた。



 夜、物置部屋でレンとの約束を反芻した。


 「また来る」「約束ね」


 子供との約束は重い。大人との約束より、ずっと重い。裏切れない。


 俺はカインに貰った糸を使って、上着のほつれを直した。針を動かしながら、今日感じた光の感覚を頭の中で整理した。細く、深く。広げるのではなく、集中させる。


 (……次はもっと深く届かせる)


 それだけを考えた。


 治せた患者は今日も十数人。逃げられたのは三人。行商人が一人、治療もされずに逃げた。


 でも、レンに届いた。少しだけ。


 その一つが、今日のすべてを上回っていた。


 目を閉じた。石の床は今日も硬い。でも、それが気にならなくなって久しい。


 明日も治しに行く。

「想像の三倍怖かった」と言われました。「三倍きれいに治りました」とも言われました。

レンに、少し届きました。

行商人には何もしていないのに逃げられました。これが日常です。

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